第18話 3ーd】木星会戦:幕間
観測艇イシュタールの展望ドームで井坂は椅子に深く沈みこんでいた。
外部観測窓は不透明化してあり、今は部屋中に全天星図が投影されている。
ドアが静かに開き、レイチェルが入って来ると、背後から井坂の肩に手を置き優しく撫でる。
「眠れないの?」
「ああ、眠れない。明日大勢がここで死ぬかと思うとどうしても眠れない」
井坂は後ろを向いてレイチェルを見た。
「デュラスたちは?」
「二人でゲームをしているわ。やっぱりあの人たちも眠れないみたい」
「寝ておかないといけないのにな。大事な場面で気が高ぶって眠れなくなるのは人間の心のバグだ。いつか神様に会うことがあったらよく文句を言っておかなくちゃ」
「あら、神様はそのために睡眠薬というものをこの世にお遣わしになったのよ」
レイチェルはふふと小さく笑う。
「後一時間もしたら皆に睡眠薬を処方しましょう」
「頼むよ」
井坂は再び前を向く。
「何を見ているの?」
レイチェルも井坂の横の椅子に座る。
「ああ、邪神軍はどこから来たのだろうと考えていたんだ」
井坂が操作すると星図の一部が拡大する。
「最初の発見時のデータからの復元航路だ」井坂が説明する。
「彼らの航路を逆に辿るとオリオン座に行きつく」
さらに何かを操作する。
「最近の彼らとの交戦データからのデータ補正を加えるとこうなる。アザトースは航路データが少ないからあまり正確ではないがそれでも十分だ」
星図上で地球から伸びた線はまっすぐにオリオン座の右肩の位置にある星を示している。
「オリオン座ガンマ星ベラトリックス。地球から250光年。彼らはそこから来た」
「星言葉は女戦士ね」
「アマゾネスの意味?」
「ちょっと違う。でも好きな星よ」
「君にぴったりだ」
返事の代わりにレイチェルは井坂の脇を指で軽く突く。それから自在椅子の形状を変えると、井坂の体にそっと寄り添った。
「明日、生き残れるかしら」
「ボクたちはね。このイシュタールのステルス性能は最高だから。だけど艦隊の皆は大勢が死ぬだろう。たとえ作戦がうまくいったとしても」
「悲しいわ」
「ボクもだ。でも仕方ない。この事態は珍しくも人類が引き起こしたものじゃない。彼ら邪神たち、異星人にすべての原因がある」
レイチェルはそっと囁いた。
「もし。もしも。人類が文明など持たないで電波も出さず原子力も使わず、ただひっそりと静かに生きるだけだったら、彼らはあたしたちをそっとしておいてくれたかな」
「それは叫ばなければ嵐が来ないかと問うのに等しいね。自分が何をしようが嵐はやって来る。それに・・」
井坂はコムを操作した。周囲の星空が再び全天星図に戻る。
無数の星々が周囲を埋め尽くす。
「これを森の中の空き地から見つめて過ごすだけなんて嫌だ。これほどの美が天空の果てに待っているのなら、何を犠牲にしてでも見にいかなくちゃ。たとえ途中に怖いオオカミさんがいるにしても、それだけで諦める理由にはならない」
「そうね。その通りね」
レイチェルは井坂に抱き着いた。
「難しい話はこれでお終い。眠る時間まであと少ししかないわよ」
「じゃあボクたちはやるべきことをやろう」
井坂はレイチェルを抱きしめた。船管理AIのアイが気を利かせて、部屋の照明を暗くした。
誰もが強制的な眠りを貪る中、修羅の刻限は刻一刻と近づいてきていた。
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