第37話 5】火星会戦:再戦:睨み蛇

 直径20メートル全長60メートルの劣化ウラン弾頭砲弾。重量380トン。先端には邪神装甲には遠く及ばぬものの最高度の硬度を誇るダイヤ二重層硬化素材が使われている。

 新型巨大レールガン『バジリスク』から投射されたこの巨大砲弾は、秒速40キロメートル、音速の117倍という狂気の速度で宇宙空間を驀進していた。

 もしこんなものを地球の大気中で撃ったりすれば、それが通り過ぎた後は衝撃波だけで見渡す限りの廃墟ができる。

 これもカルネージ技術のブーストあっての賜物である。一番の改造点はこの加速度でも潰れない照準システムを構築できたことだ。お陰でスリングサポートが不要になっている。


 戦艦の連続砲撃を受けていた邪神船イタカはこの巨弾の接近に当然気がついた。周囲の生体艇の中に混ぜてある観測専門生体艇である大目玉が四周を隈なく見張っているのだ。その無数の目を逃れることのできるものはいない。

 今度の砲弾は前の物よりも随分と速い。人類側は何らかのブレークスルーを果たしたらしい。邪神船イタカはそう判断した。それがまさかカルネージ星人による技術支援だとは露とも思わなかった。

 あらゆる兵器の中でも質量弾だけは甘く見てはならない。レーザーやビームなどの熱光学兵器に比べて対処が各段に難しいのだ。

 通常の物資に邪神装甲が貫かれることはないが、邪神装甲を支えている船殻構造体は普通の物質なので、衝撃があまりにも大きいと壊れてしまう。

 邪神装甲の特性上、構造材としての一括形成ができないという弱点さえなければ、質量弾でさえも恐れる必要はないのに。イタカはそう残念に思った。

 前方に突き出した一門に反物質動力炉から莫大なエネルギーを流し込む。反物質自体は蓄えたマナの一部を使って深淵物質から生成できるのでイタカが使えるエネルギーは無限に近い。

 最大負荷。

 照準。

 微調整。

 放射。

 青のビームが接近しつつある砲弾に延びる。エネルギーの奔流は狙いを過たずにレールガン砲弾に降り注いだ。

 核爆弾ニギガトンに相当するエネルギー。邪神装甲以外のこの世のいかなる物質も蒸発するだけの熱量である。

 イタカの統合意識は戦術脳からの撃破報告を待った。だがその代わりにサイボーグの神経網に鳴り響いたのは緊急警報だった。

 太陽の表面よりも熱いビームを浴びた砲弾は白熱しながらも元の軌道を突き進む。弾かれた荷電粒子が光の筋を引きながら周囲に散逸する。

 カルネージブースト型対荷電粒子砲弾。猛毒を持つバジリスクの息。

 それはビームの奔流の中を生き延び、イタカへと突き進んだ。

 次弾発射。そう命じたイタカの指令はキャンセルされた。まだ過熱した砲門が発射可能状態に戻っていない。どんなに急いでも再チャージにはコンマ数秒はかかる。

 周囲を遊弋している生体艇の群れに命令を飛ばしたが、砲弾の軌道を逸らすにはもう遅かった。

 全長8キロあるイタカの砲身の脇をわずかにコンマ2秒で駆け抜け、砲弾はイタカの球形コアに命中した。

 質量砲弾が激突する強烈な衝撃がイタカの全身を揺すぶった。

 命中した劣化ウラン弾はそれ自体の運動エネルギーで加熱され、大爆発とともに金属蒸気へと変ずる。だがその運動量と衝撃だけは余すことなくイタカへと注ぎ込まれた。

 虹色に輝く邪神装甲はこの衝撃に耐えた。何枚かの鱗がその力を失い、輝きの消失とともに普通の物質に戻ると砕け散る。だがそれでも損傷はわずかだ。

 一番大きな被害を受けたのは船殻の構造材だ。太い合金の桁が大きく曲がり、イタカのコアの表面に窪みができた。幸い、歪んだ桁材は内部の動力炉には刺さらなかった。

 ただしその莫大な衝撃波は吸収しきれない。船殻が強烈な共振を起こし、高周波が船内を満たす。直撃を受けた付近にいた邪神兵はすべて衝撃で引き裂かれて死んだ。

 神経網の一部が引き千切れ、ひどい痛みを与える。船内メタボリズム脳が素早く痛覚の一部をブロックし、船内環境の統制に戻る。


 統合意識はぞっとした。人間の冷や汗に当たるものがイタカの精神の中に噴き出す。

 反物質爆弾と同様に、今回のこの超大型質量弾攻撃は十分にイタカの命に届き得る。

 そう理解したのだ。



 イタカの四つの砲門が移動を開始した。すべてを前方に向ける。

 邪神船イタカの戦闘モードである。

 超巨大レールガン『バジリスク』が再び砲弾を投射した。過負荷を受けて砲身にぶら下がるネオ・バタシターの一つが爆発し、ケーブルの先でぶらぶらする。作業ポッドに乗った作業員たちが急行すると、引きつれて来た作業ドローンたちに指示を出し、壊れた部分の切り離しにかかる。

「急げ。次の射出は30秒後だぞ」

「わかっている。B5番ケーブルとD7番ケーブルをバイパスしてくれ。それと発射をもう30秒延伸しろ!」アレクセイ技師が叫ぶ。

 過電流が逆流しアーク放電が周囲を撃つ。それが当たればいかな宇宙服に守られていても即死する。だがアレクセイたちは怯まない。

 この巨砲が沈黙するときが作戦が破綻するときだと理解しているからだ。

 最前線で戦う者たちも必死だが後方も必死だ。どのみちいま火星戦域に居る者たちは生きて地球に帰れるとは思っていない。それだけの覚悟をしてここにいる。


 邪神船イタカは続いて飛んで来た砲弾に照準を定めた。

 今度は四門の砲門をすべて使っての射撃だ。接近してくる重量380トンの巨大砲弾に狙いを定める。

 四本の輝く青のビームが一点に集中する。激しく荷電粒子の飛沫を撥ね上げながら砲弾が光の地獄の中を突き進む。だが完全には遮蔽できない。超高熱プラズマの飛沫が複雑な磁界の迷路を抜けて弾頭まで届く。最初に、熱せられた砲弾の外殻が熔け始める。続いて外部アブジュレーション層が熔け、最後に内殻表面の金属が沸点に達してガスと化す。それでも砲弾はじりじりと進んだが、次から次へと注がれる超高熱プラズマはやがて砲弾に穴を開け、内部の磁界発生コイルまで届いた。

 いきなり遮蔽場が消えて、砲弾は大量のビームをまともに浴び、跡形もなく蒸発して消えた。プラズマ化したガスは荷電粒子ビームに押されて宇宙の彼方へと運び去られる。

 邪神船イタカは安堵の息を吐いた。過熱した四門の放熱口から高温水蒸気が噴き出す。

 四門の砲すべての正面攻撃を持って初めて巨大砲弾を排除できた。これでは周囲の死角に配置された戦艦をテトラモードに移行して砲で撃つ余裕がない。

 イタカの最大の武器がこれで封じられたことになる。

 だがイタカはこの状況を放置する気は無かった。


 開戦前の予測でも人類の巨大レールガンだけは侮れないという結論は出ていた。

 だからこそイタカは予め手を打っておいたのだ。

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