第12話 死にかけゴーレム先輩
ゴーレム先輩はその姿を見つけるが早いが、顔をパッと明るくして「海香ー」と声をかけた。僕と話しているときの仏頂面とはえらい違いだ。
しかしよくよく考えてみると、先輩は基本的に誰に対しても明るく接する人で、こんな塩対応をしてくるのは僕に対してくらいだ。裏を返せば、僕は特別扱いされていると言っても過言ではないのかもしれない。やだなあ、そういうことならもっと早く言ってよね。でもすまない、僕には志島さんという人がいるんだ……。
とかなんとか考えているうちに志島さんが僕らの目の前までやってくる。
「やー玲夢。と、花岡君。今日も仲がいいね。何話してたの?」
ふふっと朗らかに言う海香さんに、僕と先輩はそれぞれ「いやまあ部活のこととか色々と……」「やめてよ……全然仲良くないから……」と同時に返した。
期せずして息ぴったりになってしまった僕らは気まずそうに顔を見合わせる。
そんな様子を見て志島さんは口元に手を添えてくすりと笑いながら「うんうん、やっぱり仲がいいね」と満足そうに言った。
「そうなんです。僕とゴーレム先輩はマブなんですよ」
んなわけあるか、と先輩から蹴りを見舞われる。
「そういえば、ゴーレム先輩って……玲夢のこと?」
「やめて海香……。それ使ってるの花岡くらいだし、私許可してないから……」
心底嫌そうに僕をじろりと睨んでくる。
「なんとなくですけど、剛田先輩って呼ばれるの嫌そうだったんで、それならあだ名の方が可愛らしいかなと」
「そ、れ、に気づいてんなら普通に玲夢先輩って呼べばよかったんだよ! 苗字よりごつくなってんじゃん!」
「でもイントネーションはオーロラと一緒ですよ。美しいじゃないですか」
「そんな気ぃ使ってまであだ名使わなくても良くない?」
いやでも……だってですね。
「いくら何でも下の名前でお呼びするのは……ほら、恥ずかしいじゃないですか」
僕がそう言うと、志島さんとゴーレム先輩は二人そろって綺麗に目をまん丸にした。
「花岡が普通の羞恥心を発揮すると……なんか、気持ち悪いな」
「とんだ言い草ですね」
「妙なところで硬派なんだよなお前は。そこがまたムカつくポイントなんだけど。一般常識ガバガバのくせに」
失礼な……。僕だって人並みに礼儀や常識は弁えてるつもりですよ。敬語だって使えてるし、と反論すると、先輩は「せめて人前で脱ぐのはやめてくれ……」と言って眉間に皺を寄せた。
「でも、私も意外だったかも。そういえば、私のこともずっと苗字で呼んでるよね、志島さんって。付き合ってるんだから、名前で呼んでもいいのに」
付き合ってるんだから、の部分でゴーレム先輩が苦虫を噛み潰したような顔になったが、さすがにこの場では何も言うことはなかった。
その代わりとばかりにこっそり僕に蹴りを入れてくる。なかなか鋭い一撃だ。何か言われた方がマシだった。
結構なダメージを負った尻をさすりながら言う。
「そういう志島さんも僕のことは苗字で呼びますよね」
だからお互い様ですよね? 何か反論ありますか? ん? という方向性に持っていこうとした僕だが、志島さんにあっけらかんと言われてしまう。
「あ、そういえばそうだね。じゃあ、真尋君」
グフッ! な……なんて破壊力だ……! 媚びるでもなく頑張るでもなく、ごく自然に志島さんは僕の下の名前を呼んだ。まるでこれまでもずっとそうして来ていたかのように。
確かにそうだったね、気付かなかったよと言いつつ志島さんは頬をポリっとかく。へへへやっちゃったじゃないのよ! ほんと可愛らしい子ねまったく!
ハァハァ! 胸が苦しい……! 心臓の跳ね上がりで肋骨が爆発しそうだ。多幸感で顔が火照る。ただ名前で呼ばれただけなのに、これほどまでの効果があるのか。なんて恐ろしい……。
胸を抑えてゼェハァしながらチラと横を見ると、グッ! ガハッ! グァッ! と血を吐きそうな勢いでむせ散らかしているゴーレム先輩の姿があった。まずい、このままだと先輩が死んでしまう。
「と、ところで、二人は子供の頃からの仲なんですよね? 今でもよく遊んだりするんですか?」
慌てて話題を変えると、スッと立ち直ったゴーレム先輩が「まあね。私と海香は昔からの親友だし、当然でしょ」と口を挟んできた。素早い復活で何よりだ。ちゃっかりマウントも取ってくるあたり、心配はいらなさそうだ。
「そうだね。玲夢とは今でもよく一緒に出掛けるよ。買い物とかよく行くかな。ほら、この前デートしたショッピングモールとかさ」
「ガハグハッ! ウグアア! ゴパァッ!!!」
「志島さんんん!!!」
んもう! ダメだこの人空気が読めない! なんでことごとくクリティカルな方向に話題をシフトさせるんだ? 「玲夢大丈夫? 風邪?」じゃないのよあなた!
げに恐ろしきは天然よな……と背筋を冷たくしていると、口の端に泡を浮かべたゴーレム先輩が、
「大丈夫だよ。ちょっとむせちゃっただけ」
と爽やかな笑顔で言った。これもこれで恐ろしい。
「そう? ならいいんだけど……。あ、そういえば私のど飴あるんだった。持ってきてあげるね」
言うが早いが駆け出そうとする志島さんを「ちょちょちょっと海香」とゴーレム先輩が引き留めた。
「私ももうすぐ戻るし、飴くれるなら教室でいいよ。ありがとね」
「それもそっか。じゃあ、またあとでね。真尋君もまたね」
胸のそばでつつましく手をふりふりすると、志島さんは去っていった。
その姿が廊下の曲がり角に消えるのを見守った直後、糸が切れたようにゴーレム先輩が膝から崩れ落ちる。
「ちょっ、大丈夫ですか……?」
「大丈夫なわけ……ないでしょ……。まさか海香が男子を下の名前で呼ぶなんて……。しかもそれが花岡だなんて……。想像を超える破壊力だったわ。気が狂うかと、思った」
先輩はすっかり青白くなった顔を覆いながら言う。コヒューコヒューと虫の息だ。さすがに心配になりつつ、そこまでショック受けることでもないのでは……? とも思う。
「しかし、アレですね。志島さんって、その、たまに空気読めないですよね」
「あぁ……? 花岡お前……海香をバカにしてんのか……? そこが可愛いポイントなんだろが」
「してないですしてないです。フツーの感想です」
先輩はフン! と鼻を鳴らす。
「海香は別に空気が読めないわけじゃないんだよ言っとくけど。ただ、自分の周りにいる人はみんないい人だって信じてるから。そして、誰かと誰かが付き合い始めたっていうのは良いニュースだと思ってるから、それを聞いて負の感情を持つ人なんていないと信じてるの」
「はーそれはそれは……なんとも……」
「今時いないでしょそんな子。ちょっと危ないよな。でもそのピュアさが、私は大好きなのよ」
頬をほんのりと紅に染めてゴーレム先輩は言う。きっと心からの言葉なのだろう。先ほどまで泡吹いて灰になりかけていた人とは思えないな。
「……で、お前はどうなんだ」
「僕ですか? ……何が?」
「う・み・か・の! どこが好きで付き合ってるんだって聞いてんの!」
お前は、志島海香のどこに惹かれたのかとゴーレム先輩は聞いている。
今の僕にとって、これはスッと答えられない問いになっていた。
「そうですね……。正直、なんと言ったらいいか分からないんですが」
「ちなみに回答によっては私がお前を始末するからな」
「顔です」
「よし歯ぁ食いしばれ!」
ちょちょちょ! タイムタイム! と怒涛の勢いですごんでくるゴーレム先輩を必死になだめにかかる。アカンアカン。本当に手を下せる人の目になってる。
ゴーレム先輩は勢いのままに「最後に言いたいことはあるか? ん? 聞いてやるよ。言い終わる前に息の根止めるけどな。後味悪いまま終わらせてやるよ」と脅しをかけてくる。もうマジもんの人の発言ですよそれ……。完全に切れちまってるな。
「落ち着いて、最後まで聞いてください! ぶっちゃけ、最初は顔です。見た目が超タイプです」
でも……、と一度言葉を切る。
「でも、今は……それだけじゃないです」
具体的にはなんなのよ、とゴーレム先輩は不満げに先を促した。
「それは、分かりません」
そう、分からないのだ。なぜなら僕はまだ志島海香という人がどういう人なのかを掴み切れていない。だってあの人、知れば知るほど、僕の知らない顔を見せてくるんだもの……。いったいいくつ顔があるって言うんだろう。ヤマタノウミカって奴かな。でも、あんなに綺麗な顔ならなんぼあったって困らないよな。
僕は志島さんに一目惚れをした。つまり、志島さんの見た目に惹かれた。そして、運よく彼女から告白をされたから(不思議な理由ではあったが)、少し迷いはしたけれど最終的には意気揚々と付き合い始めたのだ。
だけど、今は志島さんの見た目以上に、その内面を知りたくなっている。彼女がどういう人なのかをもっと知りたい。僕は今そういう想いでいる。
「分からないけれど、とにかく今は志島さんのことをもっと見ていたいんです。もっとたくさん話をしたいし、笑った顔が見たいんです」
そう宣言すると、ゴーレム先輩は不満げながらも「そうかよ」と呟いた。
そう、そうなんだ。僕は志島さんの笑顔が見たいんだ。あの満開の大爆笑を。豪快なガハハ笑いを。そして、ぷらりと揺れる喉ちんこを、もう一度見たいんだ。
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