第2話 「どんな本をお探しですか?」

 店内に入ると本を並べていた店員さんが挨拶して迎えてくれた。

 パッと見た印象だと、まあ当たり前だけど普通の本屋という感じ。強いて言えばちょっと文房具が多いかなってぐらい。

 いやちょっと待って。前言撤回。

 ナニアレ。


「プロレスの──雑誌?」


 そう、プロレス雑誌だ、たぶん。マッチョの男性二人がリングの上で取っ組みあっている様子が表紙にでかでかと写っている。

 問題なのはそんな雑誌が雑誌コーナーに一冊刺さっているんじゃなくて、レジ前に特設コーナーができているってこと。

 よく見れば表紙にだって書いてある。

 『週刊プロレス』。

 週刊? マジ?

 私が知らないだけで今の世の中ではプロレスが一台ブームを巻き起こしているのだろうか?


「好きな人は好きなんですよ」


 岡崎さんが言う。ちょっとだけ苦笑いに見えたのは気のせいかな?

 ひとまず、私がプロレスのビッグウェーブに乗り遅れたってわけではなさそうだけど。


 さらに、プロレス雑誌の隣に併設されているコーナーにはカレーのルーやドライフルーツが置いてある。

 買う本が決まったらお母さんに何か一緒に買って行ってあげてもいいかもしれない。

 なんだか、思ったより面白い本屋さんだな。


「それで、本日は何かお探しでしょうか?」


 岡崎さんが私の方を見る。

 柔らかい表情。決して満面の笑みじゃないけど露骨な営業スマイルより私はこちらの方が好きだった。


「えっと、学校の課題で、『私の大切な一冊』ってタイトルで作文を書いてクラスメイトの前で発表することになって」


 担任の話では若者の活字離れが深刻でその打開策のために云々、という理由だそうだが、それにしても、高校に入ってまで作文をさせられるとは思わなかった。


「なるほど、新しく一冊読んで、感想を書くということですかね。それじゃあ、どんな本が好きですか? ジャンルでもいいですし、何か具体的タイトルでも」


「え、岡崎さんって、『文房具王になり損ねた女』じゃないですか? 専門はそっちでしょ? 本のオススメとかできるんですか?」


 ブッコローがからかうような口調で言うが、言葉ほど馬鹿にしているような印象はない。

 岡崎さんも、ハイハイ、と全く気にしていなさそうだ。

 もしかしたらこれがこの二人のテンポなのかもしれない。

 本音で話せるような間柄ということだろうか。


「大丈夫ですよ。レファレンスだってできます」


「ホントかなぁ。『初心者にもおすすめ! よくわかるガラスペン!』とかにならない?」


「なりません」


「もし不安だったら、ボクがイチオシの競馬本とか恋愛のハウツー本をオススメしてもいいけど」


「結構です……なんか今日ちょっと元気ですね」


「いや? 極めて冷静だけど?」


 やれやれ、と呆れたような表情を浮かべると、岡崎さんは私の視線に気づいたようで、慌ててこちらに向き直った。


「ごめんなさい」


「いえ、お二人のやりとりがなんだか面白くて、つい見いっちゃいました」


 お世辞ではなく正直な感想だった。


「それじゃあ改めて、好きな本について教えてくださいますか?」


「いえ、結構です。買う本はもう決まってますから」


「そうなんですか?」


「はい。このお店で一番売れている本をいただければ」


「え? いいんですか? でも──」


 作文のタイトルは「私の大切な一冊」なのに。

 岡崎さんがそういう前に、私は答える。


「はい。大丈夫です。どんな本でも。どうせ私その本、読みませんから」

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