第21話 3】木星会戦:総力戦:激発

7)


 大型ミサイルのAIはチャンスを見つけたと思った。前方を遮るハチの群れの中に薄い所を見つけたのだ。

 駆逐艦よりやや小さいだけのその船体から、残った二機の中型ミサイルを撃ちだして先行させる。

 百メガトン級の爆発が二回起き、撒き散らされた放射線を浴びてハチたちがまとめて焼ける。宇宙空間での核爆発は爆風効果がほとんど無いためにこの方面での被害は期待できない。だがミサイルの周囲にびっしりと埋め込まれていた金属粒、そしてそれらを繋ぐカーボン糸は正しく広がり四散した。無数の巨大な単分子のネットが虚空を満たす。

 離れた所にいたハチたちもそれに貫かれ、あるいはカーボン糸に引き裂かれて死んだ。

 その結果、ハチたちの防御陣の中央に大きなトンネルが開く。

 邪神船イタカに続く道だ。

 大型ミサイルは周辺で護衛している無数の小型ミサイル群に命令を出し、錐のように前方にねじ込む。

 大きく開いたトンネルの全方位から間隙を埋めようとハチが押し寄せる。小型ミサイルがそれを迎撃し、IECM爆発の輝きが周囲を埋める。

 ワイバーンが真っ二つになり、トンボが内部から膨らんで破裂する。ハチが肉片へと変わり、イカはそのまま誘爆した。

 その残骸が作る地獄絵図の中を大型ミサイルは突進する。邪神船イタカに到達するまで残り五秒と算出した。

 その時、砲身の一つから伸びた青く輝くビームが大型ミサイルを捉えた。

 ミサイルのAIは機械だけにできる高速知覚の中で自分が破壊される様を観察した。

 超高熱のビームの輝きに満ちる中で数ミリ秒の間に機体の温度が上昇し、装甲が沸き立ち金属蒸気へと変ずる。

 一瞬の躊躇の後に、大型ミサイルのAIは攻撃を諦め、自爆を選択した。搭載している核爆弾に命令を送る。

 ギガトンクラスの核融合の輝きがすべてを満たす。それに巻き込まれた周囲の生体艇が次々と焼ける。その激烈な光を受けて、イタカの帆膜がさらに温度を上げた。




 最期のミサイルは撃ち終わった。残るは兵装はレーザー砲だけ。

 クラフト少尉は戦闘機の操縦レバーを引いた。各自の判断での離脱は許可されている。後は後方宙域で待機する回収役の駆逐艦の位置まで戻るだけ。そこで機体は放棄し、パイロットだけが収容される。

 だが後一つだけ、ここまで来た目的を果たさねばならない。名ばかりである戦闘機隊の大隊長には何の義理も無いが、自分が命令を無視すれば直属上司であるアルマン中尉に責めが行く。

 周辺をサーチし、報告されたトンボを探す。

 いた。

 画像拡大を命じ、確かめる。死んだトンボの横に邪神軍歩兵が漂流している。その化け物は真空中に身をさらし、トンボの足に引っかかった形でしがみついている。

 その向かう先はすでに撃破済みの巡洋艦だ。船内に残っている乗組員を制圧するつもりだったのだろう。無論、残虐放送に使うためだ。

 トンボがの足が動いた。対空レーザーで穴だらけにされてもなお生きているのには呆れた。艦載レーザー砲の照準をつけてトンボを撃つ。その瞬間、トンボが悲鳴を上げたように思えた。真空中なので聞こえるわけがないが。

 大きな体に新しい穴が次々と開くにつれてトンボが暴れ、じきに動きが止まった。中枢神経系をレーザーが撃ち抜いたらしい。

 その体が痙攣し、抱えていた敵歩兵を放り出す。

 今だ!

 機体からネットを撃ちだし、邪神歩兵を絡めとった。邪神歩兵が伸ばした触手が蠢き、強靭なネットの繊維の数本が切られ、さらにはクラフト機をレーザーらしきもので撃って来た。それを無視して慎重に狙いをつけ、AIアシストの下で飛び出た触手をこちらのレーザーで焼き切る。

 それ以上反撃はない。ネットが収縮し、邪神歩兵の身動きを封じたからだ。

 ネットを引きずったまま機体の向きを変え、残りの推進剤すべてを使って最大の速度でランデブーポイントDへ向かう。駆逐艦アドラがステルスモードで待機している場所だ。

 周辺を監視していた戦術AIが警報を上げた。

 ちらりと見てその理由が分かった。近くのハチやワイバーンがすべてこちらに向かっている。それらの動線の集まる先は、もちろんこちらの軌道だ。

 これは敵歩兵を捕まえたことと無関係ではない。自分たちの歩兵の秘密を知られたくないのだ。あるいはこの邪神歩兵が何らかの信号を出しているのかだ。

 クラフト少尉は戦闘機の速度をわずかに上げた。残るガスはポイントDまでの加速と減速に必要な分ギリギリしかない。戦闘機動などする余裕はない。

 通信機で自機の援護要請を発する。優先度は最高。

 周囲で生き残っていた人類側の戦闘機が向きを変え、近づきつつある邪神軍生体艇に向けて攻撃を始めた。

 いまやクラフト機の価値は自分たちより高いと誰もが知っているのだ。



 邪神船イタカの中央統率脳はひどいストレスを感じていた。

 闇の中から無数のミサイルがいきなり出現してくるのだ。おまけに浮かんだ遮蔽パラソルの影から延々と砲撃を受けている。

 このクラスのレールガン砲撃ではイタカの邪神装甲を抜くことはできない。だが同じ個所に何度も砲撃を受けていれば、鱗で構成される邪神装甲自体は破壊できなくても、それを船体に止めているヒンジは破壊される可能性がでてくる。ある理由から邪神装甲は船体との一体形成ができない。

 邪神軍の戦闘スタイルは常に敵の正面から堂々と突破するように構築されている。その莫大な戦力差を持って相手を絶望の淵に叩き込む必要があるからだ。

 だからステルスなどの観測機構と対観測機構の技術は発達していない。それらは弱い種族が発達させる技術とも認識している。


 ステルス化して近づいていた大型ミサイルが十基ほど、いきなり闇の中から出現した。全力噴射のジェットが煌々と輝く。

 イタカはビームの狙いをつけ、最高強度の一連射でそれらすべてを薙ぎ払う。イタカが射撃した瞬間、大型ミサイルは一斉に噴射を止め、再び背景の星空へと溶け込んだ。低温ガスの爆発的な噴射で、ステルス状態のまま軌道をすばやく変える。

 ビームが闇を斬り裂いた後に逃げきれなかったミサイルの一つが大爆発を起こす。

 イタカの統合脳は人間の舌打ちに当たるものをした。

 本来なら今の一撃で姿を現した十基すべてが金属のガスに変じているはずなのだ。だがその攻撃のほとんどが回避された。無人機だけに可能な高G機動の成せる技だ。

 ミサイルに搭載されているAIはこちらの反応速度やビームの速度などをすべて学習して最適の回避を行う。こうなると簡単に撃墜するというわけにはいかない。ミサイル一基を破壊するためだけにどれだけの熱量を船体に蓄積してしまったのか。

 失敗であった。

 このままではじきにイタカは過熱で動けなくなる。

 ステルス化されると敵ミサイルの存在位置はシミュレーションの中での確率雲でしか扱うことができなくなる。それも時間が経つにつれてどんどんその領域は広くなる。あまり領域が大きくなると射撃それ自体に意味がなくなる。


 イタカは決断した。ここで次のサプライズを見せるときだと。



8)


「ああ、惜しい。もう少しだったのに。あの核爆発が直撃していれば」

 拡大された戦況ディスプレイを見つめながらデュラス技官が呻く。

「あの船もサイボーグだよな。戦術用の頭脳の構造が見てみたい。それとも思考部分も機械なのだろうか」興味深そうに井坂技官がつぶやく。

「でもステルスミサイルの攻撃は有効みたいね。光学観測技術はこちらと大差ないみたい」レイチェル技官が指摘する。

「さあ、これからどんどん隠れていたミサイルが出現するぞ」

 デュラス技官は手をすり合わせた。


 ミサイルのステルスモードは可視光線も含む吸収率99.9999%の電磁波吸収塗料を全体に塗り、推進をすべて低温ガスのみで行うことで実現する。こうすると背後の星の光がミサイルの機体で隠れることでしかそこに何かが存在すると認識はできない。

 だがそれには当然限界がある。観測機器の精度が高くなること、距離が近くなること、あるいはミサイルが推進剤を派手に噴射したときには存在がバレてしまうのだ。

 イタカが無駄撃ちするたびに勝率を現す数字が上昇する。それはすでに25%まで上がっていた。イタカの船体も帆膜も熱で輝いている。あらゆる所に過熱の兆候が見えている。


「ぶーんぶん」ライズ技官がスクリーンを指さした。

 そこにはイタカの砲身周辺の磁気密度が表示されている。そこに何か大きな変化が起きていた。

「何だこれは?」と井坂技官。

「分からん。だがヤバイような気がする」とデュラス技官。

 次の瞬間、警報が鳴り響いた。それと同時にスクリーンが真っ白に変じた。自動輝度調整が働き、輝きを抑える。

 スクリーンに解析AIの報告が挙がる。

『高強度電子線の大量放射。イタカの前面すべての宙域が四本の電子線により全走査されました』

「なに!」

「なに?」

「なんですって!」

「ウーフ・ドルーフ」

 口々に驚きの声が漏れた。

「電子線だと。あれが撃てるのは荷電粒子だけじゃないのか!」と井坂技官。その手が素早く動き命令を艦隊戦術AIに叩きこむ。


 荷電粒子線はプラスの電荷を帯びた重質量の原子核を光速の1%程度で射出するものだ。電子線はその逆にマイナスの電荷を帯びた電子を光速に近い速度で射出する。荷電粒子ほどの破壊力はないが鋭く速い攻撃となる。威力はないが、その代わりに遥かに広大な領域を短時間で攻撃できる。

 一瞬で宙域すべてを四本の電子線が縦横に薙ぎ払った。まるで呪われた文字を虚空に書き出しているかのように。

 イタカを中心に数キロの範囲が電子線を浴びた。

 電子線を全面に受けた遮蔽パラソルがバラバラに引き裂かれ焼損した。ステルス化していた大型ミサイルの表面の電磁波吸収塗料が蒸発し、隠れていたミサイル本体が暗闇の中から次々に出現する。

 たちまちにしてイタカの前方にいたステルスのすべてが無効化された。


「やられた。何もかも丸裸だ!」井坂技官が叫んだ。

 観測艇イシュタールは遠く離れているので電子ビームは浴びなかった。だが、今まで比較的安全に隠蔽されていた各艦が見事にその姿をさらしてしまった。

 勝率カウンターが恐ろしい速さで激減する。


 このとき、もう一つ、暗闇の中から出現したものがある。

 ステルス塗料に隠れて邪神船イタカとの反航航路を取っていた人類軍巡洋艦隊だ。敏感な観測装置に掛からないようにイタカから離れた所を丸く取り囲むように進んでいたのだ。

 それがいま、イタカの目の前に晒されてしまった。

 巡洋艦は攻撃力こそ戦艦を越えるが、防御力はそれだけ低い。イタカの荷電粒子ビーム攻撃を食らえば一撃でも致命傷になりかねない。だからこそのステルスであり、だからこそのこの危機でもあった。


「まずい。全巡洋艦に告ぐ。全艦全速前進。個別に撃て。回避機動を取れ。できる限り早くイタカの背後に回りこめ」

 もはやステルスは意味がないと、巡洋艦が噴射を開始した。そのスラスター炎が背後に長く伸びる。同時にミサイルの投射を開始する。八門の搭載レールガンは船体の軸に平行なので、この角度では撃つことができない。

「土星会戦での荷電粒子砲の屈折角度は最大で十五度。恐らくは三十度まではいく」

 井坂技官が自分に言い聞かせるように呟く。

「進め。巡洋艦。進め。イタカの後ろが砲の死角だ」

 砲の死角に入り込みさえすればイタカの最大の武器は封じることができる。あとは生体艇の群れの壁に穴を開けて攻撃を叩きこみ続けるだけだ。

 邪神船イタカもこの動きに素早く反応した。巡洋艦隊に気づいたイタカはそちらの緊急度が高いと判断したのだ。

 荷電粒子砲の次のビームは巡洋艦に向かった。

「二十五度。やはり曲がるぞ」デュラス技官がスクリーンを睨みながら説明する。

「散逸が凄いわ。やはりビームを曲げるのはきついのね」とレイチェル技官。


 荷電粒子線は射出時に高磁界高電界をかけることで軌道を曲げることができる。これは精密な射撃には必須の機能である。だがこの方式には欠点がある。ビームの軌道を曲げれば曲げるほどエネルギーが不要な電磁波の形で散逸する。


 巡洋艦の一隻がビームを食らった。その装甲が瞬時に蒸発し船の軌道がふらつく。

「屈曲度三十五度。エネルギー減少度七十パーセント」レイチェル技官が冷静な声で報告する。

「巡洋艦生き残っているぞ」デュラス技官が報告を睨む。

 その言葉を否定するかのように次のビームの一撃が傷ついた巡洋艦を襲い、爆発を引き起こした。

「報告修正。やられた」デュラス技官が自分の頭を叩く。

 くそっ。井坂技官は小さく悪態をついた。今ので三百人は死んでいる。

「行け行け行け。もっとだ。もっと後ろに」

 次のビームが飛んだ。

「屈曲度七十度。まだ曲がるぞ」

 次の一隻が火だるまになり、やがて内側から膨れて爆発した。弾薬庫の温度が高くなりすぎたのだ。

 今やどの巡洋艦もスラスターを限界まで噴射している。同時に機動バーニアをランダムに吹かして予測できないように軌道をずらす。

 巡洋艦から射出されたミサイルは勝手に群れを成し、イタカへと向かう。自分たちの母艦から少しでも注意を逸らすのが目的だ。

 邪神船イタカの攻撃が巡洋艦に向かったことを知って、今や丸裸となったステルスミサイルたちも攻撃を引き付けようとイタカへと殺到する。

 大型ミサイルはビームで迎撃されたが、小型ミサイルは完全に無視された。邪神船イタカにはそれらに気を割く余裕がない。

 ほとんどのミサイルはハチに迎撃されたが、撃ち漏らされた幾つかのミサイルはイタカまで到達する。

 ピラニアと同程度の知性を持つ搭載AIの導きで、それらは新しく伸びた帆膜の根本へと殺到した。爆発により白熱する帆膜の破片が千切れ飛ぶ。また新しい帆膜がその後ろから伸びる。また爆発し、また伸びる。延々と続く我慢比べだ。

 この我慢比べは負けた方が滅びることになる。



9)


 戦艦オー・ライドの艦長であるサント中将はコンソールの上を指で叩いていた。

 戦艦の主兵装はミサイルだ。それは今すべての発射口から絶え間なく撃ちだされている。すでに保有するミサイルの半分は投射している。


 船外に投射されたミサイルは命令に従いミサイル戦闘群を構成する。

 中型ミサイルは百メガトンクラスの核弾頭を持つ。その目的は敵艦に突入しその表面で爆発すること。

 一方、小型ミサイルの任務は中型ミサイルの護衛だ。あるいは戦艦自体の護衛を行うものもある。戦艦の機動に追尾し、ハチやワイバーンが近づくとこれを打ち落とす対空防衛を行う。

 ステルスモードの低温噴射で移動するか、それとも全力駆動モードで移動するかはミサイル自体のAIが作戦要項に従って個別に決定している。


「ミサイルだけでは足らん。船首をイタカに向けろ。レールガン攻撃だ」

 サント中将が部下に命じる。

「しかし船首は防御が薄いです。イタカのビームを食らえば大打撃を受けます」

 戦術戦闘士官のバーティ士官が当然の抗議を行う。

「馬鹿者!」サント中将が怒鳴った。

「巡洋艦の連中はこちらよりも防御が薄いんだぞ。その彼らが命を惜しまずにレールガン攻撃しているのに、戦艦が怯えていてどうする!」

 これはバーティ士官のプライドに効いた。歯を食いしばり返答する。

「命令を了解しました。艦を回頭させて船首をイタカに向けた後に過熱臨界の五連射を行った後、再び船首を戻します。これを冷却を挟んで繰り返します」

 言いながらも、戦術AIに命令を叩き込む。戦艦クラスの巨体は回頭一つ取ってもAI支援無しで行うと乗員が死ぬ。

「十連射だ」サント中将が命じる。

「砲身が爆発しますよ!」バーティ士官が悲鳴を上げた。

「爆発しても構わん。今は一発でも多く撃ち込むんだ」

 それ以上は何も言わずにバーティ士官は命令を組む。

 サント中将は猛将サントと呼びならわされる人間だ。だが単に攻撃的というだけではない。冷静な計算ができる男だ。今の命令もレールガン砲身の過熱に対する安全係数を承知した上でのものだ。

 それが判っているのでバーティ士官も無理に抗議はしない。十連射でレールガン砲身が爆発する可能性は30%程度かと値踏みする。賭けとしてはあまりにも危険だ。だが今の状況はそれを要求している。


 警報が響き、戦艦オー・ライドが回頭を始めた。機動バーニアが高温の蒸気を爆発的に噴き出し、反動で船体が回転を始める。

 戦艦の各部で強烈なGが生じる。回頭の間は人間の乗組員は球形ポッドに飛び込んでいる。そうでなければ横向きのGで壁に叩きつけられて大怪我をする。

 船首がイタカに向いた。

 レールガン射出口は大きく開き、イタカにその無防備な様を晒す。この状態でビームを受ければそのまま撃沈しかねない。

 貴重な5秒を使用して、照準を微細調整する。レールガン砲弾は無誘導だ。射撃時に砲口が1センチでもずれればこれだけの大きな的でも外れることになる。

 撃ち始めた。レールガン砲弾4発が一組になり撃ちだされる。反動でレールガン本体が振動を始め、それをジンバルが必死に吸収する。瞬間コンデンサーのバタシターが核融合炉からの次の電力を吸い込み蓄積する。冷却ガスが砲身に吹き付けられ、高温ガスに変わって起動バーニアからランダムに噴き出す。戦艦の船体が横すべりを始める。

 レールガン発射の閃光を見て、邪神船イタカは精密照準を行っているだろう。それに続くのは超高熱のビームだ。

 早く終わってくれ。バーティ士官は戦場の神に祈りを捧げた。

 次弾発射。振動抑制。砲身冷却。電力蓄積。そしてまた次弾発射。

 十を数えた。

「再回頭開始!」

 計器を見つめながらバーティ士官が叫ぶ。

 爆発こそしなかったがレールガン砲身の周りは灼熱地獄だ。冷却ガスが惜しみなく吹き付けられる。赤熱した砲身が徐々に冷えていく。収縮する構造材が甲高い音で悲鳴を上げる。


 外部カメラに青の閃光が見えた。

 その瞬間、強烈な衝撃が戦艦オー・ライドを襲った。

 ブリッジにいた全員が衝撃を食らって一瞬意識を失う。一瞬早く球形カプセルが全員を包んでいなければそのまま死んでいただろう。

 イタカの荷電粒子ビームがオー・ライドを直撃したのだ。

 爆発の衝撃だけで戦艦は多大な被害を受けた。

 けたたましい警報が鳴り響く。船管理AIが人間から操縦を引き継ぎ、予め組まれたコード通りに操船を行う。

 イカスミを全面に噴射。それにより煙幕の中に戦艦の巨体を隠す。

 オー・ライドのすべての機動バーニアが咆哮を上げ、船体を回転させる。ブリッジ自体は船体中央付近にあるから良いが、船殻付近にいた乗組員にはとんでもないGがかかる。球形ポッドの中に居なかった者は即死しているだろう。

 だがそれでも、無事な側の装甲をイタカに向けねば、次の射撃で船も人も共に死ぬ。


「被弾か!?」

 意識を取り戻したサント中将の最初の一言がそれだ。

 スクリーンに映るオー・ライドの透視図に被害報告が上がる。無数の赤い報告で画面が埋まっている。

 船の片舷が丸ごと焼けている。装甲は消え、船殻の一部が壊れている。装甲が蒸発して変じた金属ガスの膨張をまともに受けたのだ。核爆弾の直撃を食らったのに等しい。

 ミサイル射出口の半分が溶融している。だがそれでも内部の弾薬庫にビームが通らなかったのは幸運だった。

 レールガンは全滅だ。射撃はできても砲身が歪んでは撃つだけ無駄というもの。

 各球形ポッドの中の機関員たちが修理ロボットを動かし、復旧を試みる。だがじきに修復不可能との報告が上がる。

 運が悪かった。ビームが戦艦のど真ん中に命中したのだから。これは撃沈と言ってもよいほどの被害だ。

 だがまだミサイルの半分は撃てる。

「全乗組員に退避命令。救命艇の準備をしろ」サント中将は船管理AIに命じる。「準備次第射出を開始。ランデブーポイントDへ迎え。ミサイルは継続的に投射を続けろ。目標は他の艦の指示に従え」

 バーティ士官に向けて最後の命令を怒鳴った。

「オペレーションZを設定しろ」


 オペレーションZはすべての武装を失った瞬間、船をイタカに向けて爆進させるコードだ。体当たりをイタカが許すとは思えないが、それでもビームの一発ぐらいは余分に消費させることができる。


 乗組員は球形ポッドごと救命艇の中に送り込まれて戦艦からの射出が開始された。

 乗組員を乗せた救命艇が出発したのを見届けてから、サント中将は自分のコムを叩いて命令を下した。

 衝撃と共に球形ポッドが椅子の周囲を包み、最後に残った救命艇へと送りこまれる。

 背後に小さくなる戦艦オー・ライドの姿を認めて、サント中将は唇を噛んだ。

 生き延びてこの仇は必ず取ってやる。

 そう心に誓った。


 まだミサイルを撃ち続ける半壊した戦艦の姿を認めて、イタカの次の砲撃がそれを襲った。



10)


 巡洋艦から注意を惹き戻そうと、戦艦勢も攻撃を強めた。ミサイルが惜しみなく投射され、レールガンを限界以上の速度で撃ちだす。砲身過熱警報がどの戦艦でも鳴り響いたが、艦長たちはコムを叩いて止める。ついでにすべてのリミッターを外すように命令が出た。

 明らかな軍規違反だがそれを咎める者はいない。

 今が正念場だ。例え艦が爆発しようが、邪神船イタカに損害を与えなくてはならない。

 レールガン砲身は自己励起振動を止めず、結果として精密射撃はできない。イタカの船体全体に狙いが外れたレールガン砲弾がばらまかれて火花が散る。

 運が悪かったハチが砲弾に貫かれて細かい肉片に変わる。

 また巡洋艦の一隻が尾部を吹き飛ばされ漂流を始めた。その船体から救命艇が射出されるとランデブーポイントDへ向かい始める。わずかな人間が残って半壊した船体から新たなミサイルをさらに撃ちだす。もはや主推進は無理と見て、機動バーニアを使って船体を回転させる。機種のレールガンをイタカに向けるためだ。

 そこをビームが襲い、巡洋艦の中央に穴を開けた。弾薬庫に内蔵していたIECM爆薬に誘爆して巨大な花火が宇宙に開く。



「屈曲度九十度。ここが限界みたいです。曲げた後の残存エネルギーは十%程度です」

「よし、よし、よし、よし。行けるぞ。皆死角に出ろ」イタカ技官がテーブルを叩く。

 最後の巡洋艦がイタカの砲身の九十度の範囲から出た。どの巡洋艦も姿勢を変え、船首のレールガン主砲八門をイタカに向けると撃ち始めた。帆膜が次々と吹き飛び、それに比例してイタカ船体の温度がじりじりと上がり始める。

 邪神船イタカの注意は再び前方に向いた。今や丸裸となっている戦艦を手あたり次第に撃ち始める。そのすべてがダミー戦艦でビームを受けて一瞬で蒸発して消える。本物の戦艦は電子ビーム弾幕の直後に何が起きたかに素早く気づき、イカスミを周囲に噴射して回避軌道に入っていた。



 ビヒモス級戦艦ドクトールは再びパラソルを展開してその影に入った。防御力を使っての囮としての役割が果たせない今、本来のミサイルプラットフォームとしての役割に戻る。

 だが邪神船イタカはそれを許さなかった。今度は電子線を局域放射し、せっかく展開したパラソルを直ちに燃え上がらせる。パラソルの陰から姿を現した戦艦に逃げる暇を与えるつもりは無かった。四門同時斉射の荷電粒子ビームを遠慮なく叩きつける。

 一撃で何層もの船殻すべてを貫かれて戦艦ドクトールは派手に爆発した。内部のミサイル貯蔵庫にまでビームが届いたのだ。

 ドクトールのいた位置に、次々と成長する火球が沸き上がる。



 イカが肉薄してきた。瞬間的に大加速を出して正面から突っ込んで来る。ブルマン准尉は対空ミサイルを正面に撃ちだし、わずかに戦闘機の軌道を変える。

 爆発が起きたときにはすでにそれは遥かな後方だ。ブルマン准尉は他のパイロットがやるようにドローン機を前には置かない。後ろについてこさせて翼の左右に拡張された機関砲として使用するのが彼の主戦術だ。

 百歳にしてこの凄まじいGに耐え、的確な操縦によりイニシァティブを取る。両側を固めるバーンズ少尉とフィズ少尉は舌を巻いた。


 メトセラ遺伝子というものがある。

 歳を取って外見は衰えるが運動機能も頭脳も衰えない人間が持つ遺伝子のことだ。個として余りにも強力なため、一つの種族の中ではごく僅かしか発現しない遺伝子でもある。おそらくブルマン准尉はその持ち主であり、鍛え抜かれた肉体と頭脳、そして絶えず挑戦が続く環境下で余分なものがそぎ落とされた結果が今のこれである。


 この爺さん化け物かと思わずバーンズ少尉が呟く。

「聞こえているぞ!」地獄耳を証明するかのようにブルマン准尉が通信機から怒鳴る。

「誉め言葉であります」とバーンズ少尉が半ば本気で返す。

 こちらに気づいたハチの群れの中にそのまま飛び込むブルマン機に続いてバーンズ機とフィズ機も突っ込む。

 正面に飛び出して来たハチをブルマン機は避けなかった。そのまま衝突し、ハチをバラバラに引き裂く。戦闘機とは言えデブリ衝突に備えて前面の装甲は強化されている。言い換えれば宇宙戦闘機の正面だけは重戦車並みの硬さがある。相対速度が小さければ正面からの体当たりは有効な戦術だ。

 だがそれでも危険がないわけではない。バーンズたちか見るとブルマンの戦術は無謀としか言いようがない。


 こりゃ命がいくつあっても足りないなとバーンズ少尉は思ったが、今度は口にはしなかった。

 ただ全力でスマート弾機関砲のトリガーを引き続けた。



 フェルディナント大将の自慢話は木星宙域掃討戦に及んでいた。もう二十年も前の話である。火星から追い払われた海賊たちが小惑星帯や木星へと住処を移し始めた時期だ。

 航宙軍はそれらを追い続けると共に、遠距離行動ができる艦の開発を行っていた頃だ。

 当時のフェルディナントは駆逐艦の艦長を務めており、あらゆる危険な戦域からうまく逃げ回っていた。レーザー砲の大手製造会社とうまく付き合っており、その会社の傀儡としての地位と援助を手に入れて出世街道を登り始めていたのだ。

 勇敢な者が戦っている間に、臆病者は逃げて出世する。

 そんな情けない話はどこかに忘れ、自分で作り出した武勇伝を得々と語り続けるその周囲に、AI映像たちによる惜しみない拍手が降り注いていた。



 邪神船イタカの中枢意識は苛立っていた。人類軍の雑魚艦船が周囲を取り巻き総攻撃をしている。個別戦略脳に命じて周囲の状況から攻撃優先順位を再演算させる。

 個別戦略脳は放熱帆膜を破壊し続けている巡洋艦が一番の問題だと結論づけた。すでにこの時点で船体温度は摂氏三千度にまで上昇している。もちろん基幹部の冷却は維持できているし邪神素材はこの程度の温度ではビクともしない。だが、このままではじきに荷電粒子砲の射撃を制限せざるを得なくなる。

 遥か後方に控えている同僚艦のヨグと母艦アザトースを再度羨まし気に見る。だが彼らが助けを出さない理由も承知している。

 自分一隻でこのうるさいハエどもを片付ける必要があるのだ。

 死角に入りこんだ巡洋艦を破壊するために、邪神船イタカは回頭を始めた。



「イタカ。主軸が変針。回頭を始めています」

 観測艇イシュタールの船上でAI音声が説明した。

「よし。いいぞ」井坂技官が嬉しそうに言う。

「木星基地に回線をつなげ」

 すぐにスクリーンにリューダイ基地司令の姿が現れる。

「リューダイ司令。頼みます」

「心得ておる。このために射撃を抑えていたからな」

 その言葉とともに木星基地の大型レールガン群がいっそう活動を強めた。周囲に居並ぶ核融合施設から流れ込む電力を惜しみなくレールガン砲台に流し込む。加熱する砲身を緊急冷却すると、冷却用のアイスパウダーが変じた水蒸気が吹き上がる。エウロパという水資源の供給源がすぐ近くにあるが故の荒業だ。

 レールガン砲台列は一気に前の倍の弾数を撃ちだした。

 秒速20キロという高速砲弾列が邪神船との距離を刻み始める。

 レールガン砲弾自体は噴射を行うわけではなく発射後は慣性で進むだけである。発射の際のGで繊細な電子機器はすべて破壊されるので自分では軌道を修正できない。

 困ったことに加速時に高温になってしまう上に、宇宙空間にわずかに存在する原子との衝突で微光を発してしまうので観測機器には引っかかってしまう。それが無ければレールガン砲弾は暗闇から襲い掛かる必殺の刃になっただろう。

 戦艦ベーダがスリング・サポートを行い、高速砲弾列の軌道をわずかに変える。電磁相互作用により砲弾の角度が変化すると邪神船イタカに再照準する。


 大型レールガン砲弾は邪神船イタカが今恐れる唯一のもの。運動エネルギーは決して甘く見ることはできない。邪神装甲自体はその衝撃に耐えられても装甲が取り付けられているハードポイントにも同じ強度があるわけではない。

 慌てたイタカの四つの砲門からビームが伸び、レールガン砲弾列の上を綺麗になぞり蒸発させる。だが今度のレールガン砲弾は完全に蒸発するまでにイタカにかなり近い距離まで接近した。

「ふふふ。主軸をずらせばビームのパワーは落ちる。それでは大型レールガン砲弾は防げないぞ」井坂技官が計算通りの結果ににやりとする。

 邪神船イタカの主軸が元に戻り始めた。最大の効率を求めて射撃軸を木星採掘ステーション・ガンマへと向け直す。

「こちらも過熱で連射はできないが、向こうにはこの情報はないからな。あくまでもこちらのブラフに乗らざるを得ない」

 満足げにデュラス技官が呟く。

「でもまだ何か隠し球があるような気がするのよね」とレイチェル。

「ブーンブーン」とライズ。

「何て言ったんだ?」井坂技官が聞いた。

「フラグを立てるなと言っているよ」デュラス技官が通訳した。



「撃て! 撃て! 撃て! 砲身が爆発しても構わん!」

 巡洋艦アリゾナの艦橋でバルドーナ艦長は怒鳴っていた。

 邪神船イタカの動きに合わせて機動バーニアを使ってわずかに変針しながらレールガン砲弾を叩き込む。今やボロボロになった被膜が命中の衝撃ではじけ飛ぶ。

 千切れた被膜は数千度の高温で輝きながら宇宙を漂う。その周辺に浮かぶのは球状になった熱超導体循環液だ。こちらも派手に赤外線を振りまいている。

「放熱帆膜再生遅くなっています」

 管理AIと一緒に計器を覗き込んでいた戦術戦闘士官が指摘する。

「イタカの船体温度もさらに上昇。ビームの連射速度も落ちています」

「井坂が言っていた過熱が弱点というのは本当だったのだな。じきにこいつは撃てなくなるか砲身が爆発するぞ」

 周囲に投射しておいた大小さまざまなミサイル群も邪神船イタカに殺到している。次から次へとイタカから飛び立って来る生体艇がそれを全力で迎え撃つ。


 この会戦の肝である切り札の投入はもうすぐそこだ。

 バルドーナ艦長は命令を下した。

「切り札の邪魔になる帆膜をすべて剥ぎとるんだ」




 推進剤残量計がゼロを示すのとポイントDに到着したのはほぼ同時だった。かなりの着弾を受けている。鏡面被膜もあちらこちら剥げてしまっている。ここまで戦闘機が爆発しなかったのは奇跡と言ってもよい。

 クラフト少尉はエンジンを切って、駆逐艦アドラへ集束レーザー光通信で信号を送る。

 アドラの後部貨物ハッチが開き、二体の作業ロボットが滑り出てきた。クラフト機が引きずるネットの中で雁字搦めになっている邪神歩兵をロボットアームで捕捉すると、駆逐艦から取り出した密封コンテナに格納する。

 通信が入った。

「クラフト少尉。ご足労ですがステルス連絡艇の操縦を願います。この密封コンテナを観測艇イシュタールに運んでください」

「人使いが荒いな」思わず呟いてしまった声をヘルメットのマスクが拾ってしまう。

「すみません」相手が謝った。

「いや、こちらこそすまない。仕事なんだ。喜んでやるよ」

 格納庫から滑り出てきたステルス連絡艇に乗り込む。定員二名の小型の艇だ。全体が反射率ゼロの黒色塗料で覆われている。もちろんレーダーでもこれを見つけることはできない。

 ロボットが密閉コンテナを連絡艇に結合するのを待って発進した。

 この先のどこかにステルスモードの観測艇イシュタールが居るはずなのだ。

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