第11話 2】初戦(6)

 邪神船イタカが姿勢を変え始めた。荷電粒子は砲身軸に沿った状態で最大になる。ビーム軌道を曲げて撃つとその分威力も射程も落ちるのだ。だから砲身軸は射撃の方向に正確に合わせなくてはいけない。

 最大威力の最大射程での砲撃。投入エネルギー1.2ギガトン。距離3400キロメートル。それであの生き残りの駆逐艦はこの世から消える。


 邪神船イタカは射撃体勢に入った。射角0度。外すことはない。


 そのとき、宙から五本の噴射炎が出現した。今までステルスモードの低温ガスで進んでいた五機の大型ミサイルが全力駆動モードに移行したのだ。それらは邪神船イタカ目掛けて突撃に入った。内蔵したあらゆる武器を乱射しながら邪神船イタカとの衝突コースに入る。

 本来は駆逐艦を撃ち抜くはずだった荷電粒子ビームがそれらを迎え撃った。

 一発、二発、三発。次々と大型ミサイルが蒸発していく。

 四発目で光の洪水が湧いた。反物質を積んだミサイルが混ざっていたのだ。荷電粒子の奔流が反物質と反応して全波長に渡る爆発的な電磁放射となる。それを受けてわずかに一瞬だけ、邪神船イタカの視界がホワイトアウトする。慌てて次の眼柄を突き出すと、最後の一発はすぐそこまで迫っていた。


 射撃。命中。爆発。そして過熱。邪神船イタカの帆膜が真っ白に輝く。


 邪神船イタカはそれ自体がサイボーグであり、生物としての自我を持っている。

 今のは危なかったなと視線を前に戻すと、遠くに加速を続けている駆逐艦が見えた。

 計測照準思考体から入る予測命中率がどんどん落ちる。荷電粒子ビームは強力だが、光速で届くわけではない。これだけの距離があり、速度がある対象が正確に回避機動を行えば、長遠距離射撃を避けられる可能性が高い。

 エネルギーは無限にあるが、こちらが撃った弾が外れる所を相手に見せるのはまずい。そう考えた。邪神船は常に恐怖の対象でなくてはならぬという絶対命令が自我の奥に存在する。その命令に背くことはできない。

 ならば見逃そう。どのみち最後にはすべてこちらの手に落ちるのだから。

 邪神船イタカはその攻撃の矛先を観測ステーションへと向け直した。



 駆逐艦に追いすがっていた邪神軍生体艇の最後の一匹が諦めて引き返すのをスクリ-ン上で確認してから、ウーイック司令は疲れたように椅子に座り込んだ。

「終わったな」誰に言うともなくつぶやくと歯噛みした。

「くそっ! 悔しいな。あれだけやって敵の装甲一つ撃ち抜けなかった」

「とんでもない怪物だな」とゲン。

「とんでもない怪物ですね」とヒューイ。そして続けた。「でもきっと大丈夫です。司令殿。地球の連中はきっと何かうまい手を見つけるでしょう」

「そうだろうか?」ウーイック司令は悲観的だ。

 ゲンがにやりと笑った。

「大丈夫さ。司令殿。俺も信じている。きっと何か怪物の弱点を見つけてくれるさ。まだ地球には井坂達がいる」

「そうだな。儂もそう思うことにしよう。儂らでさえ、火星戦域を生き抜いて来れたんだし、新しい若い連中ならこの程度のこと、何とかするだろう」

 ウーイック司令はそう言うと活を入れるかのように自分の頬を両手で叩いた。

「この我々の死が少しでも役に立ってくれればよいがな」

「まだ最後の仕上げが残っている」とゲン。

「それもすぐさ」とヒューイ。

「皆と死ねるのをうれしく思うと言ったら変かな」ウーイック司令は言った。強面で通して来た男だ。こんなセリフを言うのは何となく気恥ずかしい。

「ちっとも変じゃないさ」とゲン。

 その手は素早く動き、基地の管理AIに最後の命令を送る。

「お袋さん。パーティの準備を頼むぜ」

「了解しました。自爆シーケンス準備に入ります」

 管理AIのお袋さんの声は意図的に無機質に調整されていた。長い人間との付き合いで、このようなときの人間の感情についてはよく分かっている。

 観測ステーション外部ではレーザー砲と散弾モードにしたレールガンが自動で射撃を続けている。狙いはもはや邪神船イタカではなく、迫りくる生体艇だ。

 無数の同胞の死骸が漂う中、生き残ったトンボたちが観測ステーションに到達し、邪神歩兵たちを投下し始めた。観測ステーションの周りに取りつき、見境の無い破壊を繰り返している。

 どこかで爆発音が轟き、床が揺れた。

「副指令室が爆撃されました」基地管理AIが報告する。「生存者は確認されません」

「彼らも逝ったか。頃合いだな」ウーイック司令が目を瞑った。

「指令殿。準備はできたぜ」ゲンが言った。

「では始めてくれ」とウーイック司令。

「痛いのは嫌だな」ヒューイが感想を漏らした。

 痛いわけがない。操作しながらゲンは思った。基地に増設された融合炉の意図的なオーバーロードだ。爆発すれば痛みもなく一瞬で丸ごと蒸発する。

 スクリーンのカウントダウンがゼロへと落ちる。息を呑み、その時を待ったが何も起きない。

「?」

 基地の自己診断を走らせた結果を見てゲンは目を剥いた。

「融合炉破断。これでは自爆しない。ヤツラ、とんでもないことをしやがる」

「やれやれ、最後まで楽はさせてくれんか」

 ため息を一つつくとウーイック司令は立ち上がった。ロッカーから銃を取り出し、二人に放ると自分の宇宙服のバイザーを閉じる。

 扉を殴りつける音がした。

「死が我らを分かつまで」ウーイック司令が無線で言った。

「司令殿。縁起の悪いことを言うなよ。俺は百まで生きるんだ」とゲンが混ぜ返す。

「生きられるといいな。応援するよ」とヒューイ。言いながらも銃の安全装置を外す。


 扉が破られた。

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