第1話 五章

白井は優しく撫でる手を止めて遥の正面に立ちなおす。

「遥!」

それは大人としての責務であった、まだ年端のいかない少女に命を散らすかもしれない危険な状況に自ら飛び込む愚行。

それを白井は大切な存在である遥に伝える為に口を開く。

「危ないことは止めてくれ」

その白井の顔は普段から遥に対して厳しく接し慣れていないのだろうか、当たり前の言葉でさえ言うのに苦しそうな表情をしている。

そんな白井の厳しさと優しさに対して遥は真剣な顔で白井を見つめている。

「ごめんなさい、でもそこに守らなくちゃいけない人達がいたから…」

そんな遥の切り返しに白井は目をつぶり何かを考える素振りをした。

そして目を開き遥の頭を雑に撫でる。

「そうだな、私だって同じ判断をする」

そんな白井の返答に遥は真っ直ぐと目を見て言葉を聞いていた。

「そうだ、今日本当は学校で遥にプレゼントを渡そうとしていたんだぞ」

と言いながら白井は少し頬を膨らませる。

そんな白井の様子に遥は目を背けて視線を泳がせる。

そんな遥の慌てた様子を見て白井は軽く吹き出し笑った。

「くくく、そんなに慌てるなら今度から私がモーニングコールをしてやろう!」

「やった!師匠大好き!」

と言いながら遥は白井に抱きついた。

抱きつかれた白井は嬉しそうに遥を抱きしめ返して頭を撫でる。

「よしじゃあ入学祝を今からここで渡す」

そう言って白井は持っていた剣で宙に魔法文字を書き出す。

そこに魔力を加えて、それは魔法陣となり淡く赤色光を放つ。

そして何も無い空間から2個のアクセサリーと思われる物が出てくるのであった。

そのアクセサリーを地面に落とさないように白井は空中でキャッチして遥に渡した。

それは白くて長い棒で、真ん中辺りに可愛らしい白い羽根がある。

その羽根は動物的な物ではなく機械的な羽根であり少女が喜ぶような可愛らしさは無いのだが、何処か機能美的な美しさがあった。

もう一つのアクセサリーは先程の美しさのある物とは打って変わって、短めの白い棒状の簡素な物であった。

受け取った遥はそれを見て驚きの表情をとる。

そんな遥の態度に白井は満足そうな顔をした。

「それが今日入学祝いで渡そうとした遥専用の杖だ」

「嘘、本当に?」

その問いに遥をまっすぐ見据えて笑顔で頷く。

遥は白井から渡されたそれを大切そうに両手で包み込む。

「ありがとう、薫お姉ちゃん」

そして泣きそうな顔で白井にほほえみ返した。

そんな嬉し泣きしそうな顔を見て白井の顔にも涙が溢れ出そうとしていた。

その瞬間遥の後方より唸り声が響く。

その声を聞いた瞬間、白井は遥の体を自身に引き寄せてその反動で自身の後方へと押し出した。

結果白井は先程まで遥のいた場所へと転進する形となった。

そんな白井の行動に、遥は顔を引き締めて先程渡されたアクセサリーを力強く握りしめた。

唸り声の方向を二人は睨みつけるとその先には5階建てのマンションと同じ程の大きな異形がそこにはいた。

「師匠、これ使ってもいい?」

遥は先程貰った羽根のあるアクセサリーを右手で前に出して白井に声をかける。

それを見た白井は遥に微笑んだ。

「わかった、丁度いい的もあることだし私も見ている使いなさい」

その言葉に遥は大きく頷き、アクセサリーを自身の前にかざした。

「ちなみに詠唱は前と同じにしてある」

「はい!」

そうして遥は魔力をアクセサリーに込める。

「人々を守る正しき力!正しき心にて邪悪を滅する!」

その声に反応してアクセサリーは光り輝く。

遥の体を光が纏い、着ていたセーラー服を包み込む。

セーラー服は魔力に包まれて魔法衣へと成る。

それは先程の制服基準からの物ではなく、遥専用の魔法衣であった。

赤く見えるようでいて所々ピンク色に染め上げる。

スカートは赤色のフリルで膝丈ほどあり、その膝から下には赤色からピンク色のグラデーションカラーのロングブーツである。

上着は同じく赤色からピンク色のグラデーションカラーの魔法少女らしさのある可愛らしいセーラー服を模した服であり遥の元気良さに合わせているように感じる。

チグハグな色をしているとは、送った側の白井も予想外で目を大きく見開いていた。

そんな様子にも気が付かずに遥は身につけている魔法衣を見て歓喜の声を上げた。

「わぁ!わぁ!凄い!」

そんな嬉しそうな様子を見て白井は頷き小さくガッツポーズをとる。

「師匠ありがとうございます!」

と言って白井にお辞儀をする。

そうして遥の目の前には先程のアクセサリーが大きくなり杖として顕現した。

その杖を掴み、使い心地を遥は測っていた。

だが異形はそんな師弟の感動的な状況などお構いなしに二人に向けて走り出す。

「師匠、もう一つのユニットは何に使うんですか?」

そう言いながら遥は白井に渡された飾り気のない簡素な棒状のアクセサリーを首からぶら下げる。

「それはロングシュートの反動を抑えるためのフォアグリップだよ」

白井は大型異形と対峙しながらそう答えた。

「遥の小さな体だとロングシュートを放つときに手ブレするだろ?」

合流する前に放ったロングシュートのさい遥は自身の込めた魔力の流れに踏ん張ることができずに、上下に杖の先が動いていたのである。

だがそれは恐らく大人であっても、あのレベルの砲撃を片手で抑えることは不可能だろう。

「それを使うにはフォアグリップ展開って言えば後は勝手に杖に付くようにしてあるよ」

そんな専門的な答えに少し戸惑いながらも遥は忘れないように頭に刻み込むように反芻する。

「フォアグリップ、フォアグリップ」

意図しない形であるが、魔法士の言葉にはある程度の魔力を含む。

その言葉に反応して首元のアクセサリーから光が溢れる。

その様子に遥は慌てる。

「ノーグリップ!ノーグリップ!」

言葉に魔力を込めて魔法という形にする、そんな基本的なことを忘れていた遥は咄嗟に、意味の分からない単語を叫び魔力の供給を打ち切った。

その瞬間アクセサリーから光が失われていく。

白井は遥の様子に気が付かずに大型異形に剣を構えて勢いよく右足を前に出し力を込めて前方へと突撃した。

そんな豪快な白井の行動に遥は羨ましそうに見送り、後方へと大きくジャンプした。

距離にしておおよそ5メートル程だろうか、遥は移動したその場所で杖を前方に構えて、丁度射撃手のように杖を構えた。

「ミドルシュートセット!」

その言葉と同時に遥の持つ杖の右側にある、羽根の様な物が杖の中ほどに移動して銃のトリガーの様に展開される。

左側の羽根は元のサイズの半分ほどに折りたたまれて、肩当てのような形へとなった。

「うん、悪くない」

その使い心地に遥の口から思わず感想が出た。

「師匠!こっちは準備完了です!」

遥の報告により牽制していた白井は大型異形との距離を取るため遥の後方へと跳躍した。

「遥!ぶちかませ!」

正拳突きのようなポーズで白井は叫ぶ。

その白井の声に頷き、遥の魔力は杖へと集まり淡いピンク色を発する。

杖へと集められる魔力は、壊れてしまった汎用性杖よりも効率よく収集される。

それは今までの魔力装填量よりも膨大で、その魔力量充填効率に遥自身が驚き声を上げる。

「し、師匠!」

そんな遥の慌てた様子に白井は微笑みながら頷く。

「ミドルシュートってこんなに威力あったけ?」

吹き溢れる魔力を前に白井と遥の顔は焦りの表情へと変わっていく。

「ミドルシュートって10%ぐらいだったよな?」

その問いに遥は頭を上下に高速に振り、同意する。

「つまり今まで使っていた汎用性杖での魔力充電率10%はかなり無駄に魔力を消費していたと」

「えーとそれは?」

「つまり専用の杖を使って遥の持つ魔力を扱うと、たかが10%でもこうなる、想定できんかったな」

そんな遥の持つ膨大な魔力量に白井は嬉しそうに頷きながら一人で納得していた。

だが遥側からすれば今までと同じように魔力を込められない事と、このどうにも成らない状況に焦り続けていた。

その焦りは結果として意図しない形でトリガーを引くこととなった。

「あっ!」

そんな拍子抜けする声とともに魔力砲は放たれる。

直径にして10メートル程の大きな魔力砲であるそれは大型異形を難なく包み込み、崩壊させる。

それほどまで大きな魔力砲は真っ直ぐと街中を通り過ぎる。

その様子をただ見ることしかできなかった遥はその威力に杖が暴れ回らないように必死に踏ん張りながら助けを求めるように叫ぶ。

「師匠ー!」

その瞬間白井が遥の体を背中から抱き寄せるように支えて杖を掴み、真上へと方向を無理やり変える。

直進すると思われた魔力砲はそんな白井の機転により真上へと打ち上げられる。

「わぁわぁ!」

そんな気の抜けた声を上げながら遥は杖に込め続けた魔力を打ち切る為かトリガーから指を離した。

空から溢れ続ける異形も先程の真上に上げた魔力砲のお陰か姿形無く消し去っていた。

「結果オーライだからいっか」

そんな白井のあっけらかんとした口調に釣られて遥の口元から笑みがあふれる。

「よかったであります!」

そして二人は安堵してその場で笑い合うのであった。











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