筋肉こそ全て

夏伐

筋肉はいずこへ

 ふと目に入った雑誌に『男は筋肉だ!』と書いてあった。

 このあたりには確かに異種族向けの店が多い。色んな種族が出入りしているし、ぼくも失礼だとは思いつつもどうしてもじろじろと他人を見てします。

 ぼくは隣にいた恋人に声をかけた。


「ねぇ男ってなに?」


 ぼくが指さした先には店先に古い雑誌がおかれた地球人類向けの本屋があった。翻訳機があって生活に不便はないといっても、そもそも意味が分からない言葉がある。


「あなたはまた変なものを見つけるのね。私たちには関係ないじゃない」


 少し気になったものの、恋人に急かされてその場を去ることになった。


 この惑星はかなり開かれた港がある。だからこそ色んな種族が出入りしている。

 翌日、ぼくは職場にいるヒューマン型の同僚に聞いてみた。


「ねぇ、男とか女とかってどういう意味なんだ?」


 その疑問に同僚は少し苦笑していた。


「性別だろ」


「性別……、では筋肉って何なんだ? 男にはあり女にはないものなのか?」


「うーん。言葉では説明しにくいな……」


 同僚は服のそでをまくり、ぼくの前に腕を差し出した。


「まあ触ってみて」


 そろそろと腕を軽く押すと、謎の弾力がある。意味が分からない感触だ。思わず、うへぇという声が出てしまう。


「ふんっ」同僚は腕に力を込めた「じゃあもう一回触ってみ」


「か、固くなっている……。生物的な固さではあるが、一体なんの違いがあるんだ……?」


 怯えるぼくに、同僚は誇らしそうに言った。


「これが筋肉だ」


「これが筋肉……」


 同僚は腕をしまい、少し考えるように腕組みをした。そして少しして思いついたようにぼくを見て笑った。


「そして俺たちの感覚からすると、たぶんお前は男に該当する」


「ぼくは男なのか?」


「たぶんな」


 なんてことだ。男は筋肉なのに、ぼくは筋肉を持っていない。

 ぼくは本当に悩んで恋人に相談し、筋肉を飼うことにした。筋肉には名前をつける文化もあるらしいから、元々ついていた名前をそのまま採用した。


 数年後、育てた筋肉は「お父さん、お母さん、ありがとうございました。孤児だった私を大切に育ててくれて」そう言って、故郷の星にヒューマン型の男と一緒に旅だってしまった。


 星間通信でよく顔を合わせるが、ぼくはいつも複雑な気持ちになる。

 男は筋肉だ、という言葉から育てていた娘だったが、選んだ男がひょろひょろの今にも死にそうな男だったからだ。一体筋肉とは何なのか、未だに分からない。


 ぼくは恋人の体に埋もれて一つの塊になってから、また二つのゼリー状の体に分離した。


「さみしくなるたびに、私の体に入り込むのはやめてよね」


「仕方ないじゃないか、ハグなんてものはできないんだから!」


 こんな体じゃ! 両腕を広げてぼくは不定形でバランスをとるのも大変な体をぷるぷると揺らし恋人に抗議した。

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