第12話 2-A】狂気

〔 地球 ワシントン宇宙科学局本部:2076/6/15 〕


 宇宙科学技術局本部の自分の事務室の中で井坂技官は目を瞑って考えていた。ビュワーを使って一気に読み込んだ情報を頭の中でまとめて処理する大型コンピュータもかくやという井坂技官独自の技だ。

 傍から見ていると居眠りをしているように見えるのが難点だ。

 いきなり事務室のドアが蹴って開けられると、ジョージが飛び込んで来た。

「イサカ。居眠りしている場合じゃないぞ。チャネル228だ!」

 ジョージは黒人の大男で井坂技官の配下だ。

「ノックぐらいしろ。それに扉を蹴って開けるな。また壊したいのか」文句を言いながらも、井坂技官は手首のコムを叩いた。

 部屋の白壁に映像が投射される。

 チャネル228には秘匿暗号鍵が設定されていたが、井坂技官のセキュリティは最高レベルなので問題はない。


 それは暗い背景の映像だった。うす暗い中に深い黒で物体が浮き上がっている。

 一瞬何が映っているのか判らなかった。やがて目が慣れるとはっきりした。

 背後に映っているのは何か巨大な構造物の内部と見て取れた。

「万国共通映像フォーマットで送られて来たものだ。発信源は邪神船アザトース」

 ジョージの説明を聞いて井坂技官は目を剥いた。思わず椅子から立ち上がって映像を睨んでしまう。

「間違い・・」

「間違いない。全部で45秒間、何度も繰り返されている」

「ファーストコンタクトか?」と井坂技官。迂闊にも声に希望が籠ってしまった。

「違うと思う」とジョージは答えた。「とにかく見ろ」


 映像は続いていた。

 暗く巨大な空洞。その中では薄闇が揺らいでいる。無数の形状し難い何かが広い床一面の上を這いずりまわっている。その中央に黒々と盛り上がった丘が一つ聳えている。

 映像の視点が前に進む。

 丘が近づき、その上に黒く長い棘が数十本も生えているのが見えた。

 さらに視点が進み、その棘が大きくなる。それぞれの棘の先端に何かが刺さっているのが見えた。


 映像がさらに拡大される。


 最初は何かの石に見えた。一抱えある石を鋭い棘が貫いている。そう見えたのだ。

 石は丸みを帯びた四角形で、その上端にはやや小ぶりの丸い石が載せられている。黒いシルエットだけなのでそれ以上の細部は見えなかった。

 視点がどんどん近づくにつれて明るさも上がり、やがてその物体がはっきりと見えるようになった。

「な!」井坂技官は絶句した。

 それは変わり果てた姿だが人だった。人体の両手両足を切り落としてから丸ごと棘に刺してあるのだ。胴体の上で苦悶に悶えた顔が宙を睨んでいる。

 すべての棘の先に人体が刺さっていた。服は脱がされ、血にまみれた裸の胸の前が裂けているのが見て取れる。黒焦げになった者もいれば、顔が半分欠けている者もいる。


 AIが顔認証ソフトを起動し、土星先遣部隊のリストと照合を始める。その結果がコムに表示された。


 土星基地司令官   ウーイック・フリードマン。

 土星基地二等技官  ゲン・ナカタ。

 土星基地二等観測士 ヒューイ・アンジェス。


 そして土星観測ステーションに最後まで残っていた人々の名前が続く。

 少し間を置いて今度は別のリストが表示された。


 汎銀河友好協会理事 シェン・マクダニエル


 その後に続いたのは民間船ピースウィッシャーに乗り込んでいた面々の名前だ。

 やがて映像は45秒の上演時間を終え、また最初の時点まで戻って繰り返された。

「何だ。これは!」井坂技官が叫んだ。「やつらはいったい何がしたいんだ」

「わからん。この映像が送られてきた後に、こちらも同じ映像フォーマットで呼びかけてみたが全く応答が無い」そこでジョージは頭を抱えた。「バカげた話に聞こえるかもしれんが、まるでこちらを怖がらせようとしているだけに思える」


 秘匿回線は意味がなかった。邪神船は無暗号の万国共通映像フォーマットで太陽系全域に放送していたからだ。映像はコピーされ、止めることも出来ぬ間にネット上を駆け巡った。


 人類はパニックになった。

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