第44話 5】火星会戦:再戦:騎士とドラゴン

「突入した宙兵隊からの通信すべて途絶しました」

 戦術管理士官が残念そうな顔で報告を上げる。

「生き残っている巡洋艦は何隻だ?」

 答えを聞く前に井坂はスクリーンの表示を見る。残り五隻。それ以外は多くの生体艇を道連れにして爆散した。

 戦艦はまだ三隻轟沈のみに止まっている。その内二隻はレールガンの過負荷駆動による自壊だ。

 邪神船イタカがテトラモードに切り替わった後に状況は一変した。イタカ最大の武器が使えるようになったのだ。たちまちにして対ビーム装備を持たない巡洋艦の二隻の腹に大穴が開いた。

 戦艦群が支援に動いたが、今度はそこに生体艇の群れが突っ込んだ。イタカ自身は生体艇のことは無視してそこにビームを乱射する。

 戦艦がビーム散逸を激しくまき散らしながら回避機動に入る。

 戦艦群はお互いをうまくカバーして撃沈を免れているが、それでも限界が近い。装甲の大半がビーム被弾孔に覆われていて、すでに装甲の役を成していない。対空砲台も破損して動かなくなったものが増えている。

 駆逐艦隊が飛び込んで必死で隊列の穴を埋めるが、小型艦の悲しさ。どれだけカバーできるわけでもない。特に痛いのは対空ミサイルの不足だ。ここまでに武装の多くが弾切れになっている。

 ここから先は撃沈される艦船の数は急増する。

 宙兵隊はすべて送り込み終わった。邪神船イタカの中で彼らがまだ生き残っているのかどうかは分からない。

「撤退命令を出しますか?」井坂の隣席でダリク艦長が提案した。

「駄目だ。ここで撤退しても後がない。月も地球もイタカと戦える装備はもっていない。今ここでイタカを沈める以外にないんだ」

 井坂は苦悶した。無数のファクターを計算に入れてここまで持って来たのだ。今さら変更は効かない。

 残りの兵力でどう戦う?

 残りの武装でどこを攻める?

 どうやってイタカを沈める?

 バジリスクは破壊された。これ以降はイタカは死角無しのテトラモードで押して来る。そうなれば今はぎりぎり善戦している戦艦も沈み始めるだろう。

 体当たり?

 いや、例え戦艦が全速で体当たりしてもイタカを沈めるには至らない。それ以前にそこまで近づく前に撃沈されるだろう。


 プランCは崩壊した。この後はどうする?

 ここで負けるわけにはいかないのだ。火星会戦で敗北したとなれば、人類が生き残るためには邪神技術を使うしかなくなる。そうなれば例え戦争に勝ったとしても、太陽系には元は人類だった新しい邪神種族が出現するだけになってしまう。

 だがどうやれば!?

 井坂は苦悩した。そして覚悟した。

「て・・」撤退と言おうとした。

 そのとき船管理AIのアイが口を挟んだ。

「井坂マスター」

「なんだ?」井坂の声が険しくなっている。

「戦術AIの報告を見ていて気付いたのですが」

「なに?」

「イタカの一番砲門が機能していません」

「なに!?」

 井坂は立ち上がった。

「それは本当か?」

「単純に事実です」

 どことなく含み笑いを思わせる音声でアイが答える。

 その事実が意味するのは二つ。

 一つ目は宙兵隊は第一目標である動力炉を狙うことを諦めたということ。つまり動力炉は邪神装甲で覆われている。

 二つ目は宙兵隊が第二目標である砲塔へのエネルギーケーブルの一本を断ち切ったということ。

 これなら保険として掛けていたアレが使える。

 井坂は椅子から立ち上がった。

「ダリク艦長。ただちに全艦艇全戦闘機に通知しろ。プランDを発動しろ」

「プランD!?」ダリク艦長が目を見開いた。攻撃プランにDがあるなんて初耳だ。

「緊急プランです。早く」

 言われるまでもなくダリク艦長はすでに命令を発している。

 すべての人類軍にプランDが通告された。


 移乗した先の戦艦ダイブラスのブリッジでスクリーンに提示された内容に素早く目を通したバーティ戦闘士官が通信機目掛けて叫んだ。

「全戦闘機に告ぐ。プランDに従い、ブルマン中尉の機体を援護しろ。これが最後の作戦だ! 続けて各艦船に告ぐ。イタカから離れろ。巻き込まれるぞ。ただし射撃はそのまま続けろ。イタカの注意を惹け」

 サント艦長がその通信の後を継いだ。

「全員聞け! 命を惜しむな。

 人類の未来はこれに掛かっている。イタカをぶっ殺せ!

 ブルマン! 頼んだぞ!」

 全周波数通信機に怒涛のような喚き声が響き渡った。通信を聞いた全将兵が雄叫びを上げているのだ。


 プランDの発動を見て、一番喜んだのはイタカの周囲でただひたすら待機していたブルマン中尉だ。

 デスメタルのBGMを流す。まだ若い頃に組んでいたバンドで自分で演奏し記録していたものだ。

「バーンズ。フィズ。俺たちの出番だ。行くぞ」

 ステルス静止モードからいきなりエンジンを起動する。

 ブルマン中尉が乗るのはマークZ。カスタムメイドの特殊戦闘機だ。その腹に抱えるのはたった一発だけ製造できたショットガン方式二連反物質爆弾。

 ブルマン機は目的の砲門に向けて最短距離で突進を開始する。今は時間が惜しいので欺瞞軌道は取らない。イタカの沈黙した砲門はいつ復活するか分からない。

 砲門周辺には生体艇は少ない。ビームの射撃に巻き込まれて撃沈する危険性があるからだ。荷電粒子ビームは軌道を曲げると周囲に大量のガンマ線をまき散らす。それは生体艇に取っては毒でしかない。

 だがそれでもまだ数千体は前方に布陣している。

 短針砲を乱射しながらフルマンは突っ込んだ。いちいち狙いは付けない。毒針が刺さったハチの群れがまとめて痛みに踊り狂う。

 バーンズ機から対空ミサイルが撃ちだされる。それは恐るべき加速度で編隊の前に飛び出すと、爆散して無数の毒針をばらまいた。

 隊列を組んで前方に回りこもうとしていたハチたちがそれを正面から浴びた。何もない真空を掻きむしり羽をばたつかせる。

 代わりにワイバーンの一群が向かって来た。ここで何が起きているのかは知らないが、それでもこの怪しい編隊を止めなくてはと結論づけたのだ。その巨体の体当たりでブルマン機を止めようとする。

 横腹からドローンを引きつれた戦闘機小隊が突っ込み、対空ミサイルと毒針をワイバーンたちにありったけ叩き込む。

「第一一二小隊。ブルマン中尉。ご武運を!」

 一言だけ残すと、そのまま速度を殺せずに戦闘機小隊は通り過ぎていく。またここに戻って来るのは数十分も後になるだろう。

 ここまで来ると残った直衛生体艇の群れも異変に気付いた。

 ブルマン機の前方に集結を始める。

 ブルマン機は砲門の直前で相対速度をゼロにしないといけないのでこれ以上の加速はできない。このままでは囲まれる。

「ファズ。盾になるぞ」バーンズが叫んだ。

「おう」一言だけ答えてファズがアフターバーナーを入れる。

 その瞬間、左右をアフターバーナーを全開にした生き残りの人類軍戦闘機が駆け抜けていった。

「幸運を!」

「ぶっとばせ!」

「俺たちがやります」

 通信機から次々と励ましのエールが流れる。

 前方で戦闘機と生体艇の衝突が始まった。光の華が咲き、その中で多くの命が消えて行く。ばらばらになった生体艇と分解した戦闘機の破片が区別なく混ざって戦場から弾き飛ばされる。

 対空ミサイルがコアトルを追い、イカに戦闘機が体当たりして引き裂く。無数の虫弾に集られた戦闘機が搭乗者の命と共に爆散する。

 その破片の雲の中を真っすぐに抜ける。マークZの頑丈な機体表面で破片が弾き飛ばされる。

 前方に沈黙した砲門が出現する。

 姿勢制御と共に機体から凄まじい噴射を行い、ブルマン機はぴたりと減速して見せた。

 狙うは沈黙した砲門の中だ。

「バーンズ。フィズ。さらばだ」

 その言葉を最後にブルマン機は砲門に飛び込んだ。

 同時に赤いコックを引く。機内のすべての計器が一瞬で消えた。代わりに光ファイバーを通じて外部の光景がコックピットに投影される。極めて原始的な光学機器による映像だ。

 パワーアシストが切れ、操縦桿がいきなり重くなる。


 井坂の説明が脳裏に蘇った。

『イタカの砲門の中は超がつく高磁力線の塊です。それは物質と言っても良い強度です。その中に戦闘機で飛び込めば電子機器の類は全部動かなくなります。その強度は我々の電磁遮蔽技術の限界を越えているのです。

 そのため操縦は全部手作業となります。イサカの砲門直径は五十メートルあり、戦闘機機体の横幅は最大でも十メートル程度ですから余裕は十分にあるように思えますがそうではありません。

 強烈な磁力線の中を金属の塊が通るというのは水の中に潜るようなものだと考えてください。

 つまりマッハを越える速度で海の中へ突入するということです。その抵抗は凄まじく、正しく操作しないとすぐに砲門の内壁に接触してそこで破壊されます。

 これらすべてを人間の感覚で捉え、パワーアシストなしで機動バーニアの方向転換を行うことになります。

 困難というよりは不可能に属する行為です』


 だがもうこれしか残っていないのだ。ブルマン中尉は歯を食いしばった。このために長い間訓練を続けて来た。

 砲門の中のトンネルは淡い青に光っている。無数のコイル、プラズマアーク端子、磁力線を物理的に圧縮するための重機に似た突起まである。これにぶつかればいかなマークZでも一巻の終わりだ。

 主エンジンは最大噴射に固定されている。加速で体がシートに叩きつけられる。ぬめりとした感触で機体が砲口の中にめり込んでいく。

 今こうしている瞬間、この砲で射撃が行われればブルマンは原子の雲になって砲口から吐き出される。

 操縦桿を叩きつけるようにして迫って来た内壁を避ける。まるで荒れた海の上でのサーフィンのようだ。何十トンもある機体がまるで波に浮かぶ木の葉であるかのように激しく揺れる。実際に乗っているのは波ではなく高強度の磁力線なのだが。

 BGMを再生していたコンピュータが死んで沈黙し、代わりに周囲できしむ機体の悲鳴に置き換わる。

 機体の速度が増加するに従って逆に視界は前方へと狭まる。

 操縦桿は優しく握るんだ。ブルマン中尉は自分に言い聞かせた。この速度では1ミリ動かし過ぎれば反対側の壁にぶつかる。

 動力炉まで後五キロ。

 脂汗が額を転がる。だがそれを拭っている余裕はない。

 後四キロ。

 ボタンを叩いて加速を止める。推進剤を直接カットする。後は慣性で進む。速すぎると砲塔基部にあるプラズマ形成器にぶつかり機体が大破する。

 いかなショットガン方式反物質爆弾でも動力炉に直接叩き込む必要があるのだ。ここで機体が破壊されたら、壊せるのは砲塔一基だけに終わってしまう。

 残りの距離の三、二、一は瞬時に過ぎた。

 勘に従って座席にしがみつき、次のボタンを押す。

 戦闘機の前方から大型の破砕ミサイルが飛び出し、荷電粒子砲の基部に命中する。爆発の閃光と爆風が機体を真っ向から襲う。

 エアバックが展開し、ブルマン中尉の体を抑えた。だが殺しきれないその衝撃で自分の鼻が折れるのを感じた。

 閃光。

 衝撃。

 轟音。

 振動。

 そして静寂。

 気がつくと大きく開いた隔壁の穴からマークZは機首を突き出していた。特別仕様の前面装甲が激突の衝撃で完全に吹き飛んでいる。

 この戦闘機は見事なできだぞ。井坂。心の中でそう誉める。その証拠にきちんと着陸できた。もっとも昔の教官ならば着陸ではなく墜落だと断じるだろう。

 宇宙服のバイザーの向こうに嫌らしい色に輝く巨大な球体が見えた。

 邪神装甲に包まれた動力炉。聞いていた通りの代物だ。

 その周囲を埋めるかのように、生き残った邪神歩兵たちが近づいて来るのが見えた。手だけが六本もある蜘蛛と猿を掛け合わせたような化け物だ。恐らくは低重力下での船内作業要員と思えた。

 手に手に小さな道具を持っている。きっと金属カッターだ。

 ブルマン中尉は壊れたマークZのキャノピーを蹴り飛ばして外した。周囲温度が一気に上昇する。着ている宇宙服の耐熱性能はあまり高くない。長くはもたない。

 ボタンを叩き込むと爆弾射出ポッドのカバーが吹き飛んで外れる。

 手元のハンドルを回すと爆弾射出ポッドと物理的に連動する照準器も動く。直撃で無くても十分なはずだが、焦ってミスはしたくない。まず横軸を慎重に合わせる。

 邪神兵たちが次々と機体に登って来る。

 次のハンドルを回す。照準器が上を向き、最後に十字線が動力炉の中心を示す位置に来た。

 開いたキャノピーに到達した邪神兵が道具を持った手を差し込んで来る。

 それを見ながら、ブルマン中尉はニヤリと不敵に笑った。

 これでやっと先に逝った連中と酒盛りができる。

 躊躇うことなく、ブルマン中尉は最後のボタンを押しこんだ。



 イタカはこのすべてを艦内モニタで見ていた。

 砲身の基部に爆発が起き、あろうこか人類軍の戦闘機がそこから顔を出す。

 邪神装甲ほどの強度はないが、荷電粒子形成チェンバーの壁はそこまで弱くはない。それを打ち破るミサイルの威力も威力だが、その爆発の中を突き抜けて来るこの戦闘機はすでに戦闘機と呼べる範疇を越えている。

 徹甲砲弾と表現するのが正しい。

 その機首が割れ、中から物体が飛び出して来たときにイタカはすべてを悟った。

 あの爆弾だ。

 白光が閃き監視カメラが蒸発する。続いて船体のあらゆる所から悲鳴と苦痛が沸き上がった。ミニ統制脳が焼け落ち、断末魔の悲鳴を上げる。

 動力炉が真っ二つに割れ、生のエネルギーが漏れ出す。最初の爆弾に比べると数万倍の規模の巨大エネルギーだ。

 次の瞬間そこにあったのは直径ニキロに渡る球状の超高温プラズマだ。イタカが保持していた反物質のすべてが反応に入ったと知れた。

 放射温度は億の単位にまで噴き上がった。

 船殻内部の構造体が軒並み蒸発する。強烈な苦痛と共に船体中に張り巡らされたサイボーグ神経網が分解する。

 強烈な衝撃波が船体を走り抜け、砲身が折れ曲がる。船体の基部にひびが走り、そこから超高温プラスマが噴き出す。生まれたての亜光速の原子が宇宙新生の光景を作り出す。

 イタカの最後の意識は、これでやっと楽になれる、だった。



 邪神船イタカのコアが二つに裂けるのを人類軍のすべてが目撃した。四つの砲門のすべてから光が止めどなく噴き出す。

 裂けた船体が放つ光はますます強くなり、周囲でパニックになって右往左往するハチたちが大量のガンマ線をまともに浴びて焼け落ちる。

 一瞬の静寂の後に、すべての周波数に大歓声が上がった。

「やったぞ!」井坂が思わず椅子から立ち上がった。

 デュラス技官がダリク艦長に抱き着くと、二人でダンスを始めた。

 轟轟と光をまき散らすイタカをたっぷり三秒間計測すると、冷静な声で管理AIのアイが報告した。

「イタカ。完全に破壊されました」

「よし」井坂は通信に割込みをかけた。

「全艦に告ぐ。イタカは撃沈された。速やかに撤退しろ。残った敵は無視しろ。交戦するだけ無駄だ。ここまで来て撃沈されたらバカみたいだぞ。

 それぞれの指示に従い、地球への帰還軌道に入れ。

 急げ。次はヨグから1400万隻の生体艇が来る」

 予め設定しておいた通りの警報が鳴った。

 戦闘機パイロットはすべて駆逐艦へのランデブー命令が出た。回収する暇がないので機体はそのまま放置するのだ。

 それから井坂は直立不動になると、燃え上がるイタカの映像に向けて敬礼をした。それを見てブリッジにいた全員が同じく敬礼をする。

 今はここで犠牲になった者たちへの手向けはそれだけしかできなかった。



 どの戦艦も遅滞なく退避行動に入る。すでに残された生体艇と戦う意味はないのだ。母艦が撃沈された以上は放置しておいてもじきに活動限界に達する。ただちに後方のヨグへ向かった生体艇だけが生き延びるだろう。

 生き残った巡洋艦の周囲には戦闘機隊のエスコートがついた。こちらは戦場から離れた段階でパイロットだけが乗り移る計画だ。巡洋艦は駆逐艦ほどの速度はでないのでこういった支援が必須となる。

 戦艦群にはまだ役目がある。戦場からの追撃を出来る限り引き受け、遅滞させるという仕事だ。

 幸いにも残されたイタカの生体艇のほとんどがパニックのままでその場で右往左往している。脱出するなら今しかない。


 火星は見捨てられた。すでに住民のほとんどは地球に向けて退避した後だ。

 これからこの戦域は邪神船ヨグ=ソトホートに搭載されている生体艇の群れにより完膚なきまでに破壊されるのだ。

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