第14話 志島さんの喉ちんこが見たい

 ある昼休み。僕はそんな思い出話を志島さんに披露した。初めての全裸反省文を書かされた記念すべきエピソードだ。

 志島さんは「やめてよ、お腹痛い……!」と口元を抑えてクスクスと笑っていた。


「真尋君の学校生活は面白くていいね……! ほんと最高だよ」


 そう言って目尻に溜まった涙をすらっとした指先で拭う。

 ここ数日、僕はとにかく志島さんを笑わせることに勤しんでいた。

 とっておきのエピソードトークに真っ赤な嘘にならない程度の朱色の脚色を加えて披露したり、渾身の一発ギャグをかましたりと努力している。一発ギャグは二度とやらねえ。異星人を見るような目で見られてしまったからな……。


 とまあ、中にはダダ滑った例もありつつ、基本的に志島さんはニコニコと楽しそうに笑いながら話を聞いてくれるので、こちらとしても興が乗ってついつい話しすぎてしまう。


 今の話なんて「バッチバチに揉めたのに、結局勝敗つかなかったんですよー」くらいのオチに留めておこうと思ったのに、いつのまにか僕と松岡でフルチンシンクロをしたことまで公開してしまった。聞き上手な人って恐ろしい……。


「純粋な好奇心なんだけどさ。真尋君は……その、恥ずかしくないの? みんなに裸を見せちゃうことについて」

「そりゃもう恥ずかしいですよ。だから身体を鍛えてますね」

「うーん、繋がりがよく分からないな」

「見られて恥ずかしくないものだって自分が思えるのなら、全公開してしまったところで大したダメージにはならないですからね」


 志島さんは目をくりっと丸くする。


「なるほど……うん。素敵な考えだね。それが真尋君のバイタリティの源なんだ」


 思ったより真面目に受け取られてしまった。まあちょっと盛っただけで嘘は言ってないからよしとしよう。どんなに鍛えてようが、不特定多数に裸を見られるのは普通に恥ずかしいんだよなあ。


「私も……真尋君を見習わなきゃ。真尋君みたいにならなきゃって思うよ」


 僕みたいに?


「いやー、それは辞めといたほうがいいんじゃないですか……?」


 なんというか、ゴーレム先輩が卒倒しそうだ。そして目が覚め次第僕をぶち殺しそうだ。絶対に辞めてもらわないと……。

 ……ハッ! まさか!


 僕は今、最終的にフルヌードになっちゃったあ! というオチの話をしたところだ。その上で僕のようになりたい、ということは……つまり……。


 そういうことか!? そういうことなのか志島さん! いやでも、そんなことが許されるのか。いや僕はもちろん臨むところだけど、それを他の汚らわしい男連中に見られるのはダメだ。

 つまり、僕だけに見せてくれ……君の……。


「まあさすがに裸にはならないけどね」

「あっ……まあ、そう……ですよね!」

「だって、誰かに裸を見せちゃったら、その人にお嫁に貰ってもらわなきゃだもん。今の私には真尋君がいるから、そんなのはダメだよね」


 ねっ! と眩しくなるような笑顔に、僕の心臓はギュッと鷲掴みにされる。体温が急激に上昇していくような感覚だ。

 この人ってば本当に純粋なんだよな。ちょっと危なっかしいくらいに。




 さて、今日も志島さんは楽しそうに笑ってくれたが、残念ながら収穫はゼロだ。なぜなら僕が求めているのは、あの初デートで見た全開の笑顔、そして喉ちんこだからだ。今日はその扉までは開くことができなかった。己の力不足が憎い。

 ところで、このチャレンジを繰り返す中で気になったことがある。


 もしかして志島さんは、学校では大笑いしないようにしているのではないだろうか?


 度重なる挑戦。そのほとんどは何の成果も得られずに終わっているのだが、その中でも二回、僕は戦果を勝ち得ている。志島さんの喉ちんこというこの世の秘宝を目にすることができている。


 一度目はもちろんあのショッピングモールで。そしてもう一度は下校時間にたまたまばったり会った時のことだった。どちらも学校外という共通点がある。

 しかし、その括りだけでは弱い。もちろん学校外では何度も挑戦をしており、そこで勝ち得たのが僅か二回の戦果だ。勝率としては決して高くない。そもそもサンプル数が少ない。ただの偶然と片づけるのもいいだろう。


 だけど、僕には引っかかるポイントがあった。

 それは先日ゴーレム先輩が語ってくれた志島さんの印象。曰く、


『清楚で可憐で純粋で超美人だってこと!』

『大人くて天然で、そのうえ心が広いから押しに弱いんだよ』


 志島さんが超美人でド天然だということはもはや疑いの余地はない。志島さんは良くも悪くも真っ白な人だと思う。だが、「清楚」「可憐」「押しに弱い」と単に評されるのはどうだろう。


 確かに志島さんの見目には深窓の令嬢を思わせる清廉さがある。だけど、僕の脳裏に焼き付いた志島さんの姿は、そういう細いイメージじゃなくって、もっと地面に根を下ろした骨太なイメージだ。


 そして、志島家が道場を運営しており、自らも武道の心得があることをカミングアウトしたあの時。志島さんはなんだかとても言いにくそうにしていたように思う。口を開くのが怖い。そういう恐れが感じられた。


 志島さんはひょっとして、学校ではキャラ変をしているのでは……? いやでもしかし……。

 思考の海にざぶざぶとハマっている僕を現世に引き戻したのは、


「真尋ーあんた何して……。ほんとに、何やってるの……?」


 という姉貴の声だった。

 僕は生まれたままの姿で脱衣所に突っ立っていた。考え事をしながら風呂に入ろうと服を脱いだところで、風呂に入るのを忘れてしまったらしい。


「ああごめんごめん、ぼんやりしてた。ところで、出てってもらっていいかな?」

「お風呂入りに行ったわりには全然水音しないし、まだ脱衣所にいる様子だったし、倒れてんのかと思って心配したよ」

「そうか、そうだよねごめん。考え事しててさ。ところで、出てってもらっていいかな?」

「ふーんなるほどね……。で、何考えてたの?」

「なんで後半の言葉は完全スルーなんでしょうか?」


 健気に抵抗を試みるが、このモードの姉貴が素直に引いてくれるわけないことはもう理解しているので、僕は諦めて腰にタオルをまく。

 ちなみにコイツは確信犯だ。面白がっていやがる。天然物の志島さんとは目の輝きが違うね。僕には分かります。

 とはいえせっかくなので参考意見を頂戴してみることにする。


「姉貴ってさ、自分のキャラ変えようと思った時ってあったりする?」


 聞いてて思う。あるわけない。なぜならこの女は昔からずっと――「あるよ」――え? マジ?


「嘘でしょ? ほんとに?」

「真尋から聞いてきといてその言い草は何よ」


 そう言って姉貴はむくれる。


「や、ごめんごめん。昔から姉貴って変わんないよなーって思ってたから」

「真尋が覚えてる昔のあたしなんて、十二か十三くらいからのことでしょ? 女なんてみんなそのくらいの年齢になれば華麗に変身するわよ」


 確かに、僕が生まれた時姉貴はもう十歳だった。そして僕の記憶にある最古の姉貴は、すでに中学の制服を着ている。僕は姉貴の幼少期を知らないのだ。


「姉貴はどんな風にキャラチェンジしたの?」

「そらもう真面目よ。瓶底眼鏡に三つ編みおさげよ」

「はいダウト。あんた昔ドッ茶髪だったでしょうが。どこからどう見ても不良学生です」

「髪染めてるイコール不良とか、真尋……あんた随分古臭い価値観で生きてるのねえ……」


 はぁやれやれ全くこのグズでダメで童貞な弟はと言っているような表情で姉貴は首を振る。


「あたしだってね。子どもの頃は結構な野生児だったのよ。それこそ川にパンイチで飛び込んだりしてたし。今の真尋と一緒」

「僕はパンイチで川に飛び込んだりしないけど」


 そこまで脱いで飛び込むのなら、僕だったら全裸になる。その方が気持ちいいからな。僕をなめるなよ。


「本当は裸が良かったんだけど、周りに止められてさ」


 うーんやっぱり姉弟だ。思考回路が似ている。


「だけどねえ……。やっぱり女の子だから。物心ついてくると誰も川に飛び込んだり木登りしたり、段ボールで坂滑りなんかしなくなっちゃうんだよね。そんなことしないほうがいいよ。千尋ちゃんは可愛いんだからってさ」


 可愛いの部分に特別イントネーションを込めて花岡千尋はなおかちひろ二十五歳は言う。


「それでパンイチ飛び込みを辞めたわけか」

「そうそう。それからのあたしはもう真面目系よ。おしゃれして髪も染めてスカートも短くしてさ」

「それは真面目って言うのか?」

「真面目でしょ。女子として」


 お前何言ってんだ? だからモテないんだぞとでも言いたげに姉貴は顔をしかめる。「そんなんだからモテないんだぞ」あ、言われた。


「でもそういえばさ、姉貴が大学生の頃、いつだったか帰省してきた時に木登りしてなかったっけ。そんで落っこちてたよね」

「ああ、アレでしょ? 木登り失敗服ズタボロ事件。忘れもしないわ」

「事件名までは知らんけど……それそれ」


 そう、あれは何年前だったか。僕が中学校に上がった年だったので、多分三年前のことだと思う。


 高校を卒業した姉貴は関東圏の大学に進学し、家を出て一人暮らしを始めた。毎日毎日家でゴロゴロしていた姿が、長期休みのタイミングでしか見られなくなったのを当時は少し寂しく思ったのを覚えている。


 そんな何度目かの帰省のタイミング。進学後にあか抜けた姉貴は(高校生の時も別に野暮ったいというわけじゃなかったけど)、その日も小綺麗な格好をして外出していった。

 地元の友達と遊ぶんだろうと思っていたが、部活帰りに見た姉貴の姿を見て驚愕した。


 全身黒く土にまみれ、ところどころに擦り傷や切り傷をこさえ、出血している箇所もあった。決して運動用ではないはずの服はボロボロになっていた。

 さすがに心配しながら僕は「どしたん?」とだけ聞いた。姉貴はしれっとなんでもないような顔で「木から落ちた」と言った。


 ズタボロになって帰宅した娘を見て母さんは半狂乱になった。暴漢にあったと思ったらしい。それも当然だ。

 姉貴はそんあ母さんをなだめながら、やはり「木登りして、失敗して落っこちただけ」と答えた。母さんは「……はあ?」と意味が分からなさそうな顔をしていた。それも当然だ。


 顔をしかめながら傷口を消毒する姉貴に、僕は再度聞いた。


「なんで今さら木登りなんかしようと思ったの?」


 姉貴は僕の方を見ず、「そらもう登りたかったからよ」と答えた。

 

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