第41話 5】火星会戦:再戦:揚陸戦

 邪神船イタカは飛んで来たバジリスクの巨大レールガン砲弾を撃ち落す。荷電粒子砲四門の全力放射でかろうじて撃ち落せる厄介な弾だ。何とか砲身の向きを変えて背後に並ぶ戦艦たちを叩き落したいがこれではそうもいかない。それに加えてまたもや現れた新しい艦隊の列が近づいて来る。

 邪神船イタカは迫りくるこの船の異常さにすぐに気が付いた。今までの戦闘艦とはどこか違う。

 何か秘密がある。近づけてはならない。その決断は早かった。

 ただちに生き残っている全生体艇に迫りくる巡洋艦の迎撃を命じる。


 接近してくる巡洋艦隊の先頭は巡洋艦バンブレッサだった。

 巡洋艦の周囲には対空砲台がずらりと並んでいる。ビホルダー級巡洋艦と名前がついているがその実態は対空特化の揚陸艦だ。

 全長580m、重量523キロトン。そのすべてが揚陸装置と対空装備だけで埋まっている。

「敵生体艇スワーム。全方位から接近してきます!」

 火器管制士官が叫ぶ。

「迎撃開始!」巡洋艦バンブレッサ艦長のファイバスが命じる。

 一瞬で、巡洋艦の周囲が眩いレーザー光線で埋まった。殺到してくるハチの群れが丸ごと四散する。

 本来宇宙空間ではレーザー光線の視認はできないが、これだけ細かい微粒子が舞っているとその軌跡は目に見えるようになる。

「毒針ミサイルを全弾投射。残す必要はない」

 厳しい目でスクリーンを睨みながらファイバス艦長が命ずる。三次元映像の中心は自艦だ。その周囲を隙間なく真っ赤に埋めているのが敵生体艇の群れだ。

 巡洋艦の横腹が開くとそこには無数の小型ミサイルの弾頭が並んでいた。それらが次々と発射される。たちまちにして総数二千本の小型ミサイルが宙を埋めた。そのまま巡洋艦を中心に広がり爆発を開始する。

 細い毒針が爆発点を中心にさらに広がる。強い太陽光の下なら緑の雲に見えただろうが、ここでは投光器の光の中のうす暗い靄にしか見えない。

 近づきつつあった生体艇の群れが一斉に揺れた。ハチが頭を掻きむしり、イカの動きが止まる。ワイバーンが目から血を流しながら、所かまわず腹の下に抱え込んでいた粒子砲を乱射する。

 人類軍の戦闘機にも毒針が命中したが全面装甲の表面で潰れて終わった。

 すべては計算づくである。

 すべてのミサイルを投射し終えた巡洋艦バンブレッサはそのまま前衛をしている戦艦の横に並び、ハリネズミのように並ぶ対空レーザー砲で戦線を維持し始めた。前衛を守る巡洋艦隊はあくまでも対空装備しか持たない。宙兵隊を納めるべき格納庫にはその代わりに予備の対空ミサイルを満載している。

 続く六隻の巡洋艦も同様にして生体艇の壁に開いた穴を拡大する。

 近づこうとする生体艇のスワームと対空レーザー群の押しあいだ。その内に不安定なバランスながら生体艇の中に回廊が成立する。戦艦と巡洋艦が輪の中心にあって、近づく生体艇を焼き払っている。

 本番の揚陸型巡洋艦はその後だ。開いた回廊の中を突進してイタカの隙を突く。

 これらはミサイルの保管庫の半分にミサイルの代わりに宙兵隊を満載している。だから撃ち落されるわけにはいかない。一隻落ちればそれだけで抱えている宙兵隊四百人も死ぬ。

 揚陸型巡洋艦の前方が変形すると、そのままイタカのコア本体に取り付いた。強烈な前方への逆噴射をして速度を極力減らすと、接着剤を積んだミサイルがコアの表面に撃ち込まれる。恐ろしく粘度の高い高分子ポリマーの膜がイタカの船体表面に張り付く。

 続いて巡洋艦はそこに激しく激突した。

 金属の触手にも似た機械腕が船腹から吐き出されるとコアの上を這い、接着剤がついた表面に貼りつく。

 本来ならば磁石などを使って貼りつくのだが、邪神装甲には磁石がつかないので苦肉の策だ。

 巡洋艦は後方噴射も使って船の先端をイタカに押しつける。

 巨大な機械腕の一つがようやく放熱帆膜の穴に届いた。その周りに金属の傘を開いて宙兵隊が突入するための通路を作った。この傘は上方からの生体艇の攻撃を防ぐためのものだ。

「四番通路。繋がったぞ。宙兵隊出撃!」

 命令が飛ぶと突撃宙兵隊員の雄叫びで船内が埋まった。



 ここまで来て邪神船イタカは自分の間違いに気がついた。

 直接船体に取り付かれているのに人類軍はまだ反物質爆弾を使用していない。

 この種族の技術レベルでは反物質の量産はまだ厳しいのだとようやく気が付いた。マナさえあれば無限に反物質を作ることができる邪神軍とは根本的に条件が違うのだ。

 現に前会戦での反物質爆弾も数えるほどしか使われていない。

 もしやもうあの爆弾は無いのでは?

 そう思い至った。

 となると危険なのはあの忌々しい巨大レールガン、そして現在進行形で船殻に取り付いている連中だ。

 恐らくはイタカ内部に潜り込み破壊工作を行うつもりだ。

 イタカはぞっとした。それは敵性生命体が自分の体に潜り込むという純粋に生理的な嫌悪感であった。



 宙兵隊第一突撃部隊タイジャン軍曹は背後についてきているドローンたちをちらりと見た。総勢二十台だ。四足の獣の形をしたもの、キャタピラを持つもの、鳥の形をしたもの、様々だ。この一年の間、それらの取り扱いをバチカン青年隊の面々と一緒に徹底的に教えられた。

 頭を覆うヘルメットのバイザーに周囲の状況が投影される。視線を使って幾つかの情報をハイライトする。口内センサーのお陰で舌でも操作可能だがそちらはあまりうまくない。生粋の宙兵隊員なら舌でサクランボの枝を蝶結びするぐらいはごく普通にやってみせるものだがタイジャン軍曹はそれが苦手だった。

 戦闘用の宇宙服には四本腕がある。外側上部の二本は武器が装着された攻撃専用腕だ。

 足にパワーアシストをかけたまま、頭の上に広がる金属の傘の下を進む。

 目の前に広がるのは放熱帆膜の噴出口だ。今はそこからの熱超導液体の流出は止まっている。でなければ近づくこともできなかっただろう。熱超導液体の温度は数万度にも達するのだ。いかに宇宙服でも近づいただけで融けてしまう。

 大きく開いた噴出口の温度を放射温度計で測る。

 二千度と出た。

 大型ドローンに命じてそこに冷却剤を噴きつける。

 千度まで落ちるのを待つ。着ているのは特殊耐熱機構がついた宇宙服だが、それでもあまり無理をさせたくない。高ストレス下ではどんな不具合が生じるか分からない。

 これは絶対に失敗できない作戦なのだ。

「前進!」ヘルメットのコムに怒鳴る。

 自分の後ろには同じく志願兵で構成された決死隊が続いている。この部隊には脱出プランが無い。最初から使い捨ては覚悟の部隊だ。

 イカの一匹が突然上空に出現すると、こちらに向かって来た。巡洋艦の対空レーザーが一斉に火を噴き、イカの体を穴だらけにする。イカは直進軌道からぐらりと外れると派手に爆発した。

 生み出された強烈な衝撃波は頭の上に広がる巡洋艦の機械腕の遮蔽傘が受け止める。びりびりと振動だけが足から伝わって来る。

「急げ。早く潜りこむぞ」

 言いながらもタイジャン軍曹は宇宙服のパワーアシストを最大にして走った。

 赤外線で輝く帆膜噴出口は一つの直径が二十メートル近く。中からきらきらと輝く熱超導体の微粒子がゆっくりと噴き出している。

 中を覗く。空っぽの熱遮蔽パイプが奥へと伸びている。

 体を潜りこませた瞬間、ふと動きを感じて、後ろへと飛び退いた。巨大な金属板が頭上から滑り降りて来て、先行していた偵察ドローンを押しつぶす。

 タイジャン軍曹の体の動きがピタリと止まった。

 くそっ。呪われちまえ。

 思わず冒涜の言葉を吐いてしまった。司教になってからは一度も吐いたことのない言葉だ。

 蓋だ。巨大な扉が嵌り噴出口を塞ぐとともに、そのついでにタイジャン軍曹の足を挟んだのだ。金属のきしむ音を立てて締まりつつある扉により宇宙服の足が潰れていく。すぐに宇宙服AIが事態に気づき行動に出た。

 機械特有の冷徹な論理。

 ー問題部位の削除ー

 宇宙服内で足首から先を単分子ワイヤで切断して閉鎖機構を働かせる。凄い痛みが走ったが、投与された麻酔ですぐに何も感じなくなる。

 感覚の無くなった足をひっぱって見たがどうしても扉の隙間から抜けない。

 周囲の映像を撮り、送信する。今できることはそれだけだ。



「噴出口。閉鎖されました」

 戦艦オー・ライドJrのブリッジでファイアット副艦長が報告を挙げた。

「なに!?」サント艦長が椅子から腰を浮かした。

「ものは普通の金属扉です。しかし厚みと強度があり、宙兵隊の装備では開けることができません」

 サント艦長の決断は早かった。

「航宙士。本艦のレールガンで蓋を撃ち抜く。一番砲門の精密照準を行え」

「艦長。まずいことに宙兵隊のタイジャン軍曹が閉鎖扉に挟まっているそうです」

 その意味は明らかだ。その扉にレールガンを撃てばタイジャン軍曹は確実に死ぬ。

 サント艦長が躊躇っている間にも船管理AIは戦艦の位置を微調整する。レールガン一番砲身の狙いが噴出口を覆う蓋の上にピタリと定まる。

「一番砲門。発射準備完了しました」感情を交えないAI音声が報告を行う。

 サント艦長は押し黙っていた。周囲では生体艇と戦闘機の戦いが続いている。巡洋艦の一隻がイカに体当たりされ、爆炎の中に船体の半分を削り取られる。

 悩んでいる暇はない。サント艦長は覚悟を決めた。

「タイジャン軍曹につなげ」

 すぐに声だけの通信が成立した。サント艦長が話始める前に、タイジャン軍曹の声が聞こえて来た。

「サント大将。やってください」

「いいのか?」

 訊くまでも無かった。他に選択肢はないのだ。

「覚悟の上です。さあ早く。これで私も聖人の仲間入りです。ほら天使様が迎えに来てくれました。お待たせするわけにはいきません。さあ、早く!」

「君を尊敬する」

 それだけ返すと、サント艦長は合図した。

「ウェリントン!」

「イエス。サー」苦渋を込めた応答。

 腹に響く音を立てて、一番砲門からレールガン砲弾が撃ちだされる。

 タイジャン軍曹との通信がノイズで埋まった。

 電光と爆炎が噴出口で膨れ上がる。劣化ウランの金属と邪神船の金属の衝突の結果だ。

 観測機器が全力を上げ、噴出口の状態を顕わにする。

 蓋は耐えていた。中央がやや窪んだだけだ。爆発に巻き込まれたタイジャン軍曹の体は影も形もない。

「くそっ。何て頑丈なんだ」火器管制士官のウェリントンが悪態をついた。

「次は二番砲門を使う。もっと出力を上げられないか?」

 サント艦長はあくまでも冷徹な口調を崩さない。

「色々なリミッターを外せば。200%までは出せます。ただし砲は二度と使えなくなります」ウェリントンが答える。額に脂汗が滲んでいる。

 戦艦はレールガンの回りに居住設備などを加えたものだ。過負荷のレールガン砲身の使用は船体丸ごとの大爆発を引き起こすことがある。

「構わん」短くサント艦長が答える。

 ウェリントンの指が素早く動き、操作盤が赤のリミット超過警報で埋まる。

「二番砲門準備。最大パワー設定」一言だけ告げた。

 この設定が実際にどれだけ危険なのかは火器管制士官だけが理解している。

 サント艦長はそれ以上は何も言わない。唇が白くなるほど歯を噛みしめている。

「二番砲門ー照準調整ー冷却完了ー微調整完了」AIが報告する。「射撃可能」

「撃て!」

 再び腹に応える射撃音。ドラゴン級戦艦1728キロトンの船体が派手に振動する。過負荷となった二番砲門が煙を噴き上げながら熔けた金属を周囲にまき散らす。船内を警報音が満たした。AIロボットたちが必死で消火活動を開始する。

 イタカの表面ではまたもや爆炎が上がる。それが晴れると無数の観測機器が命中箇所を凝視する。

「まだ蓋は持ちこたえています」失望の報告が上がる。

「三番砲門準備。出力はもう上がらないのか。300%が欲しい」

 ウェリントンは唾を飲んだ。

「どうした? 300%。できないのか」サント艦長が追い込む。

「できます。たった一つだけ方法があります」

「ではそれをやれ」

「核融合炉のオーバーロードです。それを我が船の周囲を取り巻く電磁リングに蓄え、一気に砲に流し込みます」

「分かった」

「我が艦は確実に爆発します」

「命が惜しいのか。ならば即時脱出せよ。他の者に代われ」

 火器管制士官は艦内通話ボタンを押しこんで叫んだ。

「馬鹿野郎! 俺は栄えある戦艦オー・ライドの火器管制士官だぞ。おやっさん。命なんか惜しむものか。俺たちオー・ライド乗りはだれ一人として自分の命なんか気にしちゃいねえ。おやっさんに死んで欲しくないんだよ! わかってくれ」

 サント艦長も怒鳴り返した。

「ならば、やれ。この俺もオー・ライド乗りだ。生まれた時からこの船に乗っているし、死ぬときも同じだ!」

 そこにファイアット副艦長が割り込んだ。

「艦長。この艦は新造艦です。生まれた時というのは言い過ぎです。さて、乗組員諸君。当艦はこれからイタカの腹に大きな穴を開ける。ついでに当艦の動力炉も大爆発する予定だ。全員対衝撃カプセルに入って避難に備えろ。合図が出たらすぐさま救助艇に移れ。外はハチで埋まっているが、心配するな。くそったれの戦闘機乗りたちが守ってくれる。以上」

 副艦長はマイクのスイッチを切った。

「準備は?」

「できています」船管理AIが代わりに答える。

 副艦長は艦長に向けて頷いた。

 サント艦長はもう一度スクリーンに映るイタカの噴出口を睨んだ。

「撃て!」

 ごくりと唾を飲んでから、ウェリントンが制御盤を操作した。

 今まで聞いたこともない大音響とともにレールガン砲弾が撃ちだされた。船体を嫌な振動が走り、どこか船の奥で爆音がした。

 いくつもの警報が同時に艦内に轟く。船内報告スクリーンが数百の赤の警告表示で埋まる。

「レールガン損傷。動力炉損傷。暴走状態です。中央通路で火災。スラスター損傷」

 ウェリントンが悲痛な声で報告を挙げ、最後に付け加えた。

「中央構造体、つまり竜骨が折れました。当艦は死にました」

 サント艦長はそれら報告をすべて無視した。もはやこの船を救う術はない。

「弾はどうなった?」

「今出ます」

 かろうじて生きている電装系によりスクリーンに観測映像が出る。

 爆炎が晴れる。噴出孔の蓋が破れ、大きな穴が開いていた。

「宙兵隊。穴が開いたぞ。再度突入!」

 そこまで命令してからサント艦長は艦長席にどさりと体を預けた。いつの間にか自分が立ち上がっていたことに気がつかなかった。

 ふと気づいて、船管理AIに命令を下す。

「邪神船イタカへの一番乗りの人員にタイジャン軍曹の名前を記録しろ」

「イエス・サー」

 またもや爆発音が床を震わせる。それは最初の爆発でもないし最後の爆発でもない。

「全員退艦を命ずる」

 戦艦オー・ライドJrの生涯はここで終わりを告げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る