第20話 3】木星会戦:総力戦:延焼

4)


 無数の遮蔽パラソルの周囲で邪神軍生体艇と人類軍戦闘機との前哨戦が始まった。

 ハチの中に混ざっているトンボが奇妙な物体を抱えているのに井坂技官は気づいた。すぐに艦載AIのアイに命じて拡大画像を出す。

 それは大きな目玉だけの怪物だった。後ろに長い尾をたなびかせている。

「観測専門の怪物だ。あの尻尾は通信アンテナだろう」井坂技官が断言した。「全戦闘機に通達、トンボをパラソルの後ろに行かせるな。優先で殺せ」

「どうしてどの怪物もああ気持ち悪い形をしているのかしら」画像を見ながらレイチェル技官がため息をついた。

「そういう戦略なんだろう」とデュラス技官。喋りながらも手は忙しなく動いている。

「ボールボール」とライズ。彼は特殊な言語障害を持っていて、極めて限られた語彙でしか話せない。


 戦闘機がスマート弾を乱射しながらハチの群れの中を突き抜ける。すれ違いざまに対空ミサイルをばら撒いて逃げる。攻撃の結果はわざわざ確認しない。生体艇は星空すべてを埋めるぐらい展開している。優先目標とされたトンボが一匹、対空ミサイルに捕まって爆発の中に四散する。

 ハチも負けてはいない。三匹が編隊を組み、戦闘機を迎え打つ。尻の先に埋め込まれているレーザーを驚くべき正確さで撃ち込んで来る。戦闘機の表面でレーザーが踊るが、装甲の鏡面被膜の焦点温度が上がる前に機体は通過してしまう。

 戦闘機の機体は操縦コアを中心にくるりと反転し、前方に飛び出て来たハチに向けて後方噴射を浴びせる。触角と複眼が焼けて身もだえするハチを残して戦闘機は逆方向に加速すると、レーザーを乱射しながら追って来たハチの群れの中に突っ込んだ。

 あっという間に戦闘機とハチが入り乱れての大混戦となる。こうなると戦艦も自軍の戦闘機への誤射を恐れて迂闊に手が出せない。


 戦闘機の奮闘の背後で、戦艦たちはレールガンとミサイルを乱射し続けている。邪神船イタカの装甲に無数のレールガン砲弾が着弾し火花を散らすが見える限りは被害がない。

 艦載レールガンは基地固定砲に比べるとかなり口径が小さい。

 基地で使用している大型レールガン砲身はその長さだけでも戦艦と同じぐらいあるのだ。艦載レールガンではそれに比すべくもない。そうそう簡単には損害を与えられないとは最初から判っていた。

 お返しに邪神船イタカから青い荷電粒子ビームが伸びると、パラソルの一つを切り裂いた。その拍子に後ろに隠れていた戦艦がパラソルの端から姿を見せる。

 戦艦は慌てて姿勢制御エンジンを噴射してパラソルの影に戻ろうとする。

 一呼吸置いて次のビームが伸びた。それは戦艦を頭から後尾まで綺麗になぞった。

 荷電粒子ビームの恐ろしさはその太陽も顔負けの高熱だ。ビームを受けて超高温になった外殻が真っ赤に輝くと次々と爆発的に蒸発して内殻の構造体が剥き出しになる。


「戦艦バートラム被弾!」

 すぐにスクリーンに被害報告が表示される。それをデュラス技官が読み上げた。

「外部装甲全損。アブジュレーション隔壁蒸発。内殻船体は辛うじて無事です」

 バートラムがパラソルの影に隠れた。そこですぐに変針し邪神船イタカに分からないように軌道を変える。さらに船体を回転させると、装甲が無事な面を邪神船イタカに向ける。

 これでもう一撃には耐えられる。

 直後、パラソルの反対側から戦艦が飛び出した。

 すかさず強烈な光輝が閃き、戦艦をなめ尽くす。たちまちにしてその戦艦は蒸発した。


「ダミー戦艦にかかりました」デュラス技官がうれしそうに報告する。

「予想通りに一撃では落ちないとみて出力を上げて来たわね」レイチェル技官が指摘した。

「よしよし、こちらの狙い通りだ」井坂技官がにやりとした。

 残り九十九隻の戦艦の内の本物は二十隻でしかない。残りはダミー、つまり戦艦の形をした薄い金属と樹脂でできた船殻に少量のミサイルを搭載しただけの偽戦艦に過ぎない。だが外からそれが判らない以上は邪神船イタカは普通の戦艦と同じように撃つしかない。

 その結果、戦艦を全滅させるには六十発ではなく合計三百発ものビームが必要になる。それが終わった頃にはイタカの荷電粒子砲は過熱で爆発しているだろう。


 ライズ技官がイタカの計測結果を画面に付け加える。

 今やイタカの帆膜は高熱を発していた。荷電粒子砲の連射と出力増加によりイタカの船内では凄まじい熱量が生れているのだ。

 帆膜は大きく広がり、その輝きは高スペクトルへと駆け上がり、今や白へと近づいている。

 それを機に戦艦が射出した中型ミサイルの群れが邪神船イタカ目掛けて突進を開始した。それを認めてイタカの装甲の下から新たなハチが次々に這い出してくるとミサイル迎撃に向かう。さらにそれを見て中型ミサイルは小型ミサイルを射出し、行く手を遮るハチの駆逐を始める。

 対空レーザーを乱射しながら中型ミサイルはハチの群れの間を抜けるように突撃する。

 形成悪しと見て取ったハチの一匹が中型ミサイルに取り付くと爆発した。一瞬だけ軌道をふらつかせた後に何事も無かったかのように中型ミサイルは突撃軌道を取り戻す。

 そこに他のハチが連動した。一斉に中型ミサイルに取り付いて自爆しようとする。だが護衛についていた小型ミサイルたちも負けてはいない。今度は自分たちもハチの群れの中に突っ込み、爆発する。

 お互いがお互いを食い合う戦い。

 そこに次の大型レールガン砲弾が迫った。

 再び邪神船イタカからビームが飛び、迫りくる砲弾を蒸発させる。この砲弾にだけは撃たれてはならない。イタカはそう判断し、最大出力の最大連続放射を行う。

 赤外線領域の視覚の中で、イタカの砲身は真っ赤に輝いていた。


 人類軍の艦艇がビームを避け、レールガン砲弾を浴びせる。ステルス観測艇イシュタールの中では、そのたびに勝率を現す数字がじわじわと上昇する。シミュレーションにはイタカの過熱も計算に入っていて、その数値はついに10%へと到達した。



5)


 大型ミサイルが五十八本、中型ミサイルが百二十本。これが人類が必死で製造した成果だ。

 大型ミサイルと名はついているが、この大きさのミサイルは居住区を持たない小型の駆逐艦のようなものだ。

 ミサイルのAIたちは高集束レーザー通信で会話し、それぞれの戦略を決めた。あるものはステルスを解除して最大速力でイタカに向かい、あるものはステルスのまま低速で進みながら攻撃の機を伺う。

 攻撃モードを選んだAIミサイルは子ミサイルを放出し、さらには近づくハチたちに対空砲火を浴びせる。


 ミサイル戦域も大混戦となった。


 ムカデが大型ミサイルに巻き付くとそのまま自爆した。ムカデは体の結節一つ一つが高性能爆薬で構成されている。大型ミサイルが真っ二つに裂け、機能を失って漂流を開始する。

 周辺を護衛していた小型ミサイル群が主人を失ったことで発狂すると手近のハチたちを手当たり次第に襲い始めた。

 ミサイルのAIたちは相互に会話を行い、最優先対空目標をムカデにすることで一致する。

 イタカに向かって全力で加速する中型ミサイルをハチが追いかけレーザーを浴びせる。それを戦闘機チームが同じように追いかけてレーザーで撃つ。さらにその背後からワイバーンが戦闘機チームに突っ込むと、何をする暇もなく後ろから追いついた艦載対空ミサイルの直撃を食らって四散した。

 もはや両軍ともただ目の前に現れた敵を反射的に撃つだけの混戦へと落ちていた。


 その混乱の中で、観測艇イシュタールだけが戦況を冷静に分析し、未来の行く末を見据えていた。




 第八パープル中隊所属のクラフト少尉は最後の攻撃を終えた。近くにはもうステルス補給ポッドが無い。ガスも弾薬もなくてはいかに戦闘機といえどもまともに戦えない。おまけに僚機はすべて行方不明だし、従属ドローン機もすべて破壊された。

 この小隊の中ではクラフト機がただ一機だけの生き残りと思えた。


 特にいま切実な問題はガスの残量だ。

 戦闘機パイロットの間でのガスとは燃料ではなく推進剤を示す。

 推進剤は零下80度で保存した微小な氷の粒で構成され、微量の反物質を含んだエネルギーブロックの放熱壁に直接接触させることでこれを瞬間気化させる。

 この高温高圧のガスをそのまま噴射させるようにしたものが戦闘機動用バーニアであり、反動で凄まじいGを産みだす。

 一方でこれをイオン加速器を通してさらに高速にして放出するのが主推進スラスターである。こちらは推力は小さいが効率的で長距離航行には必須と言える。

 無骨な戦闘機の推力装置のほとんどは機動用バーニアで構成されている。戦闘機はそもそも最初から長期間の作戦行動は視野の中にはない。常に高G状態で動き回り、補給ポッドを浪費しながら活動を続けるのがこの時代の戦闘機の一般的な運用法であった。


 クラフト少尉は残りのガスを確かめ、機を退避コースに押し込む。ガスが少ないと回避機動が限られるし、帰還時の行程も多くかかるようになる。結果として敵に追尾され食われる率が跳ね上がる。

 この関係式が実に厄介で、そのときの周囲の状況も勘案して正しく算出するのは専用の戦闘航宙プログラムを持つAIですら難しい。そしてそれを見誤るとすぐに未帰還機になってしまう。

 その辺りの計算が直感で正しくできることが宇宙戦闘機パイロットの重要な資質の一つである。


 軽くガス残量メータを叩き、機軸を変え始めたときに大隊指揮官から連絡が入った。

「クラフト少尉。聞こえるか?」

「聞こえます。サー」

 個人的にこの指揮官を嫌っているクラフト少尉はしぶしぶという感じで答えた。

「帰りに敵邪神兵の死体を一匹回収して駆逐艦アドラに収容してくれ。軍研究所が何としても欲しがっているそうだ」

「ガスがギリなんですが」クラフト少尉は不満を漏らす。

「頼んだぞ」クラフトの不満を聞きもせずにそれっきり通信は切れた。

「あの馬鹿野郎」クラフト少尉はコンソールを叩きたかったが止めた。

 大隊指揮官のツヅキはいつもお気楽にとんでもない仕事を投げてきやがる。以前に面と向かって一言だけバカ呼ばわりしたことを根に持って何かといえば面倒事を押しつけてくるのだ。

 クラフト少尉は戦況解析AIに命じて周囲の状況を広域索敵する。狙いは運搬役のトンボの死体だ。その周辺に邪神兵の死体も浮いているはずだ。

 戦場局所域リンクに繋がっている戦闘機たちのAIが勝手に話し合い、この命令を補助する。じきに回収できそうな邪神兵死体のリストが上がってくる。

 その周辺に浮いている人間の死体よりも敵の死体回収の方を優先することがクラフト少尉の心を痛めた。

 リストの候補のどれも残りのガスでは行きつけない。邪神歩兵死体への到達自体はできるがそれをやるとランデブーポイントに到達するためのガスが無くなる。

 となると機体を軽くするしかない。


 最低限のものを除いて機動バーニアをパージする。ハードポイントが外れ、少量の火薬で連結部が弾け飛ぶ。宇宙戦闘機は元々がこの種の操作が可能なように設計されている。望まぬガス切れは戦闘機の宿命のようなものだ。

 重量の軽減に従い、戦況ディスプレイの中で到達可能範囲を示すカラー領域が広がる。まだ足りない。

 機関砲を後方に向けて残りの全弾を発射してその反動を運動エネルギーに変える。続けて機関砲自体をパージする。到達可能領域図がまた広がる。

 レーザー反射装甲パージ。バックアップステルス装甲パージ。外部拡張センサーパージ。

 さらには着ている宇宙服の自律制御をオンにしてから戦闘機の生命維持装置もパージする。

 小型ミサイル2発とレーザー砲だけは残しておいた。

 到達可能領域図がさらに広がり、邪神兵の死体の一つを内部に包括した。

 準備よしだ。そして一端始めればやり直しはできない。ここまでやってもガスはギリギリなのだ。

 クラフト少尉はバーニア噴射を開始した。



6)


 人類軍の艦船がすべて邪神船イタカの射程内に入っている。

 イタカはついにその時が来たことを知った。

 威力偵察モードの終了を宣言し、各戦闘管理頭脳に通知する。

 いよいよ本来の戦闘モードに戻るときが来たのだ。

 これまで数々の敵を屠って来た無敵のモード。

 帆膜を最大限に広げ、正面から敵と心ゆくまで殴り合うのだ。

 艦内に電磁波の警報を響かせる。イタカ内部のすべての機器が一斉に起動した。



 邪神船イタカの砲身に、亀裂が走った。

 その様子を見て、観測艇イシュタールで高解像度望遠スクリーンを睨んでいた全員が立ち上がった。

「砲身過熱。壊れるか!?」井坂技官が叫んだ。

「いや、真っすぐな綺麗な亀裂だ。何かおかしいぞ」デュラス技官が指摘する。

 イタカの砲身に沿って入った亀裂はもう一本増え、十字に切れ目が入った。

 それはどんどん広がると・・。


「なんだ、これは!」井坂技官が目を剥いた。

 今や邪神船イタカの砲身は平行に並ぶ四つの砲身に分裂していた。

「これがイタカの本当の姿か。元から四本砲身なんだ」

「まずい。まずい。まずい。これだと砲身の連射機能は四倍になる」

 デュラス技官が焦った。その手がキーを叩き、戦闘シミュレーションのやり直しを命じる。

 ほどなく結果が出た。邪神船イタカの攻撃力が四倍に。人類側の勝率が激減した。勝率を現す数値が5%にまで半減する。

 砲身の一本から伸びたビームがパラソルを引き裂いた。そこからちらりと覗いた戦艦目掛けて、間髪入れずに次の砲身からビームが飛ぶ。装甲が弾け飛び、無事な側をイタカに向けようと船体が回転を開始する。そこに三番目の砲身から今までで最高強度のビームが飛んだ。

 その青い輝きのビームは戦艦の中央を撃ち抜き、わずかに遅れて反対側から噴き出した。船の内部のすべてが一瞬で融け、ビームと一緒に原子の炎となって噴き出す。後に残ったのは半分熔けた外殻だけになった戦艦の残骸だけだ。


「戦艦ウォー・スパイト。沈黙」船管理AIのアイが報告する。

「くそっ!」井坂技官がテーブルを拳で叩く。「あの戦艦には四百人は乗っていたんだぞ」

「全艦に新しいパラメータを通達」あくまでも冷静にレイチェル技官が指示する。

 それを見て、井坂技官も落ち着いた。

「ステルスミサイルの半数に指令。順次機会を見て積極的に攻撃せよ」

 その命令を受けて、漆黒の宇宙を背景に何本もの光の筋が生れた。

 今までステルスモードで接近していた大型ミサイルが全力噴射にかかったのだ。こうなるとジェット噴流が長く伸びるので姿を隠すことはできない。

 大型ミサイルは格納していた中型ミサイルを撃ちだし、さらに小型ミサイルを周囲に展開して自らの護衛とすると邪神船イタカ目指して突進した。その弾頭にはギガクラスの核融合爆弾が積んである。

「戦艦群は撃て。撃ちまくれ。狙いはイタカの帆だ。放熱できなくなれば砲身が何本あろうと砲撃はできなくなる」井坂技官が叫ぶ。

 その命令はとうの昔に各艦に通達されている。

 戦艦群が照準の精密調整を行った。今までイタカの船体に当たっていたレールガン砲弾がその大きく開いた帆膜に集中し始める。

 帆膜の分厚い部分はレールガン砲弾をはじき返したが、薄い部分は貫通した。無数の砲弾が降り注ぐうちに点は繋がり線になり、やがて帆膜の一部が裂け始めた。

 帆膜の内部を循環していた白く輝く高温の液体が宙に噴出する。

 それを見てデュラス技官が叫んだ。

「熱超導物質流体だ。欲しい。あれが欲しい。成分は何だ? どうやって安定させている!」

「ブーンブーン」ライズが相槌を打つ。その瞳がキラキラしている。

 技官魂だ。新しい技術には二人とも目がない。

「二人とも後にしろ。今は回収する方法がない。あれの調査は人類が生き残ってからだ」

 次の戦艦のレールガン射撃が始まった。

「もっとだ。もっと撃て。イタカを煽れ、過熱させろ」井坂技官がつぶやく。

「熱力学は偉大なり」とデュラス技官が混ぜ返す。


 自分がひどく興奮しているのが分かる。軽口を叩く衝動をどうしても抑えきれない。


 レイチェル技官がスクリーンの一部を指さした。イタカの後部映像だ。

「ここ、新しい帆膜が生えているわ」

「まるで生物だな。しぶとい」と井坂技官。

「だが新しい帆膜が必要ってことは効いているってことだ。やはり過熱が弱点だぞ」

 勝ち誇ったかのようにデュラス技官が宣言する。

 だがその間も、パラソルが破壊され、露出したダミー戦艦が樹脂と金属の蒸気へと変じていく。残りの戦艦たちは全力でレールガン砲弾を浴びせ、ミサイルを撃ち続ける。


 勝利確率の数値は5%に落ちたままだ。

 戦場の混乱は増大する一方であった。



「バヌート! ファズ! 大丈夫か!」ブルマン准尉が叫ぶ。その両手は素早く動き、コンソール上でAIが提案する攻撃命令を承認していく。


 戦闘機による攻撃のほとんどは攻撃AIによる計算が無ければ成り立たない。一回の会敵時間はコンマ数秒の単位なのだ。時間空間加速度燃料残量すべてを人間の頭脳では追いきれない。おのずとその攻撃スタイルはAIが攻撃タイミングを見極めて人間の指示の下に撃つ形になる。


「こちらバヌート。問題なし」

「こちらファズ。ドローン一機損傷」

「敵の動きに追従するな。やつらはガスを使わない。いくらでも機動できる。下手に追随するとすぐにガス欠になるぞ」

 ブルマン准尉が叫ぶ。戦術については事前のブリーフィングで説明しているが、いざ戦闘となるとパイロットの意識から飛んでしまうことが多い。

「狙いは目玉を抱えているトンボだ。ただしあくまでもついでだ。俺たちの真の目的を忘れるな」

 言いながらもブルマン准尉は手の中の僚機の表示を見る。ドローン機も含めて全部で十四機。一目で全部の数値を読み取る。弾薬もガスも残りわずかだ。

 ちらりと周辺戦況ディスプレイを見てから二人に聞こえるように通信機に向けて怒鳴る。

「三十秒後にポイント482で補給するぞ」

 続けて外部通信モードに切り替えて話す。

「ガリソン隊、聞こえるか。こちらブルマン隊。ポイント4-8-2の補給ポッドはこちらに譲ってくれ。特殊作戦中だ。すまん」

 すぐに応答が返って来た。

「こちらガリソン。了解。健闘を祈る」

「感謝する」

 機首を滑らせてポイント482に向かう。僚機も正確に左右に展開してついてくる。

 前に出て来たハチに残りのスマート弾を全て撃ち込み、最後まで残していた対空ミサイルを近づいて来たワイバーンに向けて放つ。

 ポイント482にはステルス補給ポッドが浮いている。ブルマン隊が近づくと、隠蔽偽膜を解いて補給パッケージを機数分放出した。それからまたステルスモードに戻る。

 戦闘機の下部からアームが伸び、正確な動きで補給パッケージを捉える。たちまちにして残弾ゲージと推進剤の残量が回復し始める。

 スマート弾・フル。

 対空ミサイル・フル。

 推進剤・フル。

 レーザー砲用エネルギー・フル。

 次々とグリーン表示が増えていく。

「この瞬間は生き返った気分だ」とバーンズ少尉。

「まったくだ」とブルマン准尉が返す。

「しかし、イタカの直衛生体艇は数が多すぎる。これじゃあ空き巣狙いもできやしない」

 バーンズ少尉が話を続ける。補給の時間だけが戦闘の中に生じる一瞬の静けさだ。

「まったくだ。いったい何機搭載しているんだ。もう三千は越えているぞ」

「正確には五千四百です」とファズが口を挟んだ。観測艇イシュタールからの戦況報告を読んでいるのだ。

「イタカに近づけば近づくほど機影が濃くなる。何とかしなくては」

「焦るな。戦況は常に変化する。必ずチャンスは来る。それまではやつらに食いつき続けるしかない」ブルマン准尉は言った。「よし、もう一度だ」

 機動バーニアが高温の推進剤を噴き出す。戦闘機は弾かれたように飛び出した。



***


「かくして我が旗艦は火星海賊艦隊の中央を突破し、その偉大なる栄光を世に知らしめたのである」

 フェルディナント将軍は拳を振り上げ自分の発言を強調した。

 周囲の仮想会議室のスクリーンすべてから惜しみない拍手が送られる。

「素晴らしい! 何と言う勇気、何と言う叡智」

「さすがにフェルディナント将軍」

「何度聞いても感動します」

 艦長たちが口々に賛美を告げる。

「喉が渇いたな」

 その呟きに反応して給仕ロボが滑り出てくると、香りのついた水を捧げる。

 少しアルコールの匂いがしたが構わず飲み干すと、ずっと気分が良くなった。

 コムの時計を見る。ずいぶん長い間喋っていたように思ったが、針はまださほど進んではいなかった。それがハッキングされて偽の時間を流しているとは思いもしなかった。

「次はバルタラン岩礁での戦いの様子を述べよう」

 賞賛に満ちた多くの拍手がそれを迎えた。

 最高に気分が良かった。

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