第7話 悪しきマッチョが付け狙う

 僕らがやってきたのは皆大好きショッピングモール。この近隣で遊ぶとなると大人から子供までがとりあえずでここにやってくる。地域住民にとってのワンダーランドだ。


 取り急ぎ今日の目的としては「映画を見る」ということに設定してある。デートの基本だね。そのあとの予定は特に決めていないが……まあ若い二人のことだ。どうなってしまうかは……グッフフフ。


 とは言うものの目的の映画まではまだ少々時間がある。もちろんその時間つぶしまで含めてのデートだ。ありがたいことにここは遊びには事欠かない。適当にぶらぶらりすることした。


 さて、ヒマつぶしの定番といえばだが……。

 ちらと横を見ると、ギラギラとした照明と電子音が鳴り響く一角があった。


「志島さん、ゲーセンとか行きます?」

「あー、あんまり行かないかな。でもゲーム自体は好きだよ。小さい頃はよくやってたし、今でもたまにやってるし」

「へえ、ちょっと意外です。そんじゃ寄ってみましょうか」


 日曜日ということでモールのなかは人でごった返している。その合間をするすると抜けてゲーセンへと向かう。


 きらびやかなエリアに足を踏み入れながら、志島さんに「何から行きますか?」と声をかける。志島さんは何かしらの返答をしたようだけど……周りの音が大きくて聞き取れないな。

 気持ち大きめの声にして「すみません、なんて言いました?」と声を聞く。志島さんは一瞬ぽかんとした表情を見せると、背伸びして僕の方にグイっと顔を近づけてきた。


「なんて言ったの? って、聞いたの!」


 ち、近近近っ! まつ毛なっが! 髪の毛サラサラ! そんで超いい匂い! 

 一体何の洗剤使ったらこんな匂いになるわけ? 日本政府は今すぐにこれを研究して商品化すべき。販売権利は僕が持ちます。その上で僕が全て買います。他の連中に海香の匂いを嗅がせるわけねえだろうが。ふざけんな。


 押し寄せる誘惑の大洪水に必死に抗う。平常心、平常心だ真尋。そしてムスコよ。今日一日はダメよ!

 そんなことは気にも留めずか、志島さんはけろっと笑う。


「普通に話すと聞き取りづらいね」

「ま、まあゲーセンですからね。ゲームの音がうるっさいから」

「花岡君は普段どんなゲームするの?」

「そーですね……色々やりますよ。クレーンゲームとかレースゲームとか、音ゲーとか格ゲーとか。時間つぶし程度なのでやり込んではないですけどね。そういう志島さんはどういうジャンルを?」

「家にあるゲームだと、大乱闘とかグラファイとか……」


 見事に格ゲーばっかりだ。これまた意外。

 お父さんの知り合いがくれて、子供の頃からよくやってたんだよね……と少し照れながら言う志島さん。

 しかしなるほどグラファイか。それなら僕も少しばかりは心得がある。


「それじゃ、ちょっとやっときます?」

「お、いいよ。臨むところ!」


 僕たちはノリノリで筐体へ向かい、小銭をイン。店内対戦モードを開始する。

 志島さんが選んだキャラは……ゴリゴリマッチョの大男キャラ。一撃は重いけど隙がデカく、また技に癖があるため使い手を選ぶ玄人キャラだ。


 その渋いキャラ選択に少し驚き、「なんでこのキャラを?」と聞くときょとんとした顔で「え? カッコいいから」と帰ってきた。か、カッコいい……か? 志島さんって案外ガチの筋肉フェチなのかもしれない。


 さて一戦目。志島さんもシリーズをやっているだけあって中々の腕前だが、ゲーセン筐体でのプレイ経験差で僕が勝利を納める。とりあえず勝ててよかった。男の意地だね。


「いやーアツかった! 久しぶりにやるとやっぱ面白いですね!」


 勝負の充実感と共に隣を見ると。


「クッソッ……」


 ガチで悔しがっている志島さんがいた。


 涼やかな顔を歪め、ギリっと歯噛み。射貫くような目つきで画面を見ている。今にも台パンが繰り出されてもおかしくなさそうな雰囲気だ。……そ、そんなに悔しい?

「花岡くん、もう一戦。勝ち逃げは許さないよ」と言いながら、僕の返答を待たずに硬貨を投入。ここまでファインティングポーズを取られちゃ僕とて逃げるわけにはいかない。


 その後も驚くほどの闘志を発揮する志島さんに付き合って十戦ほどプレイ。ギリギリで僕の勝ち越しを保ったまま、小銭が尽きたのでお開きすることとなった。しかし志島さん、結構な負けず嫌いやでえ……。


 クッソー勝てなかったー! 花岡くん強いねー! と悔しがる志島さんを「また今度勝負しましょう」となだめつつ、僕は次のスポットへの移動を促す。


 ……と同時に気が付いた。


 胸がひりつくような感覚。真綿で締め付けられるかのような息苦しさ。全身の細胞がぶわっと開き、危機感知に全振りしているのを感じる。

 この感覚は知っている。ついこの間、白状なクラスメイト共から受けたそれと同等のものだ。


 これは、殺意だ。


 一体どこのどいつだ。まさか、クラスの連中がこの場にいるとでもいうのか。クソッ、勝負と志島さんに熱中しすぎて全く気が付かなかった。僕としたことが……!

 敵はどこにいる。……いや、大体の位置は分かる。この首筋をチリチリと焼き焦がすような肌感が、方向を教えてくれる。


 そこだ! 


 と振り向いたその先に、いた。


 軽快な音楽と共にきらきらと光り輝くクレーンゲーム筐体の隙間に筋骨隆々の大男三人がひしめき、狂乱の眼差しを僕に向けていた。あの風貌にあの人相。どう見てもまともな世界の人間ではない。

 なるほど、僕に殺意を向けていたのはあのマッチョ共か……。


 ……誰やねんアイツら。


 初めてできた彼女とゲーセンで熱く楽しく対戦ゲームに興じていたら、見知らぬマッチョ達に殺意を向けられていた。

 あまりの事態。知能指数三百五十を誇る僕の頭脳をもってしてもこの状況を整理できていない。


 しかし、一つだけはっきりとしていることがある。このままでは志島さんが危ない。


 僕は志島さんの彼氏として、そして世の中にはびこる魑魅魍魎共から彼女を守る騎士(と書いて"ナイト"と読みたい)として、彼女を絶対に守り抜く義務がある。


 たとえ、この命に代えたとしても――。


 志島さんが奴らの存在に気が付かないよう、さりげなく反対方面に視線を誘導しつつ「じゃ次行きましょうか」といざなう。


 あんな悪漢共がいると分かったら、恐怖でデートどころじゃなくなってしまうからな。あくまでも今日は楽しくて甘~い一日にするんだ。くぅ~この気配り。これでこそ真の騎士だね。ただ腕っぷしがあるだけじゃダメなんだよなあ。

 上手いこと悪そうなマッチョ達からも距離を取れたし、とりあえずは一安心かな。ふうやれやれ。




 僕の認識が甘かった。


 特にあても無くショッピングモール内をぶらつく僕と志島さん。その行く先々に、あの闇落ちマッチョ共の姿があった。


 しかも連中、よく見ると全部別人だ。一体何人いやがるってんだ。あんな大量のマッチョ、どこから調達してくるんだろう。専門学校で養成してるのか?

 楽しい楽しいのデートになるはずだった今日。それが今は、悪いマッチョに狙われていることと僕がノーパンであることをひた隠すミッションに追われる羽目になっている。どうしてこうなった?


 今僕たちは雑貨屋にいる。志島さんは名札に五桁の数字が並ぶ高級ペンのショーケースを眺めていた。


「うわー凄いね……。三万円のペンの書き味って、どんな感じなんだろ」


 はえーっと感嘆する志島さん。「使うとそれだけでめっちゃ字綺麗になりそうですよね」と返すと、確かに、じゃあいつか買わなきゃと言って笑った。

 浜風のように爽やかで汚れのない笑顔。なんとしても守り抜こう。


 あの、ノート売り場から眼球も飛び出さんばかりに僕を睨み付けているマッチョ共から……。


 こっちもすごくないですか? 万年筆ってちょっと憧れるんですよねーと言いつつ、連中が志島さんの視界に入らぬよう目線を誘導する。


 ここまでで気が付いたことがあるのだが、奴らは基本的に僕を睨むだけで、危害を加えようとはしてこない。

 むしろ、志島さんの目線を避けるようにしているように見えた。ここまで彼女に気づかれずに済んでいるのは、マッチョ達自身が隠れてくれたことも大きい。

 と、言うことはだ。


 狙いは……僕か?


 思案する今この瞬間も、背中に熱くドロドロとした憎しみの視線を感じる。

 背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。僕のムスコもキュッと引き締まる。これはこれで不幸中の幸いと言っていいのだろうか? いや良いわけない。

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