第49話 5-D】火星会戦:闇の中で

 カルネージ・アンドロイドのカールは仕事が無い場合は自分の部屋でじっとしている。

 椅子が2つとテーブルが一つだけの殺風景な部屋だ。

 動かないとは言え、そのナノ・マシン集合体である頭部の中では絶え間なく通信を行っている。通信先は太陽系平面から離れた宇宙空間にステルスモードで浮かんでいるカルネージ特使船だ。

 もちろんそれは超光速通信で傍受不可能特性を持っている。人類の科学を遥かに越えた技術の産物の一つである。


 アンドロイドのカールの頭脳に投影されているのは火星会戦の戦況のリプレイだ。

 邪神船イタカをここで破壊できるかどうかは五分五分というところだった。それを撃破できたのは過分な幸運に恵まれた結果でもあった。

 イタカが撃破された直後が一番危なかった。邪神母船アザトースが劇場戦略を中止して、地球に強襲をかける可能性があったからだ。

 幸いにして邪神軍は劇場戦略を続けるつもりだ。イタカの撃破などさほどの被害ではないと見せたかったのだろう。それはある意味真実であった。邪神子船はしょせんは使い捨てなのだ。時間とマナさえあればアザトースならばいくらでも建造できる。

 その通り。

 マナさえあれば。

 そのためには人類から可能な限りのマナを絞り取らなければならない。

 そしてカルネージとしては人類に抵抗を続けて貰い、できる限りアザトースのマナの消費を促す必要がある。

 カールは頭の中で何度も今後の計画を反芻していた。


 部屋にノックがあり、開いた扉から井坂大統領が入って来た。

 その姿を確認してカールの体内で静かにスタンバイしていたマイクロ衝撃銃が待機モードに戻る。その静かな外見からはカールがたったいま侵入者を殺す準備をしていたことは分からない。

「おはようございます。井坂大統領。あるいは、こんばんわ、でしょうか? どうしたのです、こんな時間に」

 時刻は標準時の午前三時だ。

「眠れなくてね。それと君と秘密の話がしたい」

「わかりました」

 カールは空いた椅子の一つを示す。

「ここは完全に防音されていますし、あらゆる種類のスパイ装置から守られています」

「でしょうね」

 井坂は椅子に座るとカールと向き合った。

「議題は何でしょう?」

 カールは瞬かない瞳を井坂に向けて言った。他の人間たちと居るときは瞬きの動作は自動で入れているが今はその種の配慮は要らないと認識している。

「率直に教えて欲しいことがあるのです」井坂は居住まいを正して言った。

「何でしょう?」

「カール。貴方は超新星化デバイスをこの太陽系に持ち込んでいますね?」

 カールが返答するまでに一瞬だけ間が開いた。母船との通信ラグだ。

「その通りです。超新星化デバイスは私の船に搭載されており、それは今この瞬間に太陽の傍に配置されています。逆にお尋ねします。井坂大統領。どうしてお分かりになりました?」

「推論したのです。貴方たちの立場ならば、邪神軍に対して圧倒的に不利な我々を無視して、我々ごと太陽を超新星化する方が邪神軍に大きなダメージを与えることができます。私が貴方たちの立場なら、他種族を助けて自身の危険を増大させるぐらいなら心を鬼にしてそうします」

「その通りです」カールの声は平静だ。

「ではどうしてそうしないんです?」井坂は核心をついた。

「いくつか理由があります」とカール。もちろんその人間を模した顔に表情などは作らない。

「一つは、我々カルネージ人は邪神種族ではないということです。我々には守るべき規範があり、それを誇りに思っています。他に取ることのできる手段があれば、他種族の虐殺は行いません」

 それを聞いて少しだけ井坂の肩の力が抜けた。

「しかし地球人類は我々の予想を越えて脆弱でした。このままでは人類は滅び、邪神軍は必要としているマナを得てしまうでしょう。そこで我々は彼らが地球近傍に進出するまで待つことにしました」

「どういうことです?」

「彼らが使用している超空間航行方式は巨大質量塊の周囲では作動しない、もしくは効率が激減します。つまり太陽に近づけば近づくほど太陽系外縁部に逃れて超空間航行に入るまでの時間が長くなるということです。我々の計算では邪神母船アザトースを地球軌道まで引き寄せた段階で超新星化を引き起こせば、超光速飛行に入る前にアザトースのマナが尽きて無敵バリアが消失すると出たのです」

 この回答に井坂は驚愕した。だがそれは密かに立てた予想が当たったという驚きであった。

「ということは、カール、貴方はアザトースが地球に接近した時点で超新星化デバイスを使うつもりなのですか?」

「そうです」

 井坂の体が椅子に崩れ落ちた。

「だがそれならどうしてその事を私に教えるのです。秘密にしておいた方がよいのでは?」

「理由は簡単です。あなたがこの事実を知ろうが知るまいが、人類がこの事実を知ろうが知るまいが、我々の行動に差がでないためです。邪神軍は決して今の劇場戦略を止めませんし、あなた方も抵抗を諦めないでしょう。そして私たちも自分たちの決定を変えたりはしません」

「だがもし我々人類が邪神船を、魔皇アザトースを倒したとすれば?」

「そのときは超新星化デバイスは封印されます。ですがそれは万に一つ、いや、万が兆の単位でもあり得ない事柄でしょう」

「そうでもありません」

 井坂は椅子の上で身を乗り出した。その疲れた目に何か狂気を思わせるぎらぎらした光がある。

「私には案があります。確実にアザトースを倒し、人類を生き延びさせることができる案です。だがそれには貴方の助けがいるのです」

 ここで初めて、カルネージ・アンドロイドのカールに動きが生じた。カールもまた身を乗り出す。

「どんな案です? 聞きましょう」


 闇の中で行われたたった二人だけの会議は人類の命運を乗せていつまでも続けられた。 最後に一言だけ、カールは言った。

「本当にそれをするつもりですか?」

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