第32話 言いたかったこと

「焼き立て食べたの人生で初めてだけど、想像の100倍おいしい! 朝比奈くんもこれ、おいしいって思うでしょ?」


「めちゃくちゃおいしいです」


 俺たちが歩きながら食べているのは、焼きたてのせんべい。

 

 ゲームセンターを出たはいいものの。桜井さんはどこに行くのか一切決めてなかったらしく、俺の提案で街を散策することになった。

 

 今食べ歩きしてる場所は、おそらく街でかなり栄えている商店街。

 同じように旅行に来ている観光客がチラホラ見える。近くに空港があるためか、外国人の集団が多い。

 

「あ、こっちは串焼きだって。買ってかない?」


「いいですけど、最初の団子を合わせるともうこれで3店舗目なんでそろそろ……」


「だね。買いすぎても食べきれないもんね」


 そうして俺たちは商店街を出た。のだが、両手に食べ物を持っていてどうしようもない。

 すれ違う通行人に奇妙な目で見られながらも、休憩できる高台へ目指し歩き進めた。



  ▲▼▲▼



「冷めちゃってるけど、これもまた美味美味」


 桜井さんはベンチに座り、早速串焼きを口いっぱいに頬張った。

   

 幸せそうな顔で食べてるところを見ると、こっちまで口いっぱい食べたくなっちゃう。


「あははっ。朝比奈くん、ほっぺたにタレついてるよ」


「桜井さんこそついてます」


「え」


 お互い平然を装いながらハンカチでタレを拭き。

 見晴らしのいい景色を眺め、風に揺れ奏でられている葉の音に耳を澄ましながら。

 俺たちは特別なにか喋ることなく、買ったものをせっせと口に頬張った。

 

 やがて両手に持っていた食べ物は無くなり。

 何も喋っていなかったことから、俺はベンチに体重をかけくつろぎ始めた。


「朝比奈くん」


 一息ついたとろこで、桜井さんが顔を覗き込んできた。


「な、なんですか?」


 いつになく真剣な顔。


 反射的に姿勢がよくなった。


「ずっと言おうと思ってたんだけど、中々言うタイミングがなくて……。あっ、そんな身構えるようなことじゃないから気を楽にして聞いてほしいかも」


 姿勢を元に戻す。


「あのさ」


 普段と雰囲気が全然違う桜井さんはさっきから俺のことをじっと見てきて、中々口を開かない。


 なんでそんなもったいぶるような言い方するんだ?

 まさかまだ顔にタレでもついてるのか?


 そんな俺の疑問を取っ払うように風がなびき、ゆっくり口が開かれる。


「いつも、ありがとう」

 

「…………」


 それは、今まで見たことない優しくほころんだ顔で。

 

「気兼ねなく喋れるのは朝比奈くんだけだよ。本当に……。朝比奈くんと出会ってから、白黒だった世界に色づいたの。だから、ありがとう」


 それは、まるでショウの方にも言ってるようで。


「なんか恥ずかしっ」


 こんなとき、ネットだと相手の気が利いたことを返せる。

 でもこうやって表情、声、感情がストレートにこられると話は別。

 心臓が槍で突き刺されたみたく、全然声が出てこない。


「?」


 目を合わせず、一切反応できてないせいで不審がられてる。


「こ、こちらこそ……」


 自分でも思う。なんて情けない返答!

 もう無理。これが今の限界だ。


「いや。こちらこそ」


「いえ。こちらこそ……」


「いやいや。こちらこそだよ」


 何なんだこのやり取り。


「ぷっ。なんかネットでいつもやってるノリみたい。朝比奈くんもネッ友とこういうくだらないことしてる?」


「してます。面白いですよね」


「ね」


 桜井さん、俺にリラックスしてほしくてあのノリしてくれたのか?

 それともただノリをしたかっただけ?

 どちらにせよ、桜井さんは俺の心を揺さぶるのがうまい。

 

「あー……。高台まで登るの結構疲れたし、そろそろ温泉入りたくなってきた」


「ですね」


 まだ早いかもだけど雷也に連絡しとくか。

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