第45話 5】火星会戦:再戦:終結

 後方に控えていた球形邪神子船ヨグ=ソトホートが動き始めた。

 加速を開始し、火星会戦の地へと参入する。その機体から無数の生体艇の雲が沸き上がった。

 ばら撒かれていた観測衛星のAIがその数を数え、1200万機との数字を叩きだす。

 人類軍の戦闘機に護衛された戦艦や巡洋艦は一路地球への帰還軌道を辿り始めた。

 最大噴射ならばこのスワームに追いつかれることはないと航法AIは結論を下す。

 この撤退行動で修羅場となったのは駆逐艦であった。なまじ高速なために、救命艇の回収や放棄戦闘機からのパイロットの救出などの任務がすべてやってくる。

 目的とする救助ポイントの付近では漂流者などと速度を合わせる必要があるため、いくつもの救助ポイントと加減速計算、そしてもっとも重要な推進剤の残り容量の計算は驚くべき複雑で膨大なものとなる。

 その計算すべてが背後でステルスしている観測艇イシュタールが行っていた。中にいるのはレイチェル技官とライズ技官である。

 次々に入る救難要請をデータに換えて、搭載している高性能コンピュータとカルネージ製AIに食わせる。

 これは電子の海で行われるもう一つの戦場であった。

 ようやくにして要請された処理が終わると、イシュタールはそっとステルス駆動に移り、火星の戦場を後にした。



 宇宙はすでに静かだ。

 今やそこには完膚なきまでに破壊されたイタカが浮かび、その周囲を無数の生体艇の雲が通り過ぎる。イタカの残骸の中にはまだ少しは生き残りの邪神歩兵がいるはずだが、生体艇はそれらにはまったく膠着しない。邪神兵は基本使い捨てとして設計されている。だから救助は最初から予定には入っていない。


 火星軌道上の宇宙工廠にもスワームが群がり始めている。撤退する人類艦隊を追っていた数十万匹の生体艇スワームが戻ってきて、火星から地球への脱出軌道をブロックしている。

 衛星軌道上の構造物を手当たり次第に撃ちながら、スワームの密度がどんどん濃くなる。

 やがて今まで見たことのない巨大な生体艇が出現した。それは大きな風船の集合体のような、どことなくクラゲを連想させるものだ。

 その体から生えている細い触手にハチたちがぶら下がる。

 他の生体艇を満載すると、それは火星軌道上からダイブした。テラフォーミングにより増大しかけていた薄い大気中に突入すると大気との摩擦熱で焼けながら大地に衝突した。

 惑星突入用生体艇。もちろん搭載した他の生体艇もろとも使い捨て前提である。

 その粘性のある体で着地の衝撃の大部分を吸収する。ハチが数十匹潰れたが予想内なので注意は払わない。無数のスワームが火星の空へと飛び立つ。邪神兵を抱えたトンボが後を追う。

 四十日かけて、火星上からは人類が一掃された。

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