第5話 2-a】土星開戦前夜

〔 土星観測ステーション・ベータ:2076/6/5 〕


 天王星ステーションの惨劇からすでに四年以上が経過していた。

 異星の船団はその理由は不明なままだが恐ろしくゆっくりと移動している。今や太陽系中のあらゆる観測装置がこれら異星の船を注視している。

 その間にも人類側からはあらゆるコンタクトの試みが行われたが、異星の船団からは一切の通信が無く、そのことがまた不気味さを増長させていた。


 天王星ステーションから送られて来た映像のほとんどは公開禁止とされたが、どこからともなく映像は漏れ、ネット上で広がった。

 本来彼らに割り当てられたのは英数字十二桁のコード名だったが、惨劇の映像から彼らには別の綽名がつけられた。

 その映像がホラー作家ラブクラフトのクトゥルー神話を連想させたことから、彼らの母船には魔皇アザトースという名がつけられた。子船の内で球形をしたものは空虚なるヨグ=ソトホート。棒状のものは他の船よりも動きが速かったために宇宙を渡る風に乗る者イタカの名前がつけられた。

 邪神船と邪神軍というのが彼らの正式な呼び名になったのはその後だ。


 彼らの次の目的地が土星であることははっきりしていたので、迎撃に使える手段が模索された。

 木星航路を巡回していた巡洋艦が徴発された。太陽系中から高速移動が可能な駆逐艦も集められ、各種の物資を積み込んで土星に急行した。

 土星までの航路は長い。片道数か月に及ぶ航行が何度も繰り返された。

 宇宙船の航行は到着先が常に太陽の周りを公転しているという点で地上での航行とは大きく違う。船の速度が少しでも違えば、目的の地点についた時点で目標の惑星がその場所にないことになる。一度でもランデブーに失敗すれば船はどこにも行きつけず、場合によってはそのまま宇宙の彼方へ飛び続けることも十分にあり得る。

 太陽系中に蜘蛛の巣のように軌道線が引かれた。燃料と時間の計算。積み荷の収取と荷下ろし。必要な物資の生産と運搬。

 一つでも見逃しがあれば、迷子の宇宙船が出ることになり、その場合は犠牲者が出ることになる。

 太陽系中の全艦船を統括する宇宙科学技術局の航路管理部門は地獄のような忙しさになった。超大型サーバーの全機能が航路計算だけで埋まってしまうほどだ。


 兵器群の増産は始まっていたが、当然間に合うはずもないのであらゆる部門から現存する兵器がかき集められ土星に送られた。作成されたミサイルなどは高速駆逐艦にワイヤーで繋がれて運搬されたが、その航行中に宇宙服を着こんだ技術兵により最後の艤装が行われる始末であった。


 土星観測ステーション側でも突貫工事で軍事施設の増設が行われた。届く端から武器が設置され、ミサイル群は発射サイロではなく素のまま宇宙空間に浮かばされて配置された。

 手近の機材を改造し、不格好な自爆ドローンも生産した。

 それでも邪神軍の戦力に比べると劣勢という言葉すら恥ずかしくなるほどの戦力差が両者の間にはあった。



・シーサーペント級宙航巡洋艦  1隻 全長411m 重量400キロトン

・グリフォン級宙航駆逐艦    5隻 全長282m 重量240キロトン

・宙航戦用戦闘機20機

・大型AIミサイル10本

・大型レーザー砲2門

・大型荷電粒子砲1門

・大型レールガン2門

・スクラップ改造自爆ドローン 42機


 目の前のスクリーンに表示された内容を見つめながらウーイック・フリードマン司令は自分の目頭を抑えた。何度見ても数字は増えない。

 これが土星観測ステーションに急遽集められた人類軍事力の総てだ。

 これらすべてを集めても今近づきつつある敵の子船一隻の推定トン数に遥かに及ぼない。

 何と言っても土星は地球から遠すぎる。高速船で機材を運んで来るだけでも片道で何か月もかかる。もし土星に重厚な防衛線を敷こうとすれば、その費用だけで地球の経済は崩壊するだろう。だから本部は決戦の場を木星、最終防衛線を火星と想定した。観測ステーションが主体の土星などとは違い、どちらもそれなりの生産工場があり、軍事転用が可能だと判断したのだ。

 その結果、土星観測ステーションの役割は威力偵察となった。

 もっとも、威力偵察と言えば聞こえは良いが、これは最初から全滅が想定された戦闘であると告げられていた。

 この戦闘で邪神軍の武器や装備、戦闘能力を可能な限り観測するのだ。そしてそれを元にして近い将来行われるに違いない火星での最終防衛線での戦法を決定することになる。



 白髪を撫でつけながらウーイック司令は狭い指令室の中を見渡した。ここは元々は土星観測ステーションのコントロールルームだった部屋だ。そこは今両隣の部屋との隔壁が除去され、中央に大スクリーンが設置されている。無数の機器が所せましと詰め込まれていて、小要塞に改造されたステーションの各部の状態を映しだしている。

 近日中にここは地獄となるので、機器の接続作業を行っている若い技術者たちは次の上りの便で帰国する予定だ。


 柔らかな電子音と共に隔壁ドアが開いた。簡易宇宙服を着た老人が二人入って来ると敬礼した。

「ウーイック司令官殿。二等技官ゲン・ナカタ着任しました」

「同じく二等観測士ヒューイ・アンジェス着任しました」

 ウーイック司令は何十年も軍役についたもの特有の一分の隙もない答礼を返すと相好を崩した。

「ゲン、ヒューイ。久しぶりだな。火星海賊討伐戦以来だな。元気にしていたか」

「司令殿こそ。まさかこの任務に参加されるとは」

「おかしいかな? 退役して以来毎日が退屈でな」ウーイック司令はにやりとした。「わたしはもう九十八歳だぞ。ここらで死んでおかんといつまでも長生きしてしまいそうだからな」

「私は肝臓ガンで余命半年です」ゲンは説明した。「宇宙兵時代に受けた放射線障害のおかげで例の特効薬が効かないらしいのです。それで再び宇宙兵に逆戻りとそういうわけです」

「私も似たようなものです」とヒューイ。

 細胞活性薬を使用していても百近い年齢は流石に老人と呼ばれることになる。この時代でも本来ならばこの年齢での戦闘の参加はあり得ない。


 今回の戦闘は最初から敗北が決まっている戦いなのだ。邪神アザトースに至っては全長四百二十キロメートルなので、ちょっとした国土ほどの大きさがある。現在の土星観測ステーションに集められた武器でどうこうなるものではないのは誰の目にも明らかだった。

 この戦いの目的は邪神軍の軍事力を確かめるためのものだ。その過程でこの観測ステーションにいる者は全員死は免れないと想定されている。

 巡洋艦と駆逐艦のクルーだけは生き残る可能性があるが、何かあったときに観測ステーションからそれに乗り移ることは不可能に近い。

 そこで退役した将校や兵が大規模に募集された。高額な報酬は前払いで支払われたし、募集に応じた者は作戦後に二階級特進されることがすでに決定されている。蔭では自殺部隊の募集と呼ばれていた。

 ウーイック・フリードマンは引退後、その身の無聊を持て余していた宇宙軍のベテラン将軍であり、躊躇わずに今回の募集に応じた。ウーイックの他には約十名の退役兵がこの観測ステーションに詰めかける計算になる。この人数でも戦闘ができるように各兵器群は高度に自動化され戦闘AIに接続されている。

 観測ステーションよりも前方に固まって浮遊している艦隊もその構成員のほとんどは退役軍人たちだ。ほとんどの若い搭乗員たちはすべて先の往還船で地球目掛けて送り出されている。


 急遽増設された観測システムと武装のおかげで、土星観測ステーションは小型の要塞と言えるものに変わっていた。

 とはいえ急造の誹りは免れ得ない。攻撃力は増やせても、防御力はそう簡単には増やせないからだ。せいぜいが装甲版を余分に貼りつけるぐらいしかできない。

 居住区の隣には駆逐艦が運んで来た剥き出しの大型AIミサイルが何本も浮かんでいる。無数の通信ケーブルがそれらのミサイルと観測ステーションの間を繋いでいる。本来は発射サイロが必要だが、輸送を担当した駆逐艦に発射サイロを運ぶだけの余裕がないので本体だけとなったものだ。幸いに観測ステーションのコンピュータには大きな余裕があったため、監視および管理システムに転用するのは難しくはなかった。

 これも駆逐艦が運んで来た大型砲群にはステーションに増設されたエネルギーブロックから太いケーブルが伸びている。基部はそのまま観測ステーションの外殻に荒っぽく溶接されているが、スタビライザーを挟んでいないので砲の同時発射ができないという欠点がある。とは言え、元々エネルギーの産出量に制限がある以上同時発射はする予定が無いので問題はない。

 元からステーション内に勤務していた技術者たちはゲンたちの赴任と共に帰還の旅についてしまった。僅かに三日の引継ぎの後、このツギハギのシステムを受け取った残留組には寝る間も惜しんでの突貫作業となってしまった。

 各部の単体動作試験とエネルギー制御の調整。各種センサの調整作業とやることはいくらでもあった。それもAIロボット群の必死の頑張りで何とか形になりつつあった。


 その間も邪神船はどんどん近づいて来る。ようやく最後の作業が終わったときには邪神船到着まで後半日のところまで来ていた。



 物思いにふけっていたウーイック司令は背後に人の気配を感じて振り向いた。ゲンとヒューイがそこに立っていた。二人とも少し顔が赤い。

「申告します。すべての準備は完了しました」ゲンが言った。

 邪神船の防衛ライン到着まで残すところ五時間。ギリギリではあるが間に合った。

 ウーイック司令は片方の眉を上げた。ゲンたちから酒の匂いがする。

「ご苦労。技術者連中はどうしている?」

「半分は爆睡しています。もう半分は酒盛りです」

「うむ」そう言うと、ウーイック司令は自分の机を漁って一本のビンを取り出した。

「レミーマルタン・ルイ13世。初めて軍務についたときに貯金をはたいて買ったものだ。いつか記念すべき日に飲もうと思って取っておいたんだ。結局はこの日まで開けることも無かった」

 テーブルに置いて、三個のプラスチックコップを取り出すと、封を切ったばかりの酒を惜しむことなくたっぷりと注ぐ。三人はソファに座って乾杯をした。

「この酒にプラスチックの安物コップは無粋だがな。できれば最高級のグラスを用意したかったんだが重量オーバーすると運賃は自分持ちなんだ。さて、ここから無礼講だ。二人とも酒には強かったな」

「なに、酒なんか水のようなものです」ゲンが答えるとコップに鼻を近づけて匂いを嗅いだ。

「ああ、この素晴らしき香り。このコップ一杯分で俺の給料のひと月分が飛ぶなあ」

「この世での最後の贅沢だ。存分にやろう」とウーイック司令。

 三人でコップを取り上げると乾杯した。

 全員が空になったコップを置くと、幸せそうなため息をついた。

「効くなあ。それに旨い」とゲン。ヒューイもその横で頷く。

「さて、何かつまみが要るな。よし、これにしよう」

 ウーイック司令がそう言うと、手首の通信コムを叩いた。大スクリーンに邪神船イタカの映像が投影される。

「邪神軍をつまみに酒を飲む。おつなものだろう」

 ウーイック司令が操作すると、大スクリーンに次の映像が現れた。三隻の邪神船だ。いつもながらの異様な光景に三人は目を奪われた。

「本当にこいつらどこから来たんだろう」とゲンが感想を述べた。

「もちろん地獄からさ」とヒューイが返す。「つまり地獄はオリオン座の方角にある」

「俺はアルス戦域から来たと思うな。あの戦いは地獄だった」

 三人は言葉を切った。アルス戦域は小惑星帯の一部の名称だ。かってそこには大規模な自由海賊の秘密基地があり、当時三人が所属していた統合宇宙軍による激烈な掃討作戦が行われたという経緯がある。

 ウーイックはまたもやコムを軽く叩いた。

 邪神船イタカの画像が拡大する。

 イタカは棒状の船体を持ち、後部には何かの大きな膜が展開されている。色調は管理AIにより補正され、地球での太陽の下での色に上塗りされている。それは腐った青緑とでも言うべき色で、全体が網の目のように鱗状の装甲で覆われている。船体のところどころから蟹のものを連想させる眼柄が突き出ている。ただしその眼にはきちんと瞳も光彩もあり、周囲を忙しなく見ている。

 後部の膜の表面には細かい血管が走っているのも見て取れた。

「一番先頭を飛んで来ているのがこのイタカだ。恐らくこいつとの闘いになる」とウーイック司令。

「何度見ても醜い船だな」ゲンが感想を漏らした。

「これも半分生物半分機械のサイボーグなのか。全長十キロもあるんだぞ」

「推定400万キロトンというところか」ヒューイが指摘した。素早く計算する。「こちらの艦隊は全部合わせても1600キロトンだ」

「まさに象に立ち向かう蟻だな」とヒューイ司令。「ああ、そう言えば、科学技術局から解析報告が来ていたな。ドクター・井坂からだ」

「井坂。もしや火星戦域で補給任務をやっていたあの新米技官の井坂か?」ゲンが驚いた。

「井坂か。私も他の戦域で何度か会っています」とヒューイ。

「その井坂だ。あいつは傑物だな」

 ウーイック司令はそう言ってから報告書の写しを投影する。極秘資料だがまったく気にしていない。どのみちここにいる人間は明日死ぬのだ。

「そう言えば、この中に面白い報告が入っているぞ。アザトースの捕食光景だ」

「捕食?」少しだけ酒で顔を赤くしたゲンが返す。

「捕食としか表現できないんだ」

 スクリーンの映像が変わった。

 紡錘形をしたアザトースの前面が四つに開き、何か輝くものを飲み込んでいる。それは昔の動物動画で見たクジラの採餌風景そっくりだった。

「この段階でイタカが100万キロ先に先行している。強力な磁場を作って太陽風を集めているらしい」

 太陽風とは太陽から放射される元素の流れだ。それ自体は極めて希薄なガスだが惑星よりも大きな面積で集めれば相当な質量に達する。

「そして密度が高くなったガスを後ろから来たアザトースが食う。井坂レポートによるとこの捕食行動の結果、アザトースには補給の問題が一切なくなる。それだけの質量をアザトースは飲み込んでいる」

「悪いニュースだ」ヒューイがげんなりした顔で呟いた。

「そしてもう一つのことが示唆されている。生成された磁場の強度から見て、イタカにはレーザーと荷電粒子ビームは効かないと結論している。強烈な磁場の下ではレーザーは拡散し、ビームは曲がるからだ。役に立つのはレールガンのみとなっている」

「ちょっと待って下さい、司令。この基地の武器にはレーザー砲と荷電粒子砲が半分以上入っていますが」ゲンが慌てた。

「アホウ大将のごり押しだよ」ウーイックが答える。

「そんなバカな。宇宙軍もこのレポートは見ているんですよね?」

「確かにそうなんだが、握りつぶされた。レーザーなどの光学兵器を作っているのはあいつの甥が経営している会社だからな」

 ゲンとヒューイがお互いに顔を見合わせた。

「ついでに言うならば、間抜け大将のアンドリューからは宇宙艦の高機動を生かした戦略を取るべしと通達が来ている。航宙艦に搭載されているエンジンはあいつが大株主だからな。馬鹿大将ホーブからは船の頑丈さについての指摘だ。もちろんあいつには船殻製造会社が背後についているせいだ」

 無言でコップが傾けられ、酒が空になった。新しい酒が惜しみなく注がれる。

「前線で俺たちが命をかけているのにお偉いさん方は自分の金の相談か」ゲンが漏らした。

「他に各国からも励ましのお便りが来ているぞ。この会戦に自分たちの国がいかに役に立ったかのレビューを発表してくれとな」

 ウーイック司令は皮肉な笑みを浮かべると、疲れたようにどっさりと椅子に倒れ込んで呟いた。

「彼らは生き延びるつもりがあるのだろうか。この事態を正しく捉えているお偉いさんは一人もいないのか?」


 しばらくの沈黙。静かにスクリーンは邪神船を映し続けている。

「しかしどうしてこいつらはこんなに遅いんだ? 恒星間移動をしてきたぐらいなんだからもっと速く動けるだろうに。天王星からここまで移動するのに四年もかけている」

 ゲンが当然の疑問を口にした。

「以前の観測情報からの推測では恒星間では0.2光速で動いていたという話だな。四百二十キロメートルもある巨体なのにとんでもない速度だ。ウチの高速駆逐艦でも真似できない芸当だ」

 ウーイック司令が返した。自分で次の酒をコップに注ぐ。

 スクリーンには邪神船の配置が出ている。最後尾に巨大母船アザトース。その直前に球形子船のヨグ=ソトホート。そして最前列に棒状の子船イタカが浮かんでいる。彼らは頑なにその隊形を維持している。

「一番でかいアザトースが補給生産の母船として、丸いヨグはどんな役割の船なのだろう?」

 ヒューイがテーブルをコツコツと指で叩きながら言う。彼が考えるときの癖だ。

 ウーイック司令がキーを叩くとヨグの表面が大写しになった。ここまで接近すると大口径の光学望遠鏡なら明確に見える。

「表面に等間隔に並んだ無数の突起がある。私の考えではこの突起の下にはあの小型艇が潜んでいる。つまりヨグは空母だな」

「空母か。この大きさならあの生体艇の搭載数はいったいどのぐらいの数になる? 一万か、二万か」とヒューイ。

 ゲンが腕を組んだ。

「あの生体艇、トンボたちも厄介だ。羽ばたき、ほら遊弋航法、あれが秀逸だ。我われの反動推進に比べて推進剤の限界が無い。つまり恐ろしく多様な機動が可能ってことだ」

「その代わり最終到達速度はこちらの方が大きい。遊弋航法には速度に制限があるからな」とヒューイが指摘する。

「逃げ足の速さは大事だが、それだけではなあ」

 ウーイック司令が嘆息するとコムを叩いた。今度は邪神船イタカが中央に来る。

「イタカは明らかに他のよりも速い。となると威力偵察を行うための尖兵の役目か」ヒューイが断言した。

「あの棒を見れば分かる」とウーイック。「砲艦だ。間違いない。レールガンの類かビームの類かは謎だが」

 後をウーイック司令が引きついた。

「そう言えばイサカの推測によるとイタカの帆は放熱フィンの役目も持っているのではないかとの話だったな。ビームもレールガンも過熱が一番の問題だから、案外そうかもしれんぞ」

「でもそれなら砲艦が一番前に出ているのはおかしいな」とゲン。手を伸ばして酒瓶を取り、中身を確かめるかのように振る。「もしこれが突撃艦なら速射砲の類だろう」

「あれが速射砲としてもこちらのどの砲よりも大きいな」ヒューイがうんざりした口調で言った。

「いやいや、我々の技術をベースに判断しているがもっと何かトンデモない兵器かもしれんぞ。例えばあれがでっかい槍か何かで、相手に体当たりするとかな」ウーイック司令が混ぜ返した。

「例えそうだったとしても全長10キロの槍なんて冗談じゃない。考えれば考えるほど鬱になる」とゲンが返し、続けて疑問を投げた。

「しかしアザトースが母船、他二隻が護衛艦としても、母船が子船の六万倍の質量がある。普通はほら地球の空母艦隊の護衛艦みたいにもっとたくさんで構成するものだろ?」

「それは確かに気になる。実はもっと嫌な予想がある」とウーイック司令が答えた。

「実はアザトースの中にはもっと多数の子船が格納されているという可能性だ」

「うえっ」それを聞いて思わずヒューイがえずく。

「まあこの異星人については分からないことだらけだ。子船が二隻だけしか姿を見せないのは何かの物理的な原因ということもあるし、あるいは宗教的な理由ということもあり得る。考えるだけ無駄だ」

「陣形も頑なに変えないしな。何もかも謎だ」とゲン。

「まあ近いヤツから撃つしかないな。我ながら芸が無いが」ウーイック司令が自嘲した。

「じゃあ、破壊する順番はまず邪神船イタカ、そしてヨグか」ゲンが指摘した。

「アザトースは?」答えは期待していないという顔でヒューイが尋ねた。

「あれをここの基地の装備で破壊できるとは思わない。なにぶんでかすぎるしな。全長四百二十キロ、想定質量2600億キロトンあるから、アザトースを地球にぶつけただけで人類文明は終末を迎えることになる」

 ウーイック司令はため息をついた。

「こちらで一番大きいのはシーサーペント級宙航巡洋艦か。全長に至ってはたったの400メートルだ」

 ゲンがスクリーンに諸元表を引き出した。

「基本武装はミサイル・ハイブか。中心軸にレールガンが二本。本来は海賊対策用に設計されたものだから武装もこの程度だな」

「グリフォン級も良い船だよ。速度特化なので武装はそれほど強くない。対宙レーザーとレールガン一本。あとは迎撃系ミサイルだけだな」ヒューイが残念そうに言った。「新造の戦艦が間に合ってくれれば良かったのに」

「戦闘機は基本的に宇宙空間戦闘用のみか。爆撃機は流石に運べなかったな」

「この中で一番打撃力があるのは1ギガトンクラスの大型AIミサイルだな。これは有難い」

 感想を漏らしていたゲンの手がドローンの項目で止まった。

「このスクラップ・ドローンはあれだな。ここで急造したヤツか」

 土星観測ステーションにはスクラップの類が豊富にあった。耐用年数を過ぎた往還船は土星に到着した時点で破棄される。地球に戻すための予算が捻出できないからだ。それらはパーツの予備として土星観測ステーションの近くにそのまま係留されていた。これらを改造し、内部に爆発物を組み込んでドローンに仕上げたものだ。爆発すれば内部に詰められた金属のスクラップが周囲に飛散する仕組みだ。

 コップをテーブルに置きながらウーイック司令が訪ねた。

「どれだけ役に立つかは分からんがな、それでもただでは死なんよ。そう言えば二人ともここに来る前はどこにいたんだ?」

 それにはゲンが答えた。

「二人でこの世の最後の名残に木星に観光旅行に出ていたんだ。やっぱり宇宙が恋しくてなあ。それでまあ旅行中に今回の募集の話を聞いて応募した。そのまま木星発の最後の駆逐艦に乗せて貰ってここに来たんだ。本当は他にも適格な候補者はいたのかもしれんが、間に合う範囲にいたのはワシらだけということだな」

「幸運だった」とヒューイ。

「死にたがりめ」ウーイック司令はその皺だらけの顔を歪めて微笑んだ。

「司令こそ」ゲンが返した。

「さあ、このボトルを全部空けてしまおう。残すのは余りにも勿体ない。そのままこの指令室で寝てしまえ。時間が来たらお袋さん・・管理AIが起こしてくれる」

 プラスチックのコップが情けない音を立ててぶつかる。

「やっぱり無理を言ってでもちゃんとしたグラスを持ってくれば良かったよ。これじゃ格好がつかん」

 ウーイック司令は愚痴をこぼした。

「ワシらは明日死ぬんだな」ゲンが話題を変えた。

「不死身と言われたゲンさんでも死ぬのが怖いのか」ウーイック司令が尋ねた。

「いや本当のところ死は恐くない。生涯ずっとそれと向き合ってきたからな。しかしまさか宇宙で死ねるとは思わなかった」

「できれば船に乗ったまま死にたかったが、まあそれは贅沢というものでしょう」とヒューイ。その手が伸びてキーを叩く。

 邪神船の代わりに宇宙に浮かんでいる地球側艦隊の映像が浮かぶ。

「巡洋艦が1、駆逐艦が5、それに汎用型戦闘機が20ほどか。乗組員には若い連中もいるんだろうな。できれば生きて帰って欲しい」

「無理はするなと厳命してある」とウーイック司令。「狙いはあくまでも敵の情報だからな。何かあれば最大速度で逃げてくれるさ」

「ところでこの端に浮かんでいる船は何だ? まるで民間船に見えるが」

「民間船だよ」ウーイック司令は説明した。

「汎銀河友好協会とか名乗っていたな。彼らの主張はこうだな。

 今回の衝突は何かの間違いですべての宇宙人は愛と平和に満ちている、だから話せばわかるはず。

 信じられるかね? 連中はその信念に命をかけてチャーター船で乗り込んできたんだ。わざわざ土星まで来るなら、せめて武器の一つでも運んできてくれれば良かったのにそれもなしだ」

「やれやれ。本気で人類のことを心配しているのは俺たちだけか」

 ゲンは肩をすくめると最後の酒を喉に流し込んだ。



 コンソールで通知音が柔らかに鳴った。ウーイック司令がホロ・ボタンに触れると、新しい画面が開く。そこには老人たち数名が映っていた。

「ウーイック司令。こちら巡洋艦アリスタリアのマザー・ファッカー部隊。出撃準備オールグリーンです」

 短い敬礼と答礼の後に、ウーイック司令の顔が崩れた。

「楽にしてよろしい。ブルマン准尉。懐かしい顔がいるぞ」

 手を振って背後のゲンとヒューイを示す。管理AIがその身振りを解釈し、二人の映像を送信する。

「おう。ナカタにアンジェスじゃないか。お前たちも来ていたのか」ブルマン准尉の顔に驚きが浮かぶ。それにゲンが答えた。

「当たり前だろ。こんな凄いショーに来ないわけがないだろ。宇宙で死ねるんだぞ」

「やっぱりそうか。俺たちも火星のパレードに出るために愛機抱えて輸送中だったんだ。そこへこの募集だろ。これはもう行くしかないと、部隊全員で飛んで来たんだ」

 ニコニコ顔でブルマン准尉が説明した。普段は仏頂面でむしろ寡黙な男なのだが、こちらも酒が入って相当に機嫌が良くなっている。

 実際には飛んで来たなどという生易しいものではなく、途中に補給物資を並行投射させての信じられないほどの強行軍だったのだがそれはおくびにも出さない。伊達や酔狂で通称がマザー・ファッカーとなっているわけではない。

「マザー・ファッカーはまだやっていたんですか」とヒューイ。

「正式名称は教導第七部隊付属パレード小隊だがな。その名の方が通りがよい。

 ああ、上からは退役をうるさく言われていたんだが。教導第七部隊の連中も一緒になって反対してくれてな。まあ若い連中が模擬宙戦でこちらの部隊を負かすことができたらとの条件で続けさせてもらっている。それでまあ、うちの部隊はまだ負け知らずとそういうわけだ」

 隣から別の老人が顔を出した。同じくパイロットのフィズ少尉だ。

「木星駐留軍のアルトマンってパイロットには危うく親父さんが最後の一機になるところまで追い込まれたがな。あいつはそりゃ強かった」

「こら、要らん事を言うな。それにその呼び名は止めろ。俺と十歳も違わんだろう」ブルマン准尉が叱った。

「嘘はいかんよ。嘘は」

「嘘は言っていないぞ。負け知らずは本当のことだからな」

「そこじゃない。歳だ。歳。親父さんの方が十一歳も年上だろう」

「そんなものは誤差だ。誤差。今度からはお兄さんと呼べ」

 老人たちの間からどっと陽気な笑い声が上がる。


 柔らかな着信音と共に新しい画面が開く。

「駆逐艦ミルドラル・ベータからです」

 艦長の認識票をつけたこれも老人の顔が覗く。続いていくつかの新しい画面が開く。いずれも駆逐艦の艦長たちだ。

 総勢四名。

「駆逐艦アドラからの通信が来ないな?」

 ウーイック司令が指摘した。

「ああ、五分ほど後の時間を通知しておいたんだ」艦長の一人が説明する。

「ウーイック司令に相談がある」

「呼び捨てで構わんよ。儂らはいずれも退役兵だ」

「相談というのはそこなんだ。駆逐艦アドラだけはわしらのような退役兵ではなく現役の若い連中が乗っている」

 別の画面の艦長が口を挟んだ

「アホウ大将の差し金でな。死ぬのは俺たち年寄だけでいいというのに。あのアホウ、ろくでもないことをしやがる」

「そういうわけでな。アドラだけ後方待機に回してくれないかと言いたかったんだ。若いのをあまり危険な目に会わせたくはない」

 ウーイック司令は少しの間考えてから答えた。

「儂も救助と補給担当に回そうと考えていたんだ。よし、Dポイントに配置しておこう」

「助かるよ。それだけが心残りだったんだ」駆逐艦の艦長たちが目に見えてほっとした。

「じゃあみんなで三バカ大将の面白話でもして盛り上がるか。誰か新しいネタないか?」

「あるぞ。あのアホウ大将の野郎、今回のこの土星遠征でレーザー砲を売り込むために賄賂をばら撒きまくったという話だ」

「またか。あのバカ。ちっとも懲りておらん。俺の部下だったときはさんざん根性を叩きなおしたつもりだったんだがなあ」

 わいわいと騒いでいる内に駆逐艦アドラと回線がつながり、明日の戦の戦術についての議論となった。


 こちらの指令室の三人は優しい目でこの光景を見ている。全員が長い間の宇宙軍生活での戦友なのだ。

 そして明日、共に死ぬ仲間なのだ。

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