第5話 探索開始

 その後、情報収集に難航するアナンシャにダウデンたちを差し向けたり、アナンシャから教わった毒魔法の習得に悩むミコトに助言をしたりと、陰ながらサポートをしつつ探索初日を迎えた。


一行の眼前には褐色の岩でできた神殿のような造りのダンジョンゲートが聳え立っている。


「では、事前に話した通り、目標が現れたら俺かアナンシャの魔法で対処するから、そのつもりで動いてくれ」


 ミコトが声を上げ、最終確認に入る。


「もし蜘蛛の毒を受けたら私が特製の解毒剤を持っているから言いなさい」


 アナンシャが薄い胸を張って告げる。大黒土帯蜘蛛の毒は特殊で、市販のものだと効きが悪いので自作したのだと言う。


「アナンシャすごいわ。そこまで用意するなんて」


「ま、まあね! ……数は三つしか用意できなかったのだけど」


 褒めると急に自信なさげに呟くので、愛しくなってつい過剰にフォローをしたくなってしまうのを堪える。


「討伐目標数三十に対して三ならまぁ大丈夫っすよ」


 代わりにイルマが軽くフォローを入れた。実際獲物は装甲こそ硬いが、通用する毒魔法を持っていればヘスティアたちの苦戦する相手ではなさそうだ。


「よし、出発だ!」


 ミコトの声に各々が答え、ダンジョンゲートに足を踏み出していく。



 内部には暗い岩の洞窟が広がっていた。一番魔力の使い所が少ないイルマが生活魔法で明かりを灯す。


明るくなった途端、人の頭大の大蠍が襲いかかってくる。それをミコトが軽く薙ぎ払った。


「問題なさそうだな。獲物の目撃が確認されている五層目までは俺が対処する」


 ミコトがそう宣言し、歩調を早める。突然進行を早めた乱入者に驚き、一斉に飛びかかってきた魔物たちを剣の一振りで薙ぎ払っていく。


ヘスティアたちは特に驚くこともなく、警戒しながらその後に続いた。


ハーレム一行はそれぞれが卓越した戦闘能力を持つが、継続戦闘能力で言えばミコトがずば抜けている。膨大な魔力と体力のなせることだ。


その代わり戦闘技術は二年前までズブの素人だったこともあり、日々女たちから代わる代わる指導を受けている。


各地の戦闘のプロから技術を吸収していけば、そのうちとんでもないことになるだろう。


その日を楽しみにしつつ、ヘスティアは撃ち漏らしの蠍の頭を踏み潰した。


 

 あっという間に五層にたどり着き、目標の大黒土帯蜘蛛の影がちらついた。岩の盾に足が生えたような奇妙な姿をしている。人の頭くらいの大きさだ


「ヘスティア様!」


 すかさずイルマが飛び上がって、蜘蛛の退路を断った。ヘスティアが地面ごと削るように剣を振るう。


ひっくり返って腹を見せた蜘蛛が起きあがろうとするのを剣の腹で押し留める。


「本当にお腹や爪先まで硬いのね」


 刃で押し引きしてみると、金属と擦れるような感触が手に伝わってくる。切れないことはなさそうだが、刃こぼれしそうだ。


「これでこいつ自身にも即効性の毒があって、ある程度の温度や毒にも耐性があるって言うんだから、私の力が必要になるわけね」


 追いついたアナンシャがしたり顔で手をかざす。


「沼の精霊オドンティダエよ。その臓腑に巡る血を我に与えよ。我、汝に魔を捧ぐ者なり--!」


 独自のものだろう。聞き慣れない精霊の名を唱える詠唱の後に、蜘蛛が赤い霧に包まれたかと思うと、瞬く間に八本の脚が丸まり、動かなくなった。


アナンシャが魔力の供給を止める。


「成功ね!」


 霧が消滅したのを見届け、手を叩いて賞賛すると、アナンシャは少し気まずげにしながらも笑顔を見せた。この街に着いてから初めての友好的な態度に思わず目を見開いてしまう。


「な、なによその顔は。毒に耐性のある種類には生息環境に存在しない毒を喰らわせるのがセオリーでしょ。ほらどんどん行くわよ!」


 照れ隠しなのか何故か早口で説明を始めたアナンシャにイルマが生暖かい目を向ける。


途中不意打ちを避け損ねたミコトが解毒剤を消費しつつも無事オドンディダエの毒魔法を成功させ、一行は着実に階層を降りていった。



 誤算が生じ始めたのは十層に入ってしばらくしてからだった。全体を見回すと、まだまだ切羽詰まると言うほどではないが、細かなミスが増えてきている。


まず一つ目の誤算はミコトの毒魔法の命中率が低く、アナンシャの魔力の減りが早いことだ。


不意打ちの迎撃に失敗した時から心配していたが、やはりまだ虫に苦手意識があるのだろう。


ミコトは出会った当初は虫系の魔物を大の苦手としていた。他の女の前では大分取り繕えるようになったためあえて言及しなかったが。


背中に滲む汗を見るに本能的なところでまだ忌避感が残っているのが伺える。


二つ目はもう少し深刻だ。先ほどから壁に這う兵鬼蟻(ヘイキアリ)の姿が少しづつ増えている気がするのだ。


兵鬼蟻は一体一体はまるで脅威にならないが、巣を攻撃した者には、集団で襲いかかる性質を持つ。


その数は何万匹とも言われており、一度群がられてしまえばひとたまりもないという。対処方法が思い浮かばないことはないが、試したことがないため確実とは言えない。


「アナンシャ。兵鬼蟻の巣が確認されているのは十一層だったかしら」


「……そうよ。でも目標数まで後十匹だから、手早く片付ければいいわ」


 アナンシャは気付きつつもここを離れる気はないようだ。無理もない。この階層に降りてきてから段違いに大黒土帯蜘蛛の数が増え、効率が上がっているのだ。数匹まとめて葬れば魔力の節約にもなる。


ここで狩っていればもう十数分しないうちに目標数に届くだろう。対して、兵鬼蟻の数の増加が異常なレベルなのかどうかは、ヘスティアにも断言できないことだった。


(十分な安全マージンを取るなら、撤退しながら狩ることを進言するべきね)


 先ほど見せてくれたアナンシャの笑顔が脳裏に浮かぶ。数瞬躊躇っていると、遠くから悲鳴が聞こえてきた。

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