第39話 5】火星会戦:再戦:地獄の大釜

「イタカめ。慌てているぞ」

 サント艦長は大声で笑った。嬉しくて仕方がない。笑うのを止められない。

 この邪神軍との戦争が始まって以来、ずうっと封印していた笑いだ。

「手を緩めるな。帆膜をすべて吹き飛ばせ!」

 新型の核融合炉が全力を上げ、三門のレールガンが焼けつくまで連射する。戦艦自体は鏡面領域の外側にいるがレールガン砲弾が通り抜けるたびに開いた穴から内部の光景が見て取れる。

 やがて帆膜に開いた穴が目立ち始めた。破れた部分から白熱する熱超導液体が噴き出す。その周囲を銀色のきらめきが取り囲む。鏡面膜のお陰で熱が逃げたくても逃げることができない。

 今やイタカの周囲すべてが白熱する光の巨大な渦となっている。

 サント艦長は記憶の中を探った。

 デュラス技官はこれを何と呼んでいた?

 そうだ、魔法瓶作戦だ。ひどいネーミングだが、確かに正しい表現だ。どちらかと言えば地獄の大釜という方が正確か。

 ハチたちが必死で鏡面膜を集めると触腕の下に丸め込んでいる。少しでも漆黒の星空が見える範囲を取り戻すのだ。そうして開いた黒い穴にここに満ちた赤外線を捨てる。

 戦艦側はすでに鏡面ミサイルはすべて撃ち終わっている。もう一度鏡面領域を展開する余裕はない。

 時間が経過すればそれだけで鏡面領域は散逸して消える。ハチの群れが頑張ればもっと早くにだ。

 そうなるまでにどれだけの放熱帆膜を破壊するかが勝負だ。イタカが自分の熱で焼け死ぬか、鏡面領域が消えるのか、どちらが先かの勝負だ。

 ドラゴン級戦艦オー・ライドJrはレールガンを撃ち続けた。



 いきなりハチの一匹が群れを離れてよろめいた。それは伝染し、最後には一団のハチすべてがおかしな動きをして停止した。羽を止めて真空中を漂い始める。

 イタカの中の生体艇管理脳がこの予想外の事態に緊急警報を上げる。

 マイクロ波通信を使いおかしくなったハチの状態をチェックする。

 すべて死んでいた。

 ハチの体の中の独立した電子機器による自己診断プロトコルを外部から起動し、原因を探る。

 それはすぐに判明した。

 極めて高い自分の体温で焼け死んだのだ。

 巨大な魔法瓶に閉じ込められたようなこの状態で、邪神船イタカが発する熱を受け続けたのだ。いくらサイボーグ化されていても体温の冷却ができねば死ぬのは当然だ。

 気づけばかなりの生体艇が危険な状態にまで追い込まれている。

 ここに至って初めて邪神船イタカは人類軍のこの作戦の目的に気が付いた。

 狙いはイタカの過熱ではなく、イタカを護衛する生体艇の群れを全滅させることなのだ。

 このままでは直衛生体艇のすべてが機能を失ってしまう。そして人類軍の反物質爆弾への対処はすべて生体艇が担っている。

 荷電粒子砲が封じられ、護衛生体艇まで失えば、イタカは丸裸となる。


 イタカは追いつめられた。長いイタカの歴史の中でもここまで追い詰められたことは初めてだ。

 解決策を作戦立案脳に問う。回答はすぐに帰ってきたが、それはまた別のジレンマを引き起こすものであった。

 だがそれに従わねば、イタカの防御は丸裸にされてしまう。

 決断するまでに三秒もの時間が過ぎ去った。


 邪神船イタカの船体のすべての部分から超高圧の水蒸気が噴き出した。

 新たに追加されたコブの中に満載しておいた微細氷粒がすべて冷却に使われた。それと引き換えに発生した膨大な量の水蒸気をイタカは全身のいたるところから放出した。

 それは爆風にも似た巨大な衝撃波前線を作りながら宇宙空間に広がり、周囲を埋め尽くしていた無数の鏡面膜を巻き込んで外側へと吹き飛ばした。

 死んだ生体艇も一緒になって吹き流される。

 数分もしないうちに周囲の空間はクリアになった。

 冷却剤の使用も相まってイタカの温度が急激に下がり始めた。



「くそっ! もう少しだったのに」デュラス技官が悔しがった。

「想定内だ。アイ。どのぐらいの生体艇を殺せた?」井坂は静かに訊ねる。

 イタカが何らかの手段で鏡面膜を吹き飛ばすことは予想していた。水蒸気による散逸が第一候補で、磁力線爆発が第二候補だ。人類側にとって最悪なのがイタカが軌道を変えて鏡面領域から脱出することで、それは今回は起きなかった。

 船管理AIからの答えはすぐに返って来た。

「32%の敵生体艇を破壊できました。概算で残り6万8千匹です」

「上々だ」井坂は満足そうに言った。「ダリク艦長。プランCへの移行を宣言してくれ」

「了解。プランC発動」

 通達が広がるにつれ、今まで遠くでこの戦いを見守るばかりだった揚陸型巡洋艦がエンジンを始動した。長いスラスター噴射の尾を引いて巡洋艦が突進を始める。目標はもちろんイタカの球形コア、それも尾部だ。

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