第4話 探索計画

 ダウデンから首都パットゥの近況やダンジョンの攻略状況を聞き出せるだけ聞き出し、上機嫌で帰路に着いた。ダウデン自身も中堅どころにあたる白銀級冒険者の一人だったので、なかなか使いでがありそうだ。



 時刻は真夜中。東に登った月が、南の空に輝いている。宿に帰ると、食堂でミコトが一人呑んだくれていた。


「あら。アナンシャはどうしたの?」


 イルマなら一人で飲みにいっていてもおかしくないが、ミコトが宿にいるのにアナンシャが一人で遊びに行くことなどあるのだろうか。


「それがなぁ」


 ミコトが苦笑しながら経緯を語ったところによると、アナンシャが市場の権力者相手に値切り交渉を拗らせ、あわや出禁になりかけたので、ミコトが取りなしてどうにか帰ってきたらしい。


それで?とミコトの対面の席に腰を落ち着け、静かに話の続きを促す。


「それで、イルマが落ち込んだアナンシャを誘って二人で飲みにいっている」


「ついていかなかったのね」


「俺がいると言えない弱音もあるんだそうだ」


 イルマが言ったのであろう言に深く納得し、事態を把握する。上手く話を聞き出す機会を得たようだ。アナンシャの方はイルマに任せておくとして、問題はミコトだ。


「どうしてそうなる前に止めなかったの?」


 ミコトならば、交渉の仕方も相場もわかっているはずだ。もう少し早く助け舟を出しておけばアナンシャが傷つくこともなかっただろう。


「一生懸命なアナンシャが可愛くてなぁ」


 じろりとヘスティアに睨まれ、ミコトは焦ったように言葉を重ねる。


「まあ、何だ。本人がやりたいと言い出したことだ。納得するまでやらせておけばいいんじゃないかと思ったのさ」


 本格的にまずい事態になる前に助ければいい、ともっともらしく話を締めた。ミコトにとっては深い意味もなく、今取り繕った言い訳でしかないのだろうが、ヘスティアの頭に閃くものがあった。


(アナンシャは責任感が強そうだし、一理あるかもしれないわね)


 思えばヘスティアも過保護に心配しすぎていたのかもしれない。そう考え、今日見てきた依頼の話をミコトに持ちかける。アナンシャに一度、仕事を任せてみようと思ったのだ。



 明け方、酔い潰れたアナンシャを背負って帰ってきたイルマが、部屋に報告に来た。


「ま、予想通りっすね〜。ミコト様がヘスティア様にばっかり頼るのが気に食わないそうっす」


 労を労おうと、生活魔法で出した水を差し出すと、イルマが忍び笑いを漏らす。


「ヘスティア様は生活魔法で冷たい水を出すのが苦手だって教えたら、喜んでたっすよ」


「そんなに笑わなくてもいいでしょう」


 揶揄われて顔を赤くしたヘスティアに、イルマが堪えきれないと言った様子で吹き出す。


「だぁって、水魔法でも氷魔法でもビュンビュン飛ばすくせに、生活魔法で出した水だけ生ぬるいって」


 イルマも相当酔っているようだ。水を飲みながら足をばたつかせてはしゃいでいる。


「今のところ地位の逆転を狙おうとかは考えてなさそうですね」


 かと思えば、急に冷静になって報告を続ける。


「そうでしょうね。ミコトに認められたくてしょうがないというところかしら」


 酔っ払い特有の緩急を受け流しつつ、推論を述べると、頷きが返ってきた。


「本気でヘスティア様はちょっと嫌われてるかもしんないっすけどね。粗探ししたくてたまんないみたいっす」


「あら、それはどうかしらね」


 嫌われているとの報告に、異を唱えると、イルマは意外そうにこちらを見上げたが、何も言わない。元主人がある程度の結論に達しつつあることに気づいたのだろう。もう二言三言言葉を交わすと、千鳥足で自分の部屋に帰っていった。



 翌日の夜、ミコトが全員に自分の部屋に集まるよう招集をかけた。


「少し早いが、今回ダンジョンで受ける一つ目の依頼が決まった。大黒土帯蜘蛛(オオグロツチオビグモ)の素材採取だ」


 ミコトの合図にヘスティアが立ち上がり、説明を始める。


「大黒土帯蜘蛛は特殊な装甲に覆われていて、傷をつけずに倒そうとすると難易度が跳ね上がる獲物よ。強力な毒魔法での対処が有効と言われているわ」


 そこでぴくりとアナンシャの肩が跳ねた。毒魔法はアナンシャの故郷で盛んに研究が行われていて、自身も独自に魔法を編み出すほどの練度だ。笑みを浮かべて話を続ける。


「今回はアナンシャの魔法に頼ることが多くなりそうだから、アナンシャに計画立案を任せようと思っているの」


 ダンジョンの地図と依頼の詳細をまとめたものを手渡すと、アナンシャは震える手で受け取った。


「二日しかないけれど、できるわよね?」


 まとまらなさそうだったら探索を遅らせることもできる、と言い添えたくなるところをぐっと堪え、反応を伺う。


「できるに決まってるわ! 私に任せておきなさい!」


 立ち上がり拳を突き出すアナンシャ。その目は闘志に燃え、生き生きと輝いている。頼もしい宣言に他三人が小さく拍手をして会議は終了したのだった。


 アナンシャは早速獲物の情報を集めると言って出かけていった。市場での行動といい、何をするべきなのかはわかっているようなのだ。どうしてするべきなのかを理解しているかは怪しいが。


依頼達成のための計画立案は普段ヘスティアが行なっている。獲物の生態や、出現するルートの情報を仕入れ、探索計画を練るのだ。


実際に指示をするのはあくまでミコトだが、言うまでもなく重要な役目だ。今回のような特殊な獲物の場合は備品の買い足しや、遭遇時の対応方法の周知も必要になるだろう。


ヘスティアは降って湧いた二日間の自由時間に何をしようかと頭を捻らせる。こういう場合、口を出さないでいるのが何より難しいものだった。

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