第28話 ただならぬ関係

「最近どうなんだ?」


 以前聞いたことのあるような質問が、なんの前振りもなく後ろから投げかけられた。

 

「どうもなにも、普通だよ普通」


 最近桜井さんと色々あったけど、特別変わったことはない。強いて言うなら、ちょっと距離感が近くなったくらいだ。


「なわけないでしょ。翔太、いくら俺が噂に流されやすくとも流石に普通って返すのはどうかしてると思うぞ」


 雷也は呆れたようにため息をついたと思えば、どこか楽しそうにニヤニヤして、俺の隣りにいる桜井さんに目を向けた。

 

「お前たち、一体何があったらこんな変わる?」


 変わるようなことした覚えないんだけど。


 距離感が近くなったってだけで、それが顔に出てるのか?


「なんなんですかあなた。もう一生喋りかけてこないんじゃなかったんですか」


 雷也の質問に最初に答えたのは、ゴミを見るような目をした桜井さんだった。


「ひっ。い、いえ。桜井様に喋りかけたわけではなくて、今のは独り言のような……」


「じゃあ目を向けないでください。不愉快です」


「ごめんなさい!」


 雷也は涙ぐんだ声で謝り、何度も何度も机に額をこすりつけた。


 こいつ、少し前まではちゃん付けだったのに。女の子は自分の手の平の上だ、みたいな顔してるくせに。

 そっちこそなにがあったら様付けするようになるんだよ。


「翔太、ダブルデートで今週末一泊二日の旅行行かないか?」


 落ち着きを取り戻し、すっかり額が赤くなった雷也は誘うのがさも当然かのように旅行の誘いをしてきた。


「ちょっと待て。いつ俺に彼女ができたんだ」


「とぼけんなって。桜井様がいるだろ?」


「……今さっきめちゃくちゃ空気悪かったのに、よくそんなこと言えるな。すげぇよ」


「俺の彼女がどうしてもって言ったから仕方なくだな」


「なんですか旅行って」


 聞き耳を立てていたらしく、引きつった顔をしてる桜井さんが会話に入ってきた。


「彼女から聞いてませんか? 彼女が俺と彼女と翔太と桜井様の四人で温泉旅行に行こうって、言い出したんですけど……」


「待って。今、温泉旅行って言った?」


「は、はひっ!」

  

 高圧的な問いかけにビビり散らかす雷也をよそに。

 桜井さんは引きつった顔から一変し、無邪気な子供のようなわくわくが隠しきれてない顔を俺に向けてきた。


「朝比奈くん。温泉だって温泉」


「らしいですね」


 温泉という言葉に過剰反応し、興奮で俺の服を引っ張ってきてる。


 おかしいな。さっきまで味方がいたはずなのに、いつの間にか3対1になっちゃった。


「夢ちゃん、そろそろ温泉行きたいって言い出すと思って先に計画しておいたの」


「さっすが。私のことわかってるぅ〜」


 桜井さんとその友人は何も言わず意思疎通できていたことにひとしきり喜んだあと。

 まるで獲物を定めるようにぐるっと首を回し、俺をロックオンした。


「お、俺は温泉にあまり魅力を感じてないので、3人で楽しんできてください」


「朝比奈くんがいなと楽しめないなぁ〜」


 何なんだその言い方は。

 捉え方によっては、すでにただならぬ関係だと言ってるみたいなんだけど。あ、すでに雷也、勘違いしておどおどしちゃってるよ。


「3人で行かずに、一人で温泉に行くっていう方法もあるんじゃないですか?」


「4人で行くのって、いかにも青春じゃない? 私こういう青春っぽいこと一度もしてこなかったから、してみたいの……」


 上目遣いで懇願してきたせいで俺の心は鷲掴みにされ。

 

「……わかりました。俺の負けです。行きますよ」


「やったっ」


 結局、桜井さんの説得に折れ。

 

 しぶしぶ一泊二日の旅行に行くことになった。


 旅行中、よからぬことが起きなければいいんだけど……。

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