第34話 5-c】火星会戦:志願者たち

〔 地球:2081/02/12 〕


「地上軍大将のバンドリーです」

 その男は部屋に入るなりそう名乗った。

 宇宙戦全盛のこの時代には、地上軍は肩身が狭い思いをしていて、かろうじて宙兵隊という形でこの戦争に参加している。

 バンドリーは大柄な男で、顎髭を生やした強面である。着ている制服の着こなしには一分の隙もない。大将という身分にかかわらず、一片のぜい肉もついてはいない。

「お時間を取らせてまことにもって申し訳ありません。井坂大統領。

 実は・・その・・前回の会議に関することである人物を紹介したいと思うのです。ここに呼んでよろしいでしょうか?」

 井坂が承諾すると、バンドリー大将はリスト・コムを操作した。

 部屋の扉が開くと神父服を着た一人の男が入って来た。

「初めてお会いします。バチカン青年部のタイジャン司教です」

 井坂は男を素早く値踏みした。コンタクトに男の身元が提示される。タイジャン司教若く見えるが年齢は三十三歳だ。

 今でも邪神教徒たちによる技術局員への暗殺騒ぎは続いており、身元が不確かなものは近づくことすら許されない。その点ではタイジャン司教にはバチカンによる最上位のセキュリティマークがついている。


 タイジャン司教は一つ挨拶すると話始めた。

「バンドリー将軍よりお話を聞いて参りました。

 我々バチカン青年部はこの戦争に加わりたいのです。志願者の中には若いのから年寄りまで。神父も牧師も、また大勢の信者たちも含まれています。

 お願いです。我々は殉教を願っているのです。ここに五千人を選抜しました」

 リスト・コムにデータが流れ込んできた。

 井坂はショックを受けた。

「待ってください」

 その井坂の制止をタイジャン司教は聞かなかった。

「すでにその手の議論は語り尽くしました。我々の覚悟は固いと思ってください。あの残虐放送を見て以来、我々は覚悟したのです。もはや逃げることもできねば、侵略軍が心変わりすることもないと。命には使い方があり、我々はそれを人々のために使うと決心したのです」

 絶句する井坂を前に、バンドリー大将は歯を噛みしめながら言った。太い顎の筋肉が緊張で盛り上がる。彼は苦悶の言葉の一つづつを唇から押し出した。

「無茶苦茶な話だとは思うが、断るべきではないとも思う。彼らもこの戦に負けたら人類は終わりだと理解している。うちの宙兵隊の中にもこの帰らぬ戦を志願しているものは大勢いる。彼らの訓練と統率はそれらがやる。次の開戦までの一年間、みっちりと鍛えてみせる。

 井坂大統領、どうか彼らを使ってやってくれ」

「しかし・・」井坂は言い淀んだ。

 タイジャン司教は机に手をつくと体を乗り出してきた。

「我々はこれを聖戦と捉えています。これは我々が仕える神のために邪神を地球から追い出すための聖なる献身なのです」

「お待ちください。何か勘違いなされているようですが彼らは邪神ではなく極めて高度な文明を持った異星人なのです」

「失礼ながら勘違いしているのは井坂大統領、貴方です」タイジャン司教は断言した。

「彼らこそは邪神が遣わした悪の使徒なのです」

 こうなれば議論も何もない。井坂は沈黙した。


 そこでまたもやバンドリー大将が割って入った。

「井坂大統領。断ってはいけない」

 井坂の非難の視線をバンドリー大将は真っ向から受け止めた。

「我々は誰一人、命を無駄に捨てているのではない。ただ単に命の使い方を心得ているに過ぎない。宙兵隊員はみなそうだ。考える時間は十分にあった。皆熟考の末にこの覚悟に至っているのだ。

 だから、井坂大統領。この話を受けてくれ」

 反物質さえ豊富にあればこんな無謀な作戦を行う必要は無かった。邪神技術を使えばマナ変換により反物質は手に入る。巨大なマナ変換炉を作り、百万人単位でその中に人間を行進させればもしかしたら邪神たちを撃退することができるかもしれない。

 だがそれでは駄目なのだ。邪神軍が去った後にかって人類と名乗っていた新しい邪神種族が産まるだけとなる。

 怪物を倒すために怪物になることにどんな意味がある?

 どの道を選んでも、人間を消耗品として使うことになるのは同じなのか。ただそれを大っぴらにやるかどうかの差でしかない。

 歯を食いしばって一分間。ついに井坂は折れた。力なく椅子に崩れ落ちる。

 大統領の椅子。それは権力とそれ以上に重い責任の場所。人々の命の重さがのしかかる場所。

「分かりました。この要求を受け入れます」

「感謝します。大統領」男たち二人は敬礼をして、井坂の気持ちが変わる前にと部屋を出ていった。

「アイ。聞いているか?」

「はい。マスター」AIの人工音声が答える。

「今の会話をレイチェルに伝えてくれ」

「すでに伝えています。彼女は最初から部屋の様子をモニターしていました」

「そうか」

 ならばもう井坂がここでやることはない。


 これで決死隊の人選という難事が解決したという安堵感と困惑。他者を死地に送り込む罪悪感。やるべきことを進めないといけないという決意。

 複雑な感情が井坂の心を満たす。

 どうして自分はこの大統領という責任のある地位を受け入れてしまったのだろう。

 井坂はそう嘆息した。


 刻一刻と、火星へと邪神軍は近づく。

 その会合時間は秒の単位まで正確に予測されていた。

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