第7話 2】初戦(2)

「敵、邪神船コードネーム『イタカ』、戦闘可能域に到達」

 基地管理AI、通称お袋さんが柔らかな声で報告した。

「イタカを映せ」ウーイック司令が命令した。

 背後でゲンとヒューイが操作盤を叩く。残りのメンバーは副指令室の方に詰めかけている。廊下ではAIロボット群が車輪で忙し気に走り回っている。

 前方に投射されている画像の中に一本の棒が映った。邪神船イタカだ。宇宙空間の中の物体を正確に認識するのは難しいが、AIが色を補正して見やすくしてある。邪神船イタカの後部に広げられている帆膜が、そこに存在しないはずの風をはらんで膨らんでいる。


 大きい。ウーイック司令はそう思った。こうしてみると全長十キロというのは途轍もない大きさだ。

 邪神船ヨグとアザトースは遥かに後方だ。邪神船イタカだけで人類軍と戦うつもりらしい。

 舐めやがって、とウーイックは歯噛みした。だがすぐに思い直した。

 母船アザトースに比べれば豆粒ほどの大きさの邪神船イタカでさえ、今まで人類が作りあげたどんな宇宙船よりも大きいのだ。それどころか質量で言えば人類軍全部を合わせたよりも重い。おまけにその軍事力は全くの未知数なのだ。

 あの荷電粒子ビームを見ただけで邪神軍の軍事技術が人類のそれを遥かに越えているのは分かる。

 これはもう人類は駄目かもしれんな。初めてウーイック司令はそう思った。


 邪神船イタカの棒状の船体の両側には甲殻類を思わせる巨大な眼柄が三本づつ突き出している。その中には人間そっくりの眼球が嵌っていて周囲をぎょろぎょろと睨んでいる。さらにはその船体全体を覆っている装甲の隙間からも無数の小さな眼が覗いている。

 土星周辺では太陽の光は弱いが、それとは関係なしに邪神船イタカの鎧が腐った油のような七色に濁った色に見える。帆膜が揺れ、ねじれ、見えない真空の風を孕んで膨れる。帆膜の表面を走る血管らしきものの模様が強調され、吐き気を催すオブジェへと変する。

 邪神という言葉はまさに当を得ていた。


「気に食わんな。あいつ、こちらを睨みおった」

 ウーイック司令が文句を漏らした。

「レーダー波、重力波検出できません。邪神側は光学観測だけの模様です」

「こちらのレーダーには反応するか?」

「反応しません。まるで全体がステルス素子で包まれているかのようです」

「それが答えだな。高度に発達したステルス機能があればレーダー技術は廃れる」

「司令殿。まだ即断するには早すぎないか?」とゲン。

「どちらにしろ、それを判断するのは我々じゃない。背後でこの戦いを見ている地球の連中だ」とウーイック司令が返す。

「違いない」

 ゲンはそう言うと、手元の機器に最後のチェックを行った。

「オール、グリーンだよ。司令殿」

 事ここに至ってはゲンは言葉使いに気を使わないし、ウーイック司令も気にしない。この部屋にいるのはみな長い時間を共にしてきた戦友なのだ。

「プランAを実行せよ」

「イエス・サー」

 ゲンがボタンを叩き込んだ。宇宙軍では重要な命令の発動は間違いを防ぐ目的で硬めの機械スイッチが採用されている。やはり仮想制御スクリーンよりはボタンを叩く方が楽しいなとゲンは思った。


 予想外だった民間船の乱入のことは皆が心の中から消し去った。予め作られたプラン通りに作戦が実行される。

 レールガン砲身が震えた。スクラップ・ドローンが梱包されているパレットを虚空へと低出力で射出する。パレットはすぐにパージされ、中からスクラップ・ドローンが周囲に解放される。


 スクラップ・ドローンはステーションの技術者たちが廃物利用で作り上げたものだ。

 余った鋼材を適当に溶接してカゴを作り、手近のありとあらゆる重そうなガラクタを詰める。最後にその中心に手持ちの爆薬と遠隔操縦装置を組み込んで出来上がりだ。推進エンジンは廃棄処分になったスクラップ船からもぎ取ってきたものなので、主エンジンもあれば補助エンジンもある。最後に小惑星帯のベルターたちが使うバランサー制御器を接続すれば即席ドローンの完成だ。


 スクラップ・ドローンの筐体が震えると、推進エンジンに点火した。不格好な間に合わせの筐体の後ろから長い噴射炎が噴き出す。元々がもっと大きな船体を動かすためのエンジンなのだから、ドローンが驚くほどの加速で動き出す。バランサーが覚醒し、揺れる筐体を何度か左右に揺らせてトルク情報を手に入れた後、ドローンの軌道を綺麗に揃えた。

 わずか二十秒の燃焼で燃料の半分を消費した後、秒速3キロでドローン群が邪神船イタカ目掛けて突進した。距離五千キロ、ドローンが到達するまで千六百秒との表示がスクリーン下部に投影される。

 駆逐艦ミルドラル・ベータが先行し土星観測ステーションと邪神船イタカの間に入る軌道を描く。残りの艦は邪神船イタカと対抗する形で螺旋軌道を取りながら距離をつめていく。一番艦速が速い高速駆逐艦アドラは後方ポイントで戦闘機の補給や救助の体制を整えている。


「大型ミサイル、1番から5番まで発射せよ」ウーイック司令が命令を出す。

 土星観測ステーションの横に浮かんでいた大型ミサイルの内の半数が一斉に噴射を開始した。

 基地発射型の大型ミサイルは全長が200メートルもあり、小ぶりの駆逐艦と言える大きさだ。

 戦闘AIを搭載しており、その最終的な目的は敵にぶつかって爆発することではあるが、実際にはそこまで単純な代物ではない。弾頭部には今回の戦いに向けて新しく建造された一ギガトンの核融合爆弾が搭載されている。この大型ミサイルを如何に邪神船イタカに突入させるのかが今回の作戦の主眼だ。

 最初は驚くほどゆっくりと、やがて速度を上げながら巨大なミサイルが突進を始めた。

「ミサイル、5番から10番まで。ステルスモードで発射せよ」

 残りの大型ミサイルが外殻をパージした。銀色に輝く鏡面外殻の下から真っ黒な本体が現れる。完全光吸収体の塗装に電波吸収体のナノ・フェライトコアを混ぜたものだ。低温燃焼ガスが後ろから静かに噴き出す。

 ステルスモードは速度は遅いが、レーダーどころか視認することも難しく、その結果敵に対する不意打ちが可能だ。欠点はあくまでも待ち伏せのための武器ということであるが、頑なに進路を変えない邪神船相手には最適な武器でもあった。

 もっとも邪神軍の技術にこれが通用するかどうかは未知数だ。


 準備行動はこれで終わりだ。

 ウーイックたちは椅子に座り込み、ひたすらに待った。大スクリーンには迫りくる邪神船イタカとこちらのミサイル群の外部カメラによる映像が映し出されている。

 全員が無言だった。


 最後の警報が鳴った。邪神船イタカが観測ステーションの五千キロ圏内に到達したのだ。この距離は人類軍の大型レーザー砲の最大射程距離である。

 邪神船イタカは一切速度変化もしないし、こちらの投射物に対する衝突軌道から避けようともしない。

 ウーイック司令の心の中に、舐められているなという怒りと、それも当たり前かという諦めが同時に湧いた。蟷螂之斧という言葉があるが今の状況がそれだ。敵の方が遥かに大きく、強く、そして獰猛だ。

 気を取り直してウーイック司令は命令を下す。

「レーザー砲、最大出力で照準次第に撃て。砲身が焼け付くまで撃ち続けろ」

 ゲンが照準を確認し、ヒューイが基地の電力を調整する。核融合炉が全力運転に入る。

 バタシターは進化したコンデンサー・デバイスだ。過去に書かれたSFに出てくる機械から名前を貰ったこのデバイスは瞬間的に大量の電力を蓄積し放出できる。

 そのバタシターに貯めこまれた電力が二本の大型レーザー砲身に惜しげもなく流れ込む。

 40mm径高収束赤外線レーザー。一秒間しか連続照射できないが、その放射熱量は約42万テラワットに及ぶ。

 秒速30万キロの光が飛び、邪神船イタカの表面に光が閃いた。

「どうだ?」

 ヒューイが観測結果をチェックする。

「邪神船イタカのど真ん中に命中。ただし効果なし」

 司令部にいた全員が絶句した。

「馬鹿な。戦艦でも大穴が空く威力だぞ」

 それも道理。集中したエネルギーは100キロトンのTNTに相当する。それだけの爆弾が一点に集中したのと同じだけの効果があるはずなのだ。

 解析AIがその観測結果を出す。

「レーザー光が減衰しているようです。邪神船イタカ周辺に大規模な周波数変調場が展開されているものと思われます。強力な磁場の影響でレーザーが拡散したものと思えます。邪神船イタカ表面に直径400メートルの円形の温度上昇を確認しました」

「井坂レポートの通りか。そこまで光が拡散したのでは兵器としての威力はない」ウーイック司令が呻いた。


 高出力レーザー光は周囲に強烈な振動電磁界を作り出す。光子が時間と空間の両方で位相同調しているためだ。邪神船イタカの周囲に広がる激烈な磁界はそれと干渉し、レーザー波長を乱してただの明るい光に変えてしまう。

 これではレーザー砲はまったくの役立たずだ。

 となると後は荷電粒子砲だが、こちらはそもそも有効射程が50キロもない。あくまでも接近戦で使われるものだ。

 それを考えると同じ荷電粒子砲でありながら1000キロは飛ぶ邪神船イタカの荷電粒子砲がいかに怪物なのかが良く分かる。


「ここまでは予想通りだよ。司令殿」ゲンが答える。

「よし、仕切り直しだ」ウーイック司令は宣言した。「今後はレールガンを主武器とする。レーザー砲およびビーム砲は余剰電力のみで使用し、その目標は艦載機とする」

「イエス・サー」ゲンとヒューイが答える。

「ここからが本番だ」ウーイック司令が手をすり合わせた。「レールガン、全力で投射開始」

 二本のレールガンの左右に並ぶバタシターがわずかに膨らむ。使用する弾頭は運動エネルギー弾、つまりは劣化ウラン金属の塊だ。

 レールガンのレールの周りにハローが噴き出し、弾体が弾かれたように撃ち出される。レールガン先端からレールの一部が削れてプラズマガスとなって噴き出す。

 質量弾の速度は秒速20キロ。もちろんこの速度は肉眼では見えないほど速い。

 発射時の強烈な反動を受け止めようと、土星観測ステーションの姿勢制御エンジンが咆哮を上げる。レールガン発射でずれた軌道を時間をかけて必死で稼ぎ直す。

 初撃から一秒経ってからその横に並ぶレールガンが同じ動作を行う。

 一度撃てばエネルギーの再装填に二秒かかる。つまり二本の砲身を使って1秒毎に一発の砲弾が打ち出される結果となる。

 十発撃った時点で警報が鳴り、レールガンが停止した。その砲身が赤く光っている。

「レールガン過熱。動作停止します」

 ウーイック司令はそこで一息ついた。ついに始まるのだ。観測ステーションのすべての観測機器が全力で稼働を始めた。

 200キロの長きに渡って列を成す十発のレールガン砲弾がスクリーン上で邪神船イタカに接近する。到達まで約三分。カウントの数字が減少を始めた。

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