第36話 5】火星会戦:再戦:戦端
井坂大統領は戦艦ブリュスターの艦上にいた。隣にはダリク艦長が控えている。井坂はあくまでも顧問としての参加である。
周囲には止められたが、井坂はそれを押し切って搭乗した。トップが最前線に出てこそ士気はあがる。何よりも自分の命を安全なところにおいて他人に死が満ちた任務を命じることなど、井坂にできるわけがなかった。
戦況スクリーンには邪神船イタカが大映しになっている。その周囲に生体艇の雲が湧き続けている。総数は十万匹というところか。もはや生体艇を個々に捉えるのは意味がない。戦術AIは百匹単位でこれらをスウォームと呼んでいた。
「見たことのないのが混ざっているな」
画面を睨みながら井坂が呟く。背後でデュラス技官が解析を進めている。
「羽が生えた蛇。コアトルと名付けよう。胴体部分ばほぼ直線。恐らく何らかの砲だな。ワイバーンよりも大きいから爆撃機というところか。観測専門の大目玉も多数。これではステルスは効かない。今回ステルス戦略を捨てたのは正解だな」
「向こうもそれなりの手を打ってきたということか」横で聞いていたダリク艦長が感想を述べる。
「分からないのがこれです」デュラス技官が操作すると六角形をした生体艇がクローズアップされる。
それは六角形のボディに長い棘が一本垂直に延びている形状をしていた。
「名称はカメとします。武器らしきものはついていないし、用途が不明です」
「まあ、殴りあってみれば分かる」ダリク艦長が画面を指で叩く。
戦艦乗りとは元々こういうものだ。井坂は独り言を呟いた。まず撃つ。それから撃たれる。細かいことを考えるのはそれからだ。
ダリク艦長は続ける。
「まったく。あれほど悩まされた海賊との闘いが無ければ、人類の宇宙戦闘技術は発展しなかっただろうと思うと皮肉な気分だ。あれほど悩まされたお邪魔虫どもが、人類の武器を磨いてきていたとはな」
「同感ですよ」と井坂。
宇宙開発は海賊との闘いだったと言っても過言ではない。海賊たちは自然発生的なものではなく、すべて背後に各国が密についていた。つまりは地球上での縄張り争いを宇宙に持ち込んだ代理戦争だったのだ。そのために技術局と宇宙軍は海賊相手の激烈な戦闘を潜り抜ける羽目に陥ってきた。
「開戦予定時間まで三分です」航宙士が告げる。
「あん、あたしが告げたかったのに」管理AIのアイが言葉を漏らす。
このアイは井坂が持ち込んだコピー品だ。この会戦が終わってまだこの船が生きていれば、これからの戦闘経験の情報は本体のアイに再同期される。
「面白い管理AIですな」とダリク艦長。口元が笑っている。
戦艦のAIは慣習でたいがいが渋い老年男の人格が使われる。アイのような若い女性を模したものは珍しいのだ。
「技術局の特別製ですよ」と井坂が説明する。
アイの教育はほとんどすべてレイチェルとデュラスがやったのだ。決して井坂の趣味ではない。
*
「今回はウチが先陣だ」
旗艦オー・ライドJrの艦上でサント艦長は宣言した。
無理やりの搭乗である。
大将に出世したのだからと航宙軍本部には渋い顔をされたが、猛将サントを止められるほど肝が据わった人間は本部には居なかった。
スクリーン上では邪神船イタカがテトラモードで火星目掛けて航行している。一本の砲門を前に突き出し、残り三本は放熱帆膜の後ろ側に突き出ている。その帆膜は真空の風を孕んで大きく膨らんでいる。
邪神船イタカは左右に広げた巨大な帆をはためかせる。周囲を脅すかのように砲身を動かし、本体から突き出した巨大な眼柄で迫りくる戦艦を一つ一つ品定めする。その体を隈なく覆う邪神装甲が濁った虹色に光を反射している。
その邪神船イタカの周囲を取り囲むように近づいているのは円筒状の人類軍新型戦艦群だ。揚陸型巡洋艦は戦闘に加わらずに遥かに後ろに控えている。戦闘機の半分は戦艦周囲で待機し、もう半分は巡洋艦の護衛だ。駆逐艦はあくまでも救助に特化していて、さらに遠くに待ち構えている。
その映像を睨みながらサント艦長は隣に控える火器管制士官に命令を発した。
「ウェリントン。イタカの眼柄に照準をつけろ」
「眼柄ですか? 吹き飛ばしてもすぐに生えてきますよ?」
「いいからアレを撃て。俺はアレが嫌いなんだ。ここから当てられるか?」
「大将。俺を誰だと思っているんです?」
ウェリントン火器管制士官は素早く命令を入力する。実際の照準はすべて火器管制AIがやることになる。
AIは船首観測機器のフィードバックデータを元に一番砲身の照準を微調整する。
砲身を支えるジンバルを動かし、船体との共振を相殺していく。船内のバランサーが余計な振動を食らいただの熱に変えていく。それでも相殺できない分はすべてジャイロのトルクへと放り込み平均化する。
「照準完了」AIが報告する。
戦艦の主レールガンに取ってはまだ少し距離が遠い。有効射程内ではあるが命中保障範囲外ということだ。
ウェリントン火器管制士官は目を細めるとAIに命令した。
「一番砲門照準調整、Xコンマ001、Yコンマ002」
それにより船体主軸に対してさらなる微調整が行われる。
この数値だとAIが決めた最初の照準点から弾着時に50メートルはずれるな。サント艦長はそう見て取った。
「ウェリントン。今の微調整はどうして?」
「勘です」
躊躇なくウェリントン火器管制士官は答える。
サント艦長は文句を言わない。ウェリントンとは長い付き合いだ。
「カウント・ファイブ」
その言葉に従って一斉にブリッジの機器が作動を始める。待ち構えていた全艦隊も一斉に待機状態から目覚める。
「さあ、お待ちかねの殴り合いだ。遠慮はいらん。全力でいけ」
サント艦長が心底嬉しそうに宣言する。
各戦艦から応答が返る。
「3・・2・・1・・」
サント艦長は号令を出した。
「全戦艦。撃て!」
戦艦オー・ライドJrの初弾は見事にイタカの眼柄を吹き飛ばした。
ドラゴン級の主兵装は船首にある三門のレールガンだ。極言すればレールガンの周りに配置された機器を船殻で覆っただけのものが戦艦なのだと言える。
砲口からハローを噴き出しながらレールガン砲弾が次々に射出される。カルネージ技術でブーストされたレールガンは艦載型でも秒速20キロメートルに達する砲弾を吐き出す。以前は設置式の大型レールガンだけに可能だった速度だ。
皆が見守る中で、イタカの周囲を取り囲む生体艇の壁に砲弾が突入する。その瞬間、浮遊していた新参の生体艇カメが動き始め、相互に繋がりあった。甲羅の横から伸ばした触手を絡めて数十体で巨大な装甲板を作りあげる。
レールガン砲弾がそれに命中し、火花をまき散らしながらカメの群れを弾き飛ばした。
「砲弾軌道。逸らされました」報告が上がる。
「対レールガン装備か。無誘導砲弾は軌道を逸らされれば無力化する。くそっ!」
サント艦長は拳で操作盤を叩いた。
「サント艦長。お止めください。あなたの馬鹿力で殴れば操作盤が壊れます」副艦長ファイアットの叱責が飛ぶ。
「ああ、すまん」
サント艦長は頭を掻いた。猛将サントと呼ばれるが、どうもこの副艦長だけは苦手だ。
「よし、狙いを変えるぞ。放熱帆膜の生体艇がいない場所を狙え。穴だらけにしろ」
その瞬間、イタカの砲門の一つが輝いた。
青の荷電粒子の射線がオー・ライドJrへと伸びた。
それは真っすぐに戦艦を追尾すると、超高熱の荷電粒子の流れを浴びせた。
戦艦の周りを取り巻く円環がわずかに振動する。周囲に形成された強烈な磁界が荷電粒子の軌道を逸らせる。超熱線は無数の細かなビームに分散すると磁力線に沿って虚空へと逃れて消えた。外周スクリーンのすべてが青の閃光に染まり、戦艦の内部に共鳴するコイルからの高周波音が響いた。
灼熱の数秒間。致命的なほどの高温のプラズマバンチは軌道を逸らされ、やがてこの世に存在することを諦めて消えた。
「無傷です」
目の前に提示された結果を火器管制官が報告するとブリッジを歓声が満たした。大型核融合弾の直撃に匹敵する攻撃に耐えたのだ。
「行けるぞ!」とニコニコ顔のサント艦長が飛びあがって喜ぶ。
「次弾来ます」
間髪を入れずに邪神船イタカの別の砲門から次のビームが伸びた。
「凄い強度です!」火器管制官が目を剥いた。
信じられない数値のテロップが火器管制盤の上で点滅する。
輝く青のビームが戦艦の周囲を守る高磁界に突っ込む。今度のビームは高磁界に突入するとより深くまで浸透した。粒子速度が前のものよりも遥かに速い。ビームの屈折が間に合わず、分裂した粒子バンチの一つがシールドをすり抜けた。それは船体に命中し、当たった部分の装甲を丸ごと蒸発させる。
戦艦表面に無数の黒い穴が口を開ける。そこから何かの蒸気が噴き出す。
「装甲第一層、抜かれました。アブジュレーション層が蒸発。第二層はまだ生きています」
船体各部から次々と報告が上がる。
「今ので約2ギガトンクラスのエネルギーです」
火器管制士官のウェリントンが報告すると、その武器俺にも寄越せ、と小さく呟いた。
「むう。以前よりも出力を上げて来たか」
サント艦長が唇を噛んだ。
2ギガトンと言えば人類が今まで作り上げたことがないほどの超大型核融合爆弾に匹敵する攻撃だ。旧式戦艦だったら今の砲撃で船丸ごと蒸発している。
「今のは後何発耐えられる?」
「たぶん5発です」ウェリントンの声が上ずる。
こんな攻撃に船殻が抜かれたら乗組員は一人残らず確実に死ぬとの思いが籠っている。
「ならば十分だ。撃て。撃て。撃ち続けろ」
サント艦長の指揮の下、無数のレールガン砲弾がイタカに降り注ぎ始めた。
それが邪神船イタカの怒りに火をつけた。何としてもこの敵船を沈めることに決めた。イタカは集合知性で構成されているがその反応は執念深い獣によく似ている。
今度はイタカの二つの砲門から同時にビームがオー・ライドJrへと注がれた。
接近していた戦艦アリアドネがビームの流れの中に突入し、自身の電磁環でビームの一つを蹴散らす。
「戦艦アリアドネのバイラグ艦長に告ぐ。楽しく水浴びをしていたのに余計なことをしやがって」
サント艦長が文句を言う。だがその顔は楽しそうだ。
「戦艦オー・ライドJrの老いぼれブルドッグ艦長に告ぐ。楽しいことは皆でやるものであります。サー」返答が返る。
他の戦艦たちもレールガンを連射しながら、次々にオー・ライドJrの盾となる。
最前まで新品だった戦艦の装甲がどれもたちまちにしてビームの被弾孔だらけになっていく。それが限界を越えれば、やはり船は破壊されるのだ。
だが誰も怯まない。
これぞ宇宙船乗りってものだ。サント艦長は密かに心の中で賞賛した。
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