第22話 手段を選んじゃいられない
校舎裏で志島さんにぶち転がされる僕を、たまたま誰かが目撃していたらしい。
誰もが振り返る清楚系美少女である志島海香さんと、誰もが後ろ指をさす全裸系美男子の僕とのカップル成立は全校をにわかに騒がせ、動向を注目されていた。皆が志島さんを心配し、僕を始末しようと気を揉んでいたのだ。
そんな話題のカップルに起きたスキャンダルはたちまちのうちに学校中を駆け巡った。
恐らく詳細を知る者はいない。だけどその光景から「あまりの奇行に愛想をつかされた花岡が焦って襲い掛かったところを華麗に返り討ちにされた」という話が出回るのはまあ当然のことだったろう。
つまり僕は無様に振られたことになっている。それについては別に訂正するつもりもない。
問題は、僕が志島さんに近づかないよう生徒たちの手によって厳戒態勢が敷かれていることだ。そのため、最近は果たし状を手渡すのにも苦労している。
この前は外壁をのぼって窓から侵入したが、箒を槍のようにして普通に落とそうとしてくるもんだから困った。二階だぞ。落ちたらもちろん大怪我は必至だ。奴らはやっていいことと悪いことの区別もつかないのか。まあ、それだけ冷静さを失っているということなのだろうな。ここは僕が大人になるか。
ちなみに現在教室の窓枠には剣山がびっしりと配置されているらしい。だからもう窓からのルートは使えない。この前同じクラスの植松くんが、壁を登って窓から教室を覗こうとしたら手に刺さったと言っていた。アホなことをするからバチが当たったんだな。
そんな感じで、志島さんの周りが血走った目で手段を選ばず妨害してくるもんだから、最近は直接お目にかかれる機会も少しばかり減ってしまった。志島さんも僕が出現した際の学友の豹変ぶりには少し戸惑っているように見える。
しかし、その妨害を潜り抜けて何度も志島さんに挑戦し、敗北を重ねるごとに周囲の目も変わってきたように思う。
まず、当の志島さん本人が僕を拒絶するそぶりを見せないのだ。
いたっていつも通りというか、会えば普通に笑って挨拶してくれるし、果たし状も苦笑いしつつ「少しは腕を上げてきた?」と受け取ってくれる。
ただこれはまあ、志島さんは非常に寛容で純粋ゆえに人を疑うことを知らないから……ということで理解されているようだ。問題はその次。
「なんか、志島さんって……強くね?」
そんな声が各所から上がり始めているのだ。
華奢で可憐な見目の志島さんに、いとも簡単にうち倒される花岡真尋。最初は、花岡ってめっちゃくちゃ弱いのでは? と噂されていた。
しかし、僕は自慢じゃないが運動神経には自信がある。僕はまだ一年生だが、三年生まで合わせても身体能力は校内トップクラスに入るだろう。
それは学校の皆も知っているところで、花岡真尋といえばバカで身体能力の高い全裸男と有名だ。一番タチ悪いタイプの変態じゃねえか。
そんなこんなで、志島さん強者説は瞬く間に全校へ広まっていくこととなった。
その結果なのか。
「な、なんか最近……。ギャラリーが生まれてません? 気のせいですかね?」
「ううん多分気のせいじゃないと思うよ。私にも見えてるから」
そうなのだ。明らかにここ最近、僕らの決闘を観戦している連中がいるのだ。
夢かわ系女子が「志島先輩かっこいい……!」と憧れとそれ以上の想いが混じり合った少し危ない目線を向けている。
その横で鶏皮系男子が「お願いします……! 何かの間違いで花岡の首がもげますように……!」と骨ばった細い手を擦り合わせて危ない祈りを捧げている。つーかアイツ同じクラスの奴だな。覚えとけよ。
志島さんの学友と思われる女子生徒が「海香……大丈夫……?」と心配気に見守る横では、「粘れ花岡……! お前が粘れば大技が出るかもしれない……。大技が出れば、スカートの中を垣間見ることができるかもしれない……。俺は行くぞ、真理の扉の向こう側へ……!」と眼鏡をクイクイやってる変態もいる。アイツも同じクラスだ。つくづく、僕のクラスってロクな奴がいない。
「なんかごめんなさい。僕のせいで悪目立ちをさせてしまって」
「ん? 私は……まあ、大丈夫だよ。それよりどうする? このまま続ける?」
「志島さんさえ良ければ……このまま遠慮なく!」
そう言うと僕は志島さん目掛けて突進した。
約一分後。僕はでんぐり返しを失敗したような格好で、頭を下にして地面に転がっていた。
衆人のもと晒す姿としては中々恥ずかしいものがあるが、考えてみれば僕は学校の連中のほとんどに生まれたままの姿を披露済みなのでそんなに気にしなくても良いのかもしれない。無敵の人ってこのことかな?
それにしても、段々と戦える時間は延びてはいるが、一向に糸口が見えてこない。
ハァとため息をつきつつのそりと体を起こすと、それを確認した志島さんが声をかけてくれる。
「毎回毎回ちゃんと少しずつ強くなって挑戦してくるのが偉いよね、真尋君は」
「ですが今回もこの様ですね……」
ギャラリーの連中は僕の見事な負けっぷりと志島さんの華麗な体捌きを堪能し、三々五々散っていった。
運動神経に多少自信があったはずなんですけどね……と自虐的に呟くと、志島さんは肩をすくめて言う。
「仕方ないよ、真尋君は武道の経験がないんだもの。筋肉量とかでは絶対勝てないし、単純な身体能力では間違いなく真尋君の方が上だよ。あとは経験と力の使い方と体の動かし方だね」
「と、言うことは、きちんと学びさえすれば僕にも勝算があるということですね」
「そりゃそうだよ。別に私は無敵でも何でもないし。絶対に勝てないなんてことはありえないよ」
んーとは言っても、今の状態では万にひとつも勝算がないと思うんだよな……。やはり素人の独学では限界があるか……いやでも……。
どうすればいいか分からないので、この事は頭の中で一旦保留としつつ僕は志島さんに話かけることにする。このタイミングくらいしか最近は会話できる時間がないんだよな。うかうかしてると、今も隙を伺っている志島さん親衛隊に割って入られてしまう。
今もほら、柱の影から数人動向を伺っている。志島さんの前ではあからさまな行動はしないが、それでも過激派であることに間違いはない。油断すれば一瞬であの世行きだ。僕の高校生活ハードすぎるだろ。
「そういえば、ギャラリーの問題……本当に大丈夫ですか? 大部分僕のせいなので申し訳ないんですけど、武道してることを隠してるんじゃ?」
「別に私は隠してるわけじゃないよ。前に話したとおり、色々な人の声があって今はやめちゃってるし再開する気もないけど、過去をなかったことにまでするつもりはないしね。聞かれれば普通に答えてるよ。ここ最近は、昔何かやってたの? って聞かれることが増えたかな」
真尋君のせいだね、と微笑む。
「でも、やっぱり心配されちゃうな。あんまり危ないことはしないでねって。怪我するなんてことないのになあ」
「そうですよね。僕が雑魚すぎるから……」
と言うと、志島さんは慌てた様子で「あ、ごめんごめんそういう意味じゃなくてね、えーとその、なんというか」と自分の発言のリカバリを試みようとしてくれる。
僕はそれを手で制する。
「ごめんなさい、嫌味で言ったんじゃないんです。本当のことなんで僕全く気にしてないです」
そう、別に気にすることではない。現状、僕と志島さんとの間に果てしない戦闘レベルの差があることは事実だ。万に一つも、志島さんに傷一つ負わせることは叶わないだろう。まあ負わせないけど。全ての痛みは僕が受け止めるけど。
なぜ皆はこれほどまでに志島さんのことを心配するのだろうか。中途半端な技量ならばまだ話は分かるが、素人目に見ても志島さんの腕前は達人レベルだ。もはや芸術の域と言っても良く、思わず見惚れてしまうくらいなんだけど……。
やっぱり一般的には普通じゃないのかな。僕だけの感覚か? でもなあ……。
そう考えているうちに、一つの可能性に思い当たった。
そういえば、僕と戦っている時の志島さんは、一度でもあの顔を見せていただろうか? 僕のハートを鷲掴みにした、あの武人・志島海香の顔を。
答えは……ノーだ。志島さんは対僕において、一度も武道家の顔を見せてはいない。真剣な顔をしているとはいえ、いつも通りの範疇を出ないレベルだと言える。
その理由は明白だ。僕があまりにも弱すぎるから。志島さんは一ミリも本気を出す必要がないのだ。
つまり、全てのポイントはここなのではないか? 僕がもっと強くなって志島さんの本気を引き出せれば、きっと皆の見る目も変わるはず。周りの声が変われば、志島さんは安心してまた武道に打ち込める。
そして何より志島さんに勝つことができれば、今度こそ胸を張って交際ができる。
やはりそれしかない。僕は強くなるしかないのだ。
もはや……手段を選んではいられないかもしれない。
僕は心の中で断固たる決意を固める。
「志島さん、待っていてください。必ずあなたを満足させる男になって帰ってきます」
だから、それまでは……さよなら。
しかし、それは口に出さなかった。代わりに出てきたのは「またお願いします!」というありふれたいつもの挨拶だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます