第38話 5】火星会戦:再戦:プランA
戦艦ブリュスターのブリッジでデュラス技官が叫んだ。
「イタカ砲門がすべて前方に向いたぞ」
「プランA完遂」井坂が満足そうに漏らす。「続いてプランB開始」
艦長席でダリク艦長は彼らの会話に割り込まないようにしている。緊張で胃が痛い。敵艦と殴りあうのは平気だが、この艦が沈めば井坂大統領も死ぬ。そうなれば人類の中の混乱は留まることを知らないだろう。
後方のどこかに浮かんでいるステルス観測艇イシュタールの中に大人しく納まっていてくれればと思うのだが、ダリク艦長の抗議は通らなかった。
井坂大統領は恐ろしく強情だった。もっともそうでなければ脱出船強奪騒ぎのときのあの演説はできなかっただろうとも思う。
井坂大統領が最前線に出ることは戦闘艦乗りよりはむしろこれから突入する予定の宙兵隊たちに影響を及ぼしていた。
決死隊なのだ。作戦がうまくいってもいかなくても、彼らが生き残ることはない。だからこそ、大統領が命の危険がある最前線に立っていることが重要なのだ。
ダリク艦長は戦況スクリーンに目をやった。
巨大レールガン砲弾は邪神船イタカのコアに窪みを作っている。今までには無かった結果だ。この巨弾を受ければ、人類の戦艦なら一発で大穴が開いて艦体が分解するだろう。360トン・マッハ117の砲弾にはそれだけの威力がある。
そしてひとたびバジリスクの巨大砲弾の威力が知られれば、イタカは四つの砲門を前方に釘付けにせざるを得ない。全力を持って巨大砲弾を撃ち落し続けねばいつかは船体に大穴が開くことになる。
イタカはもうテトラモードには戻れない。つまりイタカの後方は荷電粒子砲の死角のままとなる。
続く技術局のプランBはイタカの過熱を極限にまで高めるためのものだ。
*
戦艦群はレールガン砲弾を撃ち続けていた。
前進してきたカメ型生体艇が急造の遮蔽版を組み上げ、戦艦のレールガン砲弾の軌道を妨害する。
初弾は有効射程距離を見誤って攻撃を許してしまったが、その後は生体艇の見事な動きでレールガン砲弾を防いでいた。
人類のレールガン砲弾の一部には致命的な量の反物質が含まれていることがある。だから本来はただの一発もイタカの船体に届かせてはいけないのだ。
そのための生体艇による生きた壁なのだ。
戦艦のレールガン砲弾がカメが作り上げた遮蔽板に命中するとそれは衝撃でバラバラになる。だがそれで死ぬのは数匹の生体艇だけだ。残りはまた再結合して、砲弾の軌道を遮ることになる。
衝突による軌道のずれはわずかだが、それでもイタカへの命中を防ぐには十分だ。
「くそっ! もっと近づけ。それなら当たる!」
戦艦オー・ライドJrの艦上でサント艦長が吠えた。
ファイアット副艦長が首を横に振る。
「敵の密度が高すぎます。これ以上近づけば当艦は沈みます」
絶対に許しませんよという口調だ。それを聞いてサント艦長がしゅんとなる。
「撃つのはイタカの帆膜だけにしてください。そちらは生体艇のガードが少ないです。それに軌道を逸らされても帆膜のどこかには当たります」
「了解。そちらを撃ちます」
ウェリントン火器管制士官が嬉しそうに答えた。
*
次の巨大レールガン砲弾を邪神船イタカが撃ち落す。そのたびにイタカの左右に展開されている放熱帆膜が輝きを強める。すでに帆膜の全面が太陽よりも高い温度に達して煌々と輝いている。近づき過ぎた生体艇自身が真っ黒に炭化して死ぬほどだ。
戦況スクリーンを睨んでいた井坂が動いだ。
「ダリク艦長。サント大将にミラーの展開を要請してください」
「了解だ」
短く一言。ダリク艦長はあまりお喋りではない。
軍隊内での命令の伝播はドミノ倒しに似ている。命令は波となって伝わり、増幅し、ある時点で一斉に全ての兵が同じ行動を取る。
命令に従い、それぞれの戦艦から中型ミサイルが発射された。ただしその進行方向はイサカには向いていない。
それは飛んでいる最中に子ミサイルを次々と撃ちだす。やがて小型ミサイルが作り出す巨大な傘がイタカの四方八方から覆いかぶさった。
無数のハチたちが狂ったように飛び回り手当たり次第にミサイルを迎撃する。
その瞬間、たちまちにして銀色の膜がイタカの周囲の巨大な空間を覆った。
破壊された小型ミサイルから厚みわずか数ミクロンの細かい鏡面膜が大量に放出されたのだ。
「食らえ。イタカめ。苦労して建設した火星の太陽鏡を刻んで作ったんだぞ」
デュラス技官が呟く。
火星太陽鏡とは火星のテラフォーミング用に弱い太陽光を反射して地表を温めるための巨大な鏡面衛星である。それをすべて分解して武器に作り直したのがこれだ。
たちまちにしてイタカと生体艇を内部に含んだ巨大な鏡の空間ができる。
「全戦闘機に告ぐ。ただちに鏡面領域から離脱せよ。焼け死ぬぞ」
アルマン大尉機から命令が飛ぶ。通信AIがそれを飽きずに繰り返す。
鏡の破片で覆われた領域にいた戦闘機が慌てて向きを変えた。
すべての鏡面膜が輝いている。イタカの放熱帆膜から放射される光を反射しているのだ。その輝きは徐々に強くなっていく。鏡の球体の中からは熱が逃げられない。
マークXの戦闘機でも機体温度の上限は数千度。このままでは熔けてしまう。戦闘機のAIが推進エンジンの方式を変える。推進用の熱源を今まで使っていた反物質エネルギーパイルから外殻へと切り替える。氷微粒子が外殻中を走るパイプを通り抜け、熱を奪いながら水蒸気となって膨張して、バーニアから噴き出す。
エネルギーパイルほど効率はよくないが、推進力と同時に外殻を冷やすことができる利点は大きい。
宇宙空間に展開された焦熱地獄の罠から戦闘機たちは全力で逃げ出した。
この鏡面チャフの効果に邪神船イタカはすぐに気付いた。
自分の機体表面の温度が恐ろしい速度で上がっている。すでに最大強度でビームを何発も撃っている。生じた莫大な熱は熱超導液体を使って放熱帆膜へと流している。そして放熱帆膜は外部に赤外線を主とした光をばら撒くことで自身を冷却する。
その赤外線がどこにも逃げられない。周囲の鏡で反射した赤外線は再び自分へと戻っている。
これは非常にまずい。周囲すべてが鏡なのだ。どこにも宇宙の背景である闇が見えない。熱の捨て場がどこにもない。
過熱は突撃ビーム砲艦の最大の弱点だ。
イタカは電子ビーム全面放射に切り替えて撃った。狙いは周囲全てを覆い尽くす鏡の膜片。
その結果は無駄の一言に尽きた。ビームを受けた鏡面膜は燃え上がるが元々が破片なのだ。開いた隙間はすぐにまた別の鏡面膜が埋めてしまう。
おまけにまた熱が生まれてしまった。
こうなると取るべき手段は一つしかない。
イタカはすべての生体艇に緊急命令を出した。サイボーグたちの手そのものを使って、周囲を埋める鏡面膜をすべて回収するのだ。
同時に放熱帆膜を最大に広げる。
早く体を冷やさねば、このままではじきに自分は動けなくなる。
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