第32話 5-a】火星会戦:作戦会議
〔 地球:2081/02/01 〕
井坂がついたのは大統領というよりは古代ローマ帝国の独裁官に近い地位だ。邪神軍が撃退されるまでという条件で一切の権力を掌握している。戦争が終結すればその時点で一切の権力と責務から強制的に解放される。
これは井坂が自ら提示した条件であった。
実際の政務は井坂が指名した三人の副大統領たちが行っているので、井坂は邪神軍への対応だけに関わることができている。
井坂の大統領就任にはどこからも異議が出なかった。権力の亡者たちの大部分は脱出船強奪事件で消えていたからだ。何よりも無意識にやってしまった井坂の演説の生放送の衝撃が大きかったと言える。政府首脳陣が国民を見捨てて逃亡した中での、井坂の心の底からの叫びは大勢の聴衆の希望をつないだ。
井坂ならば自分たちの命を預けてもよいと誰もが思ったのだ。
「ではこれより火星防衛戦の概要を説明します」
会議室の中で井坂大統領は説明を開始した。
ここにいる面々は政府高官や宇宙軍や地上軍上級士官の生き残りだ。
大スクリーンに邪神母船アザトースが大写しになる。その船型図に重ねて各国の領土が投影されるとその大きさが実感できて皆の顔が蒼くなる。
日本では四国が投影された。幅では四国がはみ出したが長さはアザトースの方が長かった。一つの国土が丸ごと宇宙を飛んでいるものと思えばよい。
その推定質量は2600億キロトンにも上る。極端な話、アザトースが宇宙から地球に落下するだけで人類は容易く滅ぶ。
「まず最初にお伝えするべきは、邪神軍の内部事情が少し明らかになったことです。技術局の意見を述べれば、彼らが行っているのは劇場戦略だと推測されます。彼らの目的は人類のすべてを恐怖のどん底に突き落とし、その後に絶滅することだと結論づけました」
一瞬会議室の中が静かになり。また騒めいた。
「ちょっとまってくれ、それはいったいどのようなソースから得た情報なんだね?」
質問したのはサント大将だ。木星会戦時よりも一階級昇進している。大勢が死ぬ激戦の後には軍人の階級はどれも派手に特進する。今回はそれに加えて、政府軍部の上層部が丸ごと脱出船に乗り込んで壊滅したという事情もある。
「前回の会戦で我々は邪神兵を捕虜にしました。残念ながらその捕虜は死亡しましたが、その前に多くの情報を提供してくれました」
本当はカルネージ人からの情報であったが、それは教えるわけにはいかない。
「彼らは一種の種族的な快楽殺人者です。その第一目的は他種族を恐怖させること。そのために彼らは壮大なホラーショーを演じているのです」
それを聞いて全員が絶句した。
「そして恐怖の絶頂にて他種族を絶滅させること。それが彼らに取っては大きなポイントになるのです」
実際にはポイントではなくマナなんだがと井坂は頭の中で付け加えた。
今ここで間違ってカルネージ人の関与を匂わせる発言をしたら、皆が見ている前で腕につけているリングが大爆発を起こすことになる。そのシーンを考えると恐ろしくもありまた可笑しくもあった。皆は目の前でいったい何が起きたのか決して理解しないだろう。
なんとシュールな光景なのか。
「そんなことがあるのか!? ホラーショーのために他種族を絶滅させるなどとバカげたことが」
新閣僚の一人が呟いた。
「現実に。目の前に」井坂は答える。
「彼らには無限のエネルギーがある。そして無限の生産能力がある。つまり人類絶滅は彼らの遊びであり、元から合理性は必要としていないのです」
もちろんこれも井坂の嘘である。邪神種族は自分たちを維持する目的のために再生不可能な資源であるマナを必要としている。そのためには人類を絶滅させる必要がある。だから決して引くこともないし、相手の降伏も認めない。
だがそれを教えるわけにはいかないので、井坂はこの方向で最後まで嘘を吐くつもりであった。
「前回の脱出船強奪事件でお分かりになったようにアザトースは太陽系内でも光速の二割で航行することができます。星間宇宙では超光速飛行が可能だと判明しています」
井坂は指摘した。最初の発見時、アザトースの減速発光は光速を越えて発していたのだ。
「従って誰もアザトースから逃げることはできません。我々はここで最後まで戦うしかないのです」
聞いていた全員が無意識に頷く。
井坂は続けた。
「この劇場戦略に沿うと仮定すると、次の彼らの動きが読めます。次の相手もやはり邪神船イタカとなります」
「確信があるのか? 邪神軍の考えはそこまで読めるのか?」とサント大将。
「邪神軍がどのような思考を行うのかは関係ないのです。人類がどのように考えるのかが問題なのです。彼らは我々の思考方式を学び、最大の恐怖を作りだせる方法を探します。電波が発明されて以来人類は多くのテレビ番組を宇宙に垂れ流してきました。彼らはそれを研究し、取り込んだのです」
「では我々は自分たちが作りだしたホラー映画に合わせて攻められているということなのか」
ここまで大人しく聞いていたボーマン中将がため息をついて付け加えた。
「早目にホラー映画の上映を禁止するべきだったな」
「だがその分だけ、こちらは手が打ちやすくなります。本来ならば邪神軍との科学技術と物量の差は圧倒的で我々に勝ち目はありません。ですが彼らが劇場戦略を使う限り、逆転の目はあります」
井坂はスクリーンに作戦図を出した。
「次に出て来るのもイタカで、陣形は変わりません。先鋒をヨグに切り替えたりすれば、それは前回の戦いで人類がわずかとは言え彼らに脅威を与えたと解釈されます。彼らにとってそれだけは避ける必要があります。人類の恐怖が薄らいでしまうからです」
作戦図に重なって無数の軌道が表示される。
「もしヨグが先鋒に出てくれば我々の戦略は破綻します。また、彼らが少しでも火星への接近軌道や接近時間を変えたりすれば我々の罠はうまく機能できません。
しかし彼らはこちらの予想通りに動くでしょう。そうすることで彼らの圧倒的な力を最大限我々に見せつけることができるからです。
そしてそれこそが我々がつけいる隙となるのです」
もはや疑問の声は出なかった。
「ここよりは説明を私が引き継ぎます」
デュラス技官が宣言した。
「前回の木星会戦で人類軍邪神軍双方がすべての手の内を明らかにしました。これにより次の会戦ではこの際に明らかになった事実を元にどちらも対抗手段を盛り込むことになります。
ただし、基本的にはどちらの兵器も長所短所は変化しません。それらは構造そのものに組みこまれているので変更しようがないからです」
イタカの全景が表示され、くるくると回転する。まるで玩具だ。実物は全長で10キロあるとはその画像からは想像もできない。
「予想では邪神船イタカは荷電粒子砲のビーム強度を上げてきます。前回こちらの戦艦を一撃で撃沈できなかったためです。その結果、過熱というイタカの欠点は逆に強調されます。そこで恐らくは何らかの冷却装備の強化が行わるものと考えています」
投影されているイサカの姿が変化した。放熱帆膜が巨大化している。
「考えられるのは放熱帆膜の巨大化と冷却剤容量の増大です」
「ではもう過熱は狙わないということか?」
サント大将がその場にいる全員を代表して訊ねる。サントは猛将ではあるが脳筋ではない。ただちょっとだけ、他人よりは戦場が好きというだけに過ぎない。
「いえ、こういった対策が為されてもやはり過熱がイタカの弱点であることは変わりません。ヒット・アンド・アウェイという突撃砲艦の戦術を捨てている時点でこの弱点からは逃げられないのです」
イタカの映像の四つの砲門の配置が変化する。
「砲門が全方向に配置されるテトラモードがこちらには鬼門です。分散された攻撃でもこちらには致命傷になり得るので死角が生じないテトラモードでは手も足もでないわけです。そのため戦術の一つの軸はこれらを四門平行の戦闘モードに固定させることが重要になります」
今度はイタカの周りに雲が湧き上がった。
「もう一つの鍵はイタカが搭載する生体艇です。こちらの戦闘機に二連ショットガン式反物質爆弾が搭載できることが分かった以上、生体艇の出し惜しみはしないでしょう。最初から全機が展開されるでしょう。さらには搭載機数も倍増して来るでしょう」
イタカの周囲を球状に雲が取り巻き、隙間なく埋める。予想機数は10万機と出ている。
その狂った数に艦長たちの顔にちらりと絶望が見えた。
生体艇そのものがそれほど強くないが、数が数だけに戦艦ですら太刀打ちができない。それは骨身に染みるほど味わわされてきたのだ。
「では説明を続けます」
全員の視線を受け止めてデュラス技官は続けた。
「邪神装甲は無敵ではありません。同じ場所に繰り返し攻撃を与えると劣化し、強度が落ちます。しかしこれは困難な道です」
「どのぐらいの攻撃が必要ですか?」
バルドーナ艦長が口を挟んだ。
「ギガトン級の核爆弾の直撃を五回ほどです」
会議場が静まり返った。
この条件の達成はほぼ不可能だ。これだと大型ミサイルを五発同じ場所に着弾させる必要がある。前回のイタカの能力を見ると一発当てるのも至難の技だ。
デュラス技官はこほんと咳をした。単に敵の能力を説明しただけで士気が落ちるなど冗談ではない。イタカ攻略が不可能ではないことを説明しなくては。
「現時点で彼らに通用する武器は二種類あります」
空中スクリーンに細長い機械の姿が投射された。
「建造中の新型巨大レールガン。コードネームはバジリスクです。現行のものの倍の速度の大型砲弾を撃ち出せます。これの直撃ならば邪神装甲を剥ぎ取ることができます。ただし、次の火星大戦の前に建造できるのはただ一基のみとなります」
デュラス技官は悔しさに歯を食いしばった。
バシリスクを建造する資材のために建造中だった火星のドーム都市のすべてが再利用された。このためだけに、五十年間の火星テラフォーミングの苦労のすべてが水の泡となったのだ。
サント大将が手を挙げた。
「反物質は?」
「それがもう一種類の武器です。ですが木星の大核融合プラント群が無くなった今、精製できる反物質はわずかです。作れたとしても爆弾一発分がせいぜいです」
デュラス技官は無表情な顔で説明した。
「そこで技術局は次の作戦を立てました。邪神装甲を打ち抜けないなら迂回することにしました」
「迂回だと?」サント大将が眉根に皺を寄せた。
そうすると猛将サントと言われるいかつい顔がもっと怖くなる。
「迂回です。邪神船イタカには邪神装甲に穴が空いている場所がいくつかあるんです」
「なに!?」サント大将が身を乗り出した。「そんなところがあるのか!」
「あります。それは砲身先端のビーム射出口および放熱帆膜の接続点です。射出口は常にビームが放たれるために近づくことはできませんが、放熱帆膜に繋がる熱超流動体が通る穴は別です」
画面上のイタカの一部が拡大される。
「このように直径二十メートルの穴がいくつか開いています。生えて来る超高熱の帆膜をすべて吹き飛ばせばここから宙兵隊を送り込むことができます。宙兵隊と共に内部に核爆弾を送り込み、動力炉もしくは反物質貯蔵庫を吹き飛ばせば、さしものイタカも破壊されます」
そこでデュラス技官は無意識にサント大将の表情を真似て眉根に皺を寄せた。こういうのは癖になる。
「動力炉まで邪神装甲で覆われていた場合にはそれでも歯が立ちませんが、これだけは潜って見なければわかりません。
ただしこの作戦には一つ大きな問題があります。それはこの作戦に従事する人間はまず生還が不可能だということです。決死隊を募集することになりますが果たして応募者が十分に集まるかどうか」
それを聞きながら、この予想される犠牲者の数が示す罪悪感に自分が耐えられるだろうかと井坂は心を痛めた。すべての承知の上で他人を帰らぬ旅に送り出すことになるのだ。
だがそうしないと人類すべてが死ぬことになる。
サント大将が説明に割って入った。
「AIドローン部隊では駄目なのか? それならば人命の損失はない」
「残念ながら」デュラス技官は首を横に振った。
「我々のAIは各種状況を学習させて最大公約数的な動きをさせるようにしたものです。そのため学習したことのない状況にぶつかるとうまく働きません。賢そうに見えても真の知性とはほど遠いのです。そのためどうしても監督をする人間が必要となります。予想では最低でも人間が千人必要です。一人につき戦闘ドローンを二十ほど付けることになります」
カルネージAIはもっと賢いので自律行動が可能だ。井坂はそう考えた。だがカルネージ・アンドロイドのカールはその提供を拒絶した。
万一それが邪神軍に渡れば人類にカルネージ人が関与していることがバレてしまう恐れがあるためだ。
人間の指揮官と宙兵隊ドローン群による邪神船内への強行突入。そうなるとどうやっても犠牲者が出る。最良の結果でも突入した者は全滅する。問題はその人員をどうやって選別するかだ。
「話を先に進めます」
デュラス技官が気を取り直した。
「邪神軍の技術解析によりいくつかの技術上のブレークスルーがありました」
実際にはカルネージ技術によるブーストだ。
「新しく設計された戦艦は荷電粒子ビームに抵抗できるように特化されています」
空中にホログラム映像が投射される。それは円筒に斜めの円環が二つついたものだ。
「戦域が近場の火星なので最高速度は犠牲にし、結果としてデブリ対応のための被弾傾斜は不要になりました。代わりに超伝導電磁環による新型の荷電粒子遮蔽装置が搭載できました。これで数発、ことによれば十発ぐらいはイタカの射撃に耐えられます。
主兵装はレールガンに特化してあります。レールガン砲口のある船首を相手に向けたまま、敵ビームに耐えられます」
聞いていた艦長たちの顔にかすかな笑みが浮かぶ。今日初めて聞く良いニュースだ。
サント大将がニヤリとした。
「よかった。これで正面からイタカと殴りあえるな。やっぱり戦艦はそうでなくてはいかん」
それにデュラス技官は頷く。
「計算では火星会戦までに新造戦艦十八隻が用意できます」
それがどれほどの努力の賜物であるかは敢えて言わなかった。地球上の鉱山はすべて枯渇し、古いゴミ捨て場も掘り起こして金属を回収した。海底鉱山も掘削を続け、周囲に莫大な生体的被害が発生している。それでも小惑星帯の自動工場から送られてくる金属ペレットが無ければどうにもならなかっただろう。
次の映像が出る。こんどはずんぐりした艦形だ。
「こちらは新設計の巡洋艦です。用途は揚陸特化型。他に大量の小型ミサイルを周囲に一度に投射できます。これでイタカの生体艇布陣を突破し、イタカの船体に取り付きます」
映像が切り替わると、細長い針が映った。横に縮尺が出る。その長さはわずかに数センチだ。
「問題は無限にあるかと思われる敵の生体艇です。まずこれを突破できねば話にならない。そこでこれを開発しました。邪神軍生体艇に合わせて作った特殊な毒針です」
聞いていた艦長たちが絶句した。戦闘機の働きをする生体艇に毒という発想はなかったのだ。だが生体艇は高度なサイボーグであり半分は生物なのだ。
「邪神軍生体艇は設計思想からして自爆を念頭においた使い捨てです。そのためご存じの通りに装甲はひどく薄いのです。短針銃でこの毒針を撃ち込めば、死ぬまでにタイムラグはるものの十分に通用するはずです」
「スマート弾でも十分に通用しているが」サント大将が呟く。
デュラス技官は目ざとくそれを聞きつけた。
「スマート弾は工作精度が必要で、特殊な素材が必要で、製作工程が複雑で、まあつまりは値段が非常に高いのです。必要な弾数を製造したらそれだけで地球経済は崩壊します。
その点この毒針は化学工程だけで簡単に作ることができます」
「分かった。俺が悪かった。頭では君たちにはかなわん。続けてくれ」サント大将が降参した。
大将に昇進して以来、主席主計官がしばしば相談に来るようになった。軍費の問題については最近生じた悩みの種であり、その話になると最近ではサント大将は早々に退散するようになっている。
「こここまでが計画のすべてです」
デュラスは締めくくった。
「要約します。
第一段階でイタカのテトラモードを封印します。第二段階でイタカの放熱帆膜の一つを吹き飛ばします。第三段階で開いた穴から揚陸隊を送り込み、イタカ内部から爆破します」
デュラス技官の説明は続いた。
会議が終わる頃には全員の目に希望が輝いていた。
詳細を知る井坂だけが皆の背後で静かにその感情を押し殺している。
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