第25話 3-A】木星会戦:帰還

 観測艇イシュタールが収集した情報を解析してレーザーバースト通信で地球に送り終わるまでに二日がかかった。

 大量の電力を使い終わり、空になったエネルギーブロックを船外に投棄する。

 船体を少しでも軽くするためだ。

 ブロックは微小信号を発しながらこれから五十年に渡って太陽系空域を彷徨うことになる。いつの日か、サルベージの対象になるだろう。あるいは太陽に到達してそれに呑まれるかだ。


 それが終わると井坂技官は重い腰を上げた。ここからはとても危険なフェーズだ。

 デュラス技官を司令室に残し、クラフト少尉と共に宇宙服を着こむ。

 行先は観測艇の倉庫の中の密封コンテナだ。目的はその中に封じられている邪神歩兵の捕虜だ。


「未知の病原体汚染の危険があるので宇宙服を着て接触する」

 井坂技官は説明した。

「接触後の消毒手順は守ってくれ。迂闊に宇宙服を脱がないように」

 クラフト少尉は頷いた。頭の回転が悪ければ宇宙戦闘機のパイロットは務まらない。

「もう一つの懸念は相手が自爆装置を持っていることだ。この宇宙服は剛式だから多少の爆発には耐えられる。だが・・」

「それでも気休めに過ぎないということだな。そのことは理解している」クラフト少尉は答えた。

「よし、では始めるぞ」

 密封コンテナは特殊合金製で耐爆構造を持っている。航宙艦が破壊された場合でもこれだけは生き残るように設計されている。それは内側からの爆発に関しても同じだ。

 井坂技官はコンテナ内部のカメラに接続した。

 コンテナ中央にワイヤで固定された塊りが見える。ネットで何重にも雁字搦めに縛られている。

 その周囲に実にさまざまなタイプの十字架がぶら下がっている。

「これは!」

「ああ、駆逐艦で載せ替えるときにな、迷信深い連中がやったんだ。不思議なことにあれだけ暴れていたこいつがそれでピタリと静かになった」

「とても信じられん」

 井坂技官の指が動き、コンテナ内部の情報を精査する。

「赤外線放出極微。放射線の類は無し。心音らしきものもある。ただし、こいつには心臓が三つはあるな」

 井坂技官はヘルメットを取り上げた。

「少なくとも核爆弾の類は持っていない」

「おいおい、脅かすな。こいつの大きさでそんな物騒なものを埋め込めるのか」

「カリフォルニウム原爆なら仕込める。あれはクルミほどの大きさしかない。それにIECM爆薬なら小さくてもこの艇を吹き飛ばすには十分だ」

 だからこそ、すべての情報を地球に送り終わるまでこの作業を延期したのだ。


 二人で密封コンテナの前に立った。

「開けるぞ」

 井坂技官はそう言うと返事を待たずに扉を開けた。

 電磁シールをかけてあるのでコンテナ内外で空気の出入りはない。奇妙なねばつく感じを与えるその見えないシールを通り抜けてコンテナの中に入る。

 ネットに巻かれたそいつは人間の三倍の大きさがあった。

 ネットの隙間から濁った眼が一つ、こちらを見ている。だがその瞳は動かない。

 井坂技官は狭いコンテナ内に計測機器を運び込んで幾つかの検査をした。

 邪神兵の眼に光を当て、超音波探査をかけ、全身の赤外線とX線検査を行う。声もかけてみたがやはりコミュニケーションは取れない。

 最後に切断トーチを取り出した。ネットの一部からはみ出している触手の一本を狙う。

「それ行くぞ。3・2・1」

 切断トーチの高熱噴射でその触手を一本断ち切った。

 怪物が吠えた。いきなり凄まじい力で暴れまくり、拘束ワイヤがぐんと伸びる。だがそれでもワイヤは耐えきった。やがて怪物の動きが鎮まる。

 井坂技官は下に落ちた触手の切れ端を素早く拾うとキャリーケースに放り込んだ。意識を取り戻した以上は自爆の危険性が出てくる。

 二人してコンテナの外に退散する。背後で密封コンテナが閉まる。これで大抵の爆発には耐えられる。

「二度とやりたくない」井坂技官が感想を漏らす。

「俺もだ」クラフト少尉が返した。


 触手の切れ端には無数の検査が行われた。観測艇イシュタールの高度AIがその能力をフルに発揮する。

「細胞とDNAらしきものがある」

 井坂技官がスクリーンの表示を見ながら説明した。分析自体は高度医療AIを流用して行っている。

「一本鎖DNAだ。人間はAGCTが基礎だが、こいつはある種のベンゼン環を基礎とした五つのコードで構成されている。

 増殖は恐ろしく速いうえに、突然変異を起こしづらい。そしてこいつはデザイン生物だ」

「デザイン生物って何だ?」とクラフト少尉。

 それに答えたのはデュラス技官だ。

「つまりすべてのDNAが細かいパーツまで含めて完全に人工でコード化されている。意図的に創られた生物だよ。各遺伝子コードは高度に効率化してあり、これらのコードを積み木のように積み上げて全体が構成されている。まさに芸術作品だ」

「それだけじゃないぞ」と井坂技官。

「血球の半分がナノマシンの類だ。それに組織の中に当たり前のように金属部品が埋め込まれている。だから見た目よりもずっと力が強いし、素早い。最初から機械との結合を計算に入れて設計されている。そういう意味では究極のサイボーグだな」

「組み立てられた生物機械か」クラフト少尉がため息をついた。

「それだけではない。この個体の分析結果だと寿命はほぼ五年だ。驚くべきことに傷の自己治癒能力自体が低い。一見不死身に見えるが、実際には生体各部に自切機構が組み込まれていて、傷を受けるとその部分を放棄するようになっている」

 井坂技官が説明した。

「どういうことだ? 分からん」とクラフト少尉。

「つまり最初からこいつらは使い捨てとして作られているということだ。怪我が深くなれば殺してすぐに次を作る。ロボットと同じだ。故障したら捨てて作りなおす」

「だが生きているのだろう?」

「生きている。だが知性は低い。戦闘行動のほとんどは予め刷り込まれた本能で行っているように見える」

「生存本能が最初からないからあれほど平気で自爆するのか。なんてひどい話だ」とクラフト少尉。

「そうだな」と井坂技官は返した。

「後は・・このレントゲン写真を見てくれ。この怪物には口がある。恐ろし気な牙もある。だが胃は小さく、おまけに腸がない」

「ええと・・どういうことだ。映像記録ではこいつら人を食っていたよな」

「うん、食ってはいる。だが消化はしていない。この小さな胃は液体を吸収するようにできている。恐らく高カロリーの栄養液とでも言うべきものが本来の食事だ」

「じゃあ人を食うのは、あくまでも食うフリということか?」

「そういうことになる。つまりこちらに見せつけるために人を食っていると結論せざるを得ない。恐らくは後で胃の中身を吐き戻している。肛門というものを持っていないんだ。消化器官のあるべき位置には代わりにレーザー用のエネルギーパックが埋め込まれている」

「悪夢だな」クラフト少尉は頭を抱えた。

「それも人工の悪夢ね」話を聞いていたレイチェル技官がつけ加えた。


 約三か月の航行の後、観測艇イシュタールは地球へと帰還した。

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