第8話 2】初戦(3)

 スクリーンに映っていた数字が残りわずかになると赤く点滅した。

「ドローンが邪神船イタカに接近」ヒューイが冷静に報告する。

 そのとき、邪神船イタカの拡大画像に変化が起きた。邪神船イタカの表面に小さな盛り上がりが生れたのだ。まるで何かが土の中から現れ出るかのように無数の異形の存在が這い出して来ると、イタカの表面を離れて接近するドローンの群れに向かった。

「追加の生体艇を確認しました」

 別のスクリーンに拡大映像が出る。

「初めて見る型です。ハチと呼称します」

 確かにそれは地球のハチに酷似していた。ただし一匹の大きさが十メートル以上ある。

「直衛戦闘機と判断します」とヒューイ。声に一切変化がない。まるでAI音声のようだ。ヒューイは緊張すればするほど冷静になる男だ。

 ハチ画像の横に頭数のカウントが出る。それはあっと言う間に二百に達した。

「こちらは戦闘機が二十しかないのに。ずるい」ゲンが小さく不満を漏らす。

「ぴったり二百だ。少なくともヤツらが十進法を使っているのだけは分かった」と冷静なヒューイ。

「分からんぞ。二百進法が基本かもしれん」とウーイック司令が指摘する。

「とすると、きっと指が二百ある怪物がボスだな」ゲンが会話を締めた。どんな状況でも軽口だけは止めないのがゲンだ。

 飛び回るハチたちは自分たちよりも大きなドローンに近づくと、尻を向けた。その先端から光が噴き出すとドローン表面に無数の小爆発が生じた。

「パルスレーザーです。出力はそう高くありません」

 少しほっとした声でヒューイが報告する。やっと地球の技術レベルと大差ないものが出て来たのだ。ドローンからの反撃が無いと見てハチたちは所かまわず撃ちまくる。

 やがてドローンの一機が崩壊を始めた。ばらばらになりながらもそれまでの軌道は変えない。

「ドローン自爆シーケンス準備。ハチが接近したものから順に起動します」

 ゲンが予定された計画を読み上げる。

 その言葉通りに、ハチが群がったドローンの一機が爆発した。機体が膨れ上がり、強烈な閃光と共に爆散する。爆風と共に内部に詰め込まれたスクラップが周囲に飛び散り、それに衝突したハチが二匹潰れる。

「物理攻撃、効果あります」

 ヒューイが報告すると司令室の中に歓声が上がった。

 正確に言うならば、これが人類側の初めての戦果なのだ。

 残りの四十一個のドローンが次々と爆発し始めた。鋼鉄のスクラップが宇宙空間で音もなく散らばり、散弾となってハチに降り注ぐ。その中にはスクラップではなく、酸やアルカリなどの化学薬品も混ざっている。技術者たちはとにかく余っていたゴミを手当たり次第にドローンに詰めこんだのだ。

 酸を浴びたハチが無茶苦茶な軌道を見せて真空中を転げまわる。

 それらすべてを望遠鏡が捉えて記録し、地球に向けてただちに送信する。これらの情報が将来の戦闘に使われるのだ。

「ドローン。全機爆発済。戦果はハチ五十二匹」ヒューイが読み上げる。

「廃物利用にしては良くやったな」ゲンが感心する。


「レールガン砲弾、調整ポイントに到着します」

 ヒューイが操作するとまた別の映像が出た。

 先行した駆逐艦ミルドラル・ベータがそこでワイヤを展開していた。宙に繰り出した帯電ワイヤで直径数十キロという巨大な輪ができている。

 帯電されたその輪の中を、飛んで来たレールガン砲弾が潜る。発射時に秒速20キロにまで加速される砲弾には高度で繊細な電子機器は搭載できない。センサーなどを搭載しても余りの加速度で発射時に破壊されてしまうためだ。

 そのため高速で射出されたレールガン砲弾は基本的に無誘導になってしまう。この欠点を補正するために、超長距離射撃時は前方に進出した駆逐艦が照準補正操作を行う。これがスリング・サポートと呼ばれる軍事行動だ。

 帯電環を通過したレールガン砲弾はほんのわずかに軌道を変えて、邪神船イタカへと目標を定める。

 同時に一番先頭に進んでいた大型ミサイルが子ミサイルの射出を始めた。無数の子ミサイルは母ミサイルを護衛するために放射状に広がり始める。

「全軍に通達。五秒後に目潰しを行います」基地管理AIが宣言する。

 その五秒はあっと言う間に過ぎた。人類側の総ての観測機器のシャッターが下りた。

 その瞬間、宇宙を爆発的な光が満たした。

 放出された子ミサイルの一つが内部の反物質を反応させたのだ。その結果放出されたのは純粋な光子の大津波。あらゆる場所に光が満ち、目を『閉じて』いない観測機器を片っ端から焼いて行く。

 さらに永遠とも思える五秒が経過し、観測機器が生き返る。

「どうだ!?」ウーイック司令が急かした。

「映像今戻ります」ゲンが操作するとスクリーンに邪神船イタカの映像が戻った。

 邪神船イタカの三方に突き出した眼柄の先の眼が真っ黒に変色していた。船体に張り付いている眼も悉く眼を瞑っている。

 司令部の皆が期待した直後、その眼柄は邪神船イタカの中に収納され、また別の眼柄が何本も突き出してきた。

「やはりサブシステムを持っていたか。まあそんなに簡単に行くわけないな」ヒューイががっかりした声で言った。

 そこに光が閃いた。

 邪神船イタカの先端から青白く輝く線が伸びると、子ミサイルを撃ちだしていた大型ミサイルを貫いた。

 爆発的な光輝がまたもや沸き上がった。

 世界が光で埋まり、全員が反射的に眼を抑えて蹲った。ただちにスクリーンの輝度が抑えられ、耐えられる程度に収まる。

「何だ?」誰かが叫んだ。

「光学系が死んだ。いまサブに切り替える」ゲンが叫ぶ。

 すぐに新しい映像が出た。撃たれた大型ミサイルは消滅している。

 司令室が沸き立った。

「荷電粒子ビーム。強度は100メガトンクラス。ミサイルが一瞬で蒸発して、搭載していた反物質が一気に対消滅し光の洪水を作りだした」ゲンが報告した。

 大型ミサイルは全長200メートルある。それが一片残さず蒸発したのだ。

 ヒューイが素早く通信指示を出す。

「各艦に通達。敵邪神船イタカ砲口主軸線より15度範囲を危険域に指定せよ。奴らのビームは射角を変えることができる。それとあの砲撃を受けたら駆逐艦クラスでも一撃で落ちるぞ」

 その間にも邪神船イタカはまた別の眼柄を突き出している。

「くそっ! あいつは一体いくつサブシステムを持っているんだ?」とゲン。

「たぶんいっぱいだ。あの船殻の中は目玉でいっぱいなんだ」とヒューイ。言葉の内容はパニックそのものだが、それでも冷静な態度だけは崩さない。

 その声に基地管理AIの報告が被った。

「邪神船イタカ砲身部に大量の赤外線放射を確認しました。帆膜の温度が有意に上がりました。現温度推定摂氏800度」

「少なくともヤツらも熱力学の法則は超越していない。砲身過熱と冷却の問題は我々と同じだ」ヒューイが感想を述べた。

 ウーイック司令が怒鳴った。

「全艦に通達。攻撃を許可する。同時に常時回避行動を取れ。推進剤残量は無視しろ。

 みんな、見たな?

 あれにやられたらどの船も一撃で落ちるぞ」

 苛立たし気にコンソールを叩いた。

「レールガン砲弾はどうなっている?」

「初弾着弾まで後十秒」ゲンが返す。


 レールガン砲弾には何種類かあるが、基本的には運動エネルギー弾、つまり衝突により相手を破壊するタイプが主流だ。この手の運動エネルギー弾には特に比重が高く硬度が高い劣化ウランを使っている場合が多い。核融合主流のこの時代ではこの物質は核兵器製造における厄介なゴミでしかないのだというのもその背景にはある。

 だがゴミでも何でもこの速度で衝突すれば大概の物には穴があく。それは粒子欠陥を補正した強化装甲鋼板でも同じだ。

 その大型レールガン砲弾十発が一列に繋がって秒速二十キロの速度で邪神船イタカに殺到している。

「5・・4・・3」ヒューイが読み上げる。


 そのとき、邪神船イタカの先端がまたもや光った。長く伸びた荷電粒子の光が宙を薙ぎ払う。一度、そして少し待ってもう一度。迸る青の奔流の中に一際輝く緑の色が劣化ウラン弾の断末魔の悲鳴だ。


「レールガン砲弾。全弾撃ち落とされました」

 砲弾すべてが蒸発して金属蒸気となり、荷電粒子の奔流に吹き飛ばされた。

「わざわざ撃ち落とすということは質量弾は効き目があるということか」ウーイック司令が指摘した。

 その目の前で邪神船イタカの帆膜が熱で輝き始める。

「命中した!?」ゲンが叫んだ。

 ヒューイが手元の操作盤を睨むと疑問に答えた。

「いや、ただの放熱だ。現在の帆膜の温度は摂氏千五百度。あの血管のようなものの中を流れているのは高温でも動作する熱超導体に違いない」

「いくら進んだ科学でも過熱だけはどうしようもないということか。程度の差こそあれ、そこは我々と変わりない」

 ウーイック司令が感想を述べる。すでに出すべき命令はすべて出している。後は状況の推移を見守るだけだ。ウーイック司令は椅子に体を預けた。自分の額を手で拭う。

「しかしなんというビームだ。射程は1000キロを優に越えるし、稼働時間も恐ろしく長い。しかも威力は核爆弾並みとは」

「怪物だな」とゲン。

「怪物ですね」とヒューイ。


 生き残りの四機の大型ミサイル群が交戦距離に入った。ここまでの戦闘データを解析し、二秒間ほど他のミサイルの戦闘AIと相談した後に、それぞれ戦術を決めた。

 チェンバーを開き、子ミサイルの射出を始める。同時にランダムに噴射を行い、自分の軌道を揺らす。最後に対空レーザー砲塔を出し、周囲に群がって来るハチを撃ち始めた。

 それに応じて、邪神船イタカから次の生体艇が這い出て来る。

「トンボ型を確認。数量・・二百。新型を確認・・竜に似ています。ワイバーンと呼称。数量・・二百」

 ハチ、トンボ、ワイバーン。これで民間船に群がっているトンボまで加えれば総数は八百に達している。

「いったいあの化け物たちをいくつ搭載しているんだ? 本当に突撃砲艦なのか? 空母じゃないのか?」ゲンが舌打ちする。

「ワイバーン型は重戦闘機と思われます。両脇に二門の砲らしきものを保持しています」ヒューイが指摘する。

 接近する生体艇に向けて今度は人類軍の戦闘機隊マザー・ファッカーが接近した。その数は僅かに二十機。もちろんパイロットたちも最初から勝てるとは思っていない。

 宙航戦闘機はリーダー機だけが有人で残り三機がAI搭載のドローン戦闘機で構成される。これが四機一小隊となる。そして五小隊で一中隊ができあがる。

「マザー・ファッカー。参る」通信機の中でブルマン准尉が宣言した。「今日は死ぬには良い空だ!」

「宇宙はいつでも良い天気さ」ウーイック司令が応える。

 これは宇宙戦闘機乗りの合言葉のようなものである。

「頼んだぞ。ブルマン准尉。後から俺たちも行く」ゲンが付け加えた。

「酒盛りは私たちが行くまで待っていてください」ヒューイもそれに乗った。

 ブルマン准尉はそれを笑い飛ばした。

「御免だね。早く来ないと向こうの酒、全部飲んでしまうぞ。通信終わり」

 スクリーンからブルマン准尉の顔が消えた。

 宙航戦闘機はレーザー弾幕を撃ちまくり、対空ミサイルをバラ撒き始める。

「邪神軍はミサイルの類は使わないのか?」

 ウーイック司令が訊いた。

 その言葉に反応して、基地AIのお袋さんが記録を引き出す。

 ドローンに近づいたハチが体当たりした直後に爆発する映像が提示される。

「彼らの生体艇は自爆機能を持っていると推測されます。つまり彼ら自体がミサイルです」

「向こうも命知らずか」ウーイック司令はまたもやため息をついた。

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