第10話 リアルで近づく距離感

 俺が勢いでボイスチャットしてしまった日から、数日が経った。


 幸いにもイヤホンマイクが安いやつだったおかげなのか、桜井さんは俺がショウだということに気づいていない。


 真上から降り注ぐ昼の温かい太陽の光が、まるで正体を隠せて良かったと言っているかのようだ。もちろん、何一つ良くない。声で既視感を覚えられたら、文字通り終わりなのだ。

 

「はぁ」

 

 昼休み。俺が屋上にいるのは、偶然にも人が誰もいないからだ。教室に行ったら輩が寄ってくる。

 早く桜井さんがこの前の噂を訂正してくれれば、こんなことになってないんだけど……。

 俺が訂正してほしいって言ったとき面白そうにニヤついて無視してきたから、これは絶望的な願望。


 最近学校でも、ネットでもどこか浮足立ってる気がする。


「はぁ」


 二度目のため息を吐いたとき。

 後ろの扉が開いた音がした。


「…………」


 いたのは、俺のことを見て嫌そうな顔をしてる桜井さん。

 

「桜井さん! あれ? どこいったんだ……」


 空いた扉から、ガチ恋勢だと思われる人が桜井さんを探す声が聞こえてくる。

 俺と同じく、誰もいないのを願って屋上に逃げ込んできたのか。


 理由はだいたい予想ついたけど、もしこんなところを誰かに見られたら絶対あらぬ誤解を生む。

 扉を開けて立ち止まられるとバレそう。


「屋上来ないんですか?」


「行きま、すよ」


 桜井さんは不満げに少し音をたて、扉を締めた。


「なんであなたがこんなところにいるんですか……」


 あんたのせいだよ。と、言い返しだったが、ぐっとこらえ日陰に移動している桜井さんを眺める。


 足取りが重くて、随分とお疲れの様子。ガチ恋勢から逃げてここまで来るのは、俺も経験した。人を追うのは楽しいかもしれないけど、追われる側は最悪の気分。


 思い出すだけで、無意識に顔が引きつってるのが自分でもわかる。


「あなた最近どうなの」


「ほぇ?」


 桜井さんから不意に声をかけられ、間抜けな言葉が出てしまった。

 

 お互い不干渉でいく雰囲気だったが、暇そうな顔がこちらを向いている。なんとも自由な人だ。


 ……ていうか、俺たちってただ隣の席なだけで、「最近どうなの」なんてこと聞かれる関係性だったか?


 疑問が頭に渦巻いている中、桜井さんは日陰から移動し扉の前で腰を下ろしてきた。

 近すぎず遠すぎず。ちょうど声が聞こえる距離感。


「で、どうなのって聞いてるんだけど」


「え……。ふ、普通」


「へぇ。そう」


 自分から話を振ったのに、興味なさげに視線を外す桜井さん。


 なんか俺、間違えるようなこと言ったか?  

 

 いや違う。興味なさげに視線を外したんじゃない。

 よく見ていると、度々桜井さんの視線が俺の方に向いている。 

 これ、俺からの質問を待ってるな?

 

「桜井さんはどうなんですか」


「えっ? 私は別に。あなたと同じで普通です」


 軽く息を吐き面倒くさそうに答えたが、視線がすべてを物語っている。 

 

 誰もが憧れるようなS級美少女なので、勝手に人並み以上にコミュ力があると思ってた。多分、現実はその逆。近寄れない存在だからこそ、知らない人との喋ったことがない。接し方がわからないので、今変な感じになってるんだろう。

 

 俺の経験則から、こういうときは共通の話題があるといい。


「桜井さんって普段、ネットとか使ってます?」


「人並みには」


 いつもチャットしてるのに白々しい。


「実は俺、ネットで知り合った友達がいるですけどちょっと相談乗ってもらえないですか?」


「……ネッ友」


「そうそうそれですそれです。桜井さんもいたりするんですか?」


「人並みには」


 お互いのネッ友がすぐそこにいるって考えると、改めてすごいなこの状況。


「へぇーそうなんですか。自分とあう人とチャットしたりするの、楽しいですよね」


「わ、わかる! 相手のことはよく知らないけど、好きなことが一緒だったりするとすごい楽しいっ!」


 桜井さんは太陽のような明るい声で、何度も頷いてきた。


 これはこの前見た、S級美少女の表の顔じゃない。 

 ドリームとチャットしてるときのような裏の顔。

 

「あな、朝比奈くんも私みたいに感じるときあるよね?」


「ま、まぁはい」


 呼び方が急に、「あなた」から「朝比奈くん」に。

 さっきまで敬語だったのに、友人と喋るときのような距離感。

 なんか普段と全然違くて、ゾワゾワっと鳥肌が立った。


 接し方がわからなくとも、この距離の詰め方エグい。

 

 俺にネッ友がいるって思って、同族認識されたっぽいな。

 

 

 キーンコーンカーンコーン


 これから喋って……というときだったが、チャイムが聞こえてきた。


 このあとは清掃時間があって、5限。

 先生に咎められるのは面倒くさいので教室に戻るつもり、だが。


「朝比奈くん。朝比奈くん。そのネッ友についての相談ってなにかな」


 同族を見つけた、と一人舞い上がってる桜井さんは俺のことを逃さないらしい。

 

 興味津々で一切視線を外してこない瞳が、見えない糸で俺のことを静止させているかのよう。全く動ける気がしない。

 

 こうなったら清掃時間をさサボって、5限もサボって桜井さんを納得させるようなことを言わないとダメだな……。


「実は俺のネッ友、めちゃくちゃポンコツで困ってるんです」


「へぇ〜。頭叩いたら治りそう」


「いやテレビじゃないですから」



 その後もドリームのことで困ってることを相談した。が、最後まで自分のことを言われてると気づかず、真面目に答えてはくれなった。


 桜井さんが満足したのはかなり時間が経った頃。


 もちろん無事、清掃時間と5限をサボって二人して長々と先生のお咎めを聞くはめになった。

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