第2話 権力闘争の気配

「関所が見えてきたな」


「前来た時より、小さくなってる気がするわね!私が大きくなったのかしら?」


「アナンシャは大きくなっても可愛いなぁ〜」


 地竜を並べて走るミコトとアナンシャの何事もなかったかのような仲睦まじい様子に、ヘスティアは胡乱な目を向けていた。


月が出て、活動を開始してからもアナンシャはヘスティアの事情聴取には応じようとしなかった。


昨日のことについて言及しようとするたび、「昨日話したことが全てで、それ以上話すことは何もないです!」と突っぱねられるのだ。


話したも何も、アナンシャが昨日からヘスティアにむけて言ったのは「余計なこと言って悪かったわね……!! 申し訳なかったです!!」のみだ。


(アナンシャは当てつけや勢いで謝罪を口にする人ではなさそうだから、昨日は悪かったと全面的に認めているということなのでしょうけれど……)


 喧嘩相手のミコトではなく、ヘスティアに罪悪感のある様子が気にかかっていた。


そもそも喧嘩の仲裁に入った時、ああも劇的な反応をしたのは後ろ暗いことをしているという自覚があったからではないか? となるとやはり、と思案していると、隣から声がかかった。


「街に入ったら、探りましょうか?」


 イルマは無表情で前方のアナンシャに親指を向ける。


「……そうね。では三日目の夜までに報告を」


 ヘスティアは少し考えてから、ゆるりと微笑んでゴーサインを出すことにした。そろそろ相互理解を深めるためにもジャブを打ってみてもいいのかもしれない、と考えたのだ。


少し自分とは距離を置くように、とも付け加える。指示を受けたイルマは、軽快に地竜を蹴って、前方の会話に割り込みにいく。



 ほどなく一行は関所に並ぶ列に合流した。

朝日が地平線から顔を出し、薄明の中にあった砂漠を強く照らし始めている。


「冒険者かい」


「ええ。こちらギルドカードです」


 ハーレム一行の番になり、髭面の兵士たちにじろじろと眺められながら、入国の手続きを進めていく。保証金の額を尋ねると、一人分が共通通貨なら銀貨一枚、連合国通貨なら銀貨三枚だと言う。


「あら、共通通貨の方が随分安いんですのね」


 主に使われているのは連合国通貨だと聞いていたので意外な値付けだった。


「……遠方からくるやつも最近多くてな。お前さんらもこの辺のもんじゃないだろう。共通通貨でいいぞ」


 無愛想にそう言う兵士にヘスティアが片眉を上げる。ひとまず共通通貨を支払おうと用意していた連合国通貨をしまう。


「何かあったの?」


 アナンシャが後ろからヘスティアの手元を覗き込んでくる。


「いえ、共通通貨で支払えるみたいだから共通通貨で支払いましょうか」


 ふーん、そうと人差し指を口元に当て、なおもヘスティアの手元を凝視するアナンシャ。若干やりにくいが、何やら一生懸命考えている様子に愛らしさを感じないでもない。手早く人数分用意し、支払いを終える。


「連合国通貨でなくとも通れるんだな」


 ミコトが拍子抜けしたように言った。


(使えるようになったと言う話も確かに流れてきていたけれど、あの様子ではむしろ共通通貨の方が喜ばれるようね……?)


 喫緊の問題でもないので、とりあえず頭の片隅に置いておくことにする。



 関所を抜けると、広い道に市場が開かれていた。商店には干した果物や肉が乱雑に並び、買い物客で賑わう中、地竜を引いて人混みに紛れにいく。


ここはディガッサ王国の首都でパットゥーというらしい。ディガッサは大陸の西方に位置する連合国の一つで、規模としては中堅より少し上に位置する国だ。


特に際立った特徴もないが、あらゆるものが満遍なく揃っている。運河も、鉱山も、ダンジョンも。


ディガッサのダンジョンはケトライセキと呼ばれており、岩洞窟内は二十層まで広がっているという。数多の冒険者と同様ヘスティアたちのお目当てはダンジョンにあった。


現在ヘスティアたちが辿り着いた首都、パットゥで三日間の休日を挟んだのちに挑む予定になっている。


約一ヶ月ぶりの人里に一行は心を弾ませ、宿を探し始める。


「ミコト様〜。あたしあそこの柘榴が食べたいっす〜」


 甘えた声でイルマがミコトにすり寄った。


「いいぞ。一緒に食べよう」


 二人が少し離れた露天に向かっていく。いつもならそこにアナンシャも元気に文句を言いながらついていくのだが、今日は様子が違うようだ。


「この後は三日間休日よね?」


 恐る恐ると言った様子で話を切り出すアナンシャにろくなことではないだろうなと感じながらも、穏やかに頷きを返す。


「でもヘスティアはいつもミコトと買い出しに行ってるわよね? 今回はわたしに任せていいわよ」


「そんな、せっかくのお休みなのに悪いわ」


「ミコトを荷物持ちで独占する方が悪いわ!」


 そう言われると弱い。ヘスティアは伽番のシフトが平等になるよう常に厳格に管理しており、アナンシャにも協力してもらっているのだ。


ぼられて帰ってくる未来が見えているが、渋々承諾することにした。どうにかアナンシャと、ハーレムの財布が悲しいことにならないように尽力するのが自分の役目だと気を引き締める。


「では市場の相場や近況などをまとめているものが確か、荷駄の中にあるから……」


「私もこの国のことなら把握してるもの。何でもかんでも口を出さないで!」


 把握していると言っても察するに六、七年以上は前の話ではなかろうか、とつっこむ前にアナンシャはミコトの元に走り去って行く。


裾を翻し元気よく地竜を引きずる後ろ姿に、子供の成長過程で、何でも自分がやりたがる時期があると言う話を思い出した。


(いえ、一緒にしてはダメね)


 あの一生懸命な可愛さに目を曇らせてはいけない。アナンシャとて成人女性だ。子供の癇癪と同じと断じてしまうのは、楽観視が過ぎるだろう。


彼女はおもちゃではなく、情報と金を握りたがっているようだから。 


ヘスティアは相手の話を聞かないうちに中身を断定するのは危険だと、よく知っている。よってあくまで推論だがこれはひょっとすると——


(初めての権力闘争、になるのかしら?)

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