第21話 打ち上げ
「中間テストお疲れ様でしたぁー!」
「おつぅ〜」
広々とした部屋。そこでジュースが並々入ったコップがカチン、と鳴った音が響いた。
これは、近くに電源が入ったマイクをおいてたせいだ。
そう、ここはカラオケ。
十数人でも余裕を持って遊べる広い部屋にいるのは、俺と桜井さんの二人だけ。
勉強会に来てた雷也たちと一緒に打ち上げするつもりだったが、断られてこの状況。
ちょっと前だったら気まずいって思ってるだろうけど、今は不思議と楽しみで仕方ない。
「先になにか歌う?」
「あー……どぞどぞ」
打ち上げ場所をカラオケに指定したのは俺だけど、まともに歌えるのはアニソンくらいしかない。
「おっけぇ〜。じゃあ遠慮なく一番最初に歌っちゃおっと」
ノリノリな桜井さんが歌ったのは、聞き覚えのある有名なアニソンだった。
「どうだった?」
「……すごかったです」
まるで女神のような歌声に聞き入っていた。
画面に映し出された点数は納得の94点。こんな高得点、今までカラオケで見たことがない。
歌まで上手いなんて、桜井さんはどこまでS級美少女なんだ……。
「次、朝比奈くんの番ね」
「あんま期待しないでください。俺まじで歌下手なんで」
「がんばっ」
桜井さんに応援され一番自信があるアニソンを歌った。が、点数は63点といつもより低かった。
二人だけのカラオケだと、ずっと見られてて緊張した。
「すぅ〜」
もう歌いたくないからテーブルの上にあるポテトでも食べてよ。
俺がのんびりし始めると、対面に座っている桜井さんも同じようにオレンジジュースを片手にのんびりし始めた。
「朝比奈くんって中間テストの手応えどんな感じだった?」
「今までで一番良かったです」
「へぇ。勉強会からずっと勉強してた成果でたんだ」
「まだ答案用紙が返ってきてないのでなんとも言えないんですけど、中学の頃に取った最下位は免れたと思います」
「え。朝比奈くんってそんな勉強できない方だったんだ。そうは見えなかったけどなぁ……」
「まぁ、今回は特別頑張ったので」
流石にこれ以上言ったら打ち上げの空気に酔ってそうな桜井さんでも、勘づきそう。
「とにかく頑張りました」
「偉い偉い。授業中寝るのが良くないってこと、身に沁みてわかったでしょ?」
「……え。寝てるの知ってるんですか」
「当たり前じゃん。隣の席なんだからわかるよ。授業中、横見たらいつも寝顔なんだよね」
桜井さんはにっこりとした顔を向けて言ってきた。
「いつも寝顔なんだよね」ってことは、複数回見たってこと。人に寝顔を見られることなんてないから、めちゃくちゃ恥ずかしい。
変な顔してないよな?
「忘れてもらうことできます?」
「無理ぃ〜」
意地悪な言い方だな。
「ちょ、ちょっとお手洗い行ってこようかな……」
「じゃあ私は歌ってるね」
「どうぞお好きに」
おかしいな。打ち上げが始まったときは楽しみで仕方なかったはずだったのに。
俺はこの空間から逃げたい一心で部屋を出た。
▲▼▲▼
「翔太と桜井さんの今後を願い、乾杯!」
「「乾杯!!」」
突然、聞き覚えのある声と意味分からない言葉が聞こえてきて思考が停止した。
扉のガラス部分から見える。間違いなくこの部屋を仕切ってるのは雷也だ。
雷也の他にいるのは……この前俺の家で勉強会をした人たち。
「なんだよ」
さっきの内容からして、俺たちのことを気遣って打ち上げを断ったのか。
一応、勘違いを正したんだけど拗れちゃってるな。
今訂正したとて、桜井さんと二人でカラオケに来てる事実を前に勘違いを上書きするだけ。
今度ゆっくり話せばわかってくれるだろう。
「よし」
勘違いして盛り上がってる人たちを見て、なんか勇気が湧いてきた。
寝顔を見られた?
そんなの逃げるほどのことじゃない。
俺は心を入れ替え、元いた部屋に戻ろうとしたのだが。
「?」
異様な空気でスマホを見つめる桜井さんの姿に、力が抜けた。
ものすごく入りづらい。
もうちょっと歩いていようかな。
「あれ。朝比奈くん。なんで入らないの?」
扉を開けて引き止められた。
普段通りの桜井さんだ。
あの空気は勘違いだったのか?
「俺、もう歌いませんよ」
「じゃあ私の歌聞いて」
なにを見てるのかは見えなかったけど……変わらない画面をずっと見てた気がする。
気になりはしたが、そんなことすぐ頭から抜け。
俺は今後おそらくないであろう、二人だけの打ち上げを存分に楽しんだ。
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