第11話 教えてゴーレム先輩
志島海香という女性は、一体どのような人なのだろう。
初めて出会ったとき、僕は彼女をただただ綺麗な人だと思った。
黄昏時、黄金色に輝く世界の中で、彼女の存在は強烈だった。風になびく深海色の髪に、僕はゆらゆらとたゆたうマリンスノウを見た気がする。自分が全裸全開丸出しであることすら忘れてしまうような美しさだった。
次に会ったとき、僕は彼女をちょっとおかしな人だと思った。
変わった理由でぐいぐい求婚され、断っても断っても決して引き下がらない。その粘り強さと意志の固さにはほとほと困り果てた。その末に僕は彼女に誓ったのだ。この世の変態共から必ずあなたを守り抜くと、競泳水着一丁で誓ったのだ。
そして先日。僕が見た志島さんはなんだかとても親しみがあった。
ゲームで死ぬほど悔しがったり、僕の話を聞いて喉ちんこが見えるほど大笑いしたり。
そしてあの鮮烈な背負い投げだ。あの技との美しさと、乱れた髪を払って凛と立つ姿、そして一瞬で消えた勝負師の瞳。あの姿と喉ちんこが僕の脳裏に焼き付いて消えないのだ。人生初のデートでノーパンという失態をやらかしたことも記憶から消えてくれないのだ。
会うたびに印象がころころと変わる。志島海香さんは不思議な人だ。
ある日の昼休み、たまたま出くわしたゴーレム先輩に僕はそんな感想を語った。
「で、そんな話を私にして、どうしようっての?」
先輩は不機嫌そうに紙パックのジュースをジュジュっと飲み干した。話を聞いてもらう交換条件として僕が献上したものだ。凄くいやいやながらも受け取ってくれた。
「いやね、志島さんって結構変わった人だよなと思いまして。実際僕ってまだ出会ってから日が浅いわけですし、もっとよく知りたいなと。ゴーレム先輩は志島さんと仲が良いとお聞きしたので」
先輩は鼻をフン! と鳴らして「まあね」と言う。分かりきったことを聞くなという口ぶりだ。
「多分、私が海香と一番仲がいいからね。……それで? 何が聞きたいわけ? 言っとくけど、変な質問には答えないからな」
「分かってますよそんなこと。それに、聞くなら正々堂々本人に聞きま……」
……す。と言い切れなかった。ゴーレン先輩の繰り出した手刀が、僕の鼻先を掠めたからだ。
「聞いたら最後、私がお前を殺すぞ」
ドスの効いた声色に気圧された僕はコクコクと首の動きだけで了承の意を示す。なんだか鼻が焦げている気がする。恐ろしく速すぎだろ。僕であっても見逃しちゃうね。
やだなー冗談ですよもう! じょ・う・だ・ん! と先輩をなだめる。
「シンプルに、志島さんってどういう人なんですか?」
ゴーレム先輩はスッと目を閉じると、「海香はね……」という前置きを挟んで語り始める。
「例えるなら、荒廃した大地に咲く一凛の白百合。闇を切り裂く一筋の光。この世に残された最後の希望、なんだよ」
「うーんと? よく分からないですが、どういうこと?」
「つまり、清楚で可憐で純粋で超美人だってこと!」
グアっと勢いをつける先輩。
「性欲に塗れた汚い花岡の目から見ても分かるでしょ? あんな子今どきいないよ、ほんとに。汚れないというか清廉というか、決して踏み入ることを許されない聖域というか」
妙に興奮気味の早口だ。不思議と既視感を覚える。
これは……あれだ。推しについて熱く語っている時の池田の口調にそっくりなんだ。こうなってしまってはもう誰も追いつけない。トップスピードだ。
「な、なるほど……。でも、話してみると結構親しみやすいところありません?」
「ああ、海香ってちょっと抜けてるというか、天然なところあるから……。でも、そのギャップがまたいいのよ」
そんな海香をアンタは……と言ってグッと拳を握ったかと思うと、僕めがけていきなり振りかざしてきた。
「ちょちょっ! いきなりどうしたんですか!?」
「いったい! どんな! 手を! 使って! 海香をたぶらかしたんだ!」
「痛いっ! 痛いっ! やめて! 顔はやめて! 腰の入ったストレートを打ち込んでくるのもやめて!」
普通こういうのって、「もー! ポカポカ!」くらいのもんで、ドンドンされるけど痛みはそこまでじゃない……って感じじゃないのか? なんだこのビシッと決まるひねりの効いたストレートは! 世界狙えるぜ……。
考えてみればゴーレム先輩って結構なフィジカルエリートだもんな。全国クラスの水泳選手で身長もぼくとそう変わらないし、すらっとしていて手足が長い。
スタイルが良いので細身に見えるけれど、水泳で鍛えたしなやかで柔軟な筋肉がつまってるんだ。だからこんなに鋭いパンチが打てるってわけ。皆も分かったね?
とかなんとか言いつつ徐々に目が慣れてきたゴーレム先輩のパンチを、プロボクサーよろしくフットワークでひゅんひゅんと避ける。段々と当たらなくなってきたのを察知して先輩は僕をボコすのを辞めた。
「ちっ、無駄に運動神経が高いな……。少しは頭と理性に回したらどうよ」
「頭はどうか知らんですけど、理性には十二分に回しているつもりですが……」
だってそうだ。僕という男の中の男から理性という枷を取り払ってみろ。必ず学校中の女子を手中に収めようとするはずで、それを実現してしまうはずだ。そうなっていない時点で、僕はとっても理性的なんだね。
「海香はあんな感じで、大人くて天然で、そのうえ心が広いから押しに弱いんだよ。頼みこまれると断れない子なんだ。それこそ、花岡が号泣しながら全裸土下座で懇願すれば大抵のことは受け入れちゃいそうだし」
「えっマジですか!??」
「マ・ジ・で・す・かじゃねえんだよ!」
やべ、全力でお願いすればなんでも受け入れてくるなんて夢のようなことを先輩が言うから思わず心の声が出た。もちろん日本一の英国紳士たる僕は相手の心からの同意なしにそのような行為には及ばないんだけれどね! だからと言って欲がないわけじゃないからね!
「ち、違うんです違うんです。そういうことを言いたかったんじゃなくて! ほら、志島さんって、実家が道場じゃないですか。だから、結構スポーツマンというか、武闘派なのかもな~なんて、思ったり思わなかったり」
自分の失言をリカバリにかかると、先輩は「へぇ、そう……」と呟き、ちょっと驚いたような顔を見せる。
「花岡には話したんだね……。そうだよ、海香の家は道場で、お父さんはそこの師範。結構名門で、門下生も多いんだよ。さすがに道場は近寄りがたくて実際に入ったことはないんだけど」
「それを知った時は正直驚きました」
あの親父から海香さんが生まれたという事実に。
「だから、そうだね……。昔は海香もヤンチャだったよ。家の道場で武道を習っていたみたいだし、あの子ああ見えて運動神経も凄くいいんだ。だから、昔は私がよく引っ張りまわされてたな」
修行と称して岩山に上ったり、上級生に喧嘩売ったりとかね……と続ける先輩。すげえな志島さん。ヤンキー漫画の主人公やんけ。
でも、ゴーレム先輩の話す「昔」の志島さんは、この前ショッピングモールで見た志島さんの姿とよく重なって見えるような気がするんだよな。
「でも、今はそうじゃないと?」
「そうだよ。今はもうあの通り清楚な美少女よ。私の……憧れなんだ。海香は」
そう言ってゴーレム先輩は少し照れくさそうに笑う。その表情で、ゴーレム先輩にとっての志島さんがどれほど大きく、大事な存在なのかが分かる。
二人の関係を微笑ましく思っていると、「それなのにアンタは……」とまた恨み節が聞こえ始めてきたので慌てて会話を進める。
「い、いつ頃からヤンチャさは影を潜めたんですか?」
「ん? 中学生の頃から段々と……って感じだったと思うけれど。そりゃ海香だって女子だもん。思春期が来れば子どもの頃とは価値観が変わるもんでしょ。その頃になると、私がよく海香を買い物に連れ出してたな。ほら、あの子めちゃくちゃ可愛いから、服を選ぶのが楽しくって」
なるほど。まあこれはよくある話だ。戦隊ヒーローやライダーに熱を上げていた少年も、歳を重ねればその興味関心の対象もグラビアアイドルへと移っていく。それと同じことだ。
でも、気になることはある。志島さんは確か、戦隊ヒーローが好きだったのではなかったか。そして、あの口ぶりと目の輝きからすると「昔好きだった」ではなく「今でも好き」なんだと思う。
志島さんは、実は幼い頃からそのまま変わってなどいないのではないだろうか。
そんなことを考えていると、廊下の向こうからまさに話題の主、志島海香さんが歩いてくるのが見えた。
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