第42話 5】火星会戦:再戦:地獄の中の行進

 破孔の縁の尖った部分を避けてアイダ軍曹は中に飛び込んだ。それに続いて従属ドローンものそのそと入って来る。続いて後続の部隊も続々と入って来る。

 人間一人につきドローンが二十台で一分隊となる。ドローンはそれぞれ用途に応じて形が異なる。その内三台が大型のエレファントだ。六本足の重装甲ドローンで中の一台には十メガトン級の核融合爆弾が積載されている。つまるところこの核爆弾を邪神船イタカの動力部にぶつけるのが作戦の目的だ。

 残りのエレファントの一台には冷却剤が満載されている。周囲温度数千度の中での行動中は常にここから供給を受ける。この冷却剤が尽きたときが分隊が焼け死ぬときだ。

 アイダ軍曹が今いる場所は熱超導液体を通す直径二十メートルのパイプの中だ。同時に侵入できるのはせいぜいが二分隊というところだ。AIの誘導に従い、混乱することなく整然と進む。

 パイプの内側は熱遮蔽フィールドで覆われている。宇宙服の手で触るとぬるりという感触がする。

 ここでの周囲温度は約四千度。耐熱宇宙服でもぎりぎりの温度だ。宇宙服の排気ファンから水蒸気を噴き出しながら進む。行動の度に冷却剤の残量が容赦なく減り続ける。気が気ではない。

 宇宙服のAIに命じて、エレファントの一台から偵察用の小型ドローンを撃ちだす。

 周囲は凄まじい高温だ。偵察ドローンは小型なのですぐに冷却剤を使い果たして焼け死ぬ。それまでに送って来た映像をヘルメットのバイザー上で再現して道の先を調べる。

「前進!」

 焦熱地獄の中を一行は進み始めた。



 邪神船イタカは己が体内に潜り込んだ人類兵を感じた。その小さな存在はイタカの体の中を心臓である動力炉を目掛けて進み始めた。物凄く気持ちが悪い。

 全身を這う悪寒。ずるずると体内に潜り込まれる不快感。そして人類兵の進行とともに徐々に広がる麻痺領域。

 自分は体内から食われつつある。そう感じた。

 はっきり言えば、イタカはパニックになったのだ。


 人類兵が進む先々で切り開き、爆破し、そして探る。

 数万年に及ぶイタカの戦いの歴史の中でもこんなことは初めてであった。

 最初の混乱の瞬間が過ぎると、多少は理性が戻って来た。

 船内メタボライザ脳を問いただし、この体内に潜り込んだウジ虫への対処法を求める。

 答えは単純だった。



 索敵システムに感があった。何か大きな動きがパイプの前方から迫って来る。

 アイダ軍曹は更なる偵察ドローンをパイプの先に送り込んだ。

 正体はすぐに判った。赤外線感知器が狂ったように震える。

 前方から迫って来るのは熱超導液体。温度はおよそ四万度。いくら宇宙服が耐熱でも耐えられる温度ではない。それに飲み込まれればたちまちにして蒸発してしまう。

 絶対絶命だったがアイダ軍曹の心は奇妙に平静だった。あの迫りくる熱い溶岩を好きにさせてはいけない。この侵入経路が塞がれてしまえば計画は破綻する。

「エレファント・ワン。前に出ろ! 他の連中は自分のエレファントを固定モードにしてその後ろに隠れろ」

 エレファントたちが床に足を食いこませる。隊員たちはエレファントの後部に回り、支持架に宇宙服の機械腕を絡ませる。


 アイダ軍曹は宇宙科学技術局のレクチャーを思い出す。

 超高熱下での爆薬の爆発は、たとえそれが核爆弾であっても効果が落ちる。破壊の大きさには周囲との温度差が大事なのだ。だからこの熱超導液体の環境下では別のアプローチが要る。

 数万気圧をかけると水は圧縮される。水分子の間の距離が激減するのだ。それを特殊な容器に密封して槍の形に整形する。物凄く不安定で物凄くヤバイ物体の出来上がりだ。少しでも環境が変動すれば自爆を引き起こす絶対に抱いて寝たくはない代物である。

 水相転移槍と名前が付けられた。これを超高温の熱超導液体に撃ち込むと、周囲の熱を吸収しながら膨れ上がる水蒸気による実に強烈な爆発が起こる。熱排出パイプは熱遮蔽フィールドの効果で熱自体には強いが、物理的な衝撃にはそれほど抵抗できない・・はずであった。


 それが間違いでないことを祈り、アイダ軍曹は命令を発した。この命令一つに背後に続く全員の命が支払われることになる。

「水槍全弾。前方目掛けて撃て!」

 エレファント・ワンの射出孔から三本の槍が飛び出した。

 それは迫りくる白熱する熱超導液体に突き刺さると内部深くに潜り込み、そして密封シールが破れた。

 熱せられた水は爆発的な勢いで水素と酸素のプラズマへと変じた。数万倍の膨張率が強烈な超衝撃波を生み出し、熱超導液体の中を駆け抜ける。

 想定以上の大爆発は熱パイプの中を噴き抜けた。

 イタカの壊れた帆膜噴出孔から白熱する液体と何十体もの熱で真っ白に輝く宇宙服、そしてドローンの大量の残骸が一塊になって宙高く吐き出される。宇宙服の形はたちまちにして崩れ、蒸発を始める。


 イタカの船体に置いた宇宙服の足の裏から轟轟という音が感じ取れる。

「先陣五十八名からの連絡すべて消失」

 報告がバイザーの中に投影される。

 マルドアン軍曹は背後のドローンに合図する。たった今、地獄が噴き出したばかりの噴出孔へとにじり寄る。壁の温度は五千度と表示される。

 ギリギリ行ける温度だ。そう判断した。自分のエレファントに命じて、冷却剤を破孔周辺に噴射する。

「マルバン行くぞ」

 同僚に声を掛ける。背後に居たマルバンと呼ばれた男は動かなかった。

「怖いか。まあいい、お前は残れ。船に戻って乗せてくれと言え。あいつらは拒みはしない」

 そこまで言うと前に向き直った。ぐずぐずしている時間はない。

 大孔の縁にも丹念に冷却剤の霧を吹きつける。あまり温度が高いと、宇宙服の足が粘着しなくなる。

 気をつけて縁を越えると、残りのドローンを呼び込む。たった今の高熱噴出で熱パイプはまだ熱いままだが、十分に冷えるのを待つ暇はない。

 偵察ドローンを撃ちだし、前方のパイプの形状を調べる。

 かなり先で、パイプが大きく破れている。さっきの爆発で熱パイプが破断したのだ。そこからイタカ内部に出られそうだ。これは先陣が命を賭けて挙げた大戦果だ。また一歩、人類はその命を使って勝利へと踏み出したのだ。そう理解した。

 背後でごとりと音がした。マルバンが続いて入って来る。

「立派だ」

 マルドアン軍曹は一言だけ評した。

 これから先に何が待ち構えているのか、想像はついている。

 焦熱地獄の先には本当の敵が待ち構えているのだ。



 邪神船イタカは命令を撤回した。予想に反して熱パイプの一部が破壊されてしまったからだ。

 こうなると熱超導液体を流すわけにはいかない。パイプから漏れた液体で、船の構造体そのものが熔けてしまう。

 他に使える手段は邪神歩兵のみ。高熱下で使用できる兵は限られるが、それ以外の所ならば無数にいる邪神歩兵で何とかなる。

 イタカは命令を出した。全長十キロメートルの船体の至るところから邪神歩兵たちが破砕孔へと殺到する。



 イタカ船体の反対側でも突破口が開けた。

 戦艦バルキリウスが戦艦オー・ライドJrと同じ戦術でもう一つの噴出口を撃ち抜いたのだ。爆炎を噴き出しながら轟沈する戦艦を横目に巡洋艦が次々にイタカに張り付いては宙兵隊を送り込み始める。

 ヘルマード軍曹は最後に揚陸した巡洋艦の宙兵隊だった。

「待ってください」

 後ろからアルファ軍曹が小走りに駆けて来た。四本腕の剛式耐熱宇宙服だ。パワーアシストを効かせて、実際の走りはAIが宇宙服を率先して動かしている。

「待たない。そんな余裕はない」

 ヘルマード軍曹は冷たい。アルファ軍曹はバチカン青年隊から応募してきた神学生だ。生粋の宙兵隊のヘルマード軍曹とはソリが合わない。

 ヘルマード軍曹は宇宙遊泳のベテランらしく宙を滑るように移動すると、突破口の縁を掴んでひょいと方向を変え、穴の中に消えた。

 慌ててアルファ軍曹も後を追うが、すでにヘルマード軍曹は先へ進んでいる。

 熱パイプが崩壊した場所から通路に下りる。

 通路のあちらこちらに設置された通信機からの情報を捉えて全体像を把握する。

 この先は大通路に繋がる。そこでは宙兵隊と邪神歩兵の間で戦闘が繰り広げられていた。

 侵入できた宙兵隊は人間が三千人、ドローンが六万体だ。

 対する邪神兵は推定二千万体。

 圧倒的に不利だった。周囲を囲めない通路という条件での戦闘で無ければ一瞬で敵に飲み込まれていただろう。


 銃が火を噴く。単分子チェーンソーが唸りを上げる。邪神歩兵も触手を伸ばし、人類軍と似たような武器で特殊合金製のドローンを真っ二つにしている。突撃した宙兵がIECM爆発を起こし、周囲の邪神兵を巻き込んで誘爆する。

 だが倒しても倒しても新しい邪神兵が湧いて来る。船中の兵がいまここに集結している最中なのだ。

 邪神兵たちの武器は船体を傷つけないように近接武器ばかり持たされている。それが原因の射程差で人類兵はじりじりと敵を押し込んでいる。だがそでも長くは続くものではない。手持ちの弾が尽きれば後は近接での削りあいになるしかないのだ。そうなれば邪神兵の数がモノを言うことになる。


「マトモに行っても駄目だな。これは」

 状況を素早く確認してヘルマード軍曹はため息をつくと、方向を変えた。

 ドローンに命じて隣の壁の切断に入る。

「何をやっているんです?」

 ようやく追いついたアルファ軍曹が訊ねる。

「通路は戦闘の最中だ。だから俺たちは部屋をぶち抜いて進む。案外こちらの方が早いぞ」

「まさか」

 そう言いながらもアルファ軍曹も自分のドローンに命じる。作業ドローンはすぐに相手のドローンと協調して壁に穴を開け始める。

「ここから先は競争だぞ」

 タバコが吸いたいなとヘルマード軍曹は思った。ヘルメットを開ければそこは二千度の高熱なので、叶わぬ夢ではあったが。



 航法AIがクラフト中尉に提示した選択肢は二つあった。

 一つはこのまま進み駆逐艦とランデブーすること。もう一つは火星周回軌道上にある宇宙工廠にたどり着き、そこで脱出船を探すこと。

 駆逐艦の方が確実だが一つ問題があった。ランデブー時間が遅すぎることだ。恐らくこの戦場に残されたイタカの生体艇は手当たり次第に突撃してくる。

 クラフト中尉を待てば駆逐艦自体がその攻撃を受けることになる。

 すべては死んだ一基のエンジンに由来する。敵のワイバーンの撃ったビームが命中したせいだ。そのため速度が落ちてランデブーに間に合わなくなった。

 操縦盤の通信機のマークを叩く。

「駆逐艦イスラマバード。こちらクラフト中尉。俺を待つな。繰り返す。俺を待つな。こちらは宇宙工廠の方に退避する」

 しばらくそれを繰り返した。目的地を航法AIに入れると、戦闘機を変針し噴射を開始する。これでもう後戻りはできない。推進剤に余裕がないのだ。

 やがて返信が来た。

「こちら駆逐艦イスラマバード。クラフト中尉。了解。幸運を祈る」

 ディスプレイ上で駆逐艦イスラマバードのマークの上に加速中のマークが重なる。

 また通信が入った。

「クラフト中尉。こちらアルマン大尉」

「聞こえています。サー」

「よく聞け。宇宙工廠についたらバンカー1783へ向かえ。暗証番号は5586947。復唱しろ」

「バンカー1783。暗証番号5586947」

「よし。俺の大事な娘だ。大事に扱え。地球で待っているぞ」

「何のことでありますか?」

「行けば分かる。それと禁煙だということは覚えておけ」

「分かりませんが分かりましたであります。サー」

「幸運を祈る」

 通信が切れた。

 戦闘機の軌道を微修正してクラフト中尉は群がるハチの中へと突進した。



 リー軍曹は地獄のまっただ中にいた。周囲は無数の邪神兵に囲まれている。

 ディフェンダー・ドローンが両手の代わりの機関砲を絶え間なく撃ち続けている。冷却システムから水蒸気が噴き出ている。それが尽きた時が銃身が熔け落ちるときだ。

 自分の真横を誰かのエレファント・ドローンが突進する。跳ね飛ばされた邪神兵が床に転がる。

 バイザーが真っ赤に染まった。

「自爆警報!」通信機ががなりたてる。

 リー軍曹は慌てて自分のエレファントが広げた『耳』の背後に跳びこみ、体を屈めた。エレファント自体は足を床にロックしている。

 先ほど前方に突進していったエレファントが内蔵された核融合爆弾を起動する。十メガトンの爆発が視界を埋めた。

 邪神兵の群れが爆炎の中でまとめて消滅する。周囲を衝撃波が駆け抜け、焦熱地獄に新たに放射能地獄が加わった。宇宙服の放射能カウンターが一気に振り切れる。

 この大爆発の中でも生き残った邪神兵がよろよろと立ち上がる。リー軍曹はその脳天にパワーアシストの力を借りて合金斧を叩き込みトドメを刺す。

 思ったよりも爆発の規模が小さい。ここにはきっと何かの抑制場があるんだ。リー軍曹はそう結論づけた。どこを爆破するにしろ、核融合爆弾内蔵のエレファントは対象に密着させて使う必要がある。そうしっかりと自分に言い聞かせた。少しでも判断を間違えればここまで運んで来た爆弾の意味がなくなる。

 積み上がった邪神兵の残骸を乗り越えて次の邪神兵たちが殺到してくる。

「リー。大丈夫か?」

 同僚のグラント軍曹が後ろから追いついて来た。

 二人並んで撃ちながら前進する。

「目的地はまだか」

 グラント軍曹が毒づいた。

「ここは主要通路だ。きっとこのすぐ先だ」

 リー軍曹が気休めを口にする。

「きっとあの角を曲がった先に・・」

 そのとき何かが飛んできて、グラント軍曹のヘルメットに当たった。

 ヘルメットから小さな欠片が飛び、周囲の数千度の大気が開いた孔からヘルメット内部に吹き込んだ。

 絶叫。

 宇宙服のAIは一瞬で事態を把握し、予めプログラミングされた行動を取った。

 グラント軍曹の体に致死量の麻酔薬を流し込み、同時に死亡のシグナルを発信する。制御下の全ドローンを近くにいたリー軍曹に譲渡すると、自身はバーサカーモードに切り替えた。

 今や命を失った肉体を内部に納めたまま、パワーアシストで勝手に動くグラント軍曹の宇宙服は、銃弾をまき散らしながら邪神兵目掛けて突撃を開始した。

 リー軍曹の足は動かなかった。

 目の前で一瞬で同僚が死んだのを見て自分がショックを受けているのだと知った。

「人生は選択の連続だ」いつもの言葉を呟いてみる。

「今ある選択肢は二つ。一つは前に進んで死んで人類を救うこと。もう一つは悲鳴を上げて逃げて死んであの世で臆病者と笑われること」

 深呼吸をした。グラント軍曹の宇宙服が邪神兵たちに打ち倒されるのが見えた。

「俺はどちらを選ぶ?」

 答えは暗闇の中に輝く星ほどに明確だった。

 リー軍曹はドローンの集団を引き連れて次の一歩を踏み出した。

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