第29話 4ーC】逃走:蜘蛛の糸(2)
邪神軍の技術はすべてアビス・マターの操作により成り立っている。
アビス・マターはこの世のどんな素粒子やエネルギーとも明確には相互作用しない極めて特殊な素粒子だ。そのため如何なる手段でも検知できないし操作ができない。
ただ一つのあるものを除いて。
「我々はそれをマナと呼んでいます」カールは説明した。
「マナ? ファンタジーに出てくるあのマナか?」とアルフレッド技官。
「そうです。それが一番ぴったりくる言葉です。マナは生物から発します。その生物がより高度な知性を持てば持つほど強くなり、強烈な感情を見せるとき周囲に放たれます。特に絶望の中で知的生物が死ぬときには最大量のマナが放射されます。
邪神軍はこのマナを収集し、それを使ってアビス・マターを操作することができます。このマナ技術こそが邪神軍の最大の強みであり、また最大の弱点なのです。
推測ですが邪神種族は恐らく地球の蜘蛛のような肉食かつ共食いをする生物が起源にあるのではないでしょうか。
彼らの文化は生贄を基本とし、日常的に多くの死とともにあった。そのため文明を持つ過程で彼らは早いうちにアビス・マターの操作技術を手に入れたのでしょう。
その技術は進展し、今では真空の宇宙空間を裏から満たすアビス・マターの中で羽ばたくこともできるようになっています」
遊弋航法のことだ。
「あれはそれなのか」ベイリー技官長が感想を漏らした。「見えない物質とのできるはずもない相互作用で運動量を交換する。なるほど、ようやく疑問が解けた」
「待て。待ってくれ。アビス・マターは素粒子なのか?」とアルフレッド技官長が割って入った。
それに対してカールが頷く。
「そうです。アビス・マターは素粒子の一種であらゆる超超対称性の果てに存在するこれら対称性の破れを補修する役目を持っています」
それを聞いてアルフレッド技官長は絶句した。
「そんな都合の良い素粒子があるのか」
「あります。アビス・マターがそれです。一つの規則の下に構築された系はその中に必ず系に所属できない現象を内包します。アビス素粒子はそれら矛盾が出た際に能動的に働き破れ目を自動で補修する役目を持っています。破れ目が出ない場合には一切動作しないので通常の物理法則では検出自体が不可能となります」
「役目を持つってそれじゃまるでアビス・マターが人工のもののように聞こえるな」
「もちろんそうですよ。創造主が宇宙を作ったときのエラー処理を任せるための存在ですから」
「創造主!?」アルフレッド技官長が素っ頓狂な声を上げる。
だがカールは動じない。
「だからこの宇宙の創造主です」
「宇宙の創造主だと。そんなものがいるのか?」
「あくまでも状況証拠です。この宇宙は人工ですから。創造主の存在自体は我々にも確認できてはいませんが」
そこに井坂技官長が割って入った。
「その議論はまた今度にしてくれませんか」
「ああ、ああ。そうだったな。アビス・マターが本当に存在するのかどうかが先だな」
アルフレッド技官長の言葉にカールが答える。
「それが無ければ単純に宇宙の存在確率は負に落ちるため、宇宙が存在する場合はアビス・マターが存在しなくてはなりません」
「分からない」アルフレッド技官長は首を横に振った。聞けば聞くほど謎が深まる。
「つまりヘンデリアン球面変換におけるサイデス特異点の表現だと言えばお分かりいただけるでしょうか。その特異点でゼロは無限大と相互に入れ替わり、与えられた超超対称性の要求に従ってどのような役割もこなすことができるのです。つまり特異点はすべてに同時に属し、なおかつ属さないわけです」
「俺が悪かった。もう止めてくれ」
アルフレッド技官長はついに両手を上げた。徹夜明けでこの手の議論は余りにも辛い。
「その情報はデータベースの中に?」
それに答えたのは井坂技官長だ。
「入っています」
「分かった。後で読もう」アルフレッド技官長は椅子に座り込んだ。
小さな声でぶつぶつと呟く。
「ある日地球の辺境の野蛮人が大きな国の都会に迷いこんでしまいましたとさ。右を向いても奇跡ばかり、左を向いても奇跡ばかり」
隣に座っていたアーマンド技官長がその肩を優しく叩いて慰める。賢明にも彼は議論に割って入ったりはしない。
「では話を次に進めます」
カールはスクリーンの表示を変えた。
「特に重要なのはアビス・マターはこちらの世界に相変換させるときに物質反物質のどちらになるのかを操作できるということです。そのため彼らの持つエネルギー量は無限に近くなります」
「ずるいな」とアルフレッド技官長が呟く。「チートだ」
「熱力学は偉大なり」とデュラス技官。「放熱の問題が無ければ邪神軍はもっと無双していただろうな」
この軽口をカールは完全に無視した。そもそもカールにはユーモアの感覚はない。
「このマナの特質が彼らの基本戦略を決定しています。
マナは喜びやあなた方の言う愛という感情からも放出されますが、最もそれが大きくなるのは恐怖です。それも死に至る絶望が放つ恐怖こそが最大量のマナを放出します。これはいわゆる魂と呼びならわされる要素の一部が削られて解放されるためです。
そのため彼らの最大の目的は相手をどこまでも恐怖させ、最後には絶望の中で絶滅させることとなります。
彼らの取っているこの戦略を我々は劇場戦略と名付けました。
彼らは対峙した相手を星ごと一瞬で破壊できる力を持ちながらも、それをやらないのはこのためです。如何に最大量のマナを相手から絞り取ることができるのか。それだけが彼らの狙いの主眼となります。
劇場戦略のために彼らの歩みは常に遅くなります。その力の差を見せつけ絶望させるために。いわばこれから食べる料理に最後の味つけをしているのです。
十分なマナさえあれば、邪神母船アザトースは失った子船をすべて再生できます。そして彼らは私の主人たちを再び襲うでしょう」
「牛歩戦術。残虐放送。すべてそのためか。我々を恐怖させるためか。恐怖を搾り取って利用するためなのか」
アルフレッド技官長がつぶやく。
ベイリー技官長が自分の頭を押さえる。
「そうか。そうだったのか。邪神歩兵や生体艇がどうしてああ地球の生物に似ているのかと思っていたんだ。ホラーだ。ホラー映画だ。過去に地球が宇宙に垂れ流した映像電波から取り込んだんだ。そして彼ら独自の実体のあるホラー映画を作り上げたんだ。すべては人類を恐怖させるために」
「だがそれならばどうして降伏を認めない。種族の絶滅よりも恐怖を養殖した方が効率が良いだろうに。例えば絶滅収容所を作って全人類をそこに押し込め未来永劫に拷問し続ければマナの供給は尽きることがないだろう」
そう言いながらもアルフレッド技官長は顔を顰める。自分の発言の意味するところに怖気がついたのだ。
カールはその問いによどみなく答える。
「それはアビス・マターに作用するマナに飽和性があるためです。
塩を水に溶かすとある濃度で飽和してそれ以上溶けなくなりますね?
同様にマナにもある種の飽和性があり、同じ種族のマナをアビス・マターはだんだん受け付けなくなります。私たちの科学者はこれを『アビスがマナを食い飽きる』と表現していました。
一度飽和したマナの容量が再び元に戻るのには気の遠くなるような年月がかかります。
そのために一つの種族を長く養殖することはできません。例えば邪神軍の歩兵をいくら殺してもすでに彼らのマナ種は飽和しているのでアビス・マターは反応しなくなっています。
そのため彼らは常に新しいエサとなる新しい種族を求めています。マナが枯渇すればそれに全面的に依存している邪神種族は滅亡するでしょう。
またこの事から、彼らは攻撃を仕掛けた種族を必ず全滅させるという戦略を取らざるを得ません」
「それはまたどうして?」とアルフレッド技官長。
「飽和したマナを持つ種族が力を盛り返して近隣種族を制圧してしまえば、邪神種族が喉から手が出るほど欲しがっているマナを産み出す新しい種族が消えてしまうからです。言わば吸い殻が火事を起こす前に、必ず消し去る必要があるということです」
「つまりベルターの連中も地球が壊滅した後には小惑星帯ごと消滅させられるということだ。太陽系には一人の人類も生き残ることはできない」井坂技官長が吐き捨てた。
衝撃を受けた顔でアルフレッド技官長が言った。
「残る手段は邪神軍を倒すことだけか。ところで邪神軍の軍事技術ではどのようなものが使えるのか教えて貰えるかな?」
「そうですね」
カールが無数の兵器の設計図を画面に投射した。
「例えばこの動力炉です。人間一万人を生贄にすることで約一ギガトンに相当する反物質を引き出せます」
アルフレッド技官長が自分の耳を叩いた。
「どうやら耳がおかしくなったようだ。いま生贄と聞こえたような気がしたが?」
「その通りです。私は生贄と言いました。最大量のマナを手に入れるためには絶望と恐怖の中で人間を殺す必要があります」
アルフレッド技官長は押し黙った。
「こちらは邪神装甲の設計図です。生贄のマナを組み込むことにより強度を通常の物質の数百倍に引き上げることができます。含有させたマナが尽きるまでですが。
だいたい十万人の生贄があればあなた方の戦艦の全面を包むだけの邪神装甲を作ることができます」
「待て、待ってくれ」アルフレッド技官長が頭を抱えた。
「邪神の軍事技術はすべてがこうなのか? つまり生贄を要すると?」
「そうです。しかしアビス技術のアドバンテージはとても大きなものです。見過ごす手はありません」
そこへ井坂技官長が割って入った。
「諸君にここで言いたい。それがどれだけ我々に不利になろうが、人類は邪神技術を使うべきではないと思う」
その言葉に皆が静まり返った。
ベイリー技官長がその中で一人発言した。
「だが奴らを倒せるとすれば邪神技術を使うしかないだろう。いや、それで倒せるとは限らない。例え奴らと同じ技術を使ったとしても人類側の劣勢は明らかだ。だがこの技術があればそれなりの希望が見えて来る」
井坂技官長は即座にそれを否定した。
「それは分かる。だが邪神技術は麻薬だ。一度使えばそれを捨てることはできなくなる。これまでに聞いたマナの性質上、それを使う限りは、現在の邪神たちと同じ生存戦略を使うしかなくなる。つまり故郷の星を捨て、他種族を見つけてそれを食らう生活だ。
技術は倫理を支配する。これを忘れてはいけない。
古代ギリシアでは農業技術が未熟だったために慢性的な食料不足であり、それが同性愛こそ真の愛であるというポリスの方針を引き出した。
木の首当ての発明を機に奴隷制は時代遅れになり、奴隷を所持することは恥ずかしいこととなった。
翻って、邪神技術は我々に何を押しつけるだろう?
その通り、我々の邪神への変貌だ。
教えて欲しい。怪物を倒すために我々自身が怪物になることにどんな意味がある?
人類の継続よりも大事なものがあるとすれば、それは人類の尊厳に他ならない。私はそう思うのだ。邪神技術を受け入れるべきではない」
会議室が静まり返った。各自がそれぞれに考えている。命か誇りか。これは大衆に意見を聞くようなことではない。今ここで自分たちが人類全員の命を秤にかけてでも結論を出さねばならないのだ。
「死刑囚を使えば」バーク技官長が提案した。
「それで足りなくなったら? より罪の軽い者を次の生贄にするのか? それはどこまで行く? 最後は交通違反でも生贄になるのか?」
厳しい声で井坂技官長が指摘する。
「今ひとときだけ邪神技術を使い、戦争が終わったときに破棄するというのはどうだろう」
井坂技官長は首を横に振った。
「それも考えた。だが必ず誰かが邪神技術を保存するだろう。それはあまりにもアドバンテージが高いからだ。世界が再び混乱に陥ったとき、邪神技術を使う者が必ず優位になる。そしてその者は独裁者となり、やがて地球中に邪神技術は復活し、そして最後にはここに新しい邪神種族が誕生することになる。
駄目だ。今この時、カルネージ人からの邪神技術の提供を断る以外に我々人類が邪神技術に染まることを防ぐ手立てはない」
会議場が静かになった。
しばらくしてデュラス技官が一つ咳をしてから提案した。
「その議論は後回しにしましょう。それよりも今はカールの話を最後まで聞くべきだと思います」
立ったままのカールが次の映像を出した。
「では次に邪神軍の陣容について説明します」
邪神種族は銀河に広く散らばって存在している。本拠地は持たず、母船を中心とした遊牧民族に近い行動形態を持つ。どの邪神母船も他の邪神母船とは間隔を保っている。つまり縄張りを持っている。
邪神母船は出会った他種族のすべてを壊滅してきた。
一つの邪神母船につき邪神子船は約四千隻で一軍団が構成される。
邪神母船は星間の超光速飛行能力を持つ。それはマナや物資の収集装置であり、製造工場であり、増殖場であり、空母であり、そして同時に単体では最大の攻撃力を保有する船でもある。
「最大の攻撃力?」とアルフレッド技官長。
「全長400キロメートルですからたいがいの武器を揃えています」とアール。
「ですが一番問題になるのは、母船だけが揃えているアビス砲です。
アビス砲は惑星上の生命を破壊し尽くすように作られた巨砲です。これはアビス技術の粋で作られた砲で、アビス・マターの巨大な放射流を作り出すものです。
この放射流はあらゆる種類の防御システムをすり抜け、惑星の物質と極微の相互作用を引き起こします。その結果、惑星内部で強烈な衝撃波が起き、それは惑星全体の生命体を一斉に吹き飛ばすことになります。単細胞生物を除くすべての生命はその一撃で絶滅します」
しばらく沈黙が落ちた。
「防御できないのか?」とアルフレッド技官長。
「これを防ぐ手段はたった一つです。アザトース自体を機能停止に追い込むことです」とカールが答える。
「ではアザトースを破壊する以外に手はないのか」
「アザトースは破壊不能です。我々はそれを無敵バリアと名付けました」カールが説明する。
「無敵バリアの正体は不明です。何らかのアビス・マター相転移が成された空間場を形成するシステムだと我々の科学者は推測しています。その効果はあらゆる物質やエネルギーとの相互作用を抑制することです。位相シフトと呼んでも恐らくは正解でしょう。
無敵バリアに包まれた物質はいわば幻のように実体を失い、あらゆるエネルギーも物質もすり抜けるようになります」
「超新星爆発から生き延びたのもそれか」
「そうです。超新星爆発衝撃波前線は幻と化したアザトースに何ら影響を与えることなく虚空に消えたのです」とカール。「ただし無敵バリアにも欠点はあります。それは維持するだけでも莫大なマナを消費することです。彼らは超新星爆発から超光速飛行による逃走までの間この無敵バリアを使い続けました。より強度の高い攻撃に対しては無敵バリアはより強い深度の位相シフトを行う必要があるようです。最後の瞬間には無敵バリアはほぼ崩壊しかけていました。保有していたマナを使い果たしたのだと推測しています」
カールはその指でコツコツとテーブルを叩いた。人間から学んだ癖だ。
「つまりこの星系に到着したときのアザトースはマナが枯渇していた状態だったわけです」
「では今なら倒せるということか?」ベイリー技官長が身を乗り出した。
「それは無理でしょう。彼らはこの星系での何度にも渡る戦いにより、人類側から多くのマナを収集したと見ています。まずは母船用のマナの蓄積。それが終わったら邪神軍団の製造を始めるでしょう」
画面にタコのような姿の生体艇が映った。
「彼らが使うマナの収集機です。彼らが我々の居住域に送り込んだものです。ステルス能力を持ち、居住域の近くに潜んで、恐怖を感じた住民の放つマナを収集して母船に送る機能を持っています。恐らく人類の居住域にもばらまかれているでしょう」
「すぐに調べて取り除かなくては」顔を蒼くしたベイリー技官長が指摘した。
「それはやってはいけません」カールが即答した。「こちら側が収集機に気づいたと知れば、彼らは現在行っている劇場戦略を止め、一気に人類マナの回収にかかる恐れがあります。こちらが気づいていることを絶対に邪神軍に知られてはいけません。彼らの動きが遅いのはすべてより多くのマナを入手する目的があるからなのです。エサを与えている間は、飛び掛かっては来ないのです」
ベイリー技官長が椅子に倒れこんだ。
「厄介だ」一言だけつぶやいた。
「どうしてこれを使ったか分かって貰えたと思う」
今度発言したのは井坂技官長だ。手首につけたブレスレッドを振ってみせる。
「たとえ寝言からでもカルネージ人の接触や邪神軍の秘密に気付いたことが向こうに知られれば、その時点で彼らは最終作戦に移行する。あっと言う間に地球に近づき、アビス砲を撃ち、人類を全滅させてしまう。
我々は最後まで邪神軍の目的については知らぬふりを演じ続けねばならない。彼らに劇場戦略を続けさせるのだ。
だから諸君、絶対に秘密は守れ」
井坂技官長はじろりと全員を見渡した。
「最終的に三班に分けようと思う。第一班は邪神船イタカを撃破する方法を探る。デュラス技官がオブザーバーとして協力する。我々はここの所カルネージ人が提供した情報を学び続けて来た。きっと役に立つ。
第二班はヨグ=ソトホートだ。オブザーバーはライズ技官。
第三班はアザトースで、私が担当する」
そこで再びカールが主導権を握った。
「ではイタカとヨグの特徴について説明をします」
画面は砲四門のイタカを映し出す。
「イタカは突撃砲艦です。その特徴はすでに皆さんご存じの荷電粒子砲による絶大な攻撃力です。まさに攻撃は最大の防御なりとの言葉を地で行く船なのです」
画像が変化した。テトラポッドのような姿をしたイタカだ。
「これは全方位迎撃態勢となったイタカです。この形態だと死角というものが生じません。攻撃力を削って防御に振り向けたと言える形態です。前回の戦いで戦闘機の攻撃で危うい所まで行ったイタカは次回は最初からこの形態を取るものと想定しています」
「弱点はやはり過熱だと思う」井坂技官長が発言した。
「彼らはアビス技術のお陰で使えるエネルギーは無限だが、それでも放熱の問題は付き纏う。決して無敵というわけではない。砲は過熱すれば停止するし、無理をすれば爆発する。そこが狙い目になると思う。大事なのはいかに一本の砲に無理をさせるかだ」
カールがその後をつなぐ。
「本来は邪神子船は複数で隊列を組みお互いの弱点を補うのですが、今回は単体での運用となっています。そのために多くの死角や弱点が生じます。人類の科学技術でもつけいる隙はあるはずです」
全員がその言葉を無言で考える。
画像は次に代わった。今度映し出されたのはヨグ=ソトホートだ。丸い球状の姿が映る。
「ヨグは皆さんのご想像通りに空母の役割を持っています。攻撃防御の全てを搭載している生体艇が行います」
カールが説明をする。画像の周辺に各種の数値が躍る。
「一隻のヨグに搭載されている生体艇は推定で千四百万機です」
「千四百? 図体の割に大した数じゃないな」とアルフレッド技官長。
その脇をベイリー技官長がつついた。
「千四百機じゃない。千四百万機だ」
アルフレッド技官長が改めて絶句する。
「これが艦載艇をすべて放出した後のヨグの姿です」
スクリーンに球状の何かが映し出された。それは見た感じは西部劇に出てくるタンブルウィードに似ていた。
球の形をした枝の集合体だ。
「枝に見えるものは栄養と燃料を与える配管です。ヨグ本体はこれらの栄養液の蓄積装置と動力炉そして駆動装置だけで構成されています。生体艇以外の武器も防御も一切ありません」
「にしても一千四百万はやりすぎだろう」
「人類の空母には保守や整備用の空間、それにパイロットの居住空間が必要です。邪神軍の生体艇にはそういったものは一切必要がありません。この枝に張り付いていれば済むのです。被害を受けた生体艇は修理することなくそのまま破棄されますし、最後は自爆します。だから整備の必要はありません。減った分はすぐに母船から補充されることになります」
「第二班はこの大量の生体艇を相手にする方法を考えて欲しい。狙いはヨグの動力炉だ。これを破壊すればいくら多くの生体艇がいようが、じきに動けなくなって無効化される」
ここでようやくデュラス技官が口を開いた。
「だが簡単ではない。イタカのときに見たように、生体艇は自らを防壁としてヨグを守る。それをいかに突破するかだ」
しばらくまた静寂が降りた。誰もが色々なことを考えている。
それからようやくベイリー技官長が口を開いた。
「だが何をやるにしても船がいる。使える生産力が減少している状態でどこまでできるか。それに予算の問題がある。今ですら軍事費は各国の国家予算の半分を占めている状態だ。これ以上税率を上げれば地球全土で反乱騒ぎだ」
「それに関しては私が力になります」カールが進み出た。
「すでにカルネージ技術でブーストした各種改良製品を市場に浸透させ始めています。買い占めた小惑星帯の小規模工場群も遠からず全て自動工場に切り替わります。新しい海底鉱床の掘削も始まります。これからは工場の生産能力も数倍に跳ね上がるでしょう」
「いつの間に」ベイリー技官長が呆れた。
そこにカールが爆弾を落とした。
「資金の面も大丈夫だと考えています。現在の人類の民間資産の三割はすでに私が所有しています。だから思う存分、金を使ってください」
それを聞いてベイリー技官長が呻いた。
「なんてこったい。我々はいつの間にか侵略されていたのか!」
「それは違う。これはいきなり現れたたった一つの希望なのだ」
井坂技官長は続けた。
「天から蜘蛛の糸が垂れて来たと思わないと」
そのセリフは古い日本の言葉だったのでそこにいた誰もその意味が分からなかった。
縋りつこう。ただ無言で。決して余計なことは言わないで。
井坂は頭の中でそう思った。
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