第30話 青春っぽいこと
電車を降りた俺たちは、知らない街に興味津々だったが温泉旅館まで歩き。
到着したその旅館は、ホラー映画で出てくるようなどこか不気味なオーラを放っていた。
「あ、朝比奈くん。私の本能がものすごくこの旅館に泊まらない方がいいって、叫んでる気がする」
「偶然ですね。俺も同じです」
別の旅館にしないか、と提案しようとしたとき。
俺はふと、電車で雷也から言われた魔法の言葉を思い出した。
最終的に桜井さんが提案したが、3対1でその案は却下された。
その後俺たちはやけに雰囲気のある女将さんに部屋へ案内された。
部屋分けは男女別々。
夕食は男部屋で集まって食べるらしい。と、言っても夕食までまだまだ時間がある。
「よし。行くか」
俺は雷也の言葉に桜井さんが温泉好きということもあり、近くにある様々な温泉を巡るのかと思っていたが。
バスに揺れ、到着した場所は温泉ではなく……。
「なんで海なんだよ」
周りには人っ子一人いない。
それもそうだ。一般的に海に入って遊ぶのは7月頃からと言われている。5月中旬の海なんて、いくらなんでも早い。
「なんでって聞かれると……そこに海があるから」
「季節外れだし、何も言われなかったら水着とか持ってきてないんだけど」
「何も海に入って遊ぶとは言ってなくね? ほら、この潮風……最高じゃん」
雷也はそう言い、砂が靴に入ることを一切気にせず波打ち際へ走っていった。それに続き、桜井さんの友人の彼女も走る。
まだ少し風が冷たいというのに元気なことだ。
「朝比奈くんは行かなくていいの?」
石の階段に座っている俺の隣に桜井さんが腰を下ろした。
「行かないですよ。桜井さんの方こそ行かないんですか? あの二人、青春って感じがしますけど」
「たしかに。でも、私はここにいたいかな」
「……そうですか」
優しく微笑みながら言われ、上手い言葉が出てこなかった。
今の言い方、あざとすぎるでしょ。
寝不足で頭が回ってなくてもそれくらいはわかる。
こんなこと、前までは考えもしなかった。
こういうことを考えてしまうのは、色んなことが重なって色ボケしてるからなのか?
俺はそんなこと思い、一人悶えていると。
カシャ
隣からシャッター音が聞こえてきた。
「っ!」
「へへへっ」
桜井さんがニヤニヤしながら撮った画像を確認してる……。
「あの、これって盗撮って言いますよね?」
「うん。後でラインに送っておくね。普段考え事をしてるとき、どんな顔をしてるのか知らないでしょ?」
「…………ありがとうございます」
「ちゃんと保存しとかないと」
ただ口に出してるだけかもけど。いつかした、ドリームを煽るチャットと似てるものを感じる。
カシャカシャ
桜井さんが撮っているのは俺ではなく、正面に広がる青い海。
上手く撮れないのか、渋い顔をしてる。
「これさ。一人ぼっちでかわいそうなネッ友に送ろうと思うんだけど、いいと思う?」
見せてきたのはきれいな海の画像。
なんで渋い顔をしてたんだ?
「海を見て私とは別の世界に住んでると勘違いして、もうチャットしなくなるとか……」
「そんなことないと思いますけど。海なんて見ようと思えばネットで見れますし」
「そっか。そうだよね。きっと大丈夫なはず!」
この人、俺がそのネッ友だってわかってて煽ってるんじゃないだろうな?
「よし送信っと。じゃあ私たちも遊ぼっか」
「え……あ、いや。俺はここで座って待っときます」
「あの二人はイチャイチャしてるし。朝比奈くんがいないと私、遊べないよ」
桜井さんはそう言い、立ち上がって手を差し伸べてきた。
旅行に誘われたときといい、どうやら俺は桜井さんの頼みに弱いらしい。
差し伸べられた手は冷たい潮風に当たり、冷たかった。
「なにしよっかなぁ〜」
立ち上がりその手を振りほどこうとしたが、ギュッと握りしめられているせいでほどけない。
「騒いだりしませんからね」
「海水掛け合いっこしよ!」
「しませんからね!!」
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