第6話 救出

「誰か! ダウデン様を助けてくれ!!」


 聞こえてきたのはうっすらと聞き覚えのある声と名前だった。攻撃の手を止め、一時的な結界を張る。


「ミコト! もしかしたら私に情報提供してくれた人たちかもしれない!」


 アナンシャの言葉を受け、ミコトは全員に戦闘を切り上げるよう指示を出した。声のした方向へ、速足で向かう。


「こっちには十一層へ下る階段のある小部屋があるはずだわ」


 地図を読み込んできたのだろうアナンシャが、緊張した様子で告げる。嫌なムードが漂ってきていた。


小部屋の入り口付近まで来ると、斥候役のイルマが気付かれないよう静かに中の様子を伺う。


「四人組っすね。一人兵鬼蟻に群がられてるっす」


 その報告にアナンシャの顔が青ざめる。


「それじゃあもうどうしようもないじゃない!」


 悲鳴の様な声に、小部屋から反応が返ってきた。


「そこに誰かいるのか! 助けてくれ!!」


 ミコトは答えるかどうか逡巡している。当然だ。助けられないとわかっている状態で出ていっても何一ついいことがない。巻き込まれるか、逆恨みされるかする可能性がある。


(どうせ切り捨てられないでしょうけど、迷うようになっただけ成長ね)


 心中でため息をつき、ミコトに進言する。


「私が結界を張ってアナンシャが毒を使えば、どうにかできないこともないんじゃないかしら」


 ヘスティアの言葉にミコトとアナンシャの顔がぱっと明るくなる。似た者同士の反応に思わず苦笑が漏れた。方針が決まり、全員が迅速に動き始める。


「何とかしてみるから離れて!」


 そう言ってアナンシャが男たちにかけよっていく。やはり無数の蟻に群がられているのはダウデンで、叫んでいたのはヘスティアがギルドで吹き飛ばした小男だった。


小男の方もこちらを認識し、連れの若い男たちが武器に手をかけたのを制する。


「どうか! どうか助けてくださいっ!」


 地に頭を擦り付けて懇願する小男をいなし、ダウデンの状態を観察する。黒い群体の隙間に覗く皮膚には無数の穴が空いているが、出血量を見るにまだギリギリ皮一枚の怪我で収まっている。


兵鬼蟻に群がられた際は、暴れれば暴れるほど食いつきが酷くなるからじっとして助けを待つのが一番よい、とヘスティアたちに教えた本人はしっかりとそれを実践していたのだろう。 

 

「誰だ……」

 

 ダウデンが呻くように短く声を発する。かろうじて意識があるようだ。


「知り合いでも何でもないけれど今から助けてあげますからね。少しの間息ができなくなりますよ」


 そう注意し、大男の身体に沿って薄い結界を張っていく。大気を遮断するための特殊な防御魔法だ。魔法を行使した瞬間、隣でアナンシャが息を呑む気配がした。


かなり精度が必要なのでまだアナンシャにも任せることはできない。


魔力の有り余っているミコトに毒魔法を任せられないのも同じ理由だ。


「アナンシャ、毒はほとんど通さないはずですが、最小限でかけてください」


 声をかけられたアナンシャははっとしたように首を縦に振り、詠唱を始める。程なくして、赤い霧に包まれた蟻の群れがぼろぼろと剥がれ落ちていった。


「っりがとよ……。まさか小娘に助けられるとはな……」


 弱々しい感謝に、アナンシャが鼻を鳴らして答える。


「せいぜい頑張って、恩返ししなさいよ!」


 こちらにもダウデンが何か言いたそうにしているが、視線で黙殺する。処置が終わって一歩下がると、若い男たちが転がるようにダウデンの元に集まり、涙し始めた。


「一体何があったんだ?」


 ミコトがむさい空間に眉を顰めながら、かろうじて平静を保っている小男、ゴルドから事情を聞いた。


何でもダウデンたちが面倒を見ている若手冒険者が、誤って兵鬼蟻の巣を攻撃したらしい。それを体を張って庇ったのだから、性根はそう腐っていないのだろう。


そもそも若手が功を焦った理由が、最近ダウデン様が界隈で舐められ始めたからだと言う。その原因には大いに心当たりがある。


ヘスティアは余計な方向に話がいかないよう、もっともらしいことを言って早く帰還することを勧めた。幸いダウデンはゆっくりとだが、一人で歩ける状態のようだ。


「気をつけてくだせぇ。巣の兵鬼蟻の数がいつもより少ねぇのもあって命拾いしやしたが、何かの前兆かもしれやせん」


 最後にゴルドがそう言い残し、男たちは去っていった。



「俺たちも引き上げた方がいいかもしれないな」


「……討伐目標数まで後五匹だわ」


 撤退を考え始めるミコトに、アナンシャが口惜しそうに言う。


「中層からは撤退して、上で狩れるやつだけ狩ればいいんじゃないっすか」


 イルマが折衷案を出すが、それにも頷けないようだ。おそらく残りの魔力量に不安があるのだろう。


先ほど見ていた限り、アナンシャは最後の方はかなり効率よく魔力を節約して戦っていた。


蜘蛛の弱点が把握できてきたというのもあるだろうが、浅い層で一匹ずつ相手をするにはもう魔力が心許ないのかもしれない。


(頭ではわかっているでしょうに。どうしてそこまで虚勢を張るのでしょうね)


 特に今回はイレギュラーも発生しているのだ。依頼の期限が差し迫っているわけでもないのだから、余力を残して撤退戦に入った方がいい。


「ここで狩りを続けて、目標達成次第迅速に脱出した方が、早く済むはずだわ」


 尚も言い募るアナンシャを諭そうと口を開きかけた時、十一層への階段から禍々しい気配を感じた。


ほぼ同時に全員が警戒体制をとる。階段にはまだ魔物の姿は確認できない。次の瞬間、イルマの悲鳴のような声が響き渡った。


「もう、上にいる!」







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