第34話 お願いルーレット

「おぉ〜! おいしそぉ〜!」


 周りにあった温泉を一通り満喫し、いつの間にか夕食の時間になっていた。

 

 もうテーブルの上に海の幸や山の幸など、普段食べることのないような豪華な料理が並べられている。

 

 あとは食べるだけだが、雷也が不機嫌な彼女に連れ出され部屋を出ていったので今はそれ待ち。

 

「あ。かわいそうなネッ友に飯テロするため撮らないと」


 さて。どうしたものか。

 正面に座る二人はいつになったら帰ってくるんだろう?


 桜井さんの独り言があるおかげで、なんとか静かな空気になってないものの。


 温泉のせいで火照った顔、いい匂い。

 この2つでただでさえ正気を失いそうなのに、それに加え浴衣を着こなされると目のやり場に困る。

 

「なかなか二人帰ってこないね」


「……ですね」


 桜井さんはバッと突然俺に目を向け。


「暇つぶしにいいこと思いついたんだけど、やってくれる?」


「やります」


 ニヤッと一瞬笑い、スマホの画面を前に出してきた。


「名付けてお願いルーレット。このルーレットで矢印が向いた人が、相手にお願いできるっていうやつなんたけど……」


「命令ではないんですね」


「うん。お願いだよ」


「いいですね。やりますか」


「よしっ」


 お願いなんて気持ちの問題。

 拒否できるのなら、ノーリスクだしいい暇つぶしになりそう。


「おっ私に向いたね。じゃあお願いなんだけど……下の名前で呼んでくれない?」


「…………」


 こ、これってお願いだよな?

 

「お願い。普段から名字じゃなくて、下の名前で呼んでほしいな」


「…………ゆ、めさん」


「へへへっ。ありがとっ」


 あれぇ?

 俺、桜井さん……夢さんにお願いされると拒否できない体になってるかも。

 このままではまずい。今のお願いは優しかったけど、次のお願いはどんなことをされるかわからない。


「あ、また私だ」


「確率操作してません?」


「し、してないしてない! そんなことするわけないじゃん」


 これでもかと言うほど目が泳いでる。

 あやしい。思い返せばこの暇つぶしを提案してきたとき、すでにルーレットができてたから余計あやしい。


「次のお願いは敬語をやめること!」


「それはさすがに無理ですよ」


 思わず即答した。


「私たち結構仲良くなってると思うんだけど、敬語を使われるとどこか距離を置かれてる気がして……」


 そんな悲しそうな顔を向けられたって敬語はなぁ……。


「俺が桜井さんにタメ口で喋るなんて、そんなおこがましいことできません」  


「同級生なんだけどね」


「でもS級美少女です」


「なにそれ?」


 あっ。この呼び名、男しか知らないんだった。


「とにかく無理なものは無理ですよ。お願いなので、無理ってことでいいですよね?」


「……うん。そうだよね。お願いだもんね」


 涙ぐんだ瞳で上目遣いをしてもこのラインを引くことはで、き……無理だ。


「わかりまし……わかった」


「お、おぉー!!」


「これでいいんです、いいんでしょ」


「おぉー!!」


 タメ口になったのがよほど嬉しいのか、ニコニコする夢さ……夢さん。

 さん付けじゃなくするのはタメ口とはちょっと違う意味だし無理だな。


「朝比奈くん朝比奈くん。もうルーレット回していい?」


「やめま、やめよ。ダメ。それ。本当に。ダメ。確率操作。ダメ」


「ははっ! ロボットみたいになってる」


 必死にタメ口で喋ってるんだけど、大爆笑されてる。


 クソ……。ここで敬語に戻して、名字で呼ぶようなカッコ悪い真似できない。

 でも、すでにロボットになっちゃってカッコ悪いし、お願いだからいっそやめちゃえば……。


 ニコニコしながらスマホをいじってる桜井さんを横目に、一人そんな葛藤をしていると。


「戻ってきたよ〜」


「しょ、翔太ぁ……」


 二人が帰ってきた。


 雷也の顔が引きつってて、無理やり笑顔を作ってる。

 一体何があったのやら……。絶対混浴に入ったのがバレて怒られてたんだろうけど、俺は何も知らない。


「「「「いただきます」」」」

 

 その後、ちょっとギスギスしていたが俺たちは豪華な料理をたらふく食べた。

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