第9話 2】初戦(4)

 その間にも戦場では激戦が続いていた。

 マーク4宙航戦闘機は最新型だ。フル装備では小型対空ミサイル十六発と中型対艦ミサイル二発、そしてスマート機関砲と小型レーザー砲を装備している。

 全体は戦闘機と言うよりは地球時代の戦車のような外見をしている。中央に球状の操縦席コアがあり、その周囲を覆う形で無骨な隕石避けの被弾傾斜を持った金属船体がつけられている。それは大気中を飛ぶ古い祖先の戦闘機から派生してはいるが、砂粒ほどのデブリが散乱する宇宙での戦闘を考えて発展したものだ。装甲が無ければ秒速数キロのデブリの直撃は防げないというのがその主な理由である。

 中央の操縦席はなるべく回転しないように保持されていて、その代わりに周囲の船体には機動時に多大なGが遠慮なくかけられるようになっている。

 マザーファッカー部隊の搭載ミサイル群は最初の一瞬で半分を消費した。今は機関砲とレーザーで近接したハチたちと戦っている。だが周囲には無数の敵が舞い踊っていて、決して有利な戦況とは言えない。

 戦力比は一千対二十なのだ。


 ハチが放つレーザーはマーク4機体表面の鏡面塗装で大部分が反射される。しかしそれでも鏡面塗装は少しづつ損耗し、変色していく。一度変色すればレーザーのエネルギーはそのまま吸収され、機体に穴を開けることになる。

 機体をぐるりと回すと、接近してレーザーを撃って来ていたハチにスマート弾を三発だけ叩きこむ。ハチに命中した弾丸はその体内を回転しながら掘り進み、容赦なく破壊の痕を広げていく。一度体内に潜り込んだスマート弾を停止させる方法はない。しばらく身もだえしていたハチがやがて動きを止め、宙を漂い始める。

 ミサイルに撃破されたハチやワイバーンが漂っている中を宙航戦闘機が素晴らしい機動で縦横無尽に駆け回っている。それでも敵の数に比べればわずかに二十機。それも今一機が爆散して果てた。

 レーザー光の嵐の中で宙航戦闘機は撃ち続けるが、一機、また一機と穴だらけになって戦線を離脱していく。

 ついに戦闘機が残り半分になった段階でウーイック司令は決断した。

「全戦闘機、撤退。手近の撃破された敵を見つけて誘導ワイヤを打ち込め。そいつをランデブーポイントDまで引っ張って来い。無茶はしなくてよい。無理なら諦めろ」

 ヒューイが操作盤を叩き、その命令をコンソールに叩き込む。基地管理AIが音声命令を捉えて文章化し、それを人間が認証するという方式だ。

「駆逐艦フォートノックス。ランデブーポイントDに遷移。駆逐艦アドラに合流しろ。そのまま撤退体勢で待機」

 この二隻は駆逐艦の中でも特に高加速のものだ。


 宙航戦闘機が戦っている間に、シーサーペント級巡洋艦アリスタリアの周囲に対艦ミサイル群が形成され、邪神船イタカ目掛けて突進を開始した。同時に射出された対空ミサイル群は周囲のハチやワイバーンを追っている。

 この巡洋艦はミサイル・ハブとして設計されただけあってミサイルの扱いは手馴れたものだ。一瞬の遅滞も無く、内蔵されたミサイルを放ち続ける。それらは巡洋艦アリスタリアを中心として巨大な蜘蛛の巣を形成し、近づいたハチやトンボを捕捉していく。

 音のない宇宙空間中に無数の火花が咲く。対空ミサイルに追いつかれた生体艇の成れの果てだ。

「ハチとかは意外と弱いな」とゲン。「うちの戦闘機の方が間違いなく強い」

「基本サイボーグだから機械と生体の比率に制限があるのでしょう。だけど向こうは数がいる」ヒューイが解説する。

 また一機、戦闘機が爆散した。残りは吸着フックに敵の死骸をぶら下げたまま、全力で戦域からの離脱を試みている。

 近くにいた駆逐艦が小型対空ミサイルを乱射してそれを援護する。自らは回頭しながら一本しか無い主レールガンの照準を邪神船イタカにつけようとしている。


 再び邪神船イタカが動いた。

 まばゆい閃光が近づきつつあった大型ミサイルを撃ち抜く。続いてもう一閃。強烈な光輝を輝かせながら宇宙に二輪の大振りの光の花が開く。大型の核融合爆弾に匹敵する熱量を浴びては、ミサイルの薄い装甲ではどうにもならない。守るべき主を失った小型ミサイル群が軌道を変えて一斉に邪神船イタカに向けて殺到する。それを無数のハチが食い止めにかかる。

 それを見て残り二機の大型ミサイルのAIは決断した。護衛ミサイルや対空砲火による接近アプローチではこの高エネルギー攻撃には対抗できない。

 大型ミサイル二機は全長二百メートルの体を震わせて全力駆動に移る。背後に長い噴射炎が伸び、船体が邪神船イタカに向けて加速した。

 だがそれでも邪神船イタカの射撃に比するとどうしようもなく遅かった。次の斉射が行われ、また一機が蒸発して金属ガスになる。

 最後のミサイルの決断は素早かった。狙いを邪神船イタカから周囲のハチたちに切り替え、その体に抱える核融合爆弾を起動し、自爆したのだ。

 最大級核融合弾頭。そのパワーは一ギガトン。かって地球で使われた核爆弾の王の十倍に相当する。

 爆発は強烈無比だった。その火球は止めどなく広がり、大量のガンマ線をばら撒く。多くのハチが焼けて即死し、ワイバーンが熱線を受けて苦痛に身もだえする。

「頃合いだな」ウーイック司令が疲れたように言う。「敵の兵力は分かった。これ以上は無駄死にだ。全艦に撤退を通達せよ」

 退避警報が鳴った。巡洋艦と駆逐艦が向きを変え始める。回頭しながらも手持ちのミサイルの投射は止めない。


 そのとき何かの偶然か一瞬だけ戦いが途切れ、静寂が戦場を支配したように思えた。


 邪神船イタカから青い射線が長く長く伸びた。それは方向を変えようとしていた巡洋艦の横腹を撃ち抜いた。

 瞬時に飛散した超高熱のプラズマを受け、積層装甲が蒸発する。鏡面塗装、ステルス塗装、鏡面塗装の三重の被膜が抵抗もできずに一瞬で吹き飛ぶ。内部の機械類も居住区もエンジンも撃ち抜き、反対側の外殻を弾き飛ばす形でプラズマガスが虚空に噴出する。

 その中には機関部に詰めていた人間を構成していた原子も含まれている。人体のリンが燃え、青紫がかった炎の小さな爆発が所々を彩る。

 荷電粒子ビームの命中は、エネルギーに方向性が与えられているだけ、核爆弾の直撃よりも被害が大きい。


「巡洋艦アリスタリア被弾」ヒューイが叫んだ。「大破です。船体が分断されました」

「レスキューを出せ。全駆逐艦は自動操作で救命艇を射出」

 そこに基地管理AIの柔らかな声が割って入った。

「敵トンボ型に動きがあります」

 これまでハチに紛れて戦場を飛び回るだけであったトンボ型生体艇が一斉に破壊された巡洋艦に向かっていた。

「何をする気だ?」とゲン。その手は忙しく基地の機器を操作している。

「トンボは兵員輸送艇だ。足の間に歩兵が掴まっている。恐らくはアリスタリアに乗り込むつもりだ」

 巡洋艦アリスタリアは破壊されていても完全に死んだわけではない。

 独立電源を持つ対空砲がうなり、レーザー弾幕を作りだす。スマート弾丸が撃ちだされ、それが命中した生体艇の体内に潜り込んで自爆する。放り出された邪神歩兵にもそれは降り注ぎ、被害を拡大していく。

「援護しろ。レーザー?」

 ウーイック司令の次の命令が何かをあらかじめ先読みして動いていたゲンが叫ぶ。

「チャージできてます。トンボの群れの一番濃い所を撃ちます」

 バタシターの輝きと共にレーザー砲が再度稼働を始める。その光に触れてトンボが数匹まとめて蒸発する。邪神船イタカを撃つのでなければ依然レーザーは有効であった。もっとも大型レーザーは対空に使うようなものではないので効率はもの凄く悪い。この距離だと小さな標的に命中する方が奇跡であった。

 巡洋艦の壊れた船体から宇宙服を来た人間たちがあふれ出し、射出された救命艇に乗り移り始める。

 そこを迎撃を逃れた残りのトンボたちが襲った。足の間に誰にも聞こえない悲鳴を上げる宇宙服姿の人間を抱えてトンボが邪神船へと戻り始める。

「捕虜を取っている?」とヒューイ。虚をつかれたという表情だ。

「食うためだろ」とゲン。表情には苦々しいものが満ちている。

 指令室ではこの惨劇を見守る以外にはもう何もできなかった。


 救助に入った駆逐艦シャイニングをまた邪神船イタカの砲撃が襲った。今度は欠片も残らないほどの強力な射撃だ。それは正確に駆逐艦の船首から船尾までを舐め、一片残さず金属蒸気へと変えた。グリフォン級全長282メートル重量240キロトンが瞬時にすべてこの世から跡かたもなく消える。

「救助中止」ウーイック司令が苦渋の表情で叫んだ。「全艦。すぐに全力で逃げろ。イタカとの距離を取れ。遅れると死ぬぞ」

「数値が無茶苦茶だ。あの砲はまだ出力が上がるのか」ヒューイが目を剥いた。


 しかし邪神船イタカは手を緩めなかった。正確な砲撃で今度は駆逐艦ミルドラル・ベータを撃ち抜いた。スリング・サポートが中断し、後には帯電ワイヤの輪だけが残る。

 今や邪神船イタカの帆膜は高熱で輝いていた。左右差し渡し30キロはある帆膜がすべて白熱の輝きを見せる。砲身の熱を汲み上げて、虚空へと捨てているのだ。


 いきなり駆逐艦サンバスターが全力噴射を始めた。しかしその船首は邪神船イタカにまっすぐ向いていた。

 前方に向けて小型ミサイルを乱射しながら、最大推力で不規則機動を繰り返す。

 命じれば止めることもできたが、ウーイック司令は止めなかった。覚悟の上の行動なのだ。誰かが邪神船イタカに攻撃を当てなくてはならない。その防御の弱点を見つけるために。それはまだ果たされていないのだから。

 イタカからビームが走ったが、わずかな差で最前まで駆逐艦サンバスターがいた空間を薙ぎ払っただけだった。

 投射された小型ミサイルの半分が爆発し、通称イカスミと呼ばれる黒色の煙幕を周囲にまき散らす。これは電波かく乱と光学観測が無効になる煙幕だ。

 イタカのビームがその中心を撃ち抜くが、駆逐艦サンバスターはもはやその中にはいない。煙幕が薄れた頃にはサンバスターはイタカと反航する軌道にいた。そのまま素早く船体の回転を始めると、船首レールガンの照準をイタカにつける。

 邪神船イタカの次のビームが飛ぶと同時に、駆逐艦サンバスターは全力で射撃を開始した。

 核爆弾並みの威力があるビームが駆逐艦の船体後部を吹き飛ばす。同時に駆逐艦のレールガン弾が邪神船イタカの船腹に降り注ぎ、激突の火花を散らした。

「やったか!」ウーイック司令が叫んだ。

 ゲンが操作すると、邪神船イタカの船腹、先ほど砲弾が命中した部分が大映しになる。そこの鱗状の装甲は虹色に輝いていた。

「損傷らしきものは見られません」ヒューイが判定結果を走査しながら言った。「運動エネルギーはすべて熱に替わりレールガン砲弾自身を蒸発させたようです」

 スクリーンの上ではエンジンを撃たれてコントロールを失った駆逐艦サンバスターが、邪神船イタカの大きく広げた帆膜に突入する所だった。

 帆膜の大きさは差し渡し30キロ。その中ではせいぜい300メートルもない駆逐艦はカーテンに止まったハエほどの大きさに見える。

 一見薄そうに見える帆膜は駆逐艦丸ごと一隻の衝突に耐えてみせた。柔軟なその帆膜は今や熱でできたマントだ。それは駆逐艦サンバスターに絡みつき、そこに蓄積された熱を惜しげなく駆逐艦に流し込んだ。

 サンバスターがまたレールガンを撃った。レールガン弾頭は帆膜を突き抜け、小さな穴を開ける。だが駆逐艦の奮闘もそこまでだった。過熱したレールガンが爆発し、内部からの圧力で船体が半分に折れる。

 やがて駆逐艦サンバスターの船体が赤く輝き始め、そして形を失った。最後には沸騰する金属の液体となって周囲に飛び散った。

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