旅するハーレム〜異世界から来た夫の第一夫人だけど、ハーレム運営大変すぎます!〜

浦島

第1話 喧嘩の勃発

 これは地球と少しずれた位相にある世界のこと。広大な砂の海を男一人、女三人で旅する一行があった。


「そっち! 次で仕留めるよー!」


 元気な声で地中に潜った大砂蛇に注意を促したのは、末席夫人のイルマタル。金の短い髪が、朝日を反射して輝いている。


イルマ得意の追跡魔法で蛇の頭に印をつけることに成功していた。


「頭に落とすわよ!」


 そう言って短い詠唱と共に巨岩を砂中の蛇に命中させたのは第二夫人のアナンシャ。赤褐色の髪が衝撃に、ぶわりと舞い広がる。


 ついに大蛇は砂埃を巻き上げながら、人の体の三倍はあろう巨体を表した。そこかしこの鱗が剥がれ落ち、もはや満身創痍だ。


 砂塵の舞う中、第一夫人のヘスティアが一つにまとめた白金の髪を静かに揺らし、大蛇の後ろに回る。むき出しの耳はハイエルフ特有のとんがった形をしていた。


背後を取られた大蛇は機敏に熱を感知したのか、鎌首を捻る。牙を向けられたヘスティアは構えた剣を振り上げもせず、静かに笑んだ。


「ではミコト! よろしくお願いいたします」


 その笑みに答えたのは、今し方大蛇の正面に回ってきたハーレムの主人だった。


「お膳立てどう、もっ!」


 一閃。ヘスティアの眼前で白刃が閃き、赤黒い蛇の頭がどうと崩れ落ちる。決着の瞬間だった。


砂と血飛沫が収まり次第、総員黙々と解体作業に散っていく。



「どーにか真昼前には終わりましたけど、ほとんどアウトの暑さっすよ……」


 設営を終え、天幕で荷物の整理をしていたヘスティアのところに、イルマがそう愚痴をこぼしながらやってきた。


時刻は正午。砂漠の昼は就寝の時間だ。イルマが自身も滴り落ちる汗を拭いながら、湿った布を手渡してくれた。礼を言い、布を首に巻いて帳簿を広げる。


「そうねぇ。明日の朝には着きそうだから……」


 元侍女の嘆きに応えるべく、残っている食糧と確認する。


「ミコトに甘くて冷たい、棗の氷結ジュースを作ってもらってから寝ましょう!」


「やったった〜」


 イルマがへろへろと脱力した手足をふり回して喜びの舞を踊る。その愛らしい動きに手拍子を打とうかと手を上げかけた時、天幕の外から怒声が聞こえてきた。


「もういいわ!」


 イルマと顔を見合わせ、耳を傾ける。ミコトとアナンシャが何か言い争っているようだ。ミコトの声は小さく不明瞭で何を言っているかわからないが、アナンシャは激昂している。


「アナンシャさん、最近機嫌悪かったっすからねぇ……」


「それでもここまで怒るのは初めてじゃない?」


 やれやれと呆れたように肩をすくめるイルマをたしなめ、様子を伺いにいくことにした。アナンシャがハーレムに入って半年ほど経つので、一度目の倦怠期かもしれないと見当をつけてみる。


 二人は炎天下の中、繋いだ地竜たちの前で喧嘩をしていた。心なしか地竜たちもそわそわと落ち着かない顔をしている気がする。


「もう、立ち往生したって助けてやんないんだから!」


 近づくヘスティアにも気づかないほど興奮しているアナンシャに、ミコトは平謝りしている。


「二人とも一体どうしたの?」


 柔らかい声かけにアナンシャはびくりと体を震わせ、こちらを睨む。それに怯むヘスティアではなく、内心驚きつつも微笑んで返すと、アナンシャは俯いて微動だにしなくなってしまった。

ミコトに視線をやると、たれ目が極限まで垂れ下がり、大粒の汗をかいている。


「ミコト?」


「すまん……俺が次の国の関所についてよくわかっていないせいなんだ。ヘスティア、保証金の用意はしてるよな? 俺はディガッサの通貨すらわからん」


 そこはかとなく圧のある問いかけにミコトは縋るように答えた。


「ええ……? ギルドカードの提示だけじゃなく、連合国独自の通貨で保証金が必要だから、行商の方に両替してもらっているけれど」


 ディガッサに目的地を定めた時から積極的に情報を仕入れるようにしていたため、なぜ今更そんなことを気にするのだろうと首を傾げる。


ついでに言えば共通通貨も最近受け入れるようになったらしいが、確度の低い情報だったため用意はそのままにしてある。


「よかった! ほらアナンシャ、大丈夫だ。そんなに怒るなよ……?」


 ミコトがそっとアナンシャの手を取り囁くが、アナンシャは俯いたまま肩を振るわせている。


「ていうか、そういうのは全部ヘスティア様に丸投げしとけばいいんすよ?」


 その方が楽じゃないっすか?とイルマもアナンシャの肩に手を置く。アナンシャはわなわなと全身を震わせ、両脇の二人ではなくヘスティアに向かって吠えた。


「余計なこと言って悪かったわね……!! 申し訳なかったです!!」


 真正面から唾を浴びたヘスティアは呆然とするばかりだ。


「いいのよ? ノー問題よ? こちらこそ説明した方がよか……」


 アナンシャはヘスティアの言葉を待つこともなく、砂を蹴散らしながら天幕に去っていく。その背に伸ばした手がむなしく宙に残った。


「どういうことっすか? あの態度は?」


 アナンシャの姿が天幕内に消えた途端、イルマが険のある声でミコトを問い詰める。


「わからん。 アナンシャが連合国通貨の用意はしてあるのかと心配していたから、ヘスティアに聞きに行こうとしたのだが、頼りなく見えたのだろうか」


「ほーう」


 簡潔な事情説明にイルマは口の端を歪ませ暗い笑みを浮かべる。


「これは、謀反の匂いっすねぇ……」


「俺、見放されてしまうのか……?」


 話の流れに不穏なものを感じたヘスティアは、手を一つ叩き、ぱんと乾いた音を響かせる。


「いない人のことをこれ以上言うのはやめましょう。アナンシャが落ち着いたらまた私からも話を聞いてみますね」


「はーい」


「よろしく……」


 元気のない返事が二つ返ってきたので、その場はお開きとなった。話を聞くとは言っても今夜ミコトと同じ天幕で眠るのはアナンシャである。


伽番の天幕を外から邪魔しないと言うのは、ヘスティアが定めた最初のルールだ。


ミコトが火に油を注いでいないかはらはらしつつも、生ぬるい棗ジュースをイルマと啜り、その日は眠りについたのだった。

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