第6話 2】初戦(1)

〔 土星観測ステーション・ベータ:2076/6/12 〕


 二千七十六年六月十二日。人類軍と邪神軍との最初の本格的な戦闘が始まった。


 土星観測ステーションから三万キロの地点まで邪神船イタカが侵攻した時点で、予め設定しておいた警報が鳴り響いた。

 指令室の中に基地管理AIの音声が流れる。

「異常事態を報告します。民間船ピースウィッシャーが警戒線を越え、最大速度で邪神船イタカへと向かっています」

 指令室で眠りこけていたウーイック、ゲン、ヒューイの三人が飛び起きた。しばらくの間自分たちの頭を押さえて眩暈を振り払っていたが、やがて気を取り直してスクリーンを睨んだ。

「お袋さん。もう一度」

 ここでの基地管理AIはお袋さんと呼ばれている。

「民間船ピースウィッシャーが禁止命令を破り前進しています。邪神船イスタとの邂逅を目論んでいるようです」

「強制停止信号を送れ。向こうの船の管制に割り込め」ウーイック司令が怒鳴る。

 少し間をおいてから基地管理AIが答える。

「指令実行失敗。民間船ピースウィッシャーは恐らく海賊発祥と思われる違法な手段で強制管制命令を無効化しています。また当該船より放送が流れています。スクリーンに出します」

 大スクリーンに男の顔が映った。CGによる草原を背景にして、植物の葉に模した緑の布を一綴りにした服で身を包んでいる。頭には月桂樹の冠を被り、十字に丸とハートを重ねたシンボルのついたネックレスをしている。

 その姿の下に基地管理AIによるテロップが重ねて投影される。

『汎銀河友好協会理事シェン・マクダニエル(注:未公認団体)』

 その男は微笑みを浮かべると語り出した。

「異星の皆さん。そして太陽系に居住するすべての人類の皆さん。早まってはいけません。我々は友好を結ぶことができます。宇宙は愛と友情と思いやりでできているのです」

 顔を真っ赤にしたウーイック司令が手首のコムを叩いた。

「そこの間抜けな民間船。ただちに戦闘宙域から離脱しろ。命令に従わない場合は撃つ!」

 だが男はそれに反応しなかった。恐らくは外部からの通信をすべて遮断しているものと思えた。男は続けた。

「高度に進んだ文明を持つ知性体はすべからく平和を尊重することを私たちは知っています。

 そう、知っているのです。

 天王星で起きたことは不幸な事故だと、私たち汎銀河友好協会は認識しています。我々が空の右手を差し出すのは相手を攻撃するためではなく、相手と友好を結ぼうと言うゼスチャーなのです」

 そこで男は握手のゼスチャーをしてみせた。

「さあ、もう一度最初の出会いから始めてみようではないですか。見てください。我われの船には武器が一切積まれていません。ただ溢れんばかりの友情だけが積まれているのです」

 そこに基地管理AIの声が割り込んだ。

「警告。邪神船イタカからの赤外線放射が増大しています。さらに船体から強烈な磁場が発生しています」

 ウーイック司令の顔が一段と険しくなった。

「いかん! ピースウィッシャー。逃げろ。イタカが射撃体勢に入っているぞ。ええい、ピースウィッシャーの管制AI。聞こえるか。ただちに回頭しろ。全力噴射をかけろ」


 一瞬の沈黙が落ちた。

 汎銀河友好協会理事シェン・マクダニエルはまだ何かを喋っていたが、誰もその内容には注意を払わなかった。

 邪神船イタカの周囲に淡い光輝が噴き上がった。周囲に漏れ出る超高レベル磁場に合わせて、それにぶつかる薄い太陽風が影響を受けて発光している。

 邪神船イタカの棒状の船体の先端から、一筋の激烈な青光が民間船へと伸びた。

 それは二隻を隔てる距離を瞬く間に駆け抜け、狙い過たず民間船の中央を貫いた。民間船の後方噴射が止まり、船は敢え無く漂流を開始した。それと同時に船からの放送が途切れる。


「荷電粒子ビームだ」目の前の火器管制盤を覗いていたゲンが叫んだ。「今までに見たことがないほど高温で、今までに見たことがないほど集束され、今までに見たことがないほど速い」

「装甲がない民間船とは言え、200キロトンクラスを一撃で貫通だと」ウーイック司令が喘いだ。

「射程距離推定計測でました。1000キロメートルはあります。それとエネルギー量は10メガトン」とヒューイ。報告しながらも手をすばやく動かし、計測結果をパッケージして地球に向けたレーザー通信で流す。

「大型核爆弾なみの威力があるビームか。まさかこれほどとは」ウーイック司令がつぶやいた。「くそっ! お袋さん。ピースウィッシャーの救助計画は立てられるか?」

 言いながらも無理だろうなとは思った。あの船はあまりにも戦域の奥に入り過ぎている。救助に行った船は間違いなく最優先で撃墜される。

 一端途切れていたピースウィッシャーからの放送がいきなり再開された。

「撃たないでください。我々は生まれながらの友達なのです。我々は平和のために来たのです。あなた方を害するつもりはありません。大事なのは愛と平和と友好なのです。お互いに歩み寄りましょう!」

 最後は悲鳴だった。

 もう一度邪神船イタカの先端からビームが閃き、民間船の腹部を貫いた。今度こそ致命傷だ。船の舷窓から漏れていた光が一斉に消える。

 放送が完全に沈黙する。

「宇宙船の特殊合金外殻を易々と貫通する。我々のビーム砲の数千倍の威力だ」ゲンが感心したように言った。

 続けて邪神船イタカの全体から塵のようなものが沸き起こった。基地管理AIが解説を加える。

「イタカが生体艇を放出しています。その数約300」

 ヒューイが操作を行うと、その塵の姿が大映しになる。

「生体艇の種類はトンボです。いずれも腹に邪神歩兵を抱えています」

 トンボの群れはたちまちにして穴の開いた民間船を囲み、できたての大穴から怪物たちを流し込み始めた。ピースウィッシャーから今度は音声だけの通信が始まった。宛先は地球艦隊で、そのほとんどは悲鳴、そして助けを求める声だった。

 ウーイック司令は椅子に力なく座り込んだ。

「お袋さん。艦隊に伝達。以降ピースウィッシャーからの通信は遮断しろと。それとピースウィッシャーへの救助行動は最低優先順位とする」

「了解しました。ウーイック司令」

「距離二万で再度警戒警報。それまで待機せよ」

「了解しました。ウーイック司令」

 目を瞑ったまま上を向いて、熱いコーヒーが一杯欲しいなとウーイックは思った。

 結局そのコーヒーはヒューイが入れることになった。

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