第24話 3】木星会戦:総力戦:残照
17)
救命艇は全速力でポイントDに集結した。次々と後続が集まって来る。救命艇は高速で戦線を離脱するようにできているが生命維持の制限から長期航行はできない。自ずから早い内に他の艦に移乗する必要がある。
「どういうことだ。救助艦がいないぞ」
救命艇のパイロットたちがパニックになった。ここで待機しているはずの高速駆逐艦アドラがいないのだ。
観測艇イシュタールのブリッジで井坂技官は必死で航行管理AI群に命令を出していた。駆逐艦アドラが逃走した穴を埋める方法を必死で探し求める。
もはや各艦はイタカそのものとは戦っていない。イタカの艦載生体艇の群れと戦っている。この状況で必死に防戦している艦を一隻でも引き抜けば、戦線はたちまちにして崩壊する。そうなれば邪神軍の追撃で艦隊は完全に壊滅する。
こちらの巡洋艦を邪神生体艇の一群れの前に押し出し、できた間隙を別の巡洋艦で埋める。イシュタール内の大型航行管理AIが全力で計算を行い、新しい軌道を算出する。
最後にまだ生きている戦艦を少しだけ軌道をずらし、ようやく戦線から一隻だけ自由な駆逐艦を捻出した。
「駆逐艦颯。ランデブーポイントDに急げ。救命艇のクルーを収容しろ」
井坂技官が叫ぶ。管理AIがそれをコマンドに変えて通信ラインに載せる。
「くそっ。邪神軍のやつら。救命艇に気づいたぞ」デュラス技官が叫んだ。
スクリーン上でハチの一団に赤いマーカーがつく。明らかに他の群れから離れてポイントDに向かっている。その数およそ二百。
「まずい。救命艇には武器はついていないぞ」
井坂技官はつぶやくと、襲撃情報を救命艇の集団へと送った。
「ハチが来るぞ!」
連絡を受けて、救命艇の中が騒がしくなった。
ガス切れになった戦闘機から這い出して来たアルマン中尉がレーザー銃を手にして宙を睨んだ。迫りくるハチはまだ見えない。
磁力ブーツが機体を踏む音を響かせながらアルマン中尉が通信機に叫ぶ。
「全員、ありったけの武器を取れ。外に出て手で迎撃するんだ。急げ、時間がないぞ」
宇宙服を着た人間たちが救命艇の周囲に飛び出た。普通の二本腕の宇宙服の中には作業用のアームがついた四本腕を着た技術兵も混ざっている。
「救命艇を動かせ。バリケードを作るんだ」
救命艇の搭乗員にはアルマン中尉よりも階級の高い者もいたが、賢明にも口は挟まない。
救命艇が残り少ない推進剤で姿勢制御バーニアを吹かして位置を変え始める。その機体を使って円陣を作り出す。これでハチが人々を襲いたければ救命艇の機体を回り込んで襲うしかない。つまり接近戦しかなくなるわけだ。
そうでなければ距離を置いてハチの艦載レーザーで撃たれることで、人類側が一方的になぶり殺しにされてしまう。艦載レーザーは歩兵が持つレーザー銃とは威力が段違いなのだ。
「みんな、頑張れ。駆逐艦颯がそちらに向かっている」井坂技官の声がヘルメット内に響く。
アルマン中尉は通信先を戦闘機のAIに切り替えて命令を出す。
「全部の救命艇のAIとリンクしろ。接近してきたハチの想定進路を各自のヘルメットに投影しろ」
たちまちヘルメットの内側に無数の黄色の点が生じる。迫りくるハチの予測される軌道だ。手に持った銃の照準が赤い点となってそこに重なる。
「各自、自分の判断で撃て!」アルマン中尉は怒鳴った。
優美な軌道を描いてバリケードに近づいて来た最初のハチがレーザー砲撃をその体に受けた。羽がいきなり燃え上り、複眼に穴が開き、胴体に無数の穴が開く。やがてその体が分解し真空中に四散した。
アルマン中尉の戦闘機がレーザー砲で射撃を行ったのだ。ガスは尽きているがレーザー用の電力はまだ生きている。だが残念ながら撃つことのできる射角が狭い。じきにハチたちの間に情報が広まり、戦闘機の前にはハチが近づかなくなった。
次の一匹は携帯対空ミサイルの餌食になった。炎に包まれ派手に吹き飛ぶ。
だが重兵器はそれで終わりだ。残りのハチたちが人々に向けて一斉に飛び掛かった。
ハチの主兵装は尾部に埋め込まれている艦載レーザーだ。救命艇の表面に穴が次々と開き、中から空気が噴き出す。だが推進剤それ自体は非燃焼性の上に爆発物も搭載していないので救命艇は火を噴かない。ただ穴が開くだけだ。
業を煮やしたハチの一匹が救命艇のバリケードを迂回して横から侵入を開始した。
戦闘機AIがそれに反応し、救命艇をコントロールする。
救命艇の機動バーニアがいきなり生き返り、強烈な反動推進剤の噴射がハチの体を引き裂く。
「いいぞ。撃ち続けろ。手を休めるな」
アルマン中尉はもう一匹潜りこんできたハチの正面に立つとレーザーを撃ち込んだ。
複眼に数十発を連続で叩きこむ。警告ランプがつき、トリガがロックされる。
過熱だ。銃のリミッターを外してまた撃つ。こうなるといつレーザー拳銃が爆発しても不思議ではない。
ヘルメット内に投影される照準点を頼りに撃ち続ける。見込み射撃だが、慣れるとこれでもほぼ命中するようになる。
ハチはまだ死なない。その大きさは人間よりも遥かに大きい。ハチは人類側の戦闘機と同じぐらいの大きさがある。生身の人間に取っては四階建てのビルの巨大な化け物に思える。
ハチの体は大きすぎて、携行レーザー銃では十分な被害を与えられない。狙うなら比較的小さい頭の部分だ。アルマン中尉は撃ち続けた。
もう二人ほど走り込んでくると、仁王立ちで撃ち続けるアルマン中尉の横に並んで撃ち始めた。
強烈な攻撃にハチの前足が吹き飛び、首ががくりと落ちるとそのまま体から抜けて落ちる。
アルマン中尉は振り返った。
サント中将が大口径のレーザーライフルを手にしてそこに立っている。
そのライフルは以前に見たことがある。メーカーから試作品として提供されたものであまりの使いづらさに採用を見送られたものだ。
あのライフル、もの凄く重いのだがな。そう思いながらも、自動的に手は上がり敬礼をする。
サント中将は答礼の代わりにレーザーライフルを振った。
「俺のことは気にするな。そのまま指揮を続けろ」
短く命令を出すと、サント中将は次のハチに向けてずしずしと歩み去る。その腰にぶら下がるのはこれも大容量のエネルギーパックだ。
あれももの凄く重いのだがな。アルマン中尉は呆れた。猛将サント。重戦車を連想させる人間だ。
助けを求める通信が入った。発信位置はすぐ背後だ。
アルマン中尉は駆けつけた。
そこでは四本腕の宇宙服を着た技術兵がハチとがっぷり組み合っている。
二本の足を強力な磁石で救命艇の船体にがっちりと固定した上で、二本の機械腕で屈んだハチの頭をギリギリと押さえつけている。機械腕のパワーリミッターを解除しているようだが、それでもハチの頭は潰れない。
ハチの前足が伸びて宇宙服を引っかくが作業用宇宙服の前面は防爆装甲だ。傷はつくがそれ以上の被害はでない。技術兵は生身の腕を伸ばすとハチの触手を引っ張った。苦しがったハチが羽を振るわせて逃げようとする。だが技術兵の宇宙服はがっちりと船体に貼りついている。
アルマンはレーザー銃を上げると、固定されたハチの首すじを狙って撃った。銃から再度過熱警報が出た頃になってようやく、ハチの体が崩れ落ちる。
機械腕の中にハチの頭だけがホールドされている。それはまだ生きていてガチガチと異質な金属でできた顎を噛み合わせていた。こんなのに噛みつかれたらいかに装甲された宇宙服でも穴が開くに違いない。
「こっちだ。二匹来るぞ」
誰かが叫んだ。
ハチの頭を宇宙に向けて投げると、技術兵は次へ向かった。
「ハチの弱点は首だ。頭と胸の継ぎ目を狙え!」
アルマン中尉が通信機に向けて怒鳴る。
もしかしたら最後まで凌ぎきることができるかもしれない。そうも思った。
だが彼らの健闘もそこまでだった。
ハチが戦術を変え、集団で襲い掛かって来るようになったのだ。アルマン中尉の左側で一人の男がハチの顎に食いつかれて宙に持ち上げられる。技術兵が溶接トーチをそのハチに押し付けるが、並んだハチが素早く動くと技術兵を弾き飛ばした。
アルマン中尉の銃が空警告を出す。最後のエネルギーパックを押し込むと、乱射した。もはやエネルギーを温存する余裕はない。
通信機の中は悲鳴で一杯だった。
弾切れになったレーザー銃でハチを殴っているものもいるが、もちろん歯が立たない。ハチの大顎に捉えられ持ち上げられるとやがて胴体を真っ二つにされて降って来た。
銃のエネルギーが尽きた順に一人また一人とハチたちの餌食になっていく。
「くそっ。駆逐艦アドラが逃げ出したりしなければ」
アルマン中尉は歯を食いしばった。
恐らく搭乗していたあのアホウ大将の仕業だ。もし万が一、生きて帰ることができたら、きっとひどい目に合わせてやる。そう決意した。
もっともそれも生きて帰れればの話だが。
「全員一か所に集まれ!」
アルマン中尉は命令を叫んだ。同時に生き残っている救命艇に命令を出して最後の推進剤をエンジンに送り込むように命令する。できた超高温の蒸気を噴射室の中に貯めこむ。
ハチを巻き込んでの自爆は可能か?
救命艇が動き始めた。だが初動は遅い。ハチたちは宙に飛び上がると悠々と救命艇から離れた。少し離れた所に固まり、その尾部の艦載レーザーをこちらに向ける。こちらの自爆作戦を読んでいるのだ。
そういえばこいつらはその気になれば躊躇なく自爆していたな。考えることは同じか。アルマン中尉は唇を噛んだ。
人間の捕獲は諦めて、殲滅に切り替えたのだ。こちらの武器の届かない場所から延々と撃ち続けるつもりだ。
残ったハチはわずかに十匹。だがそれを倒す手段がない。計器によると生き残ったこちらの兵は二百八十人だが、いずれももう弾切れだ。このままハチどもに嬲り殺しにされる。
アルマン中尉は覚悟を決めた。
その瞬間、最大駆動で減速しながら駆逐艦の機体がいきなり眼前に出現した。
「騎兵隊、到着!」通信機から言葉が流れる。
駆逐艦颯の対空レーザーが火を吐き始め、残ったハチたちを吹き飛ばした。艦載対空レーザーのパワーは大きい。一発当たるだけでハチの体に大穴が開く。
瞬く間にハチの群れは一掃された。
駆逐艦のハッチが一斉に開く。
ぞっとしたセリフがその後に続いた。
「急げ! 次の群れが迫っている」
宇宙服の全員がハッチに殺到した。
続けて駆逐艦後部の大ハッチも開く。
「後部倉庫の扉を開いた。そっちの方が早い」通信機から声が響く。
後部大ハッチは資材の運搬用だ。エアロックこそないが開口部は広い。
アルマン中尉はまだ何が起きたのか分かっておらず棒立ちになっている宇宙服の人物を突き飛ばすと、倉庫の中へと放り込んだ。
「生きているけど動けない奴はいるか!?」
アルマン中尉は三度広域モードにした通信機に向けて叫んだ。
返事はない。他の連中と駆逐艦の倉庫へとなだれ込むと、扉の手動閉鎖ボタンを叩き込む。
「駆逐艦颯へ告ぐ。こちらアルマン中尉。兵の収容完了!」
迫りくるハチの群れを逃れて、駆逐艦颯は全力噴射でその場を逃げ出した。
18)
「お強いですな。司令」
ステーション・ガンマの中で酒に酔った真っ赤な顔でリチャードソンは言った。
「宇宙船乗りは皆こうですよ。長い航行の間には酒以外にほとんど楽しみがないので」
そう言いながらもホログラムの赤いボタンを指で叩く。
微かな振動。宙に撃ちあがる砲弾群。
「死んだ女房がここにいたら、飲み過ぎだと怒られている所ですよ」
「ところでリチャードソンさん。そのメガネは伊達メガネですか?」
「そうです。メガネをかけていないと私の顔は・・その・・政治家としては善人顔すぎるのです。それにまあ投影ゴーグルとしても役に立っています。あの網膜投影というのが実は苦手でして」
「苦労しますね。私も司令官としての威厳を見せるためにいつも無理しています」
二人でそのことに苦笑した。
警告音が鳴った。
「イタカ。ビーム放射。目標はここです」基地管理AIが報告する。
「プランAを起動」
リューダイ司令がそこまで言った所で、イタカの最大射程荷電粒子ビームが基地を貫き、IECM爆薬が起爆した。それに連動して暴走状態に持ち込まれた核融合コア群が巨大な火球を次々に作り上げた。
*
「こっちにも来るぞ」緊張した声で井坂技官が言った。
スクリーン上ではハチの一群が飛んでくる。
すでにこの宙域に残っているのはステルス化している観測艇イシュタールだけだ。
「こちらの荷物を探しているんだろう」井坂技官の指がひらめく。
長い間ここにいて大量の通信を行った。お土産まで運びこんだ。どこかでここにステルス船がいると判断されてしまったのだ。
「もっと噴射を」クラフト少尉が言った。
「いや、まだだ。ハチの軌道を見ればこちらを検出しているわけではない。これは捜索パターンだ」
スクリーン上でハチの群れは分散した。奇妙なパターンを描きながら周囲を探索している。その捜索網の端で驚くほどゆっくりとこちらの船が遠ざかっている。
「噴射を停止。エネルギー最低。赤外線遮蔽。完全ステルスモードスタート」井坂技官は命令を出した。
部屋が暗くなる。その中でメインスクリーンだけが明るく表示されている。
一切の通信を断った完全ステルスモード。電磁波吸収膜だけではなく、背景イメージの再投射による偽装も行う。発生する熱は冷却材で完全に相殺される。
だがそれにも限界がある。一定の距離以内にハチが近づけば偽装被膜の境界線の映像の歪みが見つかってしまう。
ハチの踊りが近づいてくる。ステルス観測艇には武器は無い。ステルス状態こそがこの艇の唯一の利点なのだ。一度見つかれば逃れる術はない。
「やつらは半分機械で半分生物だ。補給が無ければ長くは活動できない。それまでの辛抱だ。このまま待とう」井坂技官は言った。
薄暗闇の中でスクリーン上の表示を五人は目で追った。
パッシブ通信にステーションのリューダイ司令から最後のメッセージが届く。だが返事はできない。
一匹のハチがこちらに危険なほど近づいて来る。
全員がスクリーンを凝視する。
「見つかったら全力噴射だぞ」ヒソヒソとデュラス技官が囁く。
もちろん宇宙で声を潜める意味はない。
「大丈夫さ」自分に言い聞かせるかのように井坂技官が返す。
じりじりとハチの輝点が近づいて来る。
「クラフト少尉。ここに来るときに使った連絡艇は?」
訊ねながらもスクリーンを制御して答えは自分で見つけ出す。
イシュタールの近くに浮遊したままだ。
「これを使おう」
井坂技官は操作を行った。
いきなり連絡艇が噴射を開始し、ハチから離れる方向に進み始めた。
ハチの動きが変化した。他のハチたちも連動し、一斉に無人の連絡艇を追い始める。
遠くで何かが光った。
計器を見ていたデュラス技官が叫んだ。
「ステーション・ガンマが爆発した。周囲の核融合炉も全部大爆発している。周辺は電波から可視光領域までノイズだらけだ。これではまともに観測ができないぞ」
「それはハチも同じだ」井坂技官が答える。「これはチャンスだ。ハチが十分に離れたら噴かして逃げるぞ」
もう一分待った。スクリーンからハチがあらかた消える。
「ステルス噴射開始。奴らが戻って来る前におさらばだ」
低温噴射による静かなGが心地よく全員の体を押さえつける。
ステルス観測艇イシュタールは地球への帰還のコースに乗った。
*
地球に向けて一路進み続ける高速駆逐艦アドラの自室でフェルディナンド将軍はイライラと歩き回っていた。
その頭の中は井坂技官への復讐のプランで一杯だ。
一度送り込まれれば十年は帰って来られないということで有名な水星ステーションに左遷するか。それともいっそ上官を騙した罪で反逆罪に問うて死刑とするか。妄想は次々と膨らみその中で井坂は百回も拷問の末に死んだ。
呼び出しに応じて艦長のアイリーンが部屋に入ってきた。
「将軍。お呼びですか」
「ああ、そうだ。艦内の映像記録データをまとめてくれ。航宙日記と呼ばれているヤツだ」
「すでにまとめてあります」アイリーン艦長は手に持っていた記憶チップを差し出した。
にやりと嫌らしい笑みを浮かべてフェルディナント将軍はそれを受け取った。
「ご苦労。これで井坂を地獄に落とせる」
「それをどうするおつもりですか?」
「決まっておる。航宙軍本部に提出するんだ。この中にはアドラ艦内のすべての情報が収められているのだな?」
「はい。この会戦が始まった時点から撤退命令が発された瞬間までのすべてが入っています」
「大変によろしい」フェルディナント将軍は満足そうに頷いた。
十分に調査すれば、あの糞ったれなアプリが井坂技官の手によるものだと証明できるだろう。そうでない場合でも証拠をでっちあげれば良い。今までにも散々やってきたことだ。フェルディナント将軍は不敵な笑みを浮かべた。
「本当によろしいのですか?」アイリーン艦長が念を押した。
「良いに決まっているだろう。君はいったい何を言っている?」
「ご指摘させていただきたいのですが、その記録の中には将軍が配下の兵の救助を拒み、敵前逃亡をした事実が入っています」
「何を言うワシは艦に迫る危険を回避しただけだ。それに君も同意したではないか」
「当艦が受けた命令はその危険も含んで出されています。また私は命令系統でより上位にある者の命令に従っただけです。つまり私には一切の責任がありません。そのこともまたその記録の中にあります」
「ワシがその上位者の権限で作戦を変更したのだ」
「その言い訳を受け入れる人間がどれだけいるかお分かりですか?」
「もちろん受け入れるさ」
アイリーンは呆れた。駆逐艦アドラが逃げ出したおかげで大勢の人間が死んだのだ。戦況はリアルタイムで観察されすでに報告されている。いかにフェルディナントに権力があろうが誤魔化すことはできない。
「どうでしょうか。私にはその数はゼロだと思えます」素直な感想をアイリーン艦長は口にした。
「もし映像が太陽系ネットにでも流れたら、間違いなく将軍はその地位を追われると思いますが」
「そんなことはないだろう」
「では当艦のAIに聞いてみましょう。モーリス。私の意見をどう思う?」
「アイリーン艦長の意見に賛同します。フェルディナント将軍は宇宙軍軍規法における規約に十近く違反しています。うまくその理由を説明できなければ、将軍は終わりを迎えるでしょう」
船管理AIのモーリスが答えた。
フェルディナント将軍は机を叩いて怒鳴った。
「その記録の中から問題のシーンを削れ!」
「不可能です」
あくまでも冷静にアイリーン艦長は答えた。その口調にわずかに軽蔑の意を滲ませて。
「航宙日記はすべて一つの暗号鍵でロックされるシステムです。その記録の一部を削除することもできないし、改竄も不可能です」
フェルディナント将軍は手の中の記憶チップを見つめた。井坂を倒すための武器のはずだったそれが、実は自分の心臓をまっすぐに撃ち抜く弾丸だと知ったのだ。
短い沈黙が落ちた。
「ただ一つだけ方法があります」アイリーン艦長が口を開いた。
フェルディナント将軍の目が見開かれた。
「当艦は何者かによるハッキング攻撃を受け、長い間システムの一部がダウンしていました。つまりその副作用として航宙日記システムが一時的に麻痺したとすることができます。その記憶チップも含めて記録をすべて丸ごと破棄することが必要ですが」
「そうすればワシは安全なのか」
将軍は縋るような口調だ。
「記録は削除できますが、記憶システムの中から完全に消去されるわけではありません。プロが調査すれば記録を復元することができます。ですので大事なことは航宙本部の注意を引かないことです。将軍が騒ぎさえしなければ、航宙本部は我々が嘘をついているとは考えないでしょう。特にこの大敗北の混乱の中では」
フェルディナント将軍は手の中の記憶チップをアイリ-ン艦長に渡した。
「処分してくれ」
「了解しました」
踵を返して部屋を出ていきながら、アイリーン艦長はにやりとした。
口の中で小さく呟く。
レイチェル。借りは確かに返したわよ。
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