本は心の旅路なら

@nikaidou_jirou

第1話 「有隣堂にようこそ」

 本を読まなくなってどれくらい経つだろう。

 小さい頃はそれこそ浴びるほど本を読んでいた私だけど、高校に進学した今、開くのはせいぜいファッション誌くらい。


「でも今日ばかりは、本を買わないとな……」


 私はとある本屋の前に立っていた。

 有隣堂。私の住んでいるマンションから一番近くにある本屋さんだ。

 この前友達と遊びに行った時の最寄りの駅の近くにもあった。

 本を買いに行くのに頑張って歩く必要がないのは便利でいいなと思う。


『でも「隣」に「有」るで「有隣堂」なんて、めっちゃそのまま……」


 独り言を呟いていると、後ろから声がした。


「そのままだっていいじゃない、わかりやすくて、素材本来の味って感じがして。ああ、でも干したたくあんをそのまま食べるのは勘弁。ドライマンゴーは美味しい」


 え?

 急に話しかけられて後ろをふり向くが、誰もいない。

 声はすれども姿は見えず?


「あー違う違う。こっちこっち。下を見て下」


 言われるがままに頭を下げると、翼の生えたオレンジ色の生き物がそこにいた。

 小さな本を脇に抱え、耳の後ろにはカラフルな羽角が生えている。

 そして今はなぜかドライマンゴーを食べている、謎の生物だった。

 っていうか、鳥だった。


「とっ、鳥⁉︎ 鳥が、喋ってる⁉︎」


「鳥取でも島根でもありませーん。R.B.ブッコローでーす。どうぞよろしくー」


 右の羽を頭まで上げて挨拶のようなことをしてみせる。

 なんだろう、夢でも見てるのかな…… もしくは喋るぬいぐるみとか?

 いやでもさっき動いてたし……ドライマンゴー食べてたし……


「ミミズクが喋ったっていいじゃない。インコだって九官鳥だって喋るんだから」


 めっちゃ淀みなく喋る。

 しかもちょっと面白いのが鼻につく。

 だけどなんだか憎めないから不思議だ。

 さらに、有隣堂から出てくるお客さんたちが、


「あ、ブッコローだ!」

「ブッコローさんこんにちは!」

「いつも見てます! ブッコローさん!」


 と、このミミズクが喋るのが当たり前のように接しているのがまた不思議。

 ブッコローはブッコローで陽気に翼を振っている。

 ……ところで、いつも見てますって?


「細かいことはいいじゃない。それで君は──マジ? 郁ちゃんって言うんだ。これは覚えやすい」


 どうしてわかったの? まさか喋るミミズクの魔法? と一瞬狼狽えたけど、なんてことはない、私の通学鞄に付いているキーホルダーを見たのだ。

 「IKU」のアルファベットとハートをあしらった可愛いキーホルダー。

 ホントはそんなに気に入っていないんだけど、友達が「みんなで自分の名前のキーホルダーをお揃いでつけよう」って言うから。


「どうしたん? そんな暗い顔して。ってかやることないならブッコローとお茶しない? 近くに美味しいパン屋さんがあるんだけど、隣にイートインもあって──」


 グイグイくるブッコローにあわあわしていると、おもむろに自動ドアが開いた。

 中から、おそらく店員さんだろう、エプロンを着た女性が出てきた。

 

「ちょっと、お店の前で何してるんですか」


 髪を後ろで縛った、上品な眼鏡をかけた女性。その口調とは裏腹にあまり強い語気は感じられない。怒ると言うよりは嗜めると言った方が正しい感じだ。

 なんだろう、なんかめっちゃやさしそう……


「あれ? ザキじゃん! どうしたの? もしかして自分のコーナー潰れた?」


「失礼ですね。こちらのスタッフさんが急用で来られなくなってしまったらしいので、お手伝いに来たんですよ。

 それで、えっと、そちらはお客様ですか?」


 黙って頷く。

 「岡崎」と書かれたネームプレートを胸に付けた女性は微笑みながら言った。


「有隣堂にようこそ。お力になれることがあれば遠慮なくおっしゃってくださいね」


 こうして私はブッコローと名乗る奇妙なミミズクと一緒に有隣堂の自動ドアをくぐった。

 オーソドックスな入店音の後、ブッコローが口ずさんだ。


「テテテテッテ♪」

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