第40話 5】火星会戦:再戦:突破口

 戦艦群はぎりぎりまで肉薄してイタカ後部の放熱帆膜の付け根を撃ち始めた。

 この位置ならばイタカの最強の武器である荷電粒子ビームは死角になって届かない。唯一の敵は群がって来る生体艇だ。

 ハチ、ムカデ、イカ、ワイバーン、そして羽蛇の姿のコアトルが戦艦に襲いかかって来る。

「対空砲火。各砲台自由に撃て!」

 号令が出ると、無数の対空レーザが群がり来る生体艇目掛けて乱射された。

 船体横が開くと、小型ミサイルが束になって射出される。それは生体艇の群れの中に飛び込むと、爆発して細い針を所かまわずまき散らした。

 爆発の近くにいたハチの動きがおかしくなった。何百というハチが苦痛に悶え、宙を転がり回る。羽の震えが激しくなるとそのあまりの激しさに自ずから折れる。

 数本刺さるだけで致死量に達するように調整された毒針である。無数の毒の短針が宙を満たし、生体艇の群れを包む。

 それでも体が大きいワイバーンたちは毒の回りが遅い。よろめく体を気力で支えて自爆しようと戦艦に肉薄してくる。

 ここで初めて護衛戦闘機隊の出番が来た。

 数十機の新型戦闘機マークXが迎撃に飛び出す。スマート弾をワイバーンに叩き込み、対空ミサイルを追尾させる。毒針機関砲が所かまわず死の射撃をまき散らす。

 戦闘機が過ぎ去ったところ、たちまちにして漂流する死体の山が出来上がる。

 生き残ったハチたちがその戦闘機を追う。


 アルマン大尉は操縦桿を押し込んだ。機体が傾き、機動バーニアの噴射に従って複雑な軌道を取りながら向かってくるハチの一団を回避する。

 避けた側の機体に硬い音がした。

 嫌な予感に突き動かされて、アルマン大尉は船外モニターを覗く。

 画面の中では無数の小さなコガネムシが機体に取り付いていた。小さな前腕の先端からアーク放電を光らせて金属を熔かしながら機体の装甲の隙間へと潜り込んでいく。

 警報が鳴った。

 機体内部の透視図が出現し、その中で赤い点が機体を食い荒らしながら進むのが見えた。

 敵のスマート弾だ。アルマン大尉は舌打ちした。敵はこちらのスマート弾を解析して同じ働きをするサイボーグの生物兵器をデザインしたのだ。

 素早く詳細を艦隊に報告し、機体に搭載されているAIに調査させる。

 その間も戦闘機動は止めない。レーザー砲を撃ち、短針砲を撃ち、対空ミサイルを撃つ。

 その内に機体透視図の中の赤い点の動きが止まった。

「解析結果、問題はありません。機体各所の対スマート弾用コーキングにより無力化されています」

 対スマート弾用コーキングとは機体の隙間に充填してある異常に粘度の高い液体だ。スマート弾がこれに突っ込むとすぐに身動きが取れなくなる。

「スマート弾に関してはこちらの方が一日の長があるな」

 アルマン大尉はほっと胸をなでおろした。

 ここで戦闘機隊が負けたのでは次の計画に進むも何もない。



 邪神船イタカには人類軍の狙いは痛いほど分かっていた。

 放熱帆膜の損壊だ。

 荷電粒子砲を撃つたびに生成される大量の熱は常に外部に捨てねばイタカ自身が熔けてしまう。冷却剤である氷は増設タンクを使って倍増させてあるが、それにも限界がある。何より先ほどの大規模水蒸気放出でタンク容量の半分は消えてしまった。これでは何のために冷却剤を増量したのか分からない。

 戦艦は荷電粒子砲の死角に入っている。テトラモードにすれば撃沈できるが、人類軍の巨大レールガンがそれを許さない。あれの直撃を何発も食らえばさしものイタカの装甲にも穴が開く。邪神装甲はともかく船殻自体はあれほどの衝撃に耐えるようにはなっていないのだ。

 かと言って配下の生体艇をすべて戦艦の迎撃に回せば、敵戦闘機が突っ込んで来る。前回は戦闘機に搭載された反物質爆弾であやうく撃沈されるところだったのだ。それはイタカの中で大きなトラウマとなっている。

 このままでは詰む。それは理解していた。

 だがイタカにも新しく追加された奥の手はある。今はそれが炸裂するまで耐えるしかないのだ。



「撃て。撃て。撃て」

 作戦責任者のサント艦長の声が周波数一杯に響き渡る。

「いいぞ。戦艦はこうでなくてはいかん」楽しそうに付け加える。

 レールガン発射のたびに戦艦の構造材に衝撃が走る。制振機が全力を上げ、砲身の振動を熱に変えて納める。冷却器が氷の微粒子を吹き付け、熱を奪って水蒸気へと変わりそれを機動バーニアへと送り込む。この戦艦の設計だと冷却と機動はワンセットだ。

 戦艦は小回りはきかない。だがそれでも生体艇の雲の薄い方へと何とか逃れようとする。

 大事なのは時間当たりの攻撃密度を一定の値以下に抑えることだ。そうすれば戦艦の持つダメージ修復機能が船体を維持してくれる。

 レールガン砲弾が飛び出す船首にはハチも戦闘機も近づかない。下手にそこにいれば一瞬で消滅することになる。どちらも混戦のただなかで、とにかく目についたものを撃つことしかできない。

 イタカの放熱帆膜は今や穴だらけだ。千切れた端から放棄され、新しい放熱帆膜が船体コアからまた伸びる。

「あそこだ。あの根本を狙えないのか!」

 隣の席のウェリントン火器管制士官に向けてサント艦長が怒鳴る。

「無茶言わないでください。無誘導なんですよ。この距離から狙って当たるわけがないでしょ」ウェリントンが怒鳴り返す。

「無理か!?」

「無理です!」

「ならばオー・ライドJr。全速前進。当たる距離まで近づくぞ!」サント艦長が吠えた。

「止めてください」今度悲鳴を上げたのは副艦長のファイアットだ。

 いつも冷静な副艦長が悲鳴を上げるのは実に珍しい。

「イタカ近辺は生体艇の壁です。あそこに突っ込めば戦艦でも落ちます」

「馬鹿者! 今が正念場だ。プランCが進行するためにはあの忌々しい帆をもがねばならんのだ」

 艦長席のマイクボタンを叩き込む。

「全戦艦聞け。今よりオー・ライドJrはイタカに肉薄して撃つ。命が要らない奴は俺に続け!」

 一瞬の間を置いて、通信機が無数の艦長たちの叫び声で埋まった。

「大将ついていきますぜ」

「おやじ。無茶しすぎだ」

「サント大将。命令了解であります。サー」

「我ら栄光と共にあり」

 どの艦長も猛将サントと共に海賊との闘いを一緒に生き延びて来た連中だ。

 人類軍戦艦のすべてが最大噴射を始めた。船首レールガンを乱射しながら邪神船イタカ目掛けて突っ込む。



 レールガン砲弾の種類が変わった。

 それは飛行中に爆散すると無数の小さなフレシェット弾をばら撒く。赤熱したフレシェット弾はその前方にいたハチもイカもワイバーンも何の区別もなく貫いた。これが新型の対空散弾である。生体艇の装甲を打ち抜けるように特別に設計されたものだ。

 砲弾の軌道に沿って大きな空洞が開く。秒速数十キロの散弾攻撃だ。何物も避けることはできない。

「突撃!」

 サント艦長が命じたが、実際の操船は航宙士と船管理AIがやっている。

「磁気遮蔽膜展開します」ウェリントンが報告する。

 船の前方に取り付けてある巨大リングが共振の叫びを上げる。本来は荷電粒子ビームを防ぐためのものだが、強烈な変動磁場は生物にも影響する。ましてや生体艇はサイボーグだ。

 戦艦周辺のすべての生体艇の動きが狂った。誘導電流により装甲に含まれた金属が高熱を発する。電子回路を使っている部分も動作が狂う。

 予め予測していた戦闘機はそれに抵抗できるが、敵の生体艇にはその能力はない。

 体の一部が焼けた生体艇が痛みに転げまわる。痛みの神経を持たないごく一部の生体艇だけがこの状況の中でも平気だったが、それでも磁場に引っ張られた金属部分により飛行の経路が無茶苦茶に乱れる。

 その一瞬の隙をついて、戦艦オー・ライドJrは突進を続けた。

 放熱帆膜の噴出口はもう目の前だ。

「これが最後だ。すべてのリミッタを外せ。狙わなくてもよい。全弾撃て!」

 猛将サントの命令が轟く。

 船首レールガンが吠えた。次々と次弾が撃ちだされる。

 ここまで温存しておいた虎の子の中型ミサイルが次々と射出される。

 一呼吸おいて、残りの戦艦十八隻も一斉に射撃した。

 無数のレールガン砲弾がイタカの船体を叩く。不運にも射線上にいた生体艇の残骸をまき散らしながら劣化ウランの重砲弾が放熱帆膜を吹き飛ばす。

 中型ミサイルがこの迎撃しようもない距離で帆膜の根本に命中した。核融合の輝きが周囲を圧する。放熱帆膜は元々が超高温だ。熱には強いのだが爆発とともにまき散らされる核レベルの衝撃波には耐えられない。

 帆膜が破れ、また伸びて、また破れる。その内に、一つの帆膜が成長を止めた。熱超導液体のストックが切れたか、あるいは放熱流路にトラブルが生じたかだ。

 戦艦オー・ライドJrの船管制AIがそれに気づき、警報を発した。

「目標はあそこだ。全戦艦。巡洋艦の通路を確保しろ」

 生体艇の雲の中を突破しながら、巡洋艦が次々と姿を現した。

 プランCの後半。最終揚陸戦が始まったのだ。

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