第36話 月光に照らされた密会

「もしかして朝比奈くんも眠れないの?」


「あ、うん」


 突然話しかけられ、反射的に話を合わせてしまった。


 姿は見えないけど、多分夢さんも俺と同じ椅子に座っているんだろう。今にも眠りそうな声をしている。

 

「私さ。友達と旅行なんて初めてでさ、ちょっとハイになってたかも。日中、食べ歩きに付き合わせちゃってごめんね」

 

「謝らないで、よ。楽しかったし……」


「そう?」


 ちょっと嬉しそう。


「うん。俺もこういうの初めてだったけど、夢さんと一緒に食べ歩きできてよかった」


「へへへ。そんなこと言ってもなにも出てこないぞっ」


「本心なのに……」


「とか言っちゃってぇ〜?」


 このやり取り、さっきチャットでもしたな。

 よほど本心を言わせたのを引きずってるのか。


 まぁ、俺は本当に何かを期待してるわけじゃないんだけど。


「朝比奈くぅ〜ん。嘘は良くないよぉ〜」


 角砂糖10個入れたコーヒーのような、さっきと比べ物にならないほどの甘い声。

 

 眠そうだったから寝ぼけてるのか?

 いつもだったらこんな声、絶対出さないのに。


「嘘じゃないって。俺、夢さんの前で嘘ついたことないんだけど」


「へぇ。じゃあ「可愛い」って言って?」


 この人……。やってやろうじゃないの。


「可愛い」


「ひょっ!」


 変な声が聞こえてきた。

 よし。この勢いだ。


「可愛い」


「ひゅっ!」


「可愛い」


「にゅっ!」


 そしてここでトドメの一撃。


「俺、夢さんの前で嘘ついたことない」


「へっへっへっへへへへ……」


 大切なネジが外れたような声を垂れ流している。


 挑発してきたのは夢さんの方だし。

 これは俺の勝ちだな。


「朝比奈くん、かっこいい」


「っ」


 甘い声のまま言うなんて、不意打ちにも程がある。


「実は私も朝比奈くんの前で嘘ついたこと一度もないんだよね」


 言ってやったぞ、と自慢げな顔をしてそうだが。

 さすがにこれは俺に対抗して言ってることだとわかってるので、さっきの夢さんのようにはならない。


 ここはやり返さないと負けた気がして気持ちよく眠れないな。


「本当に嘘ついたことないの?」


「えっ? な、な、な、ないけどっ!?」


 いや怪しすぎるでしょ。


「本当? 俺、夢さんに嘘つかれてたら悲しい……」


「隠してることなんてないよ? なんでそんな疑い深いの? 私のこと嘘つく人だって思ってるんだ」


「あっいや。そういうわけでは」


「へぇーへぇーそうなんだ。そうだったんだ。じゃあこれも嘘だと思う?」


 夢さんは俺の様子をうかがうように一呼吸おき。


「好きだよ」


 小声だったはずなのに、俺の耳には鮮明に聞こえた。


「「…………」」


 本気で言ってるのか?

 いや。片思い中なのはショウのはず。眠たくなって適当にからかわれてるだけだろう……。


「嘘ですよね?」


「…………」


 真偽を聞いたが声は帰ってこず。

 かわりに寝息のような音が聞こえてきた。


「まじか」


 最悪のタイミングで寝られたんだけど。


 からかってるだけなのか?

 俺がショウだって知っていて言ったのか?

 それとも……本当に俺のことが好き?

 

 明日聞くにも恥ずかしくて聞けるわけがない。


 全く。夢さんはずるいな。

 

 

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