第12話 可愛さ倍増

「どこ行こっか」


「どうしましょう」


 俺たちはショッピングモール全体がわかる地図の前で、足を止めていた。


 どこか行くと決めたものの……。どこに行くのかという、肝心なことを決めていなかった。このショッピングモールならなんでもある。けど、そのせいで決められない。


「よし。こうしよう」


 パンッと手を叩いた桜井さんはおもむろにスマホを手に取った。


「私、いつかこういうことがあろうかとルーレットを作れるアプリ入れておいたんだよね。それでどこに行くのか決めない?」


「……おけです」


 もっと長考するかと思ったけど、いい案だ。

 チャット上じゃこんな頼りに思ったこと一度もないから、すごい新鮮。


「なに?」


「いえ。すごい頼りになる人だなって」


「たまたまだよたまたま。私がすごい頼りになってるなら、今頃キャピキャピな高校生活を送ってるだろうし」


「桜井さんほどの人が自虐ネタしてきたら俺はどうすればいいんですか……」


「あはは。私と朝比奈くんは同じようなものだよ」


 もっとしんみりとした感じになると思ってたけど、なんか空気が良い。


 今日は楽しい日になるのか?


「できた。じゃあ早速ルーレット始めるね」


「どぞどぞ」


 距離感が近くとも、俺たちは別に特別仲が良いわけじゃない。できれば喫茶店とか、二人で行きやすい場所がいいな。


 そんな俺の願望は、ルーレットが指し示す方向を見て打ち砕かれた。


「服屋」

 


  ▲▼▲▼



「おぉ〜」

 

 思わず口から声が漏れた。


 服屋と言っても、ここは街随一のおしゃれな人が通うと有名な意識高い系の服屋。

 こんなところ、普段ユニシロで服を買ってる俺には足が重い。


「えっ。もう新作出てる」


 桜井さんの足には5トンの足枷がないらしい。

 次々といろんな服を見てくのに、ついていくだけで精一杯。


 周りにいる人はもちろん意識高い系の人ばかり。俺みたいな人は、広い服屋を見渡してもどこにもいない。


 居場所がなくて浮いてると、変に心がソワソワしちゃう。


「ごめん。歩くスピード速かった?」


 桜井さんは頭をそっと撫でるような、母性あふれる声色で聞いてきた。


 楽しんでる人に不安な顔を向けられると逆につらい。


「いえいえ。楽しんでください」


「私だけ楽しむのはダメだよ。でも、服屋で楽しめない人が楽しむ方法ってなんだろう……」


「いいですよ。俺、元々あんま服とか興味ないので、桜井さんが楽しんでいれば十分です」


「そう言われたらそこまでなんだけどさ。あ、いいこと思いついた!」


 声と共に顔もぱっと明るくなった。

 その視線の先にあるのは、人がいない更衣室。手に持っているのは、さっき楽しそうに見ていた服。


 俺の意見を聞かず、その足は更衣室へ進み始めた。


 もちろん止めることはできず。


 桜井さんはニコニコしてご機嫌なまま、何も言わず更衣室の扉を締めた。


 何を思いついたのか言ってこないけど、大体わかる。

 手に持ってた服を試着して俺に見せて、服の楽しさを共有したいんだろう。

 多分、ドリームが相手に楽しさを教えるときそうする。



 それから少し経ち。俺が暇でスマホをいじろうとした頃。

 更衣室の扉が開かれた。


「じゃじゃん」


 真っ白なワンピースと打って変わって、全身真っ黒な露出が高い服。


 肩を出してて、足は太ももしか隠してない。

 布面積が少なすぎて、目のやり場に困る。

 

 色々思ってるけど、これだけは言える。


 可愛い。


「どう? 服見るの楽しくなった?」


「まぁ、はい」


「へへっ」


 目を逸らして返答したせいなのか、照れを感じる笑い声が聞こえてきた。

 

 まじな反応をしたせいで、目を合わせづらい。


 こんなの、服を見るの楽しくならないわけないじゃん。

 S級美少女のランキング付けは伊達じゃない。


「んじゃ、次いくね」


「えっ? まだやるんですか」


「もちろん。朝比奈くんに楽しんでほしいっていうのもあるけど、単純に何か買うつもりだから」


 その後も俺は立ちっぱなしで、桜井さんの試着を見た。


 軽いティーシャツ姿や、もっと露出度我高いへそが出た姿などなど。


 どんな服を着ていたのか曖昧になるほど、いろんな服を試着し。

 気に入って購入したのは、俺に最初見せてきた真っ黒な服だった。

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