第1話 (2)
流れるように過ぎ去る木々と澄み渡るような空。頬を撫でる風が心地いい。
平凡な馬車に乗ってる俺ちゃんの隣には、毛むくじゃらのおっちゃんが馬の手綱を握ってる。荷台にはアイとツキが積まれた木箱の上に横並びで座っていた。
文明の利器って最高だね。歩いて町まで行こうとしてた自分が恥ずかしいよ。
え?状況が分からない?そりゃそうだ。
今、俺ちゃん達は行商人のおっちゃんの馬車に乗せてもらってる。
何でかって?理由は簡単だ。
俺ちゃん達は出発してからすぐに、石畳の道を見つけたんだ。
元々、ここには町に続く舗装もされてない地面を固めただけの道があったんだけど。この成長具合を見るに、俺ちゃんが行かなくなってから町もだいぶ成長したんだと思った。
「──助けて~‼」
そうやって昔を懐かしんでいたら、急に俺ちゃん達の背後から激しい地鳴りがしたんだ。ついでに野太い悲鳴も聞こえてきた。
皆で振り返って先の方を目を凝らして見た。そしたらなんと!馬車が
馬車の御者は必死になって手綱を操てて、その泣きそうな顔を見ちゃった俺ちゃんは我慢できなくて助けに行ったんだ。
走りながら護身用に持っていた槍を服の裾から出してさ、走った力と腕力を槍に伝えてぶん投げた。
ぶっ飛んだ槍は見事、
いつもの体だったらもっと槍が速かったし、瞬きしないうちに壊せたはずなんだけどさ。
今の体は、まずスカートが動きにくいし体の作りから全然違うから衰えてる。今度から、この体の時はショートパンツにしよかな?
まぁでも、
俺ちゃん達は御者のおっちゃんにとても感謝されてお礼として馬車に乗せてもらうことになったわけ。
どう?俺ちゃんの説明分かりやすかったでしょ。さすがだねって褒めてほしいなー。
ま、そんなこんなで石畳の道をおっちゃんの馬車が俺ちゃん達を乗せて進んでる。
偶然馬車に乗せてもらえることになって俺ちゃん達、凄く運が良いと思った。
俺ちゃんとアイは疲れ知らずだけどさ、ツキは生身だから。楽ができるに越したことないよね。
当初の予定だったら、ツキが疲れるまで森を歩いてピクニックを楽しんだ後、俺ちゃんが二人を肩に担いで町まで爆走する計画だったんだ。無茶だと思うでしょ?でも俺ちゃんならできちゃうから…そんなに見たいなら今度見せてあげるよ。ちゃんと覚えておいてね。
それでさ、御者のおっちゃん改め行商人のおっちゃんも、こんな訳ありそうな三人組の事情を聴かずに乗せてくれるなんて優しいと思わない?
でも、その対価なのか、一人での長旅で寂しかったのもあるのか、おっちゃんの話す口が止まりやしないんだ。
名前はアンチョビ、どっかの地方の山の名前と同じらしいとか。
自分の身長がデカくて威圧感があるし、毛深すぎてモテないだとか。
本当は自分の店を持ちたいけどお金が無いから行商人をしているとか。
話題が頭の中から自動生成されてんじゃないかって疑いたくなるよ。もう頭に穴が開きそうなぐらいずっと喋ってんの!
そこん所は…少し後悔してる。
だって、ツキとアイは二人で笑いあって楽しそうにしてるんだよ!俺ちゃんは毛むくじゃらのおっちゃんと御者台で二人きりさ。この格差は何だよ!
「あんな所に壁があるよ!」
そうやって、俺ちゃんが心中で愚痴ってると、ツキが森を抜けた平原の向こうに巨大な壁を見つけた。
平原にぽつんと立つ雲を突き抜けんばかりの白い壁。
たしか、俺ちゃんが昔行った時にはあんな壁はなかったはず…。
俺ちゃんは不思議に思って、今だにずっと喋ってる熊おっちゃんに質問した。
「おっちゃん。あの壁はなに?」
「え?…モモさん何言ってんですか?あの壁の向こうがエリン共和国ですよ。まさか知らずに目指してたんですか?この世界の常識ですよ」
「あー、向こうに古い情報しかなくてさ。たしか、前あそこにあったのはエリンギて町だったよね?」
「そりゃ、ずいぶん古い情報ですね~あの国が町だったのは二百年程前ですよ。いったい、お嬢さん方はどこから来たんだか…」
「…すごい遠い所からだよ……それはそれは遠く果てしない場所に、ある王国があったんだ───」
とりあえず、おっちゃんが訝しげにこっちを見てきて面倒だったので、適当な物語でごまかした。
俺ちゃんの口から滑らかに飛び出す、とある国の悲しいラブロマンス。おっちゃんとツキは目をキラキラさせて聞いている。(アイは冷めた目を向けてるけど、その美声で盛り上げてくれてる)視聴者にそんな顔されたら語り部として気合が入るってもんだ!。
とうとう俺ちゃんは立ち上がって身振り手振りも入れて、体全体を使って物語を語る。それはどんどん壮大で幻想的な世界観を作り出していった。
俺ちゃんは語りながら思考を分割して、壁の向こうにあると言われたエリン共和国なるものに思いを馳せた。
町から国になるなんて、ずいぶん出世したもんだと感心してる。
前来た時は酪農が盛んなただの町だった。
何年か滞在して知り合いもできて、それなりに楽しかった覚えがある。
まぁ、もう二百年ぐらい経ってるらしいから知り合いの、しの字もないと思うけど…。
ああ、駄目だねー、年取ると浸る思い出が多すぎて時間があっという間だよ。
朝から昼に、昼から夜に変わっていく。長いと思ってた道中は振り返れば案外短いものだ。
馬車は俺ちゃんの足よりだいぶ遅いから目的地に着くのに一日かかったよ。でも、悪くない時間だった。
あんなに遠くに見えてたはずの壁が今は目の前だ。
門のそばで軍服を着た門番達が検閲してる。
俺ちゃん達が進んでた道、門の前からズラリと様々な馬車が列をなしていた。
裕福そうな恰幅の良い商人や偉そうな貴族さんまであらゆる人がごった返してる。あれは?二輪駆動の自動車じゃないか?今はずいぶん文明の差があるんだな。
俺ちゃん呆気に取られちゃったよ!この国は予想以上に大国らしい。
俺ちゃん達が乗ってる馬車も列の最後尾に並んで待った。
そしたら、1時間ほどで俺ちゃん達の番になったんだ。この国の門番は優秀だね。
門のそばに居た門番が近づいてくる。
「おお!おはようございます。今年も商いをやりに来ましたアンチョビです。どうぞよろしくお願いいたします」
「おい、何人だ」
「四人です。いや~今年もこの時期は暑いですね~私、汗が止まりませんよ!ハハハ」
ずいぶん冷たい態度の門番に少し驚いちゃったよ。仕事だからでもこんなに冷たい態度とるかな?こんなもんか。
(おっちゃん、この国の門番ていつもこんな感じなの?)
(ええ、大体こんなもんですよ。私は商いが出来れば何でもいいので気にしないですけどね)
(おっちゃん…あんた案外こころが強いんだな)
俺ちゃんがおっちゃんと小声で話してたら荷台を確認していた門番がこちらに近づいてきた。その顔は心なしか苛立っているようだ。
「おい、剛毛商人。報告より人数が足りないが。虚偽の報告は反逆罪で投獄だがどうする?」
「おーと?すいません。どうやら長旅で疲労が溜まったようです。これで許してくださいますか?」
おっちゃんはそう言ってニッコリ笑顔で御者台から降りて、その巨体で門番を隠し周りに見えないように門番の手に金貨の詰まった袋を渡した。賄賂ってやつだな。
「…虚偽の申請はされていなかった。ようこそ我が国に法律や商人組合のルールの説明はいるかい?」
「大丈夫です。毎年来ているので、もう法律を
「…それと荷台に乗ってる二人はお前の仲間か?」
「そうですね…仲間です。ちょうどこの道を通る時に意気投合してこれから一緒に商いをしようと約束したんですよ」
「そうか…通っていいぞ」
何とか、おっちゃんの気転のおかげで問題なく入国することができた。
(おっちゃん!良いのかよ。見ず知らずの俺たちを仲間だって言ったら、何かあったときおっちゃんもヤバいことになるぞ)
(いいんですよ!いいんです。命救われてますし女性の手助けをするのが紳士の務めですから!その代わり祖国を取り戻した暁には私の名前を刻んでください!)
(…そりゃもちろんだよ…刻む刻む、刻みまくる)
……ごめんねおっちゃん、そんな国存在しないんだよ。
ホント、おっちゃんは心が広いな~見ず知らずの俺ちゃん達を仲間と言ったら、それだけで何か事件があった時は連帯責任になっちゃうのに流石紳士。サスシだ。
それにしても、さっきの門番とのやり取りで一つ気がかりなことがあった。
人数が少ないって、どういうことだ?
ふと、疑問に思った俺ちゃんは門をくぐっている間に、馬車に乗っている人数を数えた。
だけど何回数えても四人なんだよな~あ!もしかして俺ちゃんが美しすぎて見えなかったとか⁈あり得るな、へへ。
そんなくだらないこと考えてる間も馬車は進んでる。
門の中、暗闇を抜けた瞬間に眩い光が俺ちゃんの目を照らした。
「わ、めっちゃまぶし!」
「あぅ、まぶしいー」
「…そうですか?」
「ハハハハハハ!」
俺ちゃん達の三者三葉の反応の見たおっちゃんは楽しそうに笑ってる。絶対この反応はこうなるって分かってたやつの反応だ!
「おい!おっちゃんこうなるってわかってただろ⁈」
「ハハハハ…いや~すいません。出会った時からおっちゃん!おっちゃん!て弄られたので仕返しです。ハハハハまぶし!ハハハハハ」
「む…おっちゃん案外、意地悪い奴だな!」
「あぅ、まだ目がくらくらするよ~」
「大丈夫ですかツキ?辛いなら膝枕しましょうか?」
どうやら、さっきの光は門の前に置かれた時計塔の時計が月光を反射してできたものだったようだ。
あーまぁ嫌な目にあったけど、この国の町並みは美しいものだった。
完ぺきに計測されて一分のズレもなく整列した白い建物達。
それらを色とりどりに彩る鮮やかなヒカリ達。
道は何の素材だろ?真っ白い石?かな。表面がザラザラしてて馬車が進みやすそうだ。
その道の最奥には雲を突き抜けんばかりに巨大な樹木がひときわ存在感を放っていた。
なんだあの巨木。でかすぎだろ!あんなに成長する植物、今まで見たこと無いぞ。
巨木を見たツキは荷台から御者台のほうまで身を乗り出してきた。テンション爆上がりツキも可愛いもんだ。生き物としての可愛さが天元突破してる。人間てこんな可愛かったんだな。
「…すごい!見て!すごいよ!キレイ‼」
「ツキ、あまりはしゃぎ過ぎると馬車から落ちちゃいますよ。私のお膝にお乗りください」
「アイも危ないかもしれないから俺も隣に行こうか?」
「………結構です。あなたは私とツキの隣に居たいだけでしょ?」
あらら、断られちゃった。手助けは要らないってさ。
俺ちゃん達が話している間も、この馬車はそれ専用の駐車場まで進んでる。
馬車をそこに停めたらおっちゃんとはお別れだ。
「おっちゃん、俺たちをここまで連れてきてくれてありがと!」
「「ありがとうございます」!」
その言葉を聞いたおっちゃんは目を丸くしたけど、すぐにこやかな表情に戻って笑った。
「助けていただいたので当然ですよ。商人は借りを返さないとむずがゆくなっちゃうので。でも助けが欲しかったらいつでも呼んでください。あなた方の国の名誉商人になるために頑張りますよー。ハハハ!」
そんなこと言って頬っぺたが少し赤くなってるの俺ちゃん見逃してないぜ!もしかして照れてるのかな~?へへ。
馬車が門から程遠い市場のような場所に止まった。
馬車が駐車場に着いたので俺ちゃん達は馬車から降りておっちゃんに別れを告げた。この素敵な出会いに感謝が溢れまくりだ。
おっちゃんは俺ちゃん達の姿が見えなくなるまで手を振ってた。
「モモちゃん!アイちゃん!また会いたいね‼」
「そうだね~」
「良い方でしたね」
朗らかに笑うツキの頭を俺ちゃんとアイは優しく撫でた。待って!可愛すぎない⁈天使じゃん天使。可愛すぎて涙が止まらないよ。あ!オイルだった。
「よし!もう遅いから宿屋を探そう。親探しは明日」
「うん!」
「賛成です。もうすぐツキの眠る時間ですから早く探しましょう」
意気込み新たに俺ちゃん達はとりあえず宿を探すことになった。
しばらくこの国で生活するための拠点も欲しいからね
真っ白い道を三人並んで道を歩いた。
建物は広い通りに沿って建っていて、どの建物がどういう施設なのか、または住宅なのかは扉のそばに付けられた光る看板を見ればすぐわかった。
「何々、ほんとに綺麗なる美容院?ほんとかなー」
「えっと…おしょくじどころ?あの白いの美味しそうだよ!」
「道行く人に聞きましたが宿はここの通りを曲がったところにあるらしいですよ」
「「流石アイ」ちゃん!」
天才AIのアイ様によって俺ちゃん達は宿の前までこれた。
宿にもでかでかと看板に癒しの宿と書かれてて、めっちゃ分かりやすいものだった。
この宿も周りと一緒で真っ白だ。
俺ちゃん達は宿で手続きを済ませて割り当てられた部屋に入った。
とりあえず十日ほど借りてみた。値段は一泊120オン、この国では割と安い値段らしい。
日にちがこれ以上必要そうだったら、その都度また借りればいいでしょ。他の客もいなさそうだし借り放題だった。店の人が久しぶりの客だと喜んでたよ。
驚くことに内装も真っ白だった。色の塗り忘れかな?でもベットは二つともふかふかだし、食事は一階の酒場で提供されるらしいのでお得だね。
アイが、家から持ってきた食料を
俺ちゃん、道ですれ違う人たちとぶつかるんだよ。
一回だけなら不注意で済むんだけど、それが何度も起きるんだ。まるで存在感が無いみたいに扱われてる。
それじゃあ、国民は皆冷たいのかって言ったらそうじゃない。ツキとアイが交流した誰もが柔和な笑顔で反応してたし、二人も楽しそうだった。俺ちゃんだけが無視されてんだよ。
なんだ?この国には旅行客の一人を無視する法律でもあるのか?体は痛く無しむしろ頑丈過ぎて逆にあちらさんの方が吹っ飛んでるけど…。とりあえず、無視される対象がツキじゃなくて良かったよ。
俺ちゃん達は一抹の不安を感じながら、食事を済ませてツキが眠りについた。
何がどうであれ、明日はツキの親探しだ。鬼が出ようが蛇が出ようが必ず俺ちゃんが解決しよう。
決意新たに窓の外を見た。
建物の壁に反射した色とりどりの鮮やかな光が、国の中央にそびえたつ巨木を照らしている。
そんな幻想的な風景を何故か懐かしく感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます