第18話 憎しみの門下生三番勝負
「で? 結局僕はどうすればいいんだ? お前らと戦えばいいんだな?」
連中がいつまでたっても感動トリップから帰ってこないので、仕方なしに僕は声をかける。
男達はハッと何かを思い出すしたような素振りを見せると、咳払いして再びずらりと僕の前に並び立った。こいつら僕の存在忘れてただろ……。
「そうだ! 俺達三人と連続で戦ってもらおう。一対一、正々堂々の真剣勝負だ」
つまり僕は計三戦を勝ち抜かなきゃいけないってことね。正々堂々の欠片もねえな。
「そもそもここって何の道場なの? 僕、全然武道の経験ないんだけど……」
「そのことなら心配するな」
ずいっと割り込んできた潮さん。
「志門流武術は空手、柔道、合気道、レスリング、剣道に弓道に薙刀、手裏剣などなど、古今東西ありとあらゆる武術から成り立っている。それぞれの武術が持つ強さを学び、食らい、破壊する。それから己だけの強さ、己だけの武道を再構築するのだ」
「つまりは……?」
「強けりゃなんでもアリだ」
聞いたことがないくらい自由な流派だ。しかし、これなら僕にとっても好都合だ。その矜持のもとでならやりようはある。
「なるほど分かった。だけど、そうは言っても僕は武道を体育の柔道以外でまともに学んだことがない」
「オイオイオイ……戦う前から言い訳かァ?」
「見苦しいぞコラァ!」
「その程度でリングに上がろうなんて、笑わせるぜ!」
「それに、そっちは三人で一戦ずつだが、僕は一人で三連戦だ。これは明らかにそっちが有利じゃないか?」
「ん? それは……! 確かに、そうかもな……ンン……」
「生意気に痛いところついてきやがって!」
き、気づいてなかったのかよ。まあ、仕上げにもうひと煽りだ。
「それとも、そうまでしなきゃ僕に勝てないか?」
「アァン? ナマ言ってんじゃねえぞコラ!」
「上等だ! 出血大サービスしてやらぁ!」
「最初の一発は無抵抗で喰らってやるよオラ!」
よし、計画通り……! なんて単純な奴らなんだ。
「言ったな? 今の言葉、嘘じゃないな?」と念押しすると「男に二言はねえんだよ!」と勇ましい返答があった。これでよし。
ついに試合開始だ。三人の中からまずは忠岡という男が先鋒を務めるらしい。僕と忠岡は向かい合って立つ。
「顔面でも鳩尾でも、どこでもいいぞ。遠慮せずに打ち込んでみろ。どうせ効かん」
自信満々に忠岡は言う。鍛え上げられ、筋肉でパンパンに張った首元や腹筋を見る限り、その言葉に嘘はないと見える。
しかし、人間には鍛えることのできない部位があるものだ。
僕はゆっくりと、忠岡の背後に回った。
「フン! 見えなければ受けようがないと考えたか? 愚かだな! 貴様の攻撃など、意識して受けるまでもない! 鍛え上げられた我が肉体が、自然に弾き返してくれるわ!」
忠岡は振り返らぬまま語りかけてくる。それを聴き流しつつ、僕は腰を下ろして片膝立ちになり、狙いを定める。
まさか……! と呟いたのは潮さんだ。さすがに気づいたか。
僕は一切の躊躇なく、
「素人の浅知恵とはこのことよ! 甘い、甘いわァアアアッッッーー!???」
忠岡のケツ目掛けて組んだ人差し指を思い切りブッ刺した。
ズブグリ……! という感触。手応え、アリ!
「き、貴様……! それは……! アカン……やろ!」
最後にうめくように言って、忠岡はずしんと地に倒れた。一人撃破。
と同時にオーディエンスから「卑怯だぞ花岡!」「それでも男か!」「武道を冒涜するな!」と物凄い罵声が飛んでくる。「忠岡は痔に悩んでいるんだぞ!」それはちょっとすまん。
「黙れ脳筋共が! 強けりゃなんでもアリっつったのはそっちだろうが! 肛門の鍛錬を怠ったお前たちが悪い!」
反論が浮かばず「ク、クソ……」とオーディエンスは悔しそうに歯噛みする。また論破してしまったか。敗北を知りたい。
そんな門下生たちをなだめながら出てきたのはたしか吉野と呼ばれていた男だ。
「まあ落ち着け。来ると分かっていれば対処できる。肛門括約筋という存在を知らないはずはあるまい。排泄の都合上、普段から固めておくことはできないが、意識すれば当然筋肉による鎧をまとわせることが可能だ。二度は使えん手よ」
さあ来い花岡真尋、第二ラウンドだ。また先ほどのように、その指を汚すか? と顎を上げて見下ろすようにして言う吉野。
あえての挑発か、狙いやすいように足を開いて仁王立ちを決めている。
先ほどと同様に僕はその背後に回り込む。なるほど、油断し弛緩しきっていた忠岡のそれとは違い、吉野のケツは今筋肉によってキューっと引き絞られている。これでは僕の指は簡単に跳ね返されてしまうだろう。……ならば!
目標をしっかりロックオンすると、それめがけて僕は思いきり足を振り上げる。
「さあどうする? 無謀を承知でまた尻を狙うか? それともヤケクソで普通に攻撃を仕掛けるか? 狙うなら首がおススメだぞ? まあ、無駄な抵抗だろうがなァアッッッーーー!!!????」
そう、ケツがダメなら股間を狙えば良いのだ! グニャグリ……! という感触。命中! 目標大破!
「き、貴様というやつは……! どこまでも……!」
絞り出すように言って、吉野はずしんと地に倒れた。二人目撃破。
と同時にオーディエンスから「鬼か貴様は!」「男として一番やってはいけないことを!」「人でなし!」と次々に罵声が飛んでくる。「吉野は短小で悩んでいるんだぞ!」それは知らん。
今度はそれには返さず、ただじっと三人目の対戦相手である遠山を見据えて視線とあごで促す。ほら、次はお前の番だぞ? と。
遠山は動かなかった。怯えたような目で僕を見ている。額には脂汗が浮かんでいた。
僕も鬼ではない。大きな体を小動物のように震わせているその姿に同情を覚えないわけではなかったが、勝負の場には無用の感情だ。戦いとは無慈悲なものであり、いかにして自分の理不尽を相手に押し付けるかの勝負なのだ。
三度、対戦相手をねめつけるようにしてゆっくりと背後に回り込む。遠山はガチガチに体を固めているが、先ほどの忠岡や吉野と違い、緊張と恐怖によるものだろう。
僕らは知っている。
ケツは筋肉で固めることができるが、前にはそれができる筋肉がついていないということを。
痛みは準備さえしていれば耐えられはする。しかし、両方同時に構えることはできないのだということを。
「おいおい、どこでも狙っていいと言ったのはそっちじゃないか。そんなに両足をぴったり閉じられていると当てにくいな。大股開きになれとは言わないから、普通に構えてくれよ。いつもやっているんだろう?」
さすがにその姿勢だと厳しいな……と思ったのでやんわりと声をかけると、遠山は「ヒィッ!」と悲鳴をあげてずりずりと武道の構えを作った。
震えながらも僕の言うことを聞くしかない遠山の姿を見て、オーディエンスから「お、俺、もう見てられねえよ!」「遠山が何したって言うんだ!」「あいつは人の皮を被った悪魔か!」と悲痛な叫びがあがる。なんだか暴君になった気分だなあ。
さて、どうしようか……。勝負事の非情さは重々理解しているし、情を捨てる覚悟もした。
だけど、もはやこれは勝負と言えるのだろうか。勝負とは立場が完全に対等な状況で初めて成り立つものではないだろうか。今は完全に僕は生殺与奪の権を握っている。つまり、この時点で決着はついているのでは。これ以上責め立てる必要はないのでは……?
いやいや落ち着け。罪悪感に心を支配されすぎるな。
競技とのしての武道の試合と、勝負をはき違えるな。この場においてフォールも一本も存在しない。相手を地に打ち伏せた者が勝者であり、そうするまで決着はつかないのだ。
もう一度覚悟を決めろ。腹を括れ。僕は修羅になるのだ。
狙いは一点。股間だ。一切の躊躇なく、天に突き刺さるほどに足を振り上げろ。
迷いを振り払う強き意思が、咆哮となって自然と僕の口から溢れ出ていた。
「行くぞウオオオオオオアアアアアアアア!!!!」
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
バターン! と遠山が地にぶっ倒れた。
あのー……。僕、まだ何にもしてないんだけど……。ひょっとして、極限状態でいきなりデカい声を浴びせられたから、びっくりして気絶……した?
遠山はピクピクするばかりで起き上がる気配がない。……まあ、格好はつかないが、何はともあれ。
僕は真っすぐに拳を突き上げて吠える。
「僕の勝ちじゃああー!!!」
オーディエンスはシン……と静まり返っている。なんだなんだ。おかしいじゃないか。もっと盛り上げてくれよ。このフロアをよォ!
潮さんがどっぷり引きながら呟く。
「花岡真尋……。貴様、かなり最低じゃない……?」
それに関してはお互い様というものだろうよ。あと、また語尾がちょっぴり怪しくなってるなあ。
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