第43話 5】火星会戦:再戦:クロスカウンター

 超巨大レールガン通称バジリスク。

 砲身長約八キロメートル。この長さだけはイタカの荷電粒子砲と競うことができる。

 砲身の周囲には超コンデンサであるネオ・バタシターがコブのように突き出している。その周囲に浮遊する新型核融合炉からの電力が惜しみなく砲身へと流れ込む。

 360トンある巨大砲弾がこれも巨大なクレーンで次々と運び込まれる。火星周回軌道上の無重力で無ければ運搬はもっと大変だっただろう。

 射撃の度に強烈な反動で砲身そのものが弾かれたかのように後ろに向けて飛び出す。構造支持材に直付けされたスラスターが全力噴射でそれを元の位置に戻す。出たり引っ込んだりの繰り返しだ。

 木星会戦のときは核融合プラント群の巨大プラットフォームにそのまま接合したからこの問題は生じなかったが、ここでは違う。姿勢制御は今や存外に厄介な問題として作業員の肩に重くのしかかっていた。

 球状の作業用宇宙ポッドに入った作業員が忙しく立ち働いている。周囲を固めているのは大小さまざまな大きさの作業ドローンたちだ。

 システムのほとんどを動かしているのは管理AIだが、実際には人間の手がないとうまくは動けない。特に過負荷でネオ・バタシターが爆発したときなどはAIでは対処できない。

「ガラス棒持ってこい! 規格L18番だ!」

 作業長が怒鳴る。

 ガラスとは言っても高強化ガラスでできた大型建材だ。レールガン周囲の高磁場では電磁誘導を起こす鉄材などは下手に使えない。

 特別仕様の大型重機ドローンが数台がかりで建材を運ぶ。

 ここは技術者たちによるもう一つの戦場であった。


 警報が鳴った。

「なんだ?」作業長は警報指示に従い上を見つめた。

 瞬かない星が浮かぶ漆黒の宇宙。その中に異物が浮かんでいた。

 バイザーに拡大映像が出る。イカ型生体艇だ。

「どうして・・」思わず呟いてしまった。

 答えは決まっている。ステルスだ。人々の注意がイタカに集中している間に、姿を消して近づいて来ていたのだ。

 星空偽装を解除して次々にイカが出現する。

 その数、約百。

 邪神軍が初めて見せるステルス生体艇の出現であった。


 スクリーン上に出現した巨大イカを見て火星基地司令官は思わず椅子から立ち上がった。

「まずい。対空砲火始めろ。レールガンを守れ」

 警報が鳴り響いた。

 レールガン周辺に配置されている対空レーザー砲台が火を吐き始める。対空ミサイルの射出も始まった。

 保守ドローンたちが手に手に武器を持って基地の中から走り出て来る。


 だが遅かった。

 イカたちはすでに最後の加速を始めていた。自分の身を護るなどという意味のないことはしない。そのままレールガンに衝突し、自爆を開始する。

 邪神軍の使う爆薬は連鎖窒素系爆薬。IECMほどではないがそれに次ぐ威力がある。そしてバジリスクには設計段階から装甲の類がほとんどない。

 膨れ上がる火球の中にバタシターの残骸が弾け飛び、レールガン砲身に大きな穴が開く。

 そうしてできた傷口にさらにイカが飛び込んで爆発する。

 たちまちにして報告スクリーンがすべて赤の警告メッセージで埋まる。

「くそっ!」

 火星基地の司令官は机を拳で殴った。手はひどく痛んだが無視した。今はそれどころじゃない。

 調べるまでもない。バジリスクは完全に破壊された。

 元々が邪神軍の直接の襲撃は予想していなかった。だから基地の対空装備は最小限しか備わっていない。

 ステルス生体艇に忍び寄られた時点で勝負は決していたのだ。

 火星基地司令官はぎりぎりと歯を食いしばった。唯一の希望が砕けたのだ。これでイタカは戦闘モードを解くことができ、死角に潜り込んだ人類軍の艦船を一隻ずつ超高熱のビームで焼き殺すことができる。

「司令官。退避してください!」周囲を監視していた部下が叫んだ。


 だがもう遅かった。邪神軍は慎重で徹底している。

 イカの一匹がこちらに向かうと、制御室に突っ込み大爆発した。



 宙兵隊襲撃部隊のヘルマード軍曹はバイザーを叩いた。まだ通信は途絶したままだ。当然ながら邪神装甲は電波を通さない。途中に置いて来た通信中継器も冷却剤が尽きた端から高熱でことごとく焼け死んだらしい。

 ここでの周囲温度は約二千度。まだまだ焦熱地獄だ。特製の耐熱宇宙服だから持ってはいるが内蔵した冷却剤の残りはどんどん減っている。

 途中でメンテナンス用の通路を見つけられたのは幸運だった。お陰でかなり先にまで進むことができた。本来なら居るはずの警備兵も今は中央通路の宙兵隊たちに対抗するために駆り出された後だ。

 ヘルマード軍曹は運搬ドローンのエレファントから新たな偵察ドローンを撃ち出す。鳥型の偵察ドローンが部屋に空いた穴から飛び出していく。図体が小さいだけにすぐに内部に熱が浸透し、電子回路が焼け落ちる。その短い間に送られてきた情報を受信して素早くマッピングする。

 通路のあちらこちらに焼けた邪神歩兵の残骸が無数に転がっている。周囲で渦巻く熱波自体がある意味、人類軍の味方だ。そうでなければ侵入した宙兵隊はもっと早くに排除されていただろう。

 残り時間との勝負だ。ぐずぐずしている暇はない。冷却剤を積載しているエレファントを呼びつけると他のドローンたちに補給する。同時に自分の宇宙服のタンクにも最後の冷却剤を流し込む。これが尽きた時が自分が死ぬときだ。

 背後に空になったエレファントを放置し、残りのドローンを引きつれて進む。

 隔壁が厚くなる方へと進む。技術局の説明だと邪神船イタカの動力炉は四本の砲門の真後ろにあるはずだ。主砲が使用する電力量の大きさからして動力炉はそこにしか配置できない。

 動きを感じて前衛のドローンたちが発砲する。周囲温度の高さは予想されていたので使っているのは水鉄砲だ。ごく少量の圧縮水をチェンバーに放出し、それが周囲の熱を吸収して爆発的に気化する力で銃弾を撃ち出す兵器だ。これが普通の銃だとこの温度だと暴発して役には立たない。

 ずんぐりした邪神兵が穴だらけになって転がる。手が四本あり、その先端は合金製の鎌になっている。周囲の機器に被害を出さないために艦内警備の邪神兵は飛び道具を持たされていないように思えた。

 だがその鎌で切られればドローンを構成する特殊合金でも真っ二つになる。ただの鎌ではない。恐らくは高周波分子カッターと思われた。

 宙兵隊は武器の射程の差だけでここまで有利に戦いを進めて来た。

 邪神兵の死体を軽く蹴る。異様な感触。恐らくは外皮の下がスポンジ状になっており、そこに冷却液が詰めてある。こういった環境のための極めて特殊な警備兵なのだろう。

 勘に従い、手持ちのミサイルを前方の壁にすべて叩き込む。大爆発の後に壁に大穴が開いた。そこから偵察ドローンを送り込み、続けて顔を覗かせる。

 隣の壁で同じく爆発が起こり、別のドローンが顔を出した。それが人類軍のものと見てヘルマード軍曹は手を振った。

 ドローンの群れがなだれ込んできた。その中に宇宙服を着た人物がいる。

 その人物は自分のヘルメットをヘルマード軍曹のものにごつんとぶつけた。

「はい。あたしはマーマン軍曹だよ。誇りあるアマゾネス部隊のもんだ」

 アマゾネス部隊は女性だけで構成された宙兵隊だ。女とみて声をかけた男を袋叩きにすることでも有名である。

「お初だな。こちらヘルマード軍曹だ。吠える白熊部隊所属だ」

 吠える白熊部隊は宙兵隊最強と歌われる部隊だ。

「さっそくで悪いけどマップ情報を貰うよ」

 返事の代わりにヘルマード軍曹は情報鍵を公開する。

 周辺にドローンが警戒網を敷く。その頃になってようやく、ヘルマード軍曹が通って来た穴からアルファ軍曹が顔を出した。

「こいつはアルファ軍曹。バチカンからの志願者だ」

 マーマン軍曹がアルファ軍曹に向き直った。

「おや? あんたは神父? お祈りを頼めるかい?」

「神学生です。でもお祈りはできます」アルファ軍曹が答える。

 ヘルマード軍曹がマップに印をつけた。

「恐らくあっちだ。こちらのミサイルは使い尽くした。そっちはどうだ?」

「こっちも空だよ。しまったな。残しておけばよかった」とマーマン軍曹。

「あ、僕のは全部残っています。ヘルマード軍曹が開けた穴に沿って来たので」

 ヘルマード軍曹の手が伸びるとアルファ軍曹のヘルメットをゆすった。

「えらいぞ。坊主」

「僕、二十歳越えています」

「なんだ。やっぱり坊主じゃないか。よし、行くぞ」

 一行は進み始めた。アルファ軍曹が通信機を切ったままぶつぶつ文句を言う。


 腕の代わりに小型機関砲が二門ついた迎撃型ドローンが目についた邪神兵を撃ち続ける中、ミサイルで壁に次々に穴を開けながら前進する。

 彼らの存在を感知したのかイタカのあちらこちらから新たな邪神兵が集まって来た。通常型の邪神兵は接近中に全身から煙を噴き上げながら焼けこげて死ぬが、耐熱型はそうはいかない。改めて丁寧に穴だらけにする必要がある。

 やがて全弾撃ち尽くした迎撃型ドローンが機能を停止した。

 これを好機と見て迫って来る耐熱敵歩兵は全身を冷却剤で包んでいるのでレーザーの類は効かない。

 代わりに白兵戦ドローンが前進し、単分子チェーンソーで迫りくる邪神兵たちと切り結ぶ。

 ヘルマード軍曹は合金製の斧を揮って手近の敵兵を真っ二つにする。もちろんパワーアシストの宇宙服あっての技だ。

 マーマン軍曹が使っているのは伸縮自在の槍だ。正確に邪神兵の目らしきものを深く貫く。大概の生物は目の奥に脳を配置する。デザイン生物である邪神兵も例外ではなかった。

 アルファ軍曹は力仕事は苦手なので背後に控えて全員分のドローンを監視している。バイザーの中の表示を見つめていた彼は叫んだ。

「前方の壁の背後に大きな空間があります!」

 ヘルマード軍曹は振り向きもしなかった。目の前の邪神兵の攻撃を弾くと、斧を上から下へと振り下ろす。真っ二つになった邪神兵の骸を蹴り飛ばす。

「ビンゴだ。そこが目的地だ。アルファ軍曹。ミサイルは残っているか?」

「一発だけ」

「撃て!」

 叫ぶなりヘルマード軍曹は横に跳んだ。その横をミサイルが通り抜け、前方の壁に命中する。指向性IECM爆発が壁を丸ごと吹き飛ばす。

 残っていた最後の邪神兵の頭を叩き潰すと、ヘルマード軍曹は穴の横に立っておどけて見せた。

「皆さま。ここが終着駅でございます」

 マーマン軍曹がヘルマード軍曹のヘルメットを軽く叩く。

「あんたは馬鹿やってんじゃないよ。アルファ。偵察機を」

 偵察ドローンが穴を潜る。

 全員が向こうの映像を注視した。


 そこは広大な空間であった。目の前に聳える直径一キロはあるだろう巨大な球体。そして周囲から伸びる無数の突起が目立った。まるでその球体に無数の塔が手を伸ばしているかのように感じさせる。

「動力炉だね」

 マーマン軍曹が邪神兵の血がこびり付いた槍を手にしたまま見上げた。

「間違いない」

 ヘルマード軍曹はそう言うとバイザーのもう一つの機能を呼び出した。視界の一部が拡大される。

 球体表面は油を流したかのようにてらてらと色が流れている。マナ拡散発光という言葉は知らなくてもそれが何かは分かった。

「邪神装甲だ」

 声にわずかに絶望が含まれている。

 邪神装甲で覆われているならばいくら核融合爆弾でも動力炉は破壊できない。

「くそっ!」マーマン軍曹が呟く。「アルファ軍曹?」

「今やってます」

 アルファ軍曹がリストコムを通じてせわしなく操作を行っている。

 手持ちの全偵察ドローンが放出され、動力炉の周りを飛び回った。その全景がバイザーの中に再構成される。

 第一目標は完遂できない。それならば次にやることは第二目標、砲門へ繋がる動力パイプの破壊だ。

 アルファ軍曹が情報を解析する。

「球状のコアに五つのパイプが繋がっています。一つは太いのでこれが反物質貯蔵庫からのものでしょう。残り四つはイタカ前方砲口に延びています。これが砲門へのエネルギー供給ラインです。一番近いのは右前方400メートルです」

「そこまで移動するぞ。皆、エレファントに掴まれ」

 三台残るエレファントにそれぞれ掴まった。六本の足でエレファントたちが群がる邪神兵の中を走り抜ける。他のドローンたちも追尾し、近づく邪神兵たちを攻撃する。

「アルファ軍曹。煙幕を全方向に撃て。全員、バイザー内の方向指示器だけを信じろ」ヘルマード軍曹が命令を下す。

 投射音の後に周囲が黒い煙に覆われた。バイザーの中に透視映像が投影される。それを頼りに皆が短針銃を撃つ。これが最後に残った武器だ。装甲は貫けないが装甲の隙間に刺されば効果はある。

 犬型ドローンが近づいてきた邪神兵の頭を食いちぎる様がバイザーに映る。

 こちらも無傷ではない。次々に引き裂かれたドローンが火花を吐きながらバラバラの部品となって周囲に撒き散らされる。

「後100メートル」とアルファ軍曹。「真っすぐ前方です」

「見えた!」ヘルマード軍曹が叫んだ。


 それは電車が二台まとめて通ることができるトンネルサイズの巨大パイプであった。その中を生のエネルギーが轟轟と流れている。これ一本で人類が使う全エネルギーが賄えそうに思えた。

 エレファントたちが止まり、全員その背から飛び降りた。

「設置プロセスに入ります」アルファ軍曹が宣言すると命令を出した。

 核融合爆弾を抱えたエレファント三台の背中からケーブルが上へと射出される。それはエネルギーパイプに絡みつくと巻き上げを始めた。

 エレファントの巨体が浮かび上がるとエネルギー伝導パイプへと接近を始めた。

 宇宙服の警報が鳴る。冷却剤減失警報。もう補充するだけの冷却剤はどこにも無い。命の終わりが近づいて来る。

「間に合ったな」ヘルマード軍曹が溜めていた息を吐いた。

「後は残された連中の仕事だよ」とマーマン軍曹。

 迫りくる最後の時に、やはり声に緊張が籠るのは避けられない。

 アルファ軍曹が二人にメリケンサックそっくりの起爆トリガーを差し出した。端についている赤いボタンを半回転させてロックを外す。

「三台同時に爆発するように設定しています。合計三十メガトンです」

 ヘルマード軍曹はそれを受け取った。

「一緒に押そう」

 全員が頷いた。

「ちょっと待って。祈りを捧げます」アルファ軍曹が祈り始めた。

 上空では核爆弾内蔵エレファントがエネルギーパイプの表面に自分を融着しようとしている。

「なあ、マーマン軍曹。あの世に行ったら一緒に酒を飲みにいかないか?」

 ヘルマード軍曹がヘルメットの中から笑いかけた。

「ありゃ。あたしは既婚者だよ」マーマン軍曹が答える。答えながらもバイザーの遮蔽スクリーンを上げてウインクを一つした。

「もっともウチの宿六は一か月も前に叩きだしたけどね。一緒にどこかの田舎に逃げようなんて言ってきたんでね。あの玉無し」

「そりゃしょうがない」

「どうしてだよ」

「あんたの方が肝っ玉があるからな。普通の玉の大きさじゃ、あんたには敵わない」

 パワーアシスト付きの強烈な肘打ちがヘルマード軍曹の宇宙服の腹に叩き込まれた。衝撃警報がヘルマード軍曹の宇宙服の内部に響き渡る。

「まったく。このろくでなしの宙兵隊野郎め。いいよ。飲みに付き合ってやる。ただし、酒代はあんたの驕りだよ。あんたが破産するぐらい飲んでやる」

「喜んで」ヘルマード軍曹は破顔した。

「あの~、僕も混ぜてください」傍て聞いていたアルファ軍曹が割り込んだ。

「なんだ。無粋な奴だな。俺はカワイ子ちゃんと二人っきりで飲みたいんだ」ヘルマード軍曹がぶちぶちと言う。

「いいじゃない。一緒にここまで来た仲なんだから」マーマン軍曹がとりなす。

 煙幕が沈静化してきて、邪神兵たちが何が起きているのかに気づいた。触手や武装化腕を振り回し三人目掛けて一斉に殺到しきた。

「設置完了です」アルファ軍曹が報告した。「お祈りも完了です。天国の門は今や我々の前に大きく開かれています」

 投げた合金斧で先頭の邪神兵の頭を割るとヘルマード軍曹は起爆トリガを持った腕を差し出した。その手に三人が手を重ねる。

「カウントスリーで行くぞ」ヘルマード軍曹が叫ぶ。

「スリー」マーマン軍曹が叫ぶ。

「ツー」アルファ軍曹が叫ぶ。

「ワン」ヘルマード軍曹が叫ぶ。

 邪神兵が飛び掛かって来る。

「神よ!」アルファ軍曹が叫ぶとともに、全員がボタンを押しこんだ。


 世界が天地創造を思わせる激烈な白の光に満ちる。

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